第16話【逆襲】
【あらすじ】
全日本U-12サッカー選手権大会、運命の開幕戦。インパルス清水FC・ジュニアの前に立ちはだかったのは、奥州の得点王・舘隼斗率いる仙台アルベガFCだった。先制するも、エースGK・ジョンの負傷離脱により絶対的な守護神を失い、逆転を許してしまう。ハーフタイム、吉良コーチはチームの再建を託す切り札として、十歳の作戦参謀・大原由紀夫を投入する。かつての師、太原雪斎の智略を宿した少年が、残された20分の時を支配し、インパルスの「陣形」を再構築する。全国の頂へ向けて、鳳凰の軍勢が逆襲の狼煙を上げる。
1. 反撃の狼煙:戦術「電光石火」
「……行くぞ。俺たちの『門番』が帰ってくる場所を、絶対に守り抜く!」
ハーフタイム明け、冬の厳しい寒風が吹き抜けるピッチに戻ってきた氏真達は、前半とは別人のような強烈な気迫を纏っていた。
絶対的守護神である八重洲ジョンを負傷で欠き、逆転を許した絶望の空気は、吉良コーチが授けた一つの戦術、そして新たにピッチへ入った背番号14番の小柄な少年によって、鋭い「闘志」へと変換されていた。
ピーッ! 審判の笛が高らかに鳴り響き、後半戦のキックオフ。
インパルス清水のフォーメーションは、攻撃的な【2-4-1】。
最後尾に葛城大和と井原光の2枚のセンターバック、中盤に司令塔の松平基哉と朝比奈兄弟を含む4枚のミッドフィルダーを厚く配置し、最前線に1トップのキャプテン・吉良氏真を置く、8人制サッカーにおける超攻撃的シフトだ。
「仙台は、急遽入った控えキーパーの弱点を突こうと、開始直後から前がかりにプレスをかけてくる。……そこを、一瞬で突き破る!」
アンカーの基哉の号令とともに、インパルスの中盤の4人が一斉に猛烈なスプリントを開始した。
ただ闇雲に走るのではない。
後半からトップ下に入った10歳の作戦参謀・大原由紀夫が、指先一つで周囲の選手をコントロールしていた。
キックオフのボールを基哉がダイレクトで左サイドの朝比奈翼へ。
翼はトラップせずそのままダイレクトで、逆サイドを猛烈なスピードで駆け上がる双子の兄・翔へ、超特大のサイドチェンジを放つ。
「……遅えよ、独眼竜!」
翔が、トップスピードのままボールをダイレクトで仙台アルベガFCのペナルティエリアへ折り返す。
パスを回してからわずか10秒。
由紀夫の完璧なフリーランニングによって仙台のディフェンス陣の視線が完全に釣られた一瞬の隙。
陣形を整える前に、最前線の氏真がふわりと重力を無視したように空へ舞い上がっていた。
「……さあ、反撃の開始だよ」
氏真の右足の甲が、空中にあるボールを寸分の狂いもなく捉える。
キーパーが一歩も動けない完璧なダイレクトボレーが、ゴールネットに突き刺さった。
2 - 2!
後半開始直後の、まさに【電光石火】の同点弾。
スタジアムが、どよめきと大歓声に包まれた。
2. 独眼竜の激怒と、決死の防波堤
「……舐めんじゃねえぞ、清水ァ!!」
出鼻を完全に挫かれた仙台のエース、舘隼斗が、獣のような激怒の咆哮を上げた。
彼の両目に、明確な殺意に近い闘志が宿る。
同点に追いつかれた仙台は、ジョンの不在というインパルス最大の弱点――急造のゴールマウスを徹底的に狙ってきた。
隼斗の強靭なフィジカルから放たれる弾丸のようなミドルシュートが、雨あられのように清水のゴールを襲う。
控えのゴールキーパーは、その圧倒的なシュートスピードに恐怖で足がすくんでいた。
「ビビるな! 俺たちの後ろには、ボール一本たりとも通さねえ!」
最後尾の2バック、葛城大和と井原光が牙を剥く。
隼斗が強引なドリブル突破から、ペナルティエリア外で右足を強振する。
だが、葛城が一切の躊躇なく顔面を犠牲にしてその弾道に飛び込み、強烈なシュートブロックでボールを弾き返した。
「……大和、ナイスだ。こぼれ球は俺が掃除する!」
元FWの嗅覚をディフェンスに活かす井原が、ルーズボールの落下地点を冷静に予測して回収し、すぐさま前線の基哉へ正確なショートパスを繋ぐ。
「ジョンの悔しさは……俺たち全員で背負うんだ!」
葛城の鼻からツーッと一筋の血が流れるが、彼は汗まみれの顔を拭いもせず、その目は闘志に燃え盛っていた。
守護神を失った2-4-1の「2」の壁は、執念という名のセメントで強固に固まっていた。
3. 激突、空を制する者
後半15分。
試合は、互いに一歩も引かない死闘の様相を呈していた。8人制特有のコンパクトなピッチで、息もつかせぬ激しい攻守の切り替え(トランジション)が続く。
