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侯爵の悲劇

 侯爵の屋敷は王都の小高い丘に建っていた。


 細かい装飾の入った白い壁は綺麗に磨き上げられていて、建物の中央からは尖塔が空を突くように立っている。門前には銀の獅子像が二体、狛犬みたいに並んでいる。金持ち自慢をしているみたいでいけ好かない。


 建物の外側には魔法の結界が張ってあって、不審者はここで弾かれる仕組みみたい。だけど、この程度の結界があたしにとって問題になるわけでもなく、丸ごと破壊してやろうかという気にならないでもない。


 ピョンちゃんが肩で鼻を鳴らす。


「いかにも偉い人が住んでいる豪邸って感じですね。ここで住めばボクの毛並みもピカピカになりそう」

「たしかにこれだけの豪邸に住んでいると、報酬も期待出来そうね。そんなものに興味はないけど。侯爵がイケメンだったら楽しいのにな」


 軽口を叩き合いながら玄関口へと進んでいく。


 門番にエルウィンの手紙を見せると、うやうやしく中へ通された。庭園の噴水がキラキラ光る中、屋敷の扉がゆっくり開いていく。甘い香水の匂いが、漂ってきた。


 屋敷の中に入ると、使用人に案内されて侯爵のもとへ。小さな城みたいな家で、主の侯爵が待っていた。


「旦那様、エルウィン騎士団長の使いが来ました」

「おお、来てくれたか。君たちをずっと待っていたぞ!」


 使用人にあたし達の来訪を告げられ、デュラン・デュラン公爵のテンションが上がる。デュラン・デュラン侯爵はいわゆるイケオジで、きっと昔はモテたんだろうなっていう顔立ちだった。


 短髪に清潔感があり、鼻の下と顎に生えているヒゲも手入れが成されていて綺麗に整えられている。


 目つきはどっちかと言うと優しい感じなんだけど、切れ長でちょっと女性的にも見える。深紅のローブに金糸の刺繍が施されていて、いかにも偉い人ですって感じのオーラを全身から放っていた。


「お会い出来て光栄です、閣下」


 あたしは形式的に頭を下げて敬意を表する。まあ、本当は神のあたしの方が全然上なんですけどねっ。


 それはそれとして、侯爵はあたし達を歓迎してくれた。


 侯爵はあたしをソファに座らせて、自分も向かいに腰を下ろした。使用人が紅茶とクッキーを持ってきて並べる。ピョンちゃんはテーブルの上でクッキーを一つくわえて、満足げに頰張っている。なんだか癒される光景だった。


 それはそれとして、侯爵との対話が始まる。


「いやあ、君のような美しいお嬢さんが来てくれるとは、エルウィン坊ちゃんも気が利くようになったものだ。騎士団長の紹介とはいえ、若い娘にこんな厄介ごとを押しつけるのは心苦しいが……ふう、仕方ない。私はデュラン・デュラン侯爵だ。よろしく頼むよ、タラッサ嬢」


 侯爵は優しい笑みを浮かべて手を差し出してきた。あたしは軽く握手して、微笑み返す。握る力が意外と力強い。セクハラとかじゃなくて、相手を信頼している感じが伝わってくる。こういうイケオジの風格、嫌いじゃない。


「こちらこそ、侯爵様。お役に立てるよう、全力で頑張ります。何かお困りごとがあったんでしょうか? エルウィン団長から任務は極秘って聞きましたけど」


 侯爵の顔が少し曇る。紅茶を一口飲むと、あさっての方向を向いてため息をついた。部屋の空気が、急に重くなる。ピョンちゃんがクッキーを止めて、耳をピクピク立てた。


「うむ……単刀直入に言うとね、君。いや、何て言うか、私は……王都の恥さらしになるような恐ろしい脅迫を受けているんだ。金品の強奪だけなら、騎士団に相談して解決するところだが。……これは、私の、というか一家の名誉に関わる」

「何があったんでしょうか?」

「ああ……何て言うことだ。今でも思い出すと怒りと恥ずかしさで悶えるしかない。簡単に言えば、私のプライベートな恥部だよ。もしこれが公になれば、侯爵の座など一瞬で飛ぶ。家族の顔も立てられない。思い出したくもないが、せめて君にだけは話さねば」


 侯爵の声が震えている。切れ長の目が、うっすら赤くなる。このイケオジにここまでのリアクションをさせる恥部って、一体何なの? あたしは何か触れてはいけないものに近付いている気がした。


ピョンちゃんがテーブルの下で囁く。


「このオッサン、夜の公道でストリーキングでもやったんですかね?」


 不意打ちでそんなことを言われて、思わず紅茶を噴きそうになってむせ返った。侯爵に「大丈夫か?」って心配されて、必死こいてごまかした。このバカウサギ、後で覚えていろよ。


 それにしても侯爵の座が一瞬で飛ぶようなスキャンダルって一体何だろう? どこかの王族の既婚者に手を出しちゃったとか、そういう系?


