第8章『拡張される真実』
その夜から、ネットは騒然となった。
《Answer / Another》というワードが、Twitterのトレンド上位を占拠し、YouTubeでは“未公開の幻の音源”として過去のライブ映像や考察動画が雨後の筍のように投稿された。TikTokではユナの笑顔に《Silent Prayer》の音を重ねた動画がバズり、Instagramでは《灯を探して》の歌詞にハッシュタグがつけられて無数のファンの祈りが集まりはじめていた。
きっかけとなった投稿には、こう綴られていた。
| 《Silent Prayer》の“あなたの背中に触れた気がした”って、あれ《Answer / Another》に“似たフレーズがあるらしい”って噂、ほんと?
憶測だった。だが、誰も否定できなかった。
“これは仕組まれたアンサーソングなのではないか”
“ふたりは最後まで繋がっていたのではないか”
その仮説は、人々に許しと希望を与えた。
そして同時に、疑念を呼び起こした。
なぜ、この曲は隠されていたのか?
なぜ、ふたりは死んだのか?
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「……きたな」
ミウがタブレットを操作しながら呟いた。
「ニュースサイト三つ。まとめブログ十八。大手音楽評論家がnoteで言及。あと、ラジオ局が“この件を特集する”って番組表に出してきた」
灯里は黙ってその画面を見つめていた。
「SNSだけじゃない。今度はマスも動く」
ミウの指が止まる。
「……で、問題はここ」
画面に映されたのは、某レコード会社幹部の名前と、不自然な会計記録、そして関連するメールの流出情報。
「これは……」
「《Requiem Code》の中の“契約外しの証拠”と一致してる。つまり、あのUSBには“別件”のスキャンダルが大量に詰まってたってこと」
奏介が静かに言った。
「それが暴かれると、“あの夜の誰か”が表に出てくる」
「うん。でも、《Answer / Another》まで一緒に“利用”されると……」
そのとき、灯里のスマホがバイブレーションで震えた。タイムラインには、怒涛のようにコメントが押し寄せていた。
| これで救われる人もいる
| なんか感動しちゃった……
| でも、死者を利用してるだけじゃん
| 結局、話題作りでしょ?
| 真実とか言ってるけど、誰のための“真実”?
善意と悪意、祈りと憶測、すべてがひとつの渦になっていた。
ミウはタブレットを閉じ、肩をすくめて苦笑した。
「……だから嫌いなんだよ、善意ってやつ」
その口調には、どこか自嘲のような優しさが滲んでいた。
灯里は拳を握った。
「違う。あの曲は、誰かを告発するためのものじゃない」
「わかってる。でも、“消される前に出さなきゃ”って空気が強まってきてる」
ミウは視線を灯里に向けた。
「君が選ぶしかない。《Answer / Another》を、“証拠”として出すか、“祈り”として出すか」
灯里は答えなかった。
胸の奥に深く息を吸い込む。迷いの中で、ひとつ呼吸を整えるように。
そのとき、再び彼女のスマートフォンが震えた。
ニュース速報。
| 某レコード会社幹部、過去の音源盗作疑惑で謝罪。業界関係者が告発か。
《Silent Prayer》の再生数が跳ね上がる。
《Answer / Another》の名前が、ついにニュース記事に登場する。
世界は、いま確かに“ふたりの歌”を必要としていた。
でも灯里には、まだ迷いがあった。
——これは、ふたりが望んだ形だろうか?
——“真実”は誰のためにあるのだろう?
視線の先には、ユナのノートが静かに置かれていた。
最後のページに、かすかに残る鉛筆の跡。
| 誰かの灯になれたら、それでいい
灯里はその言葉を見つめながら、静かに目を閉じた。
静寂の中で、小さな祈りのように、彼女の胸がまた一度、深く震えた。




