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『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第9章 青春という名のもう一つのフットボール編

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第163話:【その先の地】

【あらすじ】

死闘の果て、運命を分かつ12ヤードの審判。互いの矜持を懸けた頂上決戦がついに決着の時を迎える。過酷な現実を前に、初めて当事者としての痛みに直面する氏真。仲間と共に流した涙の先に、見出した真の「強さ」とは――。立ち止まる暇はない。挫折を糧に前を向く城南イレブン。その先の地平へ、新たな進撃が幕を開ける!

1.十二ヤードの審判


盛岡南公園球技場のスタンドには、初夏の強い日差しが容赦なく照りつけていた。


高く昇った太陽の下、ピッチ中央のペナルティマークが白く焼きつくように浮かび上がっている。照り返す芝の熱気が、死闘を戦い抜いた選手たちの荒い呼吸を包み込んでいた。

正規の70分、そして前後半10分ずつの延長戦。計90分に及んだ激闘を経ても、スコアボードに刻まれた「2対2」は動かなかった。


決着は、12ヤードの距離に委ねられる。


両校の選手たちがセンターサークル付近で肩を組み、一列に並んでいた。


先攻は盛岡城南。

1人目のキッカーとしてペナルティマークへ向かったのは、背番号9の吉良氏真だった。

スタンドの喧騒が急速に引いていく。

ゴールマウスを守るのは、遠野市立の2年生守護神・菊池秀平。延長後半、味方の菊池蒼が身を投げ出して氏真の決定打を阻んだ場面が、秀平の脳裏に焼き付いている。


(……この男は、必ず裏を突いてくる。あのループのように、こちらの重心を見てくるはずだ)


秀平の両膝にかかる微かな荷重の偏りを、眩しい光の下、氏真は見逃さなかった。


主審の笛が鳴る。


氏真は助走の歩幅を崩さず、滑らかに加速した。右足を振り下ろす瞬間、軸足のつま先をゴール右側へ向ける。


秀平の身体が反射的に右へ跳んだ。


その刹那、氏真の右足首から余分な力が抜ける。インサイドの柔らかな面で押し出されたボールは、秀平が飛び去った逆側、ゴール左隅のネットへ静かに転がり込んだ。


1対0。


だが、遠野市立の集中も途切れてはいなかった。


遠野の1人目、菊池蒼が攣りかけた太ももを拳で叩きながら歩み出る。城南のGK工藤一の逆を突き、左上隅へ正確に突き刺して1対1。


2人目。

城南の主将・諸島憲二が仁王立ちから放った強烈なシュートがネットを揺らせば、遠野の主将・阿部巧も右隅へ沈めて2対2。


3人目。

城南の八重樫隆生がコースを突いて成功。遠野のCF村井悠真も中央へ叩き込み、3対3。

互いに譲らぬまま迎えた4人目だった。


城南のキッカーは、最終ラインで身体を張り続けてきた3年生センターバックの佐々木拓海。

照りつける日差しの中、佐々木は重い足取りで前進した。額から汗が滴り落ち、ボールをセットする指先が微かに震えている。


主審の笛。


助走に入った佐々木は、90分間戦い抜いた疲労から踏み込みの軸足がわずかに外側へ流れ、インパクトの瞬間に腰が浮いた。


放たれたボールは低く飛んだが、コースが甘い。


「秀平ッ!」


遠野ベンチの声と重なるように、秀平が右へ鋭く身体を投げ出した。

バシィン、と分厚いグローブがボールを弾き返す。

スタンドから悲鳴と歓声が同時に上がった。佐々木はその場に崩れ落ち、芝生に額を押し当てて動けなくなった。


遠野の4人目、菊池碧が落ち着いてネットを揺らし、3対4。


追い詰められた城南の5人目。外せば敗退が決まる重圧の中、ペナルティマークへ立ったのは3年生の遠藤響だった。


遠藤は唇を噛み締め、秀平の動きの逆を狙って左隅へ蹴り込んだ。


しかし――コースを読んでいた秀平が右へ鋭く身体を伸ばす。


伸ばされた秀平の指先がボールの芯をかすめ、わずかに外側へと軌道を変えた。白球は左ポストの外側を鋭く叩き、枠外のエンドライン奥へと弾き出された。


ピィィッ――ピィッ――ピィィィッ!