 なんとか攪乱された精神を戻したあたしは、咳払いをしてから侯爵の話の詳細を得ようとする。


「プライベートな恥部……ですか。詳しく聞かせてください、侯爵様。あたし、どんなことでも守りますよ。女神の……じゃなくて、騎士団の名にかけて!」


 まあ、別にあたしは騎士団の人じゃないんだけどね。エルウィン騎士団長に頼まれたってだけで。侯爵もそう言ってもらえた方が心強いだろうし。


 あたしは胸を張って、あえて自信満々に侯爵を励ます。ここまで躊躇っているとなると、それぐらいしないと話そうとはしなそうだし。


作戦が功を奏したのか、侯爵は深呼吸して、ゆっくりと話し始めた。視線を窓の外の庭園に逸らしながら、回想を語る。


「数日前……私の部屋で起きたことだ。侯爵たるもの、政務の合間に息抜きが必要だろう? 王都の繁栄のため、日々頭を悩ませる身の上だよ。でね、私は最近、転生者たちが持ち込んだ『FUNZA』というコンテンツにハマっていたんだ。……ああ、そうだ。もちろん君も知っているだろう? あの、娯楽……大人のためのセクシー動画サイトさ。匿名で閲覧できるし、異世界のエロティックな夢がいっぱい……いや、詳細は伏せておこうか」


 侯爵の頰が少し赤らむ。あたしは頷いて、メモアプリを開く。ピョンちゃんは表情の読めない顔でじっとしている。


「続けて下さい。侯爵様。FUNZAで何があったんですか?」


 侯爵は咳払いして、続ける。声が少し低くなる。


「その夜、私はいつものようにノートパソコン……いや、転生者たちの開発した魔法結晶端末で動画を閲覧していたんだ。ほんの息抜きだ、息抜き! 画面に映るのは、魅惑のサキュバスとエルフの……まあ、激しいシーンさ。興奮が高まって、左手の動きが激しくなり、声が漏れてイキ顔になった瞬間だった」


 うわ、最低……とは思ったけど言わずに見守る。


 侯爵は遠い目で天井を見上げた。その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。……いや、全然カッコよくないんだからね? いちいちツッコまないけどさ。しばらく天井を見上げた侯爵は、一息ついてから話の続きに入る。


「……それから最悪なことに、急に画面がフリーズしたんだ。『ランサムウェア感染』という警告が出てきて、画面が暗転した。それから鍵がかかったみたいに動かなくなった。慌てて再起動しようとしたが、それを嘲笑うかのようにキーを押しても受け付けてもらえなかった」

「乗っ取られてますね……」


 ピョンちゃんがボソッと囁く。たしかに、その感じだとパソコンそのものを乗っ取られていると考えた方が良さそうだった。


「ガシャっと、カメラのシャッターを思わせる音が鳴った。血の気が引く。今のは何だ? 私はパニックになった。それと同時に、パソコンが復旧した。安心して胸を撫でおろしたのも束の間、ピコンとメールの届いた通知音が響いた。私の知らない、怪しいメールアドレスだった」


 知らないアドレスから来たメールは開いたらダメなんだけどね。まあ、そんな人だからランサムウェアにやられるんだろうけど。


「メールを開いた。内容は、犯人からの脅迫だった。『侯爵閣下のイキ顔を高画質で撮影した。ネットを通じて全世界に晒されたくなければ、十億ボリーノを指定の口座へ振り込め。期限は一週間。期限内に入金が確認出来なければ、お前は社会的に死ぬ』……そう書いてあった。添付された画像に、私の……イキそうな顔がモザイク無しで……ああ、思い出しただけで狂いそうになる! 犯人は『アノニマス勇者』と名乗り、正義の味方をきどっていた」


 あーあ、地球にいたヤバい奴が異世界でもネットで猛威を振るっているのか。まあ、半分ぐらいはザルな審査でろくでなしを通したあたしのせいだけど。


「とてもじゃないが、十億ボリーノなんて用意出来るはずがない。そんな金額、国家予算レベルだ。学校や病院の設立に、道路工事の事業でも始めるような金額を、私ごとき貴族一人で用意出来るはずがない。なあ、そうだろ?」


 金額的に「偉い人だから本当は用意出来るんじゃない?」って思ったけど、一応被害者なので意地の悪いことは言わずに黙っておくか。たしかにそんな金額が悪党の懐に入ると思うといい気はしない。


「頼む、タラッサ嬢。この恥を消してほしい。金ならいくらでも出す。私だけでなく一家の恥が世界中に広まるのは何としてでも食い止めたい。この通りだから……!」


 侯爵の声が途切れ、額に汗が浮かぶ。ナーロッパの世界観のはずなのに、恥も外聞もなくその場で土下座した。よっぽどエロ動画でお楽しみだったことを知られたくないんだろう。まあ、そりゃそうか。


「アホですね、この侯爵」


 ピョンちゃんは容赦ない。聞こえたらまずいから黙っていてくれないかな?


 任務の内容には拍子抜けしたけど、次のターゲットはランサムウェアで侯爵を脅している不届き者になるみたい。


 たしかに、まだネットに慣れていないこの世界の要人たちが勇者たち()からこうやって金銭を脅し取られるのは問題だ。どうしてこんなろくでなしがあたしの選定した勇者から出てきたのか知らないけど、またここでひと肌脱がないといけないみたい。


 まったく、本当にろくでもない奴らばっかりだよね。そう思いつつも、それを送り込んだのはあたし自身だ。


 侯爵を脅した不届き者は、あたしの手で絶対にシメてやる。

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