「……これで終わりだ、吉良氏真!」
隼斗が、味方の縦パスを受けてペナルティエリア手前のバイタルエリアでフリーになった。
右足を大きく振りかぶる。前半、ジョンを破壊したあの「雷撃」のようなシュートモーション。
「……打たせないッ!」
基哉が鋭いスライディングで飛び込むが、隼斗は足裏を使った巧みなキックフェイントで基哉を完全に躱す。
キーパーと1対1。絶体絶命のピンチ。
しかし、その瞬間。
「……君の目は、ボールしか見えていないようだね」
いつの間にか自陣深くまで猛ダッシュで戻ってきていた氏真が、隼斗の完全な死角から滑り込んだ。
極限まで脱力した雅なステップワークで隼斗の懐に潜り込み、シュートを打たれる寸前で、足先だけを伸ばしてボールを鮮やかに刈り取った。
「なっ……フォワードのお前が、なぜここに!?」
「……全員で守り、全員で攻める。これが、由紀夫くんが設計した、予たちの新しい『国』の形だからさ!」
奪ったボールは、すぐさま大原由紀夫へ渡り、そこから再び立ち上がった基哉へとワンタッチで展開される。
「行け、吉良! 限界まで走れ!」
4. 鳳凰の絶唱
基哉からの鋭いスルーパスを受け、氏真が敵陣へと一気に駆け上がる。
だが、独眼竜の執念も凄まじかった。シュートを阻まれた隼斗が鬼の形相で驚異的なリカバリーランを見せ、氏真に追いつき、激しいショルダーチャージで強引にボールを奪いに来る。
ペナルティエリア内。
氏真と隼斗、両チームのエースが激しく交錯する。
ドンッ! という鈍い音とともに、こぼれたボールが大きく空高く跳ね上がった。
「……俺の勝ちだ、氏真!」
隼斗が強靭な下半身のバネを活かして跳躍する。
その打点の高さは、小学生の規格を優に超えていた。
だが、氏真の黄金の瞳は、焦ることなく静かに空を見上げていた。
(……力では君に勝てないかもしれない。けれど、空の美しさなら、予は誰にも負けない)
氏真もまた、跳んだ。 日々の過酷な『雅の体幹』トレーニングで培った、圧倒的な空中姿勢制御。
空中で隼斗の肩が激しくぶつかるが、氏真の身体の軸は全くブレない。
それどころか、空中でさらに一瞬「静止」したかのように滞空時間を意図的に伸ばしたのだ。
「なっ……まだ落ちないのか!?」
隼斗が重力に引かれて落下し始めたその頭上で、氏真は身体をしなやかに捻り、オーバーヘッドキックの体勢に入った。
>> 究極奥義発動:【極・雅技:鳳凰の絶唱】
夕日を背に放たれたボールは、黄金の輝きを放つ軌道を描き、仙台のキーパーが一歩も動けないまま、ゴール左上隅――絶対的な死角、蜘蛛の巣を破るトップコーナーへと完璧に突き刺さった。
3 - 2!!
スタジアムが、この日一番の割れんばかりの大歓声と拍手に包まれた。
5. 決着、そして誓い
ピーッ、ピーッ、ピーーーッ!! 試合終了のホイッスルが鳴り響く。
「……あはは。最高の空だったよ、隼斗くん」
芝生の上に大の字で倒れ込んだ氏真は、荒い息を吐きながら、隣で悔しそうに顔を覆う隼斗に向かって、スッと右手を差し伸べた。
「……チッ。空の上の戦いじゃ、お前の勝ちだ。……だが次は、絶対にその羽をむしり取って喰ってやるからな」
隼斗は憎まれ口を叩きながらも、その手を力強く握り返した。
青き独眼竜との死闘は、互いを認め合う清々しい握手で幕を閉じた。
「……ウジ様!」
ベンチから舞と愛が駆け寄ってくる。愛の瞳には、かつての正室としての誇りと深い慈愛が美しく揺れていた。
そしてその奥には、松葉杖をつきながらも、ニヤリと不敵に笑うジョンの姿があった。
「……ヘッ。俺がいねえと、途端にバタバタしやがって。世話の焼ける連中だぜ」
「あはは。ジョンくんがいないと、背中が寒くて仕方なかったよ。……ゆっくり休んでおくれ。全国の頂の景色は、僕たちが必ず君のところへ持ち帰るからね」
鹿児島での初戦を、極限の死闘の末に逆転で飾ったインパルス清水FC。
深手を負いながらも、12歳の少年たちは確かな絆と勝利を手にし、次なる全国の強豪たちが待つ修羅の道へと力強く歩みを進めた。
【次回予告】
鹿児島・ふれあいスポーツランド。仙台アルベガFCとの激闘を逆転で制したインパルス清水FC・ジュニアだったが、息をつく暇もなく、予選リーグ第2戦の幕が上がった。
吹き抜ける海風が刻一刻とその強さを増す中、立ちはだかるのは中国地方の絶対王者。負傷したジョンを欠く清水に、さらなる試練が襲いかかる! 少年たちの熱き戦いが始まる。
第17話:【三本の矢と、空から舞い降りた幸運】。次なる天下へのパスを回せ!




