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アノニマスの糸を手繰る

 侯爵の屋敷を後にしたあたしは、王都の貴族街を歩き回った。時間も無いので、早く行動しないと。


 夕暮れの空が紫に染まる中、石畳の道に並ぶ豪邸を次々尋ねる。スマホの通話でエルウィン騎士団長と話して、簡単に情報収集のために貴族たちの家を訪問して被害状況を訊いて回るので便宜を図ってほしいとお願いした。


 団長はあたしに全幅の信頼を置いているので、すぐに行動してくれた。五分後びは一件目の貴族のアポを取った状態で折り返してくれた。あたしが行動している間に、さらなる調査とアポ取りをしてくれるとのこと。


 さすがっていうか、体育会のボスっていうよりはインテリ方面で素晴らしい優秀さを見せている。


 さっそく一件目の貴族の屋敷へ向かって歩いて行く。貴族の名前や屋敷の地図まで付けてLINEで送ってくれた。対応力すげーな。そこに行けば侯爵と似たような被害に遭った貴族と話が出来るとのこと。


 こんなに直球で聞き込みするなんて、魔法少女の潜入捜査というよりは探偵みたい。ピョンちゃんが肩でため息をつく。


「なんだか萎えますね。これから貴族の恥ずかしい情報を鬼のように聞かされると思いうと。ボクの方が精神的にやられそう。侯爵のイキ顔だけでもトラウマなのに、次はどんなエロスキャンダルが待っているんだろうって」

「バカ言ってないで動くわよ。そのバカな貴族だって、泣き寝入りしてるだけの被害者かもしれないんだから。でも……」

「でも、なんですか?」

「もしかしたらアレかもね。みんなの晒した『恥部』が似ているんだったら、犯人の行動パターンが見えるかもしれない。そんなにやり方を変えるとは思えないから」

「ああ、なるほど。それはあるかもしれませんね」


 ピョンちゃんが珍しく素直に感心する。そこまで深く考えていなかったことは秘密だ。あのカウントダウンが始まったパソコンと睨めっこしたところでどうとでも状況が動くようにも思えなかっただけなんだけど、結果として動いたことは良かったみたい。


 さっそく一件目の訪問先に辿り着く。


 最初の訪問先は、侯爵の遠縁に当たる伯爵の家だ。門衛にスマホでエルウィンの紹介状を見せると、「何でもかんでもスマホで済ませやがって」と言われながらも通された。きっとあなたもあと十年もすれば何でもかんでもスマホで済ませていると思うけどね。


 屋敷の応接間で待つのは、太めのボルドー伯爵という貴族だった。五十代ぐらいに見える地元の名士は顔が赤らんで、それはかわいすぎるあたしを見たからではなくて、昼間っから酒を飲んでいるからみたいだった。


 ボルドー伯爵に紅茶を勧められたけど、緊張で手が震えているように見えた。アル中のせいかもしれないけど。


「君がエルウィン騎士団長の送り込んだ使いか。侯爵から話は聞いているよ。恥ずかしいが……私も、あのアプリにやられたんだ。そう、『FUNZA』だよ。息抜きにサキュバスJKのマジックミラー馬車の動画を見ていたら、突然画面が固まったんだ。なんだと思っていたら、妙なメッセージが出てきた『君のアヘ顔を動画でキャッチ。五億ボリーノ払え、さもなくば画像を名前付きで拡散する』って……。私の……あの、絶頂の顔が、添付画像でメールに添付されて……ああ、思い出したくもない! 犯人は『アノニマス勇者』と名乗っていて、正体が分からなかった。警察に言おうにも自分がそんなハニートラップに引っかかったなんて言えなくて、結局は半分振り込んだよ……」

「それで、どうなったんですか?」

「あいつらふざけやがって。『半額だから約束は履行されていない』と言って私のアヘ顔を拡散しやがった。お陰で親戚やら友人知人に私のアヘ顔が画像で届いてしまった。死んでしまいたかったよ」


 伯爵の目がうるんで、ピョンちゃんがテーブルの下で耳を伏せる。


「想像しただけで悲惨ですね。それはたしかに社会的な死かも。目の前の伯爵はこうやって生きていますけど。それにしても、伯爵のアヘ顔を想像すると、もらった方もなかなかのダメージを受けそうですよね……」