長く冷たいホイッスルが、初夏の青空へ突き刺さるように響き渡った。


PK戦、3対4。


歓喜を爆発させて秀平のもとへ雪崩れ込む深緑のユニフォームの向こうで、臙脂のユニフォームが次々と芝生の上に倒れ込んでいった。

インターハイ岩手県予選決勝、盛岡城南、敗退。

指先が届きかけていた夏の全国への切符が、掌から零れ落ちた。


---


2.終わらぬ旅路


盛岡南公園球技場のロッカールームは、重苦しい沈黙に包まれていた。

高窓から差し込む午後の白い陽光が、床に散らばる泥まみれのテーピングやすね当てを照らし出している。

佐々木拓海はベンチに座り、頭から被ったタオルの下で肩を激しく震わせていた。遠藤響も壁に額を押し当てたまま、荒い息を殺している。工藤一はグローブを外し、膝の上に両拳を置いて床を見つめていた。


(……予が、負けたのか)


氏真は壁際に腰掛け、自らのスパイクの先を凝視していた。

欧州の育成組織で結果を出し続けてきた氏真にとって、敗戦という現象そのものは未知ではない。だが、いま胸の奥を冷たく締め付けている感覚は、かつて経験したものとは決定的に異なっていた。


リーグ戦であれば、1つの試合を落としても翌週には次のピッチが用意されている。自らの価値を証明し直す機会は失われない。


しかし、トーナメントは違う。


一度の敗北によって、目の前で涙を流す3年生たちの夏は、完全に断ち切られてしまったのだ。

自分が前半にループシュートを決めても、後半に主導権を握り続けられなければ追いつかれる。延長後半、菊池蒼にシュートを阻まれたあの瞬間、自分がもう半歩早く相手の守備を外していれば、仲間をPK戦の舞台に立たせずに済んだのではないか。


得点を決めることと、チームを勝たせることは同じではない。


仲間を救えなかった無力感。


どこかピッチ上の出来事を一段高い場所から見つめていたはずの氏真の胸中に、生々しい痛みが広がっていく。


「おい」


沈黙を破ったのは、低く、芯の通った声だった。

諸島憲二だった。


諸島は両足を引きずりながら、ロッカーの中央へ進み出た。泥と汗にまみれた顔に、涙の跡はない。


「佐々木。遠藤。顔を上げろ」


佐々木がタオルの下から赤く腫らした目を持ち上げた。


「……すまねえ、憲二……俺が、止められたから……!」


「馬鹿言え」


諸島は短く遮った。


「誰か一人のせいにして終わるサッカーなんて、俺たちはやってこなかっただろ。90分戦って、決着をつけられなかった時点で、俺たち全員の力不足だ」


諸島はロッカーに並ぶ部員たちを一人ひとり見据えた。


「昨秋の選手権で遠野に負けた時、俺たちは手も足も出なかった。だが今日はどうだ。王者と呼ばれる相手と90分間互角に渡り合って、あと一歩のところまで追い詰めた。俺たちのやってきたことは、間違っちゃいない」


諸島の手が、ロッカーの壁を一度だけ叩いた。


「下を向くな。俺たちの旅は終わってない。夏がダメなら、秋の選手権を獲って、全国へ行く。そのためには、再開するプリンスリーグを1戦も落とさず戦い抜いて、チームの力を底上げするしかねえんだ」


その言葉に、うなだれていた選手たちが息を吸い込んだ。

工藤が立ち上がり、八重樫がユニフォームの裾で乱暴に汗を拭う。

諸島はゆっくりと歩みを進め、ベンチの端に座っていた氏真の前に立った。

そして、大きな掌を氏真の右肩の上に置いた。


「ウジ。お前が来てから、俺たちはここまで強くなれた。……だがな、次は勝つぞ。お前を負け犬のエースで終わらせるつもりはねえ」


肩に触れる手の重みと熱さが、氏真の冷え切っていた思考を揺り動かした。

欧州からやってきた特別な客分でも、勝利を約束する便利な看板でもない。

痛みを分かち合い、同じ泥に塗れ、共に雪辱を期す城南の一員。

氏真は顔を上げ、諸島の真っ直ぐな瞳を受け止めた。


「……はい」


喉の奥から絞り出した声は、自分でも驚くほど熱を帯びていた。


「次は、必ず勝ちましょう。みんなで」


---


3.日常という鍛錬


インターハイ予選の敗退から2週間が過ぎた6月中旬。

城南高校サッカー部のグラウンドには、初夏の風に乗ってボールの打球音が響いていた。

高校サッカーにおいて、夏のトーナメント敗退はチームの解体につながりやすい。引退を選ぶ3年生、途切れてしまうチームの一体感。一発勝負の過酷さは、時に選手の成長機会そのものを奪い去る。


だが、城南には立ち止まっている時間はなかった。

高円宮杯 JFA U-18 サッカープリンスリーグ東北。

東北6県の強豪が年間を通してホーム&アウェーで戦う通年制のリーグ戦が、彼らに残されていた。


「トーナメントの負けを、ただの感傷で終わらせるな」


練習の合間、監督の吉良剛が選手たちを集めて告げた。


「遠野との差は何だったのか。球際の強度、試合を終わらせる冷静さ、そして90分間を戦い抜く身体の管理だ。幸いにも、我々には自分たちの課題を毎週の公式戦で試せるプリンスリーグがある。まずはこのリーグ戦を1戦ずつ勝ち抜き、チームとしての地力を磨くこと。その積み重ねの先に、プレミアリーグ昇格の道も、秋の選手権で遠野を越える力も生まれる」


剛の言葉を、氏真は胸の中で反芻していた。


一発勝負の感情論ではなく、継続的なリーグ戦のサイクルの中でこそ、真の戦術眼と身体操作を深めていくことができる。

遠野戦の敗北を経て、城南のピッチには明確な変化が生まれていた。


アンカーの阿部航平は中盤の守備範囲を広げるべくポジショニングの修正に没頭し、サイドバックの菅原大輝や千葉悠斗は対人守備での間合いと身体の使い方を徹底的に見直していた。


そして氏真自身もまた、前線での身体操作を研ぎ澄ませていた。


(遠野の菊池蒼は、予のシュートモーションの起こりを読み、射出点へ身体を投げ出してきた)

相手が読んだと確信したその瞬間を、さらに外す選択肢。


力でねじ伏せるのではない。相手の知性と予測を利用し、最小限の力で成立させる技。

敗北の痛みを背負ったストライカーの目は、静かに、深く研ぎ澄まされていた。


---


4.再生のピッチ


6月第4週。


プリンスリーグ東北第9節。盛岡城南はホームグラウンドに、福島県の強豪・帝都義塾福島高校を迎えていた。


帝都義塾福島は、強固な守備ブロックと前線へのロングボールを徹底する屈強な実力校。インターハイ予選の敗戦から中2週、城南が失意を振り払い、再起を果たせるかを測る相手だった。


城南のフォーメーションは4-3-3。


GKに工藤一。最終ラインは右から菅原大輝、佐々木拓海、及川翔平、千葉悠斗。中盤の底に阿部航平が入り、インサイドハーフに諸島憲二と遠藤響。前線は右に八重樫隆生、左に照井勇気、中央に背番号9の吉良氏真が構える。


主審の笛とともに、試合が始まった。


立ち上がり、帝都義塾福島は前線の2枚が城南のセンターバックへ激しくプレッシャーをかけ、前線へ長いボールを放り込んできた。


だが、城南の守備陣に動揺はなかった。


「慌てるな、距離を保て!」


最後尾から工藤の指示が飛ぶ。

佐々木と及川が正確なヘディングで跳ね返し、相手が中央へ人数をかけてくれば、アンカーの阿部航平がスペースを埋めてセカンドボールを確実に回収する。

前半18分には、帝都義塾のFWが放った至近距離からの鋭いシュートを、工藤が鋭い反応で弾き出した。


守備が安定すると、攻撃の歯車が噛み合い始めた。


前半31分。


中盤で相手の縦パスをインターセプトした諸島が、素早い反転から右サイドのスペースへ正確なロングフィードを届ける。

疾走した八重樫が持ち前のスプリントで相手サイドバックを置き去りにし、グラウンダーのクロスを送り込んだ。

ゴール前へ飛び込んだ左ウイングの照井勇気がニアポストへ走り込み、相手センターバック2人を自らの身体で引きつける。

その背後、ぽっかりと空いたスペースへ走り込んできたのは、インサイドハーフの遠藤響だった。

遠藤は迷わず右足を振り抜く。

放たれたグラウンダーのシュートが、相手GKの手をかすめてゴール左隅のサイドネットへ突き刺さった。


先制点、1対0。


PK戦で涙を流した遠藤が拳を握りしめ、駆け寄ってきた諸島や八重樫と肩をぶつけ合う。チーム全体が、あの日の痛みを乗り越えようとする確かな熱に包まれた。


そして後半24分、決定的な瞬間が訪れる。


1点を追う帝都義塾福島が前がかりになり、中盤と最終ラインの間に微かな隙間が生まれた。

自陣深くで及川翔平が相手の縦パスをカットし、短いパスを諸島へ預ける。諸島はダイレクトで中央のスペースへ縦パスを差し込んだ。


そこへ下りてきたのが、吉良氏真だった。


背後から迫る相手ボランチの足音を感じながら、氏真は左足のアウトサイドでボールの勢いを完全に吸収した。滑らかなファーストタッチ。


前を向いた瞬間、相手の屈強なセンターバックが身体をぶつけに間合いを詰めてくる。


氏真は相手が右足を踏み込もうとした瞬間、両膝の力をふっと抜き、右肩をわずかに下げるフェイントを入れた。


相手DFの重心が右側へ流れ、中央にシュートコースが開く。


ペナルティエリア手前、ゴールまで約20メートル。


帝都義塾福島のGKは、至近距離からの鋭いシュートを警戒し、コースを消すために前へ半歩だけ体重を移した。

そのわずかな前傾を、氏真の視線が捉えていた。


(……鞠が、上がりたがっている)


氏真は右足を振り下ろした。

強振ではない。足首を柔らかく固定し、インステップの先端でボールの底をすくい上げる。


パシュッ、と微かな音がした。


放たれた白球は、前に出かけた相手GKの頭上を、ふわりと柔らかく越えていった。

GKが慌てて後退し、背走しながら腕を伸ばす。


しかし、ふわりと浮かされたボールは、GKの伸ばした指先を越えた瞬間、重力に引かれたように急激に落下した。


クロスバーの下面をかすめ、ゴール天井のネットを静かに揺らす。


2対0。


相手GKが尻餅をついたまま、ネットの中で転がるボールを呆然と見つめていた。

スタジアムが一瞬静まり返り、次の瞬間、観客席から大きなどよめきと惜しみない拍手が湧き起こった。


「ウジッ!」


ベンチから飛び出してきたジャック・ミラーが叫び、ピッチ上の諸島、佐々木、遠藤が笑顔で駆け寄ってくる。


「あの距離から、よくあんなループを通せるな!」


「見事な判断だ、氏真!」


仲間たちの手に背中を叩かれながら、氏真は息を整えていた。

胸の中に広がっていたのは、かつて欧州で抱いていた孤高の誇りではない。

全員で守り、全員で繋ぎ、苦難を越えて奪い取ったゴールの温かな熱だった。


---


5.その先の地平へ


ピィィッ――ピィッ――ピィィッ!


試合終了のホイッスルが鳴り響いた。

プリンスリーグ東北第9節、盛岡城南 2対0 帝都義塾福島。

城南は強豪を相手に完封勝利を収め、勝ち点3を手にした。

クールダウンを終え、夕暮れに染まるグラウンドの脇で、氏真はスパイクの紐を緩めていた。

そこへ、スポーツドリンクのボトルを手にした諸島が歩み寄ってくる。


「ナイスゴールだったな、ウジ」


「ありがとうございます。諸島さんのパスのタイミングが完璧でしたから」


氏真が返すと、諸島は白い歯を見せて笑った。


「お前がそうやって味方のパスを素直に褒めるようになるとはな。春先のお前が見たら驚くぜ」


「……そうかもしれませんね」


氏真もまた、苦笑混じりに空を見上げた。

西の空が、鮮やかな茜色から深い群青へと移り変わっていく。

遠野市立高校は今頃、岩手県代表として夏の全国大会に向けた準備を進めているはずだ。菊池蒼、菊池碧、そして主将の阿部巧。あの激闘で肌を焦がした切っ先の鋭さは、今も鮮明に残っている。

夏は譲った。


だが、秋は決して譲らない。


一発勝負の敗北で崩壊することなく、通年リーグという日常の中で鍛え直された自分たちは、あの日の城南よりも確実に前へ進んでいる。


打倒・遠野市立。


秋の全国高校サッカー選手権での岩手制覇、そして全国の頂。

さらには、プリンスリーグ東北を戦い抜いた先にある、最高峰のプレミアリーグ昇格。


「諸島さん。僕たちの旅は、ここからですね」


自然にこぼれ出た言葉に、諸島は力強く頷き、氏真の背中を叩いた。


「ああ。行くぞ、全国のてっぺんまで」


敗北を噛み締めた者だけが見ることのできる、果てしないその先の地平。

夕暮れの盛岡の空の下、背番号9・吉良氏真は、仲間たちと共に力強い一歩を踏み出していた。

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