化かし合い
翌朝、王都の繁華街にひっそりと佇む一軒の建物。
ピンクと白を基調にした可愛らしい看板。一見心を和ませるものだけど、実際は悪魔たちの巣窟でもある。
国際結婚支援会社プリンセス・ドリーム――看板には大々的に「夢の国際結婚をお手伝い」って書いてあるけど、色々知っていると女性の夢を食い物にする悪徳業者にしか見えない。
エクスプロージョンをはじめとした爆破魔法で粉々にしてあげたいところだけど、事情も何も知らない人からすればテロが起こったようにしか見えないだろう。それじゃダメだ。
こんなろくでもない商売、何から何までが暴かれて潰れてもらわないと困る。そうでもしないと誰かがマネをして結局はいたちごっこになる。
そういうわけで、あたしは変装して悪党の巣窟に潜り込むことにした。
光魔法と幻術を重ねて、七十歳の未亡人貴族に完全変身する。魔法少女がお婆さんになるのも変な感じがするけど、ツインテ―ルのロリ美少女がここに来ても相手にされないだろう。
銀髪のウィッグを付けてから魔法で深いシワを刻むと、杖をついて歩く。ドレスは黒の喪服風にして、首に大きな真珠のネックレスをかけてある。
声もわざと震えるおばあちゃんボイスに調整。うん、我ながらなかなかの出来だ。女神がクビになったらハリウッドで仕事が出来るなってぐらいに。
ピョンちゃんは小さくなって杖の頭に隠れる。さすがに肩にウサギを乗せた老婆が来たら悪目立ちするだろうから。
「あの、ほんとにやるんですか?」
「やるに決まってるでしょ。敵を知り己を知れば四百戦無敗の達人がごとしよ」
「なんか微妙に間違っているような」
「あーもううるさい。さっさと行くよ」
深呼吸してプリンセス・ドリームのドアを押す。チリンチリンと音が鳴り、なんか床屋みたいだよねって密かに思う。
「いらっしゃいませ~」
甘ったるい声。いかにも水商売っぽい女性があたしを迎えた。女性用のスーツは着ているけど、胸元は必要以上にはだけていて、シャツのボタンは第三ボタンぐらいまで開いている。老婆相手だと逆効果な気がするけど、なんでそんなに露出を高めに設定しているのか。
あたしを出迎えた人物は知っている。プリンセス・ドリームのホームページにも載っていたメンバーだ。
ミラ・マジビッチ――元キャバ嬢で、おそらく枕営業やら美人局を担当している不良転生者。いかにも陽キャっぽい日焼けした肌に、金髪の威容が圧強め。客が逃げるじゃんと逆にアドバイスしてあげたくなる。
「まあまあ、貴婦人のお客様でいらっしゃいますわね。未亡人様でいらっしゃいますか? お辛いお気持ち、お察ししますわ~」
一瞬で未亡人と見抜かれた。さすがプロ。だけどその言葉はデリカシーが無さ過ぎてやっぱりツッコミを入れたくなる。客が逃げるぞと。
あたしは震える声で、演技を開始した。
「わたくし……夫を亡くして十年経ちました。もう寂しくて寂しくて……どなたか、素敵な王子様はいらっしゃいませんかしら……?」
ミラの目がギラッと光る。
「まあ~! そんな素敵なご令嬢にぴったりな方が、今ちょうどご紹介できるんですのよ、フフン。こちらへどうぞ~」
奥の応接室に通されると、そこにいたのは――白いスーツに身を包んだ、あの偽ロー〇ンド。エレオノーラ様にはリュシアンと名乗っていた、煽り耐性の低い自称王子。いや、国際結婚支援会社 プリンセス・ドリーム総代表でもある彼には本当の名前がある。
ゲシュタルト・フォン・カイン――いきなりスマホごしに罵り合った男とのご対面だった。
見た目だけ貴公子の詐欺師は、たっぷりとタメを作ってからサングラスを外す。切れ長の目が、変装したあたしの姿をとらえる。
「初めまして、麗しきバラよ。俺はバグダリーヤ帝国第一王子、リュシアンだ」
