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ドM勇者の末路

「覚悟しなさい、地獄を見せてあげるから」


 あたしは封印していた力を徐々に解放させていく。こんなクズ勇者でも、異世界転生の際にチート能力を与えてしまったのでエルウィン騎士団長よりも遥かに強い。


 マイク・ハントは薄笑いを浮かべると、フードを外して痩せた悪人顔を全開にした。


「フッハッハ、この俺の力を忘れたか。俺のチート能力は『ドM』だ。ありとあらゆる攻撃を快楽へと転換させる究極奥義。お前にそれが打ち破れるかな?」


 マイクはドヤ顔で両手を広げて雄たけびを上げる。その体が気持ち悪い光に包まれて、ベルトラインの下がキラーンと光る。最悪だ、こいつ。何もかもが勇者という規格から外れている。なんでこんな奴に世界が救えると思ってしまったんだろうか、あたしは。


 いずれにしても、地球には製造物責任法(PL法)という法律がある。要はそれを製造した人はちゃんと責任を取りなさいよって法律だ。それに照らし合わせれば、明らかに不良品の勇者をこしらえたあたしには、このカスをこの世界から廃棄する責任が生じる。


 嗤うマイク。ヘラヘラしたろくでなしに、走り寄って距離を詰める。速攻で無防備な股間に躊躇なく蹴りを入れた。轟音――他の客の悲鳴とともに、地下酒場の床から壁にかけて衝撃で亀裂が入る。


 ――必殺のローブロー。


 それはコンクリのビルでも真っ二つになる威力。そのはずが―――


「はっはー。なんだその威力は? お笑いにもならないぜ!」


 勝ち誇った顔で股間を膨らませるマイク。こいつ、最悪だ。そのチートスキルで殺人キックのダメージを吸収したようだ。


 マイクの股間が、自慢の宝玉みたいに膨らんでいる。自分でも、表情が歪んでいるって分かるぐらいに嫌悪感がグツグツと沸き上がる。


 酒場の空気が一瞬、重く淀む。周りの客たちが、ドワーフのバーテンからエルフの吟遊詩人まで、息を飲んでこっちを見ている。どっちが勝つか賭けを始めないだけまだマシってところだろうか。


 ピョンちゃんはあたしの肩で耳を伏せて、ちょっとビビった顔をしている。


「まさか逆転負けフラグじゃないですよね? あのド変態スキルはヤバ杉ですね。あれがご褒美だとか狂気の沙汰でしょ」

「黙ってなさい。あたしが選んだ勇者の得意技がこんなエロスキルだったなんて……。異世界に送り出す前の審査では、こいつの目つきを熱意に満ちた視線だと思っていたわ。クソ、我ながらテキトーすぎた!」

「まったくです。反省して下さい。もう遅いけど」


 あたし達がしょうもないやり取りをしたところで、目の前にいる最悪な相手の存在が消えるわけじゃない。


 マイクは両手を広げて、薄笑いを浮かべたままポーズを決める。体がピンクのオーラに包まれて、エロゲの嫌なボスキャラみたいに見える。


 店内にぶら下がる酒場のランプがマイクの気持ち悪さをさらに増していて、薄明かりの中でピンク色の変態がキラキラしている。気持ち悪い。最悪だ。何なら死んでほしい。


「見ろ、運命の女神よ! この『ドM』スキル、元いた世界じゃ味わえねえ究極の快楽だぜ! お前の攻撃、全部俺の糧になるんだよ。蹴り? パンチ? 魔法? 全部ご褒美だ! 来いよ、もっと来い! 俺の限界を超えさせてくれよ、女神様!」


 一瞬、周囲の空気がマイク有利に傾いた。客の一人が「すげえ、こいつ不死身かよ!」って変に感動しはじめると、別の冒険者風の男がジョッキを置いて立ち上がる。


 吟遊詩人までハープを止めて、拍手しそうな雰囲気。だからお前は売れないV系バンドマンなんだよ。


 バーテンがカウンターから「嬢ちゃん、逃げた方がいいぜ」って声を上げるけど、もう遅い。目の前の変態は、開き直って優位に立ったつもりみたいだった。


 あたしはため息をついて、拳を握った。やれやれ、こんなゴミを勇者として送り出してしまっただなんて。


 魔法少女のフリルスカートが、あたしの闘気で緩やかに揺れる。まったく、ナメくさりやがって。


 ――それなら本気のパンチで、こいつのキャパをぶち抜いてやる。運命の女神が放つ剛腕、どんなものか教えてやろうじゃないの。


「ふん、ドMね。だったら、快楽の限界を超えて、その先にある地獄を見せてあげるわ。覚悟しなさい、マイク・ハント!」


 あたしは一歩踏み込んで、右拳を構えた。空気がビリビリ震えて、酒場のランプが一瞬揺らぐ。女神の魔力が拳に集中して、ピンクの光が渦巻く。あたしの攻撃力が、階乗の階乗の階乗と一気に上がっていく。


 マイクの目がギラギラと輝いて、「来い来い!」ってイキりながら挑発してくる。マイクの仲間二人が後ろに下がり、ニヤニヤとそのさまを見物していた。


 今のうちに笑っておきなよ。すぐにでも、クスリとも笑えない状況が訪れるからさ。


 あたしは構えたまま、体を振る。その動きを見た悪党どもの視線が、一瞬だけ点になった。


 左を構え、フェイントを入れてから速いジャブを腹に叩き込む。ドンという音とともに、衝撃でテーブルが跳ね、ジョッキが倒れる。マイクの体がビクッと震えて、顔が赤らむ。


「はあ……っ、いいぜ、これ! もっと、もっと強く!」


 変態スキルが発動して、痛みを快楽に変換していく。股間がまた膨らんで、周りの客がドン引きしている。


「うわあ、目が腐りそう……」


ピョンちゃんがあたしの肩で、度を越えた敵のキモさに呻く。あたしの肩で吐かないでよね。


 次に右のボディーフックを肋骨狙いでドゴンと当てる。ドッジボールを思いっきり壁にぶつけたような音が地下酒場に響く。


 マイクが後ろにのけ反って、壁に背中をぶつける。衝撃で酒場の埃が舞った。でも、マイクは笑っている。


「ククク……これが女神の力か? まだまだ足りねえよ。そんな攻撃、痛くもかゆくもねえなあ。何なら全部受け止めてやるぜ!」


 変態勇者のオーラが強まって、体がキラキラと光りながら再生していく。


 完全に闘技場の観客よろしく野次馬化した他の客たちがはやし立てる。


「おい、すげえぞ。どっちもバケモノだ!」

「マイクはキモ過ぎるから勝ってほしくねえなあ……」

「バカ! ツインテ―ルのロリっ娘がああいう変態に凌辱されるのがいいんじゃないか!」

「どっちにしても、エロい展開になれ!」

「いいぞマイク、お前に風が来ている。そのクソ生意気な女をぶっ飛ばせ!」


 それぞれが好き勝手なことをあちこちで叫んでいる。お前ら後で憶えておけよ。でも、そんなことを言っている場合でもない。


 マイクはたしかに底抜けの変態ではあったけど、同時にこの回復スキルと耐久力は異常だ。これは魔王でも脅威を感じるレベルだろう。なんで還付金詐欺なんかやってたんだよ。


 嫌な汗が出てくる。こいつのタフは想像以上だ。普通の蹴りやジャブじゃ、快楽のループでダメージ蓄積しない。


 あたしが焦り始めたその時、ピョンちゃんが肩で囁く。


「あの、ドMの弱点は『痛み以上の何か』かもしれません。例えば……愛、とか? それも、変態の欠片も無いような甘ったるい純愛なんか案外苦手なのかもしれません」

「バカ! 愛なんて与えないわよ。それをするぐらいなら、キャパ超えのダメージを与えてやるだけなんだから!」


 あたしは深呼吸して、全魔力を右拳に集中させた。ピンクの光が爆発的に膨張して、酒場の空気が歪む。


 マイクの目が一瞬だけ怯むけど、すぐに薄笑いに戻る。


「来いよ、運命の女神様よ。さあ、俺の限界を試せ!」


 ――おう、そうかい。それなら好きなだけ試してあげるよ。


 音速のステップで間合いを詰め、渾身の右ストレートをマイクの顎に叩き込む。拳が当たる刹那、あたしの周囲は一瞬だけ時が止まった。


 数秒の間の後にゴオオオン! という轟音と衝撃波が酒場を震わせ、周囲のテーブルが吹っ飛び、客たちが悲鳴を上げて一緒に吹っ飛ばされる。


 女神の豪拳がマイクの顔面を直撃し、ドMスキルのオーラを粉々に砕く。桁違いの威力に、快楽の変換が追いつかない。


 暴力――それは純粋な暴力だった。


 マイクの体が弓なりに反って、後ろへ吹っ飛ぶ。


「ぐぎゃああああああああ‼」


 マイクの悲鳴が酒場に響き、ピンク色のオーラをまとった体が壁に激突した。ドガァァァァァァン! と音を立ててマイクは石壁にめり込み、壁には巨大な蜘蛛の巣状の亀裂がビシビシと広がっていく。


 頭から血を流して、白目を剥いて気絶するマイク――誰が見ても分かる、完全なるノックアウトだった。


 酒場が静まり返る。仲間二人が「ボス!」って駆け寄るけど、壁にめり込んだ闇落ち勇者はキリストを変質者にしたみたいに磔のままだった。


 あたしは拳を振って、風を切った。その音一つで、周囲の野次馬たちは心から震えた。


「どうやらドMチートの能力でも、耐久力のキャパを超えちゃったみたいね」


 キメ台詞のつもりで言ったけど、そこにいる誰もがドン引き以外の何でもない反応だった。


 あたしはマイクのめり込んだ壁を見つめる。ろくでなし勇者、一人目撃破。でも、これで終わりじゃない。こいつの仲間に、他にもろくでもない奴らがたくさんこの世界には潜んでいる。


 まだまだ尻ぬぐいは終わらない。エルウィンに連絡して、こいつの回収に来てもらわないと。

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