反逆のかけ子
エリザベス婆さんの家を出たあたしは、路地裏で深呼吸した。ハーブを紙で巻いて、先端に火を点けて吸い込む。プハーうまい。なんか悪いことしている中学生みたいな気分で楽しい。別に違法なやつじゃないけど。
一服が終わると、ハーブの袋をポケットにしまってスマホを握りしめる。
マシューからの新着メッセージ。
『今日の電話、成果どう? リストの半分は消化してね』
さっきと同じ文章。ノルマを達成するためにプレッシャーをかけているんだろう。どこぞのブラック企業みたい。
ピョンちゃんが半笑いで耳をピクピクさせてる。
「運命の女神がまさかのかけ子デビューですか? 魔法少女が詐欺電話なんて、なかなか斬新なコントですね」
「バカ言わないで。表面上は従うフリよ。実際にやるのは注意喚起。これは被害者を守るための潜入なんだから。エリザベス婆さんみたいに善良な人を泣かせる奴らなんて、絶対許さないんだから!」
あたしはスマホのリストを開いた。マニュアル通りに、被害者候補の名前と電話番号がずらりと並んでいる。コルヴム・パラディスの電話網は、転生者が持ち込んだ魔法通信アプリで繋がっている。個人情報保護の概念もないから、悪い奴らにとってはやりたい放題の状況が出来ている。
まったく、異世界の電話って悪用されると厄介だよね。よし、まずは一人目からかけていこうか。深呼吸して、通話ボタンを押す。
ピロリロリン……。数回のコール音の後、向こうから声が聞こえた。少し年配の男性、商人っぽい。
「もしもし?」
あたしはマニュアルをチラ見し、偽名で丁寧にスタート。表面上は従順なかけ子よ。
「王都バンクラプト財務省租税徴収課のタラッサです。おたくの世帯から税金を取り過ぎていたことが判明いたしました。大変申し訳ございません。つきましては超過した租税を還付したく、次の手続きをさせていただきたく存じます」
相手の声が少し興奮気味に変わる。
「え、還付金? 本当ですか? いくら戻るんですか?」
おい、チョロ杉やろ。あたしは相手のおめでたさに呆れる。あたしじゃない本当のかけ子だったらすぐに釣り上げられている。こりゃだましている方も楽しいだろうな。釣り糸を垂らせば引っかかるんだから。
さて、ここからがあたしの腕の見せどころだ。あたしは運命の女神。人からお金を巻き上げて私腹を肥やす犯罪者じゃないんだから。
マニュアルのスクリプトを少しずらして、優しい声で続ける。
「ええ、五十万ボリーノほどです。でも、これには手数料が必要です」
「手数料ですか。ああ、払います払います。どこにいくらぐらい払えばいいんですか?」
「ええ、それはですね……って、待ってください。おじさま、ちょっと待って。実はこれ、詐欺の可能性が高いんですよ。財務省からそんな電話なんて来ないんです。本当の還付なら、公式文書で直接来ます。アプリのポップアップとか、怪しいメッセージみたいなのが出てきても、絶対払わないで下さい。警察……じゃなくて、騎士団に相談してくださいね」
あたしが早口で言い切ると、向こうでポカンとしているのか、しばらく沈黙が続く。
「え……詐欺? 本当ですか? 今、アプリに通知が…」
「それそれ! 偽の紋章が光ってるやつでしょ? あれ、魔法で偽造したんです。払おうとしたら、もっと大損ですよ。あの、あたし……実は、騎士団の管轄下で潜入捜査中なんです。マシューって名前の男から指示受けてるんですけど、絶対信用しないで下さい。こっちでは『顧客』のリストをもらっていて、そこに載っている人たちはみんな危ないんです。だから、今あったことをSNSで拡散してください、みんなに!」
「マジか。これが詐欺? ああ、危ない。思いっきり引っかかるところだったよ。どこの誰だか知らないけど、注意してくれて感謝するよ!」
相手の男は慌てて感謝の言葉を連発。
「ありがとう、嬢ちゃん! 今すぐ騎士団に連絡するよ。君に神様の祝福あれ!」
いや、あたしが神様なんだけどね。それは言えないけど。
通話が切れた瞬間、ピョンちゃんが肩で爆笑する。
「ちょ……wwwww女神がかけ子なのに正義のテレフォンセールス? マシューさんにバレたらクビですよwwwww」
「大丈夫よ、バレないようにするから。リストの半分消化って、電話した証拠だけ送ればいいんだから」
次のターゲットにかける。貴族のマダム。同じくスクリプト風に始めて、途中で「待って、これ詐欺です」と詐欺師から正義の味方に切り換える。マダムは最初驚いてたけど、すぐに「ありがとう、娘に教えるザマス」って味方になってくれた。
三人目、四人目……リストを消化するごとに、被害者候補たちが次々注意喚起の輪に加わる。SNSのメッセージで「友達にシェアして!」って拡散が始まっているみたい。
ネットのあちこちで「還付金詐欺注意!」ポストがポツポツ増えていく。それによって潜在的な犠牲者もどんどん助けられているはず。ツイッターのトレンドに「還付金詐欺に注意」のトレンドが出てきた。あたしの立てた波紋が、一気に波を起こしはじめている。
でも、表面上はマシューに従ってるフリを続けていた。注意喚起の通話ごとに『成果あり、手数料入金確認』って偽の報告を送る。マシューの返事は誤字だらけで、『グッジョブ! 明日もガンバ』と返してきた。
バカだな、こいつら。詰めが甘い。本当に入金されているか確認すればすぐ分かるだろうに。まだネットバンキングはこちらの世界で実装されていないのかな?
こんなバカな奴、異世界転生で送り込んだっけ? いや、審査で甘く見たあたしのせいか。ちょっと反省しよう。でも、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
五人目の通話中、相手が「マシュー? あいつ、最近王都の地下酒場『月影の杯』でうろついてるって聞いたよ。気をつけな」って情報をくれた。
地下酒場? たしかに聞いた感じだと、なんか怪しい響きがする。犯人集団の溜まり場かも。女神の勘がピリピリ反応した。ピョンちゃんも何かを感じたのか、耳を立てて新情報に反応する。
「これ、ガセじゃなさそうですよ。酒場に行けば、マシューに会えるかも」
「そうだね。潜入捜査を始めて即、一人目の犯人を挙げちゃうかも」
そう考えると、俄然とテンションが上がってきた。
リストの半分を「消化」し終えて、マシューに報告を送る。
「今日の成果、順調です。明日もよろしく」
向こうの返事は遅れてきた。
『よくできました(絵文字)』
何も気付いていないであろう犯人グループの反応を見て、あたしは笑いを堪える。だってあたしが入金したって報告、全部嘘だからね。入金データを見て目が点になる犯人たちの顔を想像すると笑えた。
あたしはスマホを閉じて、路地裏の石畳を睨んだ。ネットで注意喚起の輪が広がっている今、さすがに犯人たちは焦っているはず。加えて、注意喚起の間に有力な情報まで手に入れた。
地下酒場『月影の杯』……そこにマシューがいるなら、次はアポ無しのカチコミといきましょうか。安全なところから好き勝手やっていたみたいだけど、実際に女神が詰めてきたらどんな顔をするかしら。ちょっと楽しみかも。
さて、魔法少女から違法少女になりかけたけど、これから悪に裁きを下しにいくんだからね。覚悟しなさいよ。




