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『Answer / Another』  作者: 耀羽 絵空


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2/11

第1章『沈黙の終わり』

 その投稿を見たのは、偶然だった。


 というより、そんな投稿は毎日いくらでも流れてくる。音楽の考察、都市伝説めいた噂、タイムラインの泡のような感情。

 けれど、その夜はなぜか、スクロールする親指が止まった。


| ユナの“Deep Breath”って、2番の歌詞、頭から読むと“REN”って出てこない?


 灯里は首をかしげたまま、スマホを持ち直した。

 この投稿をしたアカウントに見覚えはなかった。アイコンはギターのヘッド、投稿数も少ない。

 ただ、添えられていた歌詞の画像だけが、静かに主張していた。


| レインに濡れた 夜を越えて

| 描いた未来が 遠ざかっても

| 何も言わないで ただ抱きしめて


 レ・エ・ン。REN。

 そう書かれてみれば、確かにそう読める。

 でも、だから何だというのだろう?


 灯里は思った。

 亡くなってから5年。一之瀬いちのせユナにまつわる憶測は山ほどあった。

 あの死は本当に事故だったのか?

 そもそも、神楽坂かぐらざかレンとの同日死亡は偶然だったのか?


 けれどそれらは、いずれも“語られるには遅すぎる話”だった。

 当時の報道は熱狂して、すぐに沈静化した。事件性はない、偶然だと――警察もそう結論づけていた。


 ただ、灯里の中で何かが残った。

 それは言葉にできるものではなかった。

 心の奥に、うっすらと水を吸った紙のように広がっていく感覚。


 なぜ、今、この投稿が、こんなにも気になるのか。


 灯里はイヤホンを取り出し、スマホで“Deep Breath”を再生した。

 イントロが始まる。静かなピアノ。少し高めの、でもまっすぐな声。


 その声を耳にした瞬間、彼女の背筋に、何かが走った。

 それは懐かしさではない。むしろ、ずっと聴いてこなかったはずの“音”が、いま初めて心の奥に触れた気がした。


 「……なんで?」


 小さくつぶやいた声が、部屋に吸い込まれていった。


-----


 再生が終わる前に、灯里はもう一度タイムラインに戻っていた。

 投稿にはすでに何十件ものリプライがついていた。


| え、マジじゃん。


| さすがにこじつけでは?


| でも、もし本当なら…ヤバすぎる。


 スクロールしていくと、ひとつだけ目を引く返信があった。


| ユナの歌詞の“レ・エ・ン”は、マジで意図的だと思う。

| というのも、Silent Prayerにも仕掛けがある。Y・U・N・Aって縦に並ぶ。

| 見てみ。あれ、絶対そうだから。


 灯里は、返信のアカウントをタップした。

 ユーザー名は「@sosuke_inoue」。プロフィール欄には、こうあった。


| amateur songwriter / 都内某大

| すれ違った想いの続きを探してる人へ


 “すれ違った想いの続きを探してる”――その一文が、妙に引っかかった。


 灯里は自分でも意識しないまま、「Silent Prayer」の歌詞を検索していた。

 いくつかのファンサイト、まとめブログがヒットする。そこに掲載された2番の歌詞を見て、灯里は息を飲んだ。


| ゆるされない約束が

| うつくしいままで閉じ込められて

| なにもできずに 立ち尽くしていた

| あの日の僕に さよならを告げた


 ゆ・う・な・あ。

 自然すぎる。けれど、不自然すぎる。

 それは、誰にも気づかれないように仕込まれた“名前”だった。


 「これ……返事、だったの?」


 5年前。

 レンの死後に発表されたこの曲は、追悼とも、懺悔とも、ただの失恋曲とも言われた。

 でも今ならわかる気がした。この歌は誰かひとりに向けられた“祈り”だった。

 そして、答えるべき“問い”が、どこかにあったのだ。


 灯里は、スマホの画面を開いたまま、しばらく黙っていた。

 夜の部屋は静かで、壁の時計だけが針を進めていた。


 静かに、息を吸う。呼吸を整える。

 自分の中のどこかが、ふっと切り替わるのを感じた。

 それは深い夜に灯る、小さな決意のようだった。


 やがて、決意したようにスマホのキーボードをタップし始める。

 DM。宛先は、あの考察を投稿したアカウント――「井上奏介いのうえ・そうすけ」。


| はじめまして。

| 投稿、読ませていただきました。

| よかったら、少しお話しできませんか?


 送信。

 画面を閉じたあとも、灯里の胸の奥では、あの曲のピアノがまだ鳴っていた。

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