伯母様、愛の暴走
――プリンセス・ドリームに潜入した翌日の朝。
あたしはホテルのバイキングでプリンを大量に食べていた。シェフが引いていたけど、おいしく食べてるんだからいいじゃないよ。でも、考えたらあたしのせいでプリンを食べられない人が出てくるのか。……でも、そんなの早い者勝ちだよね。この世界は弱肉強食。
あたしがプリンにがっついている中、侯爵邸からの着信があった。えー今は食事中なんですけど。あたしはブルブル震えるバイブモードのスマホをガン無視してプリン殲滅に挑む。
だけどスマホはずっと震えている。さすがにウザい。ちょっと、空気読んでよね。
仕方なしに電話に出ると、慌てた口調のデュラン・デュラン侯爵が唾をいっぱい飛ばしているんだろうなって勢いで話しはじめる。
「タラッサ嬢、大変だ! 伯母が……伯母があの詐欺師に三億ボリーノを送金してしまった!」
思わず口に含んだプリンを噴きそうになって必死に堪える。しばらく咳き込んでから、強引に水を飲んで流し込んでから返事をする。
「ええ? ちょっと待ってください。だって、まだ送金はしないでって止めてるはずじゃ……」
「いや、それがもう手遅れなんだ。しかも……」
通信の向こうで、侯爵の声が震えている。嫌な予感。
「あの、しかも何なんでしょう?」
「……伯母が『リュシアンが危篤だから会いに行く』と言い出した。今すぐ隣国へ単身で行こうとしている。飛行艇のチケットまで取ってしまった。出発は今日の午後だ」
「えー」
いや、リュシアン、というかゲシュタルトさんよ。あんた昨日まですぐ近くにいたじゃん。
ツッコミどころ満載なんだけど、昨日に会ってから速攻で隣国に移動したってこと?
とりあえず昨日にあたしの扮した七十歳の老婆よりも、エレオノーラ様の方が脈アリだと思ったのか。それとも早々にエレオノーラ様の件を「完了」させて、さっさとあたしの方に集中しようとしたのか。
いずれにしても、エレオノーラ様が大ピンチなのははっきりした。あいつらは伯母様を誘拐して、さらなる身代金でも要求しようとしているんじゃないか。根性が腐っているから、それぐらいは仕掛けてくる可能性が高い。
こりゃあのんびりプリンを食ってる場合じゃない。
「ピョンちゃん、準備してすぐ侯爵邸に行くよ」
「こんだけプリンを独り占めしておいて、そりゃないんじゃないですかね」
「うるさいなあ。食べりゃあいいんでしょ?」
あたしは皿に載ったプリンを片っ端から口に放り込んでいった。周囲の旅客がドン引きする中、大量のプリンを一気飲み。
「ほら、ちゃんと食べたから行きましょ」
シェフが呆然とする中、あたしは部屋へ戻ると荷物をまとめて速攻でチェックアウトした。
その勢いで馬車を飛ばし、エレオノーラ様の屋敷に飛び込む。
そこでは予想通りの修羅場が展開されていた。
「伯母上、お願いです。落ち着いてください!」
「デュラン、私はもう決めたの! リュシアンが死にそうなんだから、私が行くしかないじゃない!」
エレオノーラ様は、もう完全に恋の暴走モード。キャリーバッグを三つも引きずって、通勤ラッシュの山手線だと白い目で見られるスタイルで旅に出ようとしている。
首には「リュシアン、サランヘヨ」と刺繍されたハンカチ。完全にヤバい。なんかこんな感じの人を新大久保付近で見たことがある。
「伯母上、あれは詐欺です! 危篤なんて嘘に決まっているでしょう!」
「うるさいわねデュラン。あなたはリュシアンの愛を知らないからそんなこと言うのよ!」
侯爵、正面から全否定されて涙目。正直なところ、目の前の揉め事に関わりたいとは思わない。
だけどそうも言っていられないので、エレオノーラ様の前に立ちはだかる。
「エレオノーラ様! お願いです、聞いてください。あの人、本当に詐欺師なんです! あたし、直接奴らの運営する会社に潜入して確かめてきました!」
「またあなた⁉ この前も失礼なことばかり言って。リュシアン様は私のことを『永遠のバラ』って呼んでくれるのに」
……もうダメだ、思考が完全にリュシアンで埋まっている。仰げば尊師……じゃなくて尊い推しで何も考えられなくなっている。
ピョンちゃんが小声で囁く。
「これ、もう殴って目を覚まさせるとか、物理的に治療しないとどうにもならないですよ?」
「そうは言うけど、電気ショックをするわけにもいかないし……」
「やめて下さい。テキサスの死刑囚じゃないんだから」
くだらないことを言い合っていると、 エレオノーラ様が杖を振り上げた。
「私は行く! 誰にも止められない! リュシアン様が待ってるの! 死にそうなの! 愛してるの! サランヘヨ!」
そのまますさまじい勢いで玄関へ向かおうとする。
「伯母上!」
侯爵が絶叫するように呼び掛ける。悲痛な叫びも、エレオノーラ様の足を止めることはなかった。
「もうダメだ」
小さな声で呟いてから、ある確信に至る。
――これはもう、力づくでいくしかない。
あたしはエレオノーラ様の肩を掴むと、優しく、それでいて絶対に逃がさない力で引き止めた。
「きゃあ、何するの!」
「エレオノーラ様。行くなら、私も一緒に行きます」
伯母様が驚いて振り返る。
「え……? あなたも?」
「そうです。あの男に会わせてください。私が、直接確かめてあげます」
侯爵が慌てて口を挟む。
「タ、タラッサ嬢、待ってくれ。まさか、本当に隣国へ……⁉」
あたしは笑った。どうして笑ったのかは自分でも分からない。
「ええ、もう我慢の限界です」
意識せずとも、拳の骨がバキバキと鳴っていた。デュラン・デュラン侯爵の耳元で囁く。
「あのクソみたいな詐欺師の顔を、この拳で直接ぶちのめてきます」
侯爵は呆然として、何も言い返してこなかった。
飛行艇の出立まで、あと一時間。もう悠長なことは言っていられない。
魔法少女と恋する伯母様を乗せた、エキサイティングな隣国への旅が始まる。
次は、逃げ場なしの直接対決だ。
覚悟しとけ、偽ロー〇ンド。




