何歳になっても恋は盲目
翌日の午後、あたしは侯爵の手配した馬車で王都郊外の別邸へと向かった。
くだんの門をくぐると、薔薇のアーチが続く庭園が広がっている。オスカルでも住んでいそうな優雅さだ。
アーチを抜けると、いかにもお金持ちって感じの屋敷が待っていた。侯爵の家もすごかったけど、こっちはさらにお金がかかっている感じ。そこで待っていたのは、六十代半ばとは思えないほど上品な老貴婦人だった。
銀髪を優雅にまとめ、淡いラベンダー色のドレス。誰が見ても分かる、貴族のマダムだった。
人の好さそうな貴婦人は恋する乙女のようだった。そう、人生が楽しくて仕方がないといった感じの。
「まあ、あなたがタラッサ嬢? デュランから聞いておりましたわ」
デュラン・デュラン侯爵の伯母、エレオノーラ・ヴァン・ロッシ侯爵夫人。その人は優雅に微笑みながら、ドレスの裾をつまんで敬意を表した。
「はじめまして、エレオノーラ様。お会い出来て光栄です。このたびはお話があるとのことで……」
「ああ、今日は本当に素晴らしい日ですわ。だって、リュシアンが今朝もメッセージをくださったのですもの!」
「あの、エレオノーラ様……?」
自己紹介もろくに済んでいないのに、くだんのマダムはのっけから暴走気味だった。
「ほら、見てちょうだい。今日もリュシアンがくれたの」
嬉々としてスマホを見せてくるエレオノーラ様。偉い人なので話は聞いてあげようと思った。スマホにはリュシアンからのメッセージが来ている。名前からして韓流スターなんだろうか。いや、コルヴム・パラディスに韓国は存在しないはずだけど。
それはともかくとして、スマホの画面には謎のポエムみたいな文章が書かれている。
『ジュテーム・マイハニー♡今日も君のことを考えて目覚めたよ。これはきっと神様が僕たちを引き合わせてくれたんだよ。早く君に会いたい。結婚したら、君を世界一幸せにするよ』
ジュテームねえ。韓国じゃなくてフランスの人だったのかな?
っていうかすごいね。ここまで詐欺っぽいメッセージを送れるって逆に才能だと思うけど。地球の人だったら九割ぐらいの人が国際ロマンスの人だって気付くと思うよ? もうちょっと文面考えられなかったのかな?
そうは思うけど、現に今、ここに引っかかっている人がいる。それが王都にとって重要な人物というのだからタチが悪い。
エレオノーラ様は恋する少女のようちリュシアンの説明をはじめる。
「リュシアン様はね、遠い東の大国・アラビア風の国にいる王子様でいらっしゃるの。 政情が不安定で、今は亡命中なんですって。それで財産は持っているけど、安住の地が見つからなくて困っていたみたいなの。そこで私たちが偶然に出会って……」
「ええ、ええ(棒読み)」
「リュシアンにはまだ会えていないけれど……でも、愛に国境なんて関係ありませんわよね?」
伯母様の目は完全にハートマークだ。侯爵があたし達に伯母の対応を丸投げしたのも分かる気がする。これは詐欺だと理解させるのに、とても苦労しそうだ。
大体、アラビア系の人がジュテームなんて言うわけないじゃん。っていうか、アラブはこの世界にもあったんか。もうワケが分からない。世界観整えとけよ。
どうしていい年をした大人がこんな罠に引っかかるのか分からないけど、やっぱり未亡人で居続けたことが寂しかったのか、それともハーレクイン小説ばっかり読んで何十年も過ごしてきたのか……。
六十代の人だけど、なんか子供の夢を壊すみたいで嫌だな。でも、遅かれ早かれ放置すれば傷付くのはエレオノーラ様だし……。
そんなあたしの想いも知らず、エレオノーラ様は恋する乙女モード全開だった。
「リュシアン王子はね、私のことを『心のバラ』って呼んでくださるの。『心のバラには水をあげなきゃ』なんて言って、昨日も三時間ほど、メッセージで愛を語り合ったわ!」
「え? 三時間も?」
「そうよ。財産はどれぐらいとか、公務以外の収入源についても訊かれましたわ。財テクについて教えてあげようと思って、株の話もしてあげたり……」
ちょ……それ、思いっ切り資産の探りを入れられてるだけじゃん。
「また結婚もしていないのに資産について訊かれるのですか?」
「もう、そんなこと言って! 結婚してから資産の話をしていたら遅いじゃない。お金の話は大事なのよ?」
プンプンという顔で昔のアイドル風に頬を膨らませるエレオノーラ様。これは、もしかしたらとんでもなく手ごわい相手が来たかもしれないぞ。
「相手のことが好きすぎて、何もかもいいようにしか受け取れなくなっていますね。まさに恋は盲目ってやつです」
ピョンちゃんが小声で囁く。たしかに、今のエレオノーラ様は洗脳されている状態にほど近い。今の彼女にあたしがどれだけ「それは詐欺です」と言っても話は入っていかないだろう。だけど、そうも言っていられない。
あたしは咳払いして、慎重に切り出す。
「エレオノーラ様、その……リュシアン王子とは、実際に会ったことは?」
「何を言ってるの! さっき会ったことはないと言ったばかりでしょう?」
「ああ、そうでした。なんだかすいません……」
どこかからお葬式のお鈴がチーンと鳴らされた気がした。ダメだ、もうこの時点でどうしようもない気がする。
エレオノーラ様はいまだに興奮気味にまだ見ぬフィアンセに恋焦がれている。
「リュシアン様は政情が落ち着いたら、すぐに私を迎えに来てくださるって。ああ、早くその日が来ないかしら? 私は首を長くし過ぎて、そのままキリンになってしまいそう!」
チーン(二回目)。
完全に聞く耳ゼロ。むしろ「疑うなんて失礼ね」っていう空気さえ漂っている。
あたしはエレオノーラ様のスマホをチラ見する。リュシアンって、どんな人なんだろう?
プロフィール写真は、金髪碧眼の超イケメン。背景にヤシの木と豪華な宮殿。……っていうか、これって地球で超有名ホストだったロー〇ンドの写真じゃね?
ちょっと待って。少なくともあたしはロー〇ンドを異世界転生なんてさせていない。彼はチートの能力を得るには成功し過ぎているから、コルヴム・パラディスには来ない人だと思うけど。
誰だか知らないけど、異世界ならバレないだろうとロー〇ンドの肖像権を侵害しているアホがいるみたい。
呆れていると、エレオノーラ様がまた熱を持った声で続ける。
「それでね、リュシアン様が今、亡命先でちょっとお金に困っていらっしゃるそうで……」
うわ、来た。国際ロマンス詐欺のテンプレ展開じゃん。
「だから……私が少し援助してあげようと思って」
「……そうですか。ちなみにいくら?」
「あと三億ボリーノあれば、すぐに王位復帰できるんですって!」
ちょ……。
……三億って、完全に人生を破滅させる金額じゃん。ルシアン男爵がランサムウェアに引っかかった時の要求金額と同じ。一般人だと年末ジャンボ宝クジでも当てなければ絶対に用意出来ない金額だ。
だけど伯母様は完全に舞い上がっていて、 こちらの話なんて一ミリも耳に入っていない。
「ねえ、タラッサ嬢。あなたもリュシアン様に会ったら、きっと恋に落ちるわ。だって、本当に素敵な方なのよ」
「ええ(やっつけ)」
「私の支援金が一人の男性だけでなく、遠くの国まで救うなんて素晴らしいと思いませんの?」
「……」
……はい、もう完全に手遅れです。
恋の魔法、効きすぎ。魔法少女でもお手上げ。
これ、物理的にスマホを叩き割るか、伯母様を気絶させるしか方法ないかも。
ピョンちゃんが囁く。
「これ、完全に洗脳されてますよね……。どうやって正気に戻すんですか……?」
あたしは答えられなかった。他の人だったらいつものように鉄拳制裁で物理的に正気に戻るところだけど、目の前にいるのは伯爵の伯母であり政治的にも重要な立ち位置にいる要人だ。そんな叩いて直そうなんてしたら大変なことになる。
それでも何とかしないと、この貴婦人はとても悲しい思いをすることになる。それだけは何としてでも防がないといけない。
また大変なお仕事を引き受けたなとは思うけど、これから何とかしなくちゃ。




