結婚詐欺師の顔
エレオノーラ様の部屋に入ると、部屋の奥にはプロジェクターのスクリーンを思わせる幕が垂れ下がっていた。
「こうすればリュシアン様の顔がよく見えるでしょう?」
あたしの思考を読んだかのようにエレオノーラ様がいたずらっぽく笑う。
プロジェクターの前にスマホをセットしてエレオノーラ様の顔が映る角度にスマホをセットすると、ZOOMみたいに互いの顔がスマホの画面に映り、それがもう少し先に設置された幕へ大写しになる。
「この世界に男は二種類しかいない。俺か、俺以外だ……」
どこかで聞いたことのある言葉とともに、金髪の貴公子が白い幕に浮かび上がる。少女漫画にでも出てきそうなその男は、真っ白なダブルのスーツに身を包んでいた。絶対にナポリタンとか食べられないやつ。
……っていうか、ちょっと待て。こいつ、思いっ切りロー〇ンドやん……。
画面に映るのは、地球の有名人であるかの有名ホストだった。でも、よくよく見ると色々違う場所がある。何て言うか、整形でどうにも出来なかった部分をメイクで無理くりごまかしているみたいな、そんな残念さを感じる箇所が顔のあっちこっちにあった。画像加工でもしているのか、それとも本人が頑張っているのかは定かではない。
「リュシアン様、会いたかったわ!」
「ああ、こんなところに綺麗なバラが咲いていると思ったら君じゃないか」
チー牛が言ったら一生トラウマになりそうな言葉でも、目の前の貴公子が言うとなぜか説得力があった。
「まあ、リュシアン様ったら。いつもお上手ね」
「そんなことはないさ。俺は単に見たものをそのまま表現しただけだ」
――ホント、お上手ですこと。
スクリーンの外側から著作権侵害王子をヤジりたい衝動に駆られる。
「今日は君と結婚式を挙げる場所を探していたところだよ。今日は結婚式の下見でタカナワ・プリンセスホテルの人と打ち合わせをしてきたところだ」
「まあ、どこか知らないけど私たちの幸せは確実に近付いているのね!」
エレオノーラ様は子供に戻ったみたいに小さく跳ねて喜ぶ。ちょっとかわいい。って、結婚式の会場品川じゃねーかよ。どうやって行くんだよ。しかも近々に閉業予定じゃねーか。
ダメだ、こいつにお金を渡したら確実にトンズラする。お前の正体は詐欺師か詐欺師以外だ。
「ねえ、そこってもうホテル自体が閉業する予定なんだけどさ、どうやって結婚式を挙げつもりなのかな?」
思わず二人の世界に割って入る。ロー〇ンドもどきにはあたしの姿が見えていないから、死角から声が聞こえていくらかの動揺が見られた。
「マイレディ、そこにお客さんでもいるのかな」
「ああ、ごめんなさい。今日はその娘を紹介しようと思って連絡したの」
大して腹を立てるでもなく、エレオノーラ様はあたしをスマホの前にまで連れてきて紹介した。
「はじめまして。魔法少女のタラッサと申します」
「……魔法少女ねえ。そういう設定なのかな?」
「いや、あたしは本物の魔法少女だよ。あなたと違ってね」
そう言った瞬間、室内の空気が一気に冷える。心持ち、結婚詐欺師の顔つきが険しくなった。
「それはどういうことかな?」
「さっきから二人の会話を聞いていたんだけどさ、あなたはエレオノーラ様と一回も会ったことがないんだよね?」
「ああ、そうだがこうして顔を見て話しをしている。それで十分じゃないか」
「おかしいよね? 本当に愛しているなら、直接会って手を繋ぎたいとか、そういう風に思ったりしない?」
「残念ながら俺は亡命中の身だ。祖国は悪党どもに占拠されていて、見つかればどんな目に遭うかも分からない。そんな身で愛する人を危険に遭わせるためにはいかないさ」
きっと何度も練習したんだろう。滑らかに嘘が口をついて出てくる。だけどその程度であたしはごまかせないよ。
「それでもおかしいよね? どうして危険な身の上の人が高輪プリンスホテルに下見なんて行けるのかな? あたし、バカだから分かんないんだけど」
「ちょっと、それ以上言うと失礼よ」
横からエレオノーラ様があたしをたしなめる。嫌な汗をかいているみたいだった。でも、そんなので手を緩めるほどあたしは甘くない。
「この後さ、どうせ『結婚式には費用が必要だ』って言って、エレオノーラ様からまた一億ボリーノぐらいふんだくるつもりなんでしょう?」
「……お前は、何だ? 何の権限でそんなことを言っている?」
エセ貴公子が怒りに声を震わせはじめた。ヨシ、このまま本性を暴いてやる。
「じゃあ訊くけどさ、あなたはどこの国の王子様なの? サウジアラビアあたりの石油王の息子とか?」
「その国は知らないが、俺はバグダリーヤ帝国の第一王子で時期国王の身だった。だが政変というかクーデターで国を追われ亡命せざるをえなかった。俺の他にも血の繋がらない王子が多数いたから、俺のことをうやっかんで無実の罪を着せられたんだ」
「バグダリーヤ帝国? そんな国聞いたことないんだけど? それって本当に存在する国なの? テキトーに中東っぽい国をでっちあげているだけじゃないの?」
「失礼だな君は。そりゃ地球にはそんな国はないだろうさ。でも、ここはコルヴム・パラディスという異世界だ。どんな国があったっておかしくないだろう。なんなら修羅の国があったっておかしくない!」
キレ気味に強い口調で反論するニセロー〇ランド。あたしはあえてニヤっと笑って見せる。
「あれ? おかしくない? あたしは別に地球出身だなんて一言も言ってないんだけど。どうしてそう思ったのかな~? 超能力なのかな~?」
あたしの煽りスキルが炸裂して、エセ貴公子の顔が怒りで歪む。絶対にツイッターとかやっちゃダメな人だ、こいつ。
「無礼だぞ、君は! なんで今しがたに出会った奴にそこまで言われなきゃいけないんだ!」
「そうよ、タラッサ嬢。リュシアンに謝ってちょうだい」
エレオノーラ様が動揺して詐欺師に助け舟を出す。
「エレオノーラ様、見たでしょう? こいつ、外の世界からやってきたろくでなしですよ。こんな奴にお金なんてビタ一文もやったらいけません。こいつはエレオノーラ様を骨の髄までしゃぶって捨てるつもりです!」
「失礼よ、出て行って!」
スイッチが入ってしまったのか、エレオノーラ様が屋敷中に響き渡りそうな声で怒鳴った。スクリーンに映ったロー〇ンドも耳がキーンってなったみたいでのけぞって呻いている。
「出て行って。あなたがそんなことを言う人だとは思わなかった! リュシアンは私のことを愛してくれているだけなのに、そんなひどいことを言うなんて……!」
エレオノーラ様は目に涙をいっぱい溜めて、怒りに身を震わせている。ヤバい……。
「あ、あの……気分を害したのであれば謝りますけど、やっぱりこの人、メチャクチャ怪しいんですって」
「出て行って‼」
もう一度怒鳴られて、あたしはエレオノーラ様の部屋を辞去するしかなかった。熊に会ってしまった人のように、冷静に前を向いたまま後ずさる。
扉を閉めると「ああ、ごめんなさい、リュシアン。私、あなたに何てひどいことを……!」ってドアの向こうから聞こえてくる。止めに入りたいところだけど、やったら一層状況が悪化するだけだ。うわ最悪。
「どうするんですか。状況が一層悪くなったようにしか見えないですけど」
さっきまで肩の上で静かにしていたピョンちゃんが口を開く。
「うっさいわね。あそこまで話が通じないとは思わなかったんだから」
「これってもう無理ゲーじゃないですか?」
「そうは言ってもデュラン・デュラン侯爵のお願いだし、そう簡単にあきらめるわけにもいかないでしょ」
言ってから気付いたけど、とりあえずさっきの男がろくでもない転生者であることらしいのははっきりと分かった。追い出されはしたけど、収穫が無かったわけじゃない。
さっきも失敗したように、とりあえず正面から激詰めしてその正体を暴こうとしても失敗する。となれば、あの結婚詐欺師にこっちから直接接触してシメるしかない。
一見最悪な状況になった気がしないでもないけど、まだ希望の芽は無くなっていない。
「とりあえず、あの詐欺師について調べなくちゃ」
とにかく動く。座して待ってもチャンスは来ない。勝利の方程式は動いて、動いて、そしてまた動くことだ。