のっけから大嘘だな。まあ、ゲシュタルト・フォン・カインなんて名乗ったら「お前代表やんけ」ってツッコまれちゃうからだろうけど。
リアルで見ても、やっぱりロー〇ンドに似せて整形している。でも鼻と目のバランスが微妙にズレている気がする。思えば美容整形の専門家は転生させた覚えがないから、自分で髪を切る感覚でセルフ美容整形でもしちゃったんだろうな。後はメイクでごまかしている感じ。
あたしはわざと頬を染めて、杖をつきながら近づく。魔法少女の能力を駆使して、あたしも全力で相手をだます。プロとプロの化かし合いだ。
「まあ……王子様……わたくしのような年寄りを……?」
「年齢など関係ない。君の心の美しさに、俺は恋をした」
リュシアン、もといゲシュタルトがあたしの手を握ってくる。なんかベタベタしていて、いちいち詰めが甘いなこいつと思いながらそのぬくもりを受け入れる。
「分かるぞ、君の瞳は、まだ愛に飢えている。俺が、俺こそがその寂しさをすべて埋めてあげよう」
――うわっサムい。こいつのセリフ、サム杉でしょ。
このクソ甘いセリフで、本当に落ちる未亡人なんているの? いや、エレオノーラ様が落ちたのか。何やってんだよ。誰が見てもクソナルシストじゃん。嫌悪感でうっかり殴りそう。
でも我慢我慢。今の時点で殴ると、あたしは証拠不十分の中で民間人の結婚相談所にカチコミに来た反社の人間ということになってしまう。こいつらがシッポを出すまで、手荒なことは控えなきゃ。
未亡人の役に徹して、あたしは震える声で続ける。
「でも……わたくし、もう年でして……。とてもじゃないですけど、こんなに立派な王子様の妻になるなんて……」
「言っただろう? 年齢なんて関係ないさ。愛があれば何だって出来る。心配するな。俺は今、亡命中で少し困っているが……あと五億ボリーノあれば、王位復帰して君を正式に迎えられる」
ちょ……五億⁉ 初回から五億要求かよ。共犯者のミラが横から甘い声で重ねる。
「奥様、リュシアン様は本当に素敵な方なんですぅ~。先月も別の奥様が三億寄付してくださって、もうすぐ幸せな結婚が……」
うっわ、すでに三億ボリーノ払っちゃった人がいるんだ?
マジか。引くわ。うまい棒三千万本ぐらい買えるじゃん。
……ハイ、確信した。こいつら、真正の悪党だ。
人を食い物にして、甘い汁を啜る。それは彼らが元いた世界で唾棄すべき存在だったはずなのに。何も知らない人を犠牲にして今度は自分が甘い汁を啜る側に回ろうとしている。
あたしの中で、何かがプツンと切れた。でも、まだだ。ここで暴れたら、伯母様の件が解決しない。駆け引きでは怒ったら負けだ。女神はそんな失態を犯さない。
あたしは涙を浮かべて、震える声で言った。
「五億……ですか……わ、わかりました……わたくし、なんとか用意しますわ……」
ゲシュタルトとミラが薄く笑った。勝ち誇った、獲物を仕留めた獣の笑み。喜びを隠そうにも、あたしの目はごまかせない。まあ、実際に罠にかかったのはあなた達の方なんですけどね。
「潰してやるよ」
「え? 何か言いました」
「いいえ、何でも」
危ない危ない。うっかり本音が漏れかけた。でも、上手いことごまかしたから大丈夫。
杖の頭で、ピョンちゃんが小声で囁く。
「あの、怖いです。殺意の波動が出てますからね?」
セコンドのアドバイスに従って、あたしは優しく微笑んだ。
「ええ……どうにかしますから、ちょっとお時間を下さいな」
「どうぞどうぞ。こちらは助けてもらう側ですから、いくらでも待ちますよマイレディ」
隠された殺意にも気付かず、リュシアンが優しい笑みを見せる。
――その猿芝居、いつまで続くかな?
老婆に化けたあたしは、誰にも気付かれないまま密かに嗤った。