 そう言われたせいで、一瞬だけ伯爵のアヘ顔を想像しかけて笑ってはいけないシリーズみたいな状況に陥った。ダメだ、ここで笑ったら色んな意味でアウトになる。あたしは怒りに震えている風を装って、自分の舌を置く場でぐっと噛んで笑いを堪えていた。


 一息ついてから、情報収集を続ける。


「アノニマス勇者……犯人は、侯爵様と同じですね。動画の詳細を教えてください。サキュバスJKのマジックミラー馬車って一体何ですか?」

「そ、それはだな……。マジックミラーで外側からは見えない状態の馬車で、女子高生の恰好をしたサキュバスが童貞のドワーフをだな……まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。私の感覚からして、コンテンツそのものは関係ないと思う。貴族のみんながみんな同じ性癖を持つはずがないからな。そうなると、何か違う要素があるんだと思う」

「違う要素、ですか……」

「そうだ。はっきりとではないが、他にも『FUNZA』の被害に遭った貴族はいると噂レベルの話であれば聞いている。何かこう、我々を狙い撃ちにする要素があるはずだ。貧乏人ではなく、貴族をだけを効率よくターゲットにするような何かが……」


 伯爵は顔を赤くして、小さな声で推論を述べた。伯爵の言う通り、無差別的にエロ動画でランサムウェアを感染させているなら、貴族だけでなく貧乏人にもその塁が及んでいるはず。


 ということは、この一連の事件にはあたしの知らない何かがある?


 まだ現時点では情報が少なすぎる。ボルドー伯爵に礼を言うと、エルウィン騎士団長からもらった情報をもとに次の訪問先へと向かう。


 次に訪れたのは侯爵の商工会仲間、ヴィクトル子爵の屋敷だった。


 こちらはもっと豪華な造りで、屋敷に入ると水晶のシャンデリアがキラキラと輝いていた。


 子爵は三十代のプレイボーイ風で、ポマードでガッチリ固めた髪をキメて、ワイングラスを片手に田原俊彦風に座っていた。ハニートラップに引っかかったくせに時折足を高速で組み替えるので、そのたびに蹴飛ばそうとする衝動を抑えるのが大変だった。


「ふん、侯爵の紹介か。いいだろう。まあ、話すよ。俺も『FUNZA』の被害者だ。深夜にローションまみれの踊り子エルフがダンスしまくる動画にハマっていて……クライマックスで左手を激しく動かしていたら、いきなりシャッター音が鳴った。画面を見ると、今にも出しそうな顔の俺が映っている。一気に萎えたね」


 少しだけ「ざまあ」と思ったのは黙っておき、話の続きに耳を傾けた。


「そしたらよ、それだけで終わりじゃなかったんだよ。いきなりメールが届いて、『この動画をSNSでバズらせてやろうか。八億ボリーノで矛を収めてやる』って書いてやがった。こっちは下半身の矛をとっくに収めてるのによ、最悪な野郎だよ」

「最低ですね、こいつの喋り方」


 あたしの肩で、ピョンちゃんがボソッと呟く。同意しか無いけど、こういう人は悪気が無いので放っておくことにした。ヴィクトル子爵の話はまだ続く。


「メールに書いてあった署名は『アノニマス勇者』だった。なんだか知らないけど、こいつら有名なのか? ポップアップの『無料プレミアム動画』クリックが間違いだった。本当は十秒前に戻ってお気に入りのシーンを見直したかっただけなのによ。急にポップアップが出てきたから間違えてクリックしちまったよ。本当に最悪だ。今、半額払って時間稼ぎ中さ。拡散されたら、結婚話がパーだよ。冗談じゃねえ」


 そう言いながら、ヴィクトル子爵はイライラした顔で足を高速で組み替えまくっていた。イライラした時の癖なのだろうか。まあ、どうでもいいか。


 何人かの話を聞いてきて、あたしはスマホのメモを眺める。そこでふとあることに気付いた。


「動画の種類はともかくとして、共通するのはFUNZAの動画閲覧時にいきなり撮影されることと、アノニマス勇者の署名ね。犯人ってもしかして、貴族の『息抜き時間』を狙っているのかな?」


 あたしの独り言に、子爵が大げさに頷いて応える。


「ああ、言われてみれば全員が深夜のプライベートタイムだ。アプリのアルゴリズムか何かが、貴族の閲覧履歴を学習して罠を仕掛けてるのかもしれないな。……クソ、転生者たちの技術ってやつは便利だけど呪いみたいだぜ」


