第50話:【神々の領域】
【あらすじ】
カデテ開幕戦、鉄の守備網を「純粋なエゴ」で破壊し、衝撃的な決勝弾を挙げた吉良氏真。その天命に刻まれた才はユースの枠を超え、マテオと共にFCバルシーノのプロ1軍が練習する『神々の領域』への特別参加を引き起こす。だが、そこで極東のストライカーを待っていたのは、己の『雅』すら児戯に等しいと思い知らされる、本物の怪物たちによる洗礼であった。
1. 圧倒的な密度、青と臙脂の聖域
バルシーノの巨大な育成施設の最奥。
厳重なセキュリティゲートを越えた先に広がる「ティト・ビラノバ・ピッチ」の美しい天然芝を踏んだ瞬間、マテオの膝が、ガクリと小さく震えた。
「……息が、詰まる。なんだよ、この空気は……」
無理もない。
そこは、世界最高峰のメガクラブ、FCバルシーノのトップチームが日々の研鑽を積む『神々の領域』。
手入れの行き届いた芝の匂い、乾いたトラップの破裂音、選手たちの毛穴から噴き出すような濃密な闘争心。空間を満たすあらゆる「質量」が、カデテ(U-15)のピッチとは次元が違った。
「¡Oye!(おい!)マテオ、ウジザネ。お前たちは今日の戦術シミュレーションの『数合わせ(仮想敵)』だ。邪魔だけはするなよ」
カルロス監督が、サングラスの奥の目を鋭く光らせて指示を出す。
「……あはは。世界最高の名手たちによる、極上の見本市というわけだね。たっぷりと見学させてもらおう」
氏真は爽やかな少年の微笑みを浮かべてみせたが、その黄金の瞳の奥は、これまでにないほどの極限の『集中』でピッチの空間を乱反射するように見渡していた。
(……素晴らしい。強者たちが放つ覇気で、空間の『空白』が刻一刻と形を変えてゆく。これが世界の頂点の景色か)
ブラウグラナのトレーニングウェアを纏ったトップチームの選手たち。
その中央には、世界中のサッカーファンが畏怖と熱狂をもって讃える「三人の怪物」が、当たり前のように息を弾ませていた。
南米の貧困街で培った反骨心と鋼の肉体を持つ最強のセンターバック。闘将・ガブリエル。
バルシーノの心臓であり、ピッチ上の全事象を構造的に支配する司令塔。『神の眼』エル。
そして――世界最高のストライカー。『黄金の獅子』レオ・シルバ。
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2. 予測の超越、剥き出しの鋼
シミュレーション形式のミニゲームが始まった。
氏真は、仮想敵(Bチーム側)のフォワードとしてピッチの中央に立ち、首を振って周囲の状況を脳内にインプットする。
(……相手の陣形には、ほんの僅かな無駄もない。ならば、視線を誘導して『虚』を突くまで)
氏真の視線の先には、岩山のように立ちはだかるガブリエル。彼我の距離、筋肉の緊張具合、すべてを計算に入れる。
「ウジ! 行くぞ!」
中盤でボールを刈り取ったマテオから、氏真の足元へ向けて強烈な楔の縦パスが打ち込まれた。
ガ
ブリエルが、氏真を粉砕すべく猛烈な前傾姿勢でプレスに飛び込んでくる。
(……掛かった。その猛進、予の雅技で透かさせてもらおう)
>> スキル発動:【幻月の歩:ランクB】
補助系 / 効果:敵の予測対象の強制移行(デバフ:中) / 発動条件:パスの軌道上での完全な気配遮断
ボールに触れる直前で極限まで力みを抜き、自らの存在感をボールの軌道から消し去ることで、敵の意識を後方の味方へ強制的に移す戦術的スルー。
「……ふっ」
氏真は、ボールを受ける直前に全身の筋肉の緊張をふっと解き、飛んできたボールを『見送った』。
己の存在感を風景に同化させる、完璧なスルー。ボールは氏真の股下を抜け、後方へ走り込んでいた味方FWのパブロへと向かう。
決まった。
マテオも、パブロも、誰もがそう確信した瞬間だった。
「¡Lento!(遅い!)」
ズドォォォンッ!!
という鈍い衝突音と共に、背後でパブロの悲鳴が上がった。
振り返った氏真の黄金の瞳が、驚愕に見開かれる。
ガブリエルは、氏真の『幻月の歩』に全く惑わされていなかった。
氏真が気配を断った、その一呼吸にも満たぬ時間。ガブリエルは己の重心を低く沈め、チーターのようなバネで氏真の横をすり抜け、ボールを受けようとしたパブロの身体ごとボールを刈り取っていたのだ。
「小細工だな、東洋の坊や。……気配を消そうが、ボールの軌道という物理的現実は変わらない」
ガブリエルは、ピッチに這いつくばるパブロを見下ろし、氏真へと鋭い眼光を向けた。
(……バカな。完全に虚を突いたはずだ。それを、純粋な『反応速度』と『肉体の出力』だけで無効化したというのか!)
氏真は即座に思考を切り替え、奪われたボールを取り返すべくガブリエルへ突進した。
太ももの力みを極限まで抜き、膝のカックンとした落下を利用して重力に身を任せる、一切の予備動作を持たない滑らかな重心移動。
かつて多くのディフェンダーを置き去りにしてきた、氏真の絶対的な歩法。
――ドンッ!!
「……なっ!?」
氏真の華奢な身体が、まるで強固な城壁に激突したかのように、無様にピッチへと弾き飛ばされた。
ガブリエルは、微動だにしていなかった。
完璧な体幹。無駄のない骨格の配置。彼は氏真の重心移動を『視覚』で完全に捉え、的確なポジショニングだけで侵入経路を封鎖したのだ。
「重心を移す間が長い。その一瞬が命取りだ。」
(……これが、世界最高の『基礎』と『肉体』! 予が積み上げてきた知略と美学、その結晶たる技術ですら、児戯に等しいというのか……!)
痛む肩を押さえながら立ち上がる氏真の目の前で、極上のショーはさらに加速する。
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3. 三位一体、美しき構造と本能
ガブリエルが刈り取ったボールは、即座に司令塔・エルの足元へと渡った。
(……ならば! 予測不能な『混沌』で、その思考をショートさせるまで!)
氏真は自らの最大の武器である『純粋なエゴ』を全開にし、セオリーを無視した角度とタイミングでエルへ激しいプレスを掛けた。
フェリペの予測を超越した、異次元の突進
しかし、エルは氏真の突進を全く見ることなく、まるで散歩でもするようにボールを軽く浮かせた。
「君のそのエゴ(動き)は、システムの秩序を乱すね。……でも、それも構造の一部だ」
フッ、とエルの足首が反転する。
氏真の突進の勢い(ベクトル)を完全に逆利用した、ノールックのヒールパス。
氏真が「最もコースを切りにくく、かつ味方が最も前を向きやすい」という空白地帯へボールが吸い込まれていく。
(……予の『混沌』が、彼の前ではただの『方程式の一部』として処理されただと!?)
パスを受けたのは、攻撃参加のために攻め上がっていたガブリエル。
彼は巨体からは想像もつかない滑らかな足元でボールを運び、敵を引きつけてから再びエルへと
【次回予告】
トップチームの怪物たちとの差を痛感し、圧倒的なフィジカルと基礎技術の必要性を悟った氏真。彼が頼ったのは、ミツウロコ科学班を従える早川姉妹だった!「ウジ様の肉体を世界基準にする地獄のメニューですわ!」
第51話:【そして白き巨城】。次なる天下へのパスを回せ!




