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地下酒場に潜む悪党

 反逆のかけ子としての任務を終えたあたしは、王都の路地を抜けて地下酒場『月影の杯』を目指した。夕暮れの石畳が、魔法ランプの発する淡い光でオレンジ色に染まっている。


 ピョンちゃんが肩で耳を伏せて、時々周囲を見回している。ウサギの勘って結構鋭いので、不審な情報をキャッチしたら教えてもらうって寸法。


「ちょっといいですか」

「何? なんか変な気配でもした?」

「嫌な気配とかじゃないですけど、酒場ってボクの天敵ですよ。あいつらウサギの肉を料理にしたりするじゃないですか。ワインとか染み込ませて、煮たり焼いたり。ボクみたいないたいけな動物を酒の肴に、マシューみたいな詐欺師が闇の取引をしてるかも」

「心配性ね、ピョンちゃん。安心しなよ、あたしが付いているんだから。勝つのは特殊詐欺の犯罪者じゃなくて魔法少女だよ。……まあ、いくらか物理攻撃強めかもだけど。それに、地下酒場なんて異世界の定番スポットじゃん。自分が遠くから見ていたクエストをやるのかと思うと、それはそれでワクワクするよね」

「そんなもんですかねえ。思考が単純で羨ましい」


 ピョンちゃんがさりげなくディスりを混ぜた言葉を返すけど、あたしは華麗にスルーした。というのも、それよりも気になることがあるからだ。


 さっきはワクワクするって言ったけど、本当はちょっとドキドキしてる。


 マシューって偽名、絶対転生者だよね。英語のスラング漏らしているし、詰めの甘い誤字メッセージも、地球のテキトーな人間の臭いがする。


 もし犯人が、あたしの緩すぎる審査で通した奴だったら……顔も名前も覚えてないけど、運命の女神として責任感じずにはいられない。


 エリザベス婆さんの顔が脳裏に浮かぶ。異世界の人をあんな顔にするために勇者を送り込んだんじゃない。あたしは、地球でダメだった人に新天地で人を助けながら輝けるようにしてあげたかったんだ。あたしの顔に泥を塗ったことは絶対に許さない。


   ◆


 王都の中心部から少し外れた、市場の裏路地を下りる。


 階段が急で、足元に水溜まりが光っている。看板は月影の杯を模した銀の皿で、暗い街の中に薄明かりの看板がぼんやりと浮かんでる。


 入口の扉は重い木製で、ゆっくりと開くと中から酒の匂いとヤバそうなハーブの煙が漏れてきた。ピョンちゃんが鼻をヒクヒクさせる。


「ろくでなしの巣窟だけあって、色々とクサい場所ですね」

「匂うよね。色んな意味で。臭すぎてクサが生えそう」


 互いにくだらない軽口を叩きながら店内に入っていく。


 日陰者の隠れ家らしく、薄暗い店内。カウンターにドワーフのバーテンがグラスを磨いていて、テーブルには売れないV系バンドマンといった感じの吟遊詩人がハープを奏でている。無駄に体をくねらせているせいか、音が頭に入ってこない。


 客は冒険者風の男たちや、フード被った怪しい連中。異世界の酒場で、ザ・定番って感じ。でも、隅のテーブルでスマホいじっているグループが目立つ。世界観がブチ壊しになるのも手伝って、どうしてもそいつらが目に付く。


 後ろからスマホの画面を盗み見ると、オンラインカジノでもやっているみたいだった。負けた奴も勝った奴もいちいち叫ぶのでやかましい。でも、人探しには好都合だ。


「酒場で人探しか。なんか、本当に探偵みたいだね」

「そうは言いますけど、実際にマシューを見つけないといけませんからね」

「まあ、これはあくまであたしの勘だけど、マシューはここにいるはずだよ。そんな匂いがするもん」


 あたしはカウンターに近づいて、メニューの絵を指差した。


「ハーブティー、甘めで」


 バーテンが怪訝な顔をする。こんな怪しいバーに来てまでアルコールじゃない飲み物を頼む客も珍しいのだろう。ちょっと悪目立ちしてしまったかもしれない。


 でも、アルコールは体に合わないし、ピョンちゃんの分もついでに頼んでおこうか。ウサギだからキャロットジュースを頼むと、バーテンが「珍しい客だな」って苦笑した。


 バーテンの目が好奇心で光ってる。ヤバいよ。あたし達、来て早々に目立ち杉。でも、それが逆に良かったのか、バーテンのおじさんから声をかけてくる。


「何か別の目的でもあるのか?」


 ドキッとはしたけど、ここにマシューを探しに来たのは事実だ。さっきからボロを出しまくり出し、この際変なかけ引きはせずに直球で訊いてみようか。


「ねえ、おじさん。最近、マシューって名前の男がここに来てない?」


 バーテンが眉間にシワを寄せて目を細める。グラスを磨きながら、声を潜めて答えた。


「マシュー? ああ、あの若いチビの詐欺師か。隅のテーブルでいつもスマホをポチポチやってるよ。『月影の杯』は情報交換の場さ。何をしているかも分からないような怪しい奴だから気をつけな、嬢ちゃん。あいつら一味は、間違いなくろくでもない奴らだぜ」


 よく知ってますね、とは思ったけどさすがに言わない。事情を知らないバーテンからしても怪しい奴に映るってことは、まあそういう人なんだろう。


 ピョンちゃんがカウンターの上で耳をピクピクさせている。視線の先には、フードを被って密談をしている風の男たちがいた。


「向こうで話している人たち、なんか怪しくないですか?」


 フード被った、明らかに不審な三人組。中央の男がスマホをテーブルに置き、ビールジョッキを傾けている。


 見た目は瘦せ型で、二十代後半くらい。茶髪を無造作に掻き上げて、仲間と低く笑ってる。その声は、いつかに聞いたマシューの声に似ている気がする。


 あたしはハーブティーを啜りながら、そっと三人に近付いた。ピョンちゃんを肩に隠して、魔法で気配を薄くする。テーブルに手を置いて、超知覚で声の振動だけを拾い上げる。こうすることで、あいつらのテーブルで交わされる会話が、骨伝導と同じ要領で聞こえてくる。


「今日の成果、いい感じだぜ。老人どもめ、チョロいよな。五十万ボリーノの還付? そんなのあるわけねえだろ。バカ過ぎるぜ、はっはっは。こっちは電話一本で手数料五万ボリーノ。あちこちからかき集めてウハウハだ」


 はい見つけましたー。中央の男がマシューで確定。あたしはハーブティーを飲み干してから、ろくでなし達に近付いていく。


 フリルスカートを軽く払って、かわいさアピール。酒場に来ているスケベなオッサンはこういうのにいちいち弱い。


 ろくでなし達の粘つくような視線が集まる。笑顔で声をかけた。


「すみません、マシューさん? ヘルワークの新入り、タラッサです。今日のリスト、消化しましたよ」


 マシューがジョッキを置いて、無言で顔を上げた。


 フードの中で、瘦せた頰がピクッと引きつる。視線は左右に泳ぎ、警察なら速攻で職質をかけそうな不審者っぷり。しばらく言葉を失ってから、あたしのピンクツインテールに気付いて息を飲む。


「……お前、誰だよ? ……タラッサ? 待てよ、そのツインテール……。ピンクの髪……まさか、あんたは……」


 マシューの声が震えている。


「おい、どうした? 昔にフった女でも来たのか?」


 仲間の二人が怪訝な顔でマシューを見る。それもそうだ。彼らがこの男の隠し事を完全に把握しているはずがない。


 ちょっとしたやり取りで、あたしは記憶を取り戻した。あたしはこの男を知っている。


 痩せた頬に不審者全開の顔つき。交番の壁には、大体こんな顔をした犯人の顔が張り出されている。その面構えもあってか、「前世」では非モテのチー牛と呼ばれる人種にカテゴライズされていた幸の薄い男。


 勇者の審査をした時、顔を合わせた。悲劇のヒーローを演出して、善人ぶった笑顔で「異世界で粉骨砕身頑張ります」って言った奴。


 名前は、マイク・ハント。転生前の名前は、新井良夫。元は冴えないサラリーマンで、K‐1ドリームを掴んだマーク・ハントから新しい御名を拝借した、常に一発逆転を狙う男。その時点であたしもこいつの行く末を予測するべきだった。


 異世界に行って魔王を倒して来るはずが、その実無辜の人々からお金を巻き上げて好き勝手に生活していただなんて……。


 怒りで酒場ごと吹き飛ばしそうだけど、あたしはまだ可憐な少女の仮面を被っている。これからはおしおきの時間が始まるよ。


「マイク……じゃなくて、マシューさん? あたし、今日の電話、全部クリアしたよ。でも、なんか変だと思わない? 還付金、ホントに返ってくるのかな……?」


 あたしはテーブルに寄りかかって、微笑んだ。マイクの顔が青ざめる。汗が額に浮かび、ジョッキを握る手が震える。


 焦っている。誰が見ても、それは明らかだった。


「な、なんでお前がここに……? お前、運命の女神かよ? クソが。まさか本人が来るなんて……」


「マイク、お前何言ってんだよ。昔の女か、こいつ?」


 仲間の質問にも、パニックになったマイクは目を泳がせるだけだ。あちこちをせわしなく見て、それから開き直った眼であたしを睨む。驚きと焦りが、怒りに変換されたみたい。


「……何が悪いんだよ」

「は?」

「ふざけんなよ、運命の女神さんよ。俺の親父、地球で還付金詐欺に引っかかって、そこからヤクザのやっている街金を頼るしかなくて借金地獄になったんだ。自分がされたことを、人にやって何が悪い? この世界じゃ、誰も知らねえんだろ? 勇者ぶって正義か? お前がテキトーに俺を送ったせいで、俺はこんな生活よ!」


 テーブルに叩きつけられる拳。マイクの怒鳴り声が酒場に響き、周囲の客がチラチラ見る。


 はあ、なんか始まりましたね、被害者ムーブ。でもさ、そんなの関係ないから。


「バカじゃないの、あんた。だって、そういう不遇を味わってきたから、順当に能力だけでウハウハになれるだけの力をあげたんじゃない。それなのに魔王を討伐するでもなく、凶悪なモンスターを狩るでもなく、やってることはオレオレ詐欺? ふざけんじゃないわよ。あんたのクソみたいな言い訳を聞きにあたしはこんな臭くて暗い酒場まで来たんじゃないの!」

「おい、最後のはいらないだろ」


 流れ弾でディスられたバーテンの抗議は聞こえなかったことにした。あたしはマイクを睨みつける。


「そうやって人を傷付けることしか出来ないなら、残念ながらあたしの人選も失敗だったみたいだね」

「おう、そうだな。ピンク色だったのは髪の毛じゃなくて脳ミソもそうみたいだったな」


 売り言葉に買い言葉。ああたし達の言い合いは収束がつかない。でも、不届き者の勇者にそこまで言われて、あたしの中で何かが切れた。


「気が合うわね。それじゃあ、不適格とみなされた勇者()は処分しなくちゃ」


 あたしは秘められた殺気を全開にする。間もなく目の前の男は地獄を見ることになる。

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