 子爵が吐き捨てるように言った。一番アホっぽい人に見えたけど、これまでの貴族で一番いいところを突いている気がしないでもない。


 もう少し調べると何かが分かるかも。あたしはヴィクトル子爵にお礼を言うと、さっさと辞去して次の被害者のもとへと向かった。


 三軒目の訪問先は、侯爵の親戚でもあるルシアン男爵の隠れ家、というかそれ風の別荘だった。物件は郊外で、森に囲まれている。


ルシアン男爵は六十代の隠居風で、庭でハーブを摘んでいた。こんな隠居生活を送っている人でも、ハーブどころか人生を詰みそうなエロ動画のトラップに引っかかっているのか。人間っていうのは本当によく分からない。


 男爵は気さくな人だったけど、やはりというかエロ動画のトラップに引っかかった暗い影のようなものが表情にあった。庭で声をかけると、あたしはさっそく別荘の内部に入れられた。


ルシアン男爵は紅茶を出しながら、震える声で話す。


「こんな所にまで来てもらって申し訳ないね。君が例の……。うん、侯爵から聞いたよ。私もやられた。『FUNZA』で、年相応に熟女エルフの爆乳マッサージ動画を見ていたら、ちょうどイキそうになったところで画面がロックされた。画面には年老いた男のみっともない顔が映しだされていて、メールで不当な要求をされた。そうだよ、『三億ボリーノ払え、さもなくば家族に動画送る』ってな。署名は『アノニマス勇者』とあった。匿名のくせに何が勇者だよ。そうは思ったけど、今日になってから借金して振り込んだよ。不動産を担保にしてな」


 うわあ、マジか。そりゃ急に三億用意しろなんて言われたって無理だよね。せっかく悠々自適に老後の生活を送ろうとしていたのに、不動産を担保に借金だなんて、年金暮らしをやめてまた働かないといけなくなるかも。自分の身にそんなことが起こると想像するとゾッとした。


 話しているうちに、温厚そうなルシアン男爵の顔に怒りが浮かんでくる。


「犯人は匿名の正義でも気取っているのか? あんなもの、正義でも何でもない。これは、この世界の平和に対するテロ行為だ!」


 またここでアノニマス勇者の名前が出てきた。それも、他の人たちと同様にFUNZA閲覧中に。別々の貴族がエロ動画を観ていたらランサムウェアが起動なんて、そんな都合よく事件が起こるなんてあり得る?


 あたしの勘が何かを掴もうとしている。でも、まだそれが何なのかは分からない。それでも真相には確実に近付いている。


 あたしはスマホのメモをまとめて、考えを巡らせる。


「みんな深夜の動画閲覧かポップアップの罠でやられて、その後にメールで来る署名がすべて『アノニマス勇者』っていうのは共通している。それで動画はサキュバス、エルフ、熟女とバラバラ……。うん、それぞれの閲覧履歴から罠に引っかけるタイミングを探っている? となると、犯人はアプリの裏側に潜んでいるのかも。侯爵様の動画も同じアプリ経由だし……普通に考えたらアプリそのものにそういう仕様がなされているとしか思えないよね。……なるほど。そういうことね」

「なんか分かったんですか?」


 あたしの独り言推理にピョンちゃんが口を挟む。たしかに、あたしは色々と分かっちゃたかもしれない。


「うん、次は『FUNZA』の開発元を当たってみるわ。ピョンちゃん、それじゃあすぐに行くよ」


 あたしは置いてきぼりになってポカーンとしている男爵に頭を下げると、次の目的地へ向かうことを伝えた。


「頼む……この恥の多い事件、ガチで何とかしてくれ。我々貴族の誇りを、他ならぬ貴族の連帯で守りたいんだ」

「当然です。任せておいて下さい」


 あたしは力強い言葉とともに頷いて、別荘を出た。夜空に星が瞬く中、スマホを睨む。実質的にはあと二日しか時間が無い。急がないと。


 どこにいるかは知らないけど、犯人のクソバカは覚悟しなさいよ。文明の進んでいない異世界で悪さをしたって、あたしがそのシッポを掴んでやるんだから。


 あたしは近々に控えているカチコミに向けて息巻いていた。夜空には月が浮かんでいる。その輝きに向かって、あたしは拳を突き上げて悪党のノックアウトを誓った。

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