気球に乗って、どこまでも行こう
サルヴァドール王国・エルドラド国際飛行場。
ミラとの戦いを挟んで、あたし達は空の旅を無事に終えた、一番安堵しているのは無関係な乗客たちだろう。無関係なあたし達のバトルで飛行艇が墜落したら、死んでもしにきれないよね。
エレオノーラ様は一時期かなりのショックを受けていたものの、空の旅で泣いている間に落ち着きを取り戻していた。その間、ミラ・マジビッチにはノート五冊分の「ごめんなさい」だけ書かせて過ごした。
飛行艇がタラップを下ろした瞬間、エレオノーラ様は涙を拭いて「もう大丈夫」と頷いた。本当かなとは思うけど。
ミラが白状したお陰で、リュシアンことゲシュタルト・フォン・カインとのハーレクイン小説的な恋が嘘だと知った。そして、フィクションの世界を出たらそんな恋はそうそう存在しないのだとも。
ヨシ、これで三億ボリーノも取り戻せる。
あとは盗まれた金を取り戻して帰ればいいだけの話――とてもシンプルな結論に落ち着いたはずだった。だが、そう簡単に事態は収束しなかった。
飛行艇のタラップを降りた直後、どこかで聞いた低音の声が響く。
「愛しいエレオノーラ、やっと会えた!」
「げ」
白いタキシードに身を包んだリュシアンこと、ゲシュタルト・フォン・カイン。白皙の詐欺師がバラの花束を抱えて待っていた。
「わざわざ自分から現れるとか、自ら殺されに来たようなものですよね、あの詐欺師」
ピョンちゃんが毒を吐く。異論は無かったけど、あたしは目に入ったものに声を失う。
不敵に嗤うゲシュタルト・フォン・カイン。その背後には、ピンクと白の巨大な熱気球が浮いている。ハート形になっているのがこれまたダサい。だけど――
「リュシアン様……⁉」
「うげ、ちょっとエレオノーラ様?」
百年の恋も冷めたはずが、エレオノーラ様の目がまたハートマークに戻った。ちょっと、来世分まで恋を前借りする気なの?
そんなあたしの想いをよそに、国際ロマンス詐欺の貴公子が芝居臭い動きで生き生きとセリフを謳い上げる。
「ごめんね、愛しいエレオノーラ。君には怖い思いをさせた。でも、全部誤解なんだ。これは……その、アレだ。そう、ミラが勝手に暴走して……ただ言えることは、俺は君のことを本気で愛してるってことだ」
カインが跪き、花束を差し出す。
「この世界の女は二種類しかいない。君か、君以外だ」
――チートスキル【パーフェクト・ダーリン】発動。
あたしだけに見える表示で、リュシアンのチートスキルの発動が知らされる。うわ、最悪だ。このスキルって、どんな相手でも好感度を爆上がりさせて恋する乙女に変えてしまう反則技だ。
伯母様の頬がみるみる桜色に染まる。
「ああ、リュシアン。その言葉を信じてもいいのね。私も、本当は分かっていた。愛しているのは、あなただけなんだってことを」
「ちょ……エレオノーラ様、ついさっき懲りたばっかりでしょ⁉」
あたしが叫ぶも空しく、リュシアンは伯母様の手を取って気球のゴンドラへ誘導していく。さっきまで泣いていたはずの人が、またクズの毒牙にかかった。最悪の事態だった。
「ちょっと待てえええええ!!!」
あたしが飛び出すと、気球はロープを切断し、ふわりと上空へと舞い上がる。
「タラッサ嬢、ごめんなさい。やっぱり私には、リュシアン様しかいないの!」
「そんな……ちょっと、伯母様。デュラン・デュラン侯爵にはどう説明するんですか!」
どんどん空へと吸い込まれる気球にあたしは叫ぶ。
「ごめんなさい。時に愛は、すべてを捨て去ってでも愛しい人を守りたいと思うものなの。あなたも好きな人が分かるでしょう。それではごきげんよう」
――いや、ごきげんようじゃねえだろ。
あたしは脳内ツッコミ全開で 全力でジャンプする。だけど、空高く浮かび上がる気球にはわずかに届かない。空中で一瞬止まった時、リュシアンが薄笑いを浮かべているのが見えた。
「くっそおおおおお! 覚えてろよおおおおお‼」
あたしは空に向かって叫ぶ。まるであたしがしてやられた悪党のようだ。
気球は空へと消えていく。エレオノーラ様が、結婚詐欺師に誘拐された。
「どうするんですか、これ?」
ピョンちゃんが訊く。その口ぶりはやっぱり他人事だった。
「そんなの決まっているじゃない。当然、助けに行くわよ!」
あたしは気球の見えなくなった空を睨む。
不意打ちでチートスキルを使わせてしまったのは不覚だった。だけど、このままではいさせない。あいつには、自分のしでかしてきたことの罪の重さをしっかりと味わってもらわないと。
「見てなさいよ」
あたしの負け惜しみは、ピョンちゃん以外の誰にも聞かれることなく、空の青へと溶けていった。




