鳥になってこい!
サルヴァドール王国の首都・エルドラド。その街外れには高級リゾートホテルが並んでおり、そのうち一つだけが天を衝くほどの高さを誇っている。
単に建造物が高いというだけでない。エルドラドの地で有名なこのホテルは、建造物が途中から空中へと分離していて、絶え間なく注がれる魔力で大空に浮かんでいる。
その仕組みはあたしには分からないけど、高度を自由に上げられるこの式場は、雨でも雲の上にまで移動して、燦々とした太陽の光を浴びながら祝いの儀を挙げることも可能なとってもエモい場所でもある。
「はえー。やっぱり空中の結婚式場ってすごいねえ」
小型の飛行艇に乗ったあたしは、離れた所から式場の様子を窺う。飛空艇に備え付けの望遠鏡は式場だけでなくそこにいる人々の様子や姿もよくとらえることが出来た。覗きが趣味の転生者でもいたのかは知らないけど。
「ああ、あれはセレブにも人気の場所でな。金持ちでもなかなか予約が取れないらしいぞ」
エルウィン騎士団長があたしにこたえる。この小型飛行艇は団長の持ち出しというか、
騎士団長権限で利用を可能にしてもらった。
エルウィン騎士団長もローランドには似ているけど、こっちの方が爽やかというか、嘘くささがない。根が体育会系だから駆け引きが出来ないだけかもしれないけど、それでもあたしは騎士団長の方がイケメンだと思う。
そんなあたしの心理も知らずにエルウィンが口を開く。
「しかしエレオノーラ様も洗脳が解けたと思ったら、こんな所にまで来てしまうとはな。やっぱり恋する乙女の思考っていうのは冷静さや合理性を失うものなのか?」
「それは半分合っていて、もう半分は間違えてますかね」
「そうなのか」
「もちろんエレオノーラ様がリュシアンにゾッコンなのは間違いないんでしょうけど、それ以上に自分がだまされているって信じたくないっていうのが大きいでしょうね」
「そうは言うけど、思いっ切りだまされてるじゃないか」
「そこなんですよ。伯母様は今までずっと真面目に生きてきて、子供もいなくて旦那さんに先立たれても毎日あくせく働いてきたんだと思うわけですよ」
「うん」
「きっと、自分が女性であることも意図的に忘れないといけないこともあったんじゃないかと思います。その分お仕事は頑張ったんでしょうけど、それですべてが取り返されるわけじゃない」
「うん」
「だけど、自分が女性であることを認めてくれる人が現われた。しかもそれが超絶イケメンだなんて言われたら、自分が小説や映画の主役にでもなったような気持ちになりますよね?」
「あーまーたしかにな」
「それでせっかくヒロインになれたと思っていたのに、身内側の人間から『あなたはだまされているだけだ』って言われるわけですよ。自分として失われた青春を取り戻したかっただけなのに、そんなのあんまりじゃないですか」
「そういうことか」
「そう、だからエレオノーラ様は現在引くに引けない状態というか、今さら自分のすべてをさらけ出して愛した人が詐欺師だなんて思いたくないわけです。だから少しでも信じることが出来る道があればそっちに行っちゃうって仕組みです」
「厄介だな、乙女心」
「そうですよ。それに付き合う覚悟がないんだったら、モテ男なんて気取るものじゃないですよ」
あたしはちょっと脅すように言った。どうしてそんな言い方をしたのかは自分でも分からない。
それはそれとして、望遠鏡で見る向こうの景色では結婚式がはじまろうとしていた。白いタキシード(つまり普段とそんなに変わっていない)リュシアンことゲシュタルト・フォン・カインと純白のドレスに身を包んだエレオノーラ様(洗脳済み)が手を繋いで青空結婚式場に現れる。
花嫁が父親に連れられて来ないのは、貴族の誰も彼女たちの結婚に賛成していないからだろう。でも、そういうのが逆に伯母様を変なベクトルで燃え上がらせてしまうのだから怖いよね。
GPSは複数のアクセサリーに仕込んであって、遠く過ぎなければ盗聴も出来るようになっている。あたしはツッコミどころ満載な結婚式の様子を眺めながら、エレオノーラ様とリュシアンの会話に耳を澄ませる。
白と金の装飾で埋め尽くされた天井の無いホール。青空を見上げながら、エレオノーラ様がぼそりと呟いた。
「タラッサ嬢、ごめんなさい。やっぱり、私は……」
口にされずともその続きは分かった。一度幻滅しかけたリュシアンに、エレオノーラ様はいまだに未練を捨てきれないようだった。
「安心してくれ。俺は君を見捨てたりしない。この世界に愛せる人は君しかいないのだから」
ドヤ顔で手を差し出す詐欺師。チート技の【パーフェクト・ダーリン】を使っている。耐性無視の魅了技。あれを喰らえば、勇者クラスの人でもイチコロになってしまう。厄介だ。
とはいえ、このまま国家予算レベルの資金を犯罪者集団へと流すわけにもいかない。エキストラだか何だか知らないけど、貴族の関係者が一人もいない中で大勢の人々が嘘の結婚式を祝福している。何とかして止めなくちゃ。
「騎士団長、そろそろ突入します」
「分かった、操縦士にも伝えよう」
団長が指示を出すと、小型飛行艇がさらに上空へと上がっていく。作戦はすでに決まっている。大空からダイブして、このクソみたいな結婚式に突入する。
かなり上空まで来ると、あたしとピョンちゃんは飛行艇の底部まで移動する。このメタリックなハッチが開いて、あたしは大空から降下。頃合いを見てパラシュートで式場に着地するというなかなか無茶な作戦。
「大丈夫なのか、タラッサ? 俺でも飛行艇から降下の訓練なんてやったことがないぞ」
「大丈夫も何も、これ以外に方法が無いですからね」
あたしはパラシュートのハーネスを装着しながら答える。失敗は確かに怖いけど、最悪結婚式場を外れて普通に地上へとパラシュート降下するだけの話だ。死ぬわけじゃない。その代わり、死ぬほどカッコ悪いけど。
『式場の上空付近に来ました。旋回しながら座標の合う瞬間をカウントダウンします。ゼロの時に降下して下さい』
機内にアナウンスが流れる。エルウィン騎士団長お抱えの超優秀なパイロットだ。団長はしばらく心配そうだったけど、もうどうしようもないと悟ったのか、腹をくくったようだった。
「よし、分かった。くれぐれも無理はしないでくれよ。君は俺にとっても大切な仲間なんだからな」
「はい、鳥になってきます!」
あたしはちょっと調子に乗って敬礼ポーズを取ると、降下の準備に入った。操縦士が自ら、降下のタイミングを機内放送でカウントダウンしはじめる。
カウントがゼロになると、エルウィン騎士団長と目だけ合わせて頷いた。風がビュウビュウと吹いている開口部にあたしは飛び降りる。
「よし、あの詐欺師の顔に強烈な一撃を叩き込んでやれ!」
団長の声に答える間もなく、あたしは青い空を落ちていく。結構な高度まで上がったので、空に浮かんだ結婚式場も小さく見える。頃合いを見てパラシュートを開く。操作は習ったけど、何万年も生きてきた中でパラシュート降下の経験はもちろん無い。
「ちょっと、失敗しないで下さいよ。パラシュート降下に失敗して死亡なんて、いくらなんでも間抜けすぎますから」
あたしの体にベルトで巻き付けられたピョンちゃんが軽口を叩く。これだけの高さから飛び降りているのにビビらないのはやっぱりただのウサギではないなって思ったり。
いや、そんなことはいい。あたしは目下忌まわしい結婚式にパラシュートで突入することに全力を尽くさないといけない。
そろそろパラシュートを開いておくか。パラシュート用の丸い金具に指をかけて引くと、今度は体が空に向かって一気に引っ張られる。
「うべっ」
変な声が出るとともに、あたしの体は白いパラシュートとともに空へたゆたっていた。さすがに目立ったのか、空に浮かぶ結婚式場の方からいくつもの視線を感じる。
さて、これをコントロールして着地しなきゃって、げ……。
あたしが思っている以上にパラシュートのコントロールは難しかった。まっすぐ下りたいのに、横から風が吹いて体があさっての方向へと流れようとする。
「ちょっと、何やってるんですか。ちゃんとコントロールして下さいよ!」
「うっさいわね。思ったよりも抵抗が強くて上手くいかないのよ!」
文句を言うピョンちゃんにキレ気味に返す。……いや、そんなことをしている場合じゃない。
このままだとあたし、空中の結婚式をパラシュート降下で横切って終わりになる。せっかくカッコよく空からイーサン・ハントみたいに登場したかったのに、それはダサ過ぎる。
――ええい、こうなったら……!
「ちょ……何やってんすか?」
「うるさいわね。死にやしないわよ」
あたしは何とか落ちても死なないぐらいの高さで、自らパラシュートのヒモをナイフで切った。普通の力じゃ絶対無理だけど、バカ力で鳴らしている魔法少女のあたしであればパラシュートのヒモでも余裕で切れる。
ピョンちゃんが慌てる。
「あーもうちょっと、死んだらどうするんですか。死ぬならあなた一人で……ってうわあああああああ!」
完全にヒモが切れたあたし達は上空から落っこちていく。結婚式場に悲鳴。そりゃそうか。お祝いをしていたら自殺志願者にしか見えない女が空から降ってくるんだもんね。
とりあえず普通に着地したら足が折れそう。そう思ったので、足で着地はするけど受け身を取りつつ前方へコロコロと転がる作戦で衝撃を逃がそうと思った。上手くやればギリカッコいいはず。多分……多分だけどね。
……と思ったけど、今のあたしって顔面から地面に近付いているじゃない!
ちょ……これ、どう……。
気付けば地面が目の前だったので、ずいぶんと昔に体育でやった柔道の前回り受け身の要領で床を転がる。パチンコ玉の中にでも入ったみたいに、周囲の世界がグルグルと回っている。
ガラガラガシャーン‼ と激しい音を立てて、あたしの体は止まった。怖かったけど、自分の手足がちゃんと付いているか確認する。良かった、受け身作戦は成功だったみたい。死ぬかと思ったし衝撃で全身痛いけど。
「あんた、無茶苦茶だよ……」
ピョンちゃんが死にそうな声で言っている。良かった、無事だったみたい(?)。
さて、これからボスキャラとバトルよ。でも、このまま立ち上がれるかがまず疑わしいわね。さて、どうしましょうか。
空には太陽が浮かんでいる。
まばゆい光に照らされたあたしは「こんなはずじゃなかったんだけどな」と思って大の字になっていた。




