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大きな象

作者: 疎谷陸
掲載日:2025/10/16

 嫌悪を覚えるほど光る晴天の真下、俺は巨大な象に乗っている。それも並大抵の大きさではない。タワーマンションの上階を思わせる高さとヴェルサイユ宮殿の庭園を思わせる幅の広さを併せ持ち、まさに規格外の象だった。

 見渡すと辺り一面三百六十度、青々としたジャングルが広がっており、象はその中を地鳴りのような足音を立てながら前へ前へと進む。象が通った跡には、樹も地面も可哀想なくらい形を変えていた。まさに破壊の権化だった。俺はそれを恐ろしく思うとともに、俺はこの破壊象の上に乗っているのだと言う圧倒的な全能感に酔いしれた。

 象が暫く前進を続けていると、下の方から微かに響く動物たちの声を聞いた。それは環境を壊されたことへの怒りとも仲間を踏み殺された悲しみとも取れる悲痛の声だった。残念ながら認識できるのは声だけで彼らの顔を拝むことは叶わなかったが。だが、彼らが唐突に絶望と邂逅したことで激しく混乱しているらしいことは分かった。ある日、突然何の前触れもなしに棲家が巨大な強者によって蹂躙されたのだから無理もない。俺は些かの憐憫を覚えた。

 だが、所詮運が無かったと言うだけの話である。現に可哀想なジャングルの動物たちよりも明らかに非力な俺は、象の上に乗って生命維持の点に於いて絶対的な優位を得ている。こちらから変な動きをしなければこの状況が変化することはないだろう。

問題はいつどうやって降りるかと言うことだが、そんなことは後でいくらでも考えることが出来るはずだ。

 ジャングルの景観を一直線に著しく破壊し尽くした後、象は大きな湖に踏み入った。湖は深く、象の巨体は一気に沈んだが、流石と言うべきか象の足はしっかりと湖底に着き、何不自由ない様子でノシノシと歩を進めていく。湖底にはさぞ大きな足跡が出来ていることだろうな、と思っていると、狩場を荒らされたことