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思わぬ手がかり

 あたし達はワイルドボーイことデュラン・デュラン侯爵の屋敷を再訪した。侯爵の顔は前よりもさらに痩せこけているように見えた。ろくに食べ物も喉を通らないのだろう。半分は自業自得だけど。


「おお、来てくれたか。それで、犯人は見つかったのか?」

「あ、それはまだなんですけど……ちょっと、今どんな感じか説明しますね」


 さて、どうしようか。散々動き回っておきながら、実質的には進展ゼロなんじゃないか。だって、これはイケると思ってガサ入れをしたFUNZAはシロだったんだもん。あれじゃあただ家宅捜索をして嫌がらせをしただけみたいなものだし。


 今の侯爵に事実をそのまま伝えると死んじゃうだろうから、伝え方を工夫しないといけない。そうだ、伝え方が九割ってやつ。


 ふりだしに戻るような展開をうまいこと粉飾して、さも進展があったかのように見せかけた。


「……というわけで、FUNZAがシロだって分かったのは大きいんです」

「そうか……。それも進展なんだな?」

「も、もちろんですよ。だって、調査対象が減ったんですから」

「あの、侯爵は進展がないことに気付いているみたいですけど」


 ピョンちゃんに耳元でボソッと言われて咳き込みそうになる。だけど、ここは自信満々に順調をアピールしておかないといけない。後で覚えてろよ。


「と、とりあえずですけど、また執務室のノートパソコンを見せてもらえますか? そこにもしかしたら手がかりがあるかもしれないので」


 これ以上ここに長居したくないだけの理由だったけど、侯爵は特に疑問も持つことなく使用人にあたし達の案内を命じた。再度執務室へと向かう。


 執務室の机に置いてあるノートパソコン。侯爵がランサムウェアに感染してから、まるで使われていない「夜の相棒」。


『お前の社会的な死まであと23:21:48』


 ……うわ、タイムリミットが一日を切っちゃったよ。


 あらためて乗っ取られたパソコンを見ると絶望的な気分になる。これがゼロになった瞬間、侯爵のイキ顔が全世界へと拡散されていく。あたしならイケオジの侯爵でもそんなことがあるんだぐらいにしか思わないだろうけど、世の中にはちょっとしたやらかしを凶悪犯罪のように吹聴したり報じる人がいる。名誉というものは常にピラニアの泳ぎ回る水槽と隣り合わせってやつだ。


 実際問題、侯爵のイキ顔とそれに付随する情報があちこちに流れたら、侯爵はその職を解かれるだろう。単純にクレーマーがうるさいし、そのまま放置すると暴動になったりするからだ。そいつらもエロ動画は観ているくせに。


 そういったわけで、あたしはどうにかこの犯人を探し出し、しょうもない下半身スキャンダルをもみ消して侯爵をはじめとしたおバカな貴族たちを聖人として保っておかないといけない。


 くそう、誰なんだよ。このランサムウェアを異世界に持ちこんだバカは。見つけたらフルスイングでぶん殴ってやるんだから。


 手詰まりになったのもあって、半ばヤケクソ気味にノートパソコンを色々といじくりまわしてみる。だけどやっぱりカウントダウンが無常に動き続けるだけで、パソコンごと破壊してやろうかと思ったけど侯爵のイキ顔はすでにネットに保存されているだろうからあんまり意味が無いなって思った。


「やっぱり難しいですかね?」


 前回も他人事みたいな顔で観察していた若い使用人が、壊れてどうしようもないパソコンを買い替え時か訊くみたいに言う。


「そうね。正直、どうしようもないわ。悔しいけど」


 使用人の前だけで本音を言うと、なぜか彼は嬉しそうな顔をしていた。


「まあ、専門家じゃないんでしょうがないんじゃないですか? しっかし、ランサムウェアってのは怖いですねえ。シロートの俺たちにはどうしようもないし、たまたまエロ動画を観ていたら顔写真を撮られてオワター! ですからね。俺だったら絶対にそんな目に遭いたくないっすねえ」


 使用人は饒舌だった。日頃の怨みでもあるのか、侯爵に同情的な言葉を並べつつもこの状況を楽しんでいるように見えた。


「FUNZAの開発部長も悲惨だよな~。エロいアプリってあちこちで叩かれて、あちこちのエロ貴族から怨まれて会社にガサ入れまでされるんだから」

「ちょっと待って。あなた、あたしが侯爵に報告を入れていた時、その場にいなかったよね?」

「えっ……」


 使用人の顔から色が消えていく。致命的なミスを犯したことに気付いたようだった。


 間髪入れずに使用人に足をかけると、そのまま小外刈りで体勢を崩して素早く馬乗りになった。


 使用人は仰向けで目を見開いたまま固まっている。


 あたしは膝で胸を押さえつけ、首を振ってピンクツインテールを後ろへ流した。


「あたしの報告を聞いていないのに、他の貴族に被害が出ていることを知っているのはおかしいよね? どうやって知ったのかな?」


 語るに落ちた使用人が死にそうな顔で弁明する。


「……ち、違いますよ! たまたま廊下で話を聞いただけで……」

「じゃかましい。眠い嘘つくんだったら首をへし折るぞ。三途の川で貞子とデートでもしたいんか、ワレ」


 あたしは使用人の襟首を掴み、顔を数センチまで近づける。マル暴モード全開でいく。


「おう、答えろや。お前、いったい何をやった?」


 使用人は震えて首を振りまくる。恐怖で喋れないみたいなので、思いっ切りその顔をひっぱたいた。


「頭が真っ白になってるうだからもう一度言ったるわ。お前、侯爵のパソコンに何をしたんや。答えろや」

「ヤクザですね、完全に……」


 小声で呟くピョンちゃん。茶々を入れられようが、目の前の手がかりを逃すわけにはいかない。あたしは襟首を両手で掴み、そのままギューッと締めていく。答えなければ、この男は窒息して死ぬ。


「俺が、やりました……」


 使用人が落ちた。あたしはニヤけそうになるのを答えながら訊く。


「おう、何をしたんや。言ってみろや」

「SNSで流れてきたホワイト案件っていうバイトがあって……パチンコで負けた金を取り戻そうとして、侯爵の情報を流していました」


 言われてみれば、灯台下暗しってやつだった。


 いくらコルヴム・パラディスで出回っているパソコンが劣化コピーとはいえ、IT系のデスマで苦しんでいた転生者たちがそんなに脆弱なハードを製造するはずがない。


 パスワードだって設定するだろうし、ネットワークだってそれなりに管理がなされているはず。そんな中でランサムウェアの犠牲者が多発するのは、単に被害者の身内に協力者がいたっていうオチだった。


 この使用人、パチンコで大金をスッた後に借金をして取り返そうとしたらしく、さらに負けて首が回らなくなったそうだった。


 それでスマホでバイトを探していたところ、ホワイト案件のラベルが付いた真っ黒なお仕事を紹介されたってわけ。典型的な闇バイトじゃないの、このアホ。


「それで、あなたは具体的に何をしたの?」


 マル暴モードを解除したあたしは、詳しい事情を聴取しにかかる。


「バイトのクライアント――『アノニマス勇者』を名乗るグループに、侯爵様の閲覧履歴とスケジュール、端末のIDを売っていました。報酬は案件ごとに五万ボリーノ……。パチンコで作った膨大な借金があって、提示された金額に目がくらんでしまいました」

「どうしようもないわね、あなた」


 あたしは使用人にマウントポジションを取ったまま、肩をすくめる。だけど、聞きたいことはそれだけじゃない。


 使用人の胸板に置いた膝に力を込める。裏切り者が、痛みに顔を歪めた。


「それで、ウイルスはどうやって感染させたの?」

「俺が……深夜に執務室に忍び込んで、広告ポップアップを偽装したUSBメモリを挿しました。カメラが自動起動するように仕込んで……侯爵様が……その……『お楽しみ中』に撮影されるように……」

「ってことは、実際には侯爵様が動画をお楽しみになる前の段階でウイルスは感染していたわけね。動画の閲覧が原因というわけじゃなくて」

「詳しいことは知りませんけど、動画のヌキどころで閲覧者の心拍数や体温が上がると、それを感知してカメラが起動するシステムみたいです。仕組みは分からないけど……」


 使用人が消え入りそうな声で言う。でも、他にも訊くべきことがある。


「それじゃあ、伯爵やら男爵やらと他の貴族はどうやってハメたわけ? まさかあなたがそれぞれの屋敷に忍び込んだわけじゃないだろうし」

「……それは、他の使用人にもこの仕事を紹介して……仲介料を、もらっていました」


 うわ、最悪。クズしかいないの? 貴族の使用人って。


 ボルドー伯爵、ヴィクトル子爵、ルシアン男爵……そのすべての使用人がことごとく主君を裏切っていた。彼らはそれぞれに金銭的な事情を抱えており、似たような者たちが集まっているだけだった。


 全員が全員こんなクズじゃないんだろうけど、どんな事情があっても主君を売っていいなんていう道理は立たない。


「それじゃあ訊くけど、そのクライアントとやらはどこにいるの?」

「……」

「答えないつもりなら、侯爵の代わりにあたしが裁きを下してあげるけど?」


 マウントを取ったまま、使用人の顔に握りこぶしを近付けていく。これが当たれば、このそこそこ整った顔は床にめり込んでその一部になる。


「……王都下水道の奥……旧ギルドの廃墟……です。リーダーは『ジョン・ドゥ』って名乗っていて、おそらく転生者で……」


 ピョンちゃんが耳をピクッと立てる。


「犯人がジョン・ドゥに潜んでいる場所は下水道ですか。そいつはクサいですね」

「下らないこと言ってないで、そのジョン・ドゥとやらをシバきに行くわよ。本名じゃないだろうけど」


 ジョン・ドゥという名前は日本で言う「名無しの権兵衛」を指す。最近だとスズキタゴサク? まあ、要は本名じゃないってこと。


 棚ぼた式ではあるけど、思わぬところから手がかりが出てきた。あとはこの糸を手繰って、貴族たちを恐怖に陥れた犯人をシメるだけだ。


「まったく、ろくでもないわね。また中二病をこじらせた奴が地下の帝王でもきどっているんでしょうけど」

「下水道だと地下の帝王って言うよりはトイレの神様の方が近い気がしますね……」


 ピョンちゃんが軽口を叩く。あたしは聞こえないことにした。


 ともかく、せっかく与えた力で人からお金を強請るなんて許さない。このあたしを怒らせた代償、しっかり払ってもらうわ。


 使用人に腰縄を付けると、犬の散歩みたいに侯爵のもとへと行く。腰縄に気付かない侯爵が、戻って来たあたしを見て口を開く。


「どうだった、タラッサ嬢?」

「犯人の尻尾、掴みました。ちょっと、屋敷の掃除が必要そうです」

「本当か。して、犯人はどこに……?」

「一人目こいつです」


 あたしは手に持った腰縄を掲げながら使用人を指さす。侯爵はしばらくフリーズしてから、「何だと?」と驚愕を見せた。まあ、そりゃ自分の身内が裏切り行為なんかしていたら驚くよね。


「それから、真犯人がいるようです。この子も、そいつからお小遣いをもらってバイトをしていたみたいなので」

「なんと……では、その者を捕まえればこのランサムウェア騒動も収まるのか?」

「おそらくね。それで時間が無いので、あたしはさっさと先を急ぎます。この子の処分は任せますので、後はよろしく」


 あたしは闇魔法のスペルを唱えると、虚空に現れた黒い影のヒモが瞬く間に使用人を亀甲縛りにした。侯爵はドン引きしながら、亀甲縛りで床でうごめく使用人を眺めていた。


「犯人にはもう少し厳しいおしおきをしてきますね」


 そう言い捨てて、あたしは侯爵の屋敷を後にした。ランサムウェアが発動するまで時間が無い。一刻も早く犯人を追い詰めて、可能な限り拳でボコボコにしてやらなくちゃ。


 今回はあわや誤認逮捕もやらかしそうになったし、関係の無い一般企業にまでカチコミをしかけた。あたしの顔に泥を塗った代償、しっかりと思い知らせてあげる。


「なんか、相手にとってすごく理不尽なことを考えてません?」


 ピョンちゃんの声を無視して、あたしは下水道目指して歩いて行く。


 本当の戦いはこれからよ。覚悟して待っていなさい。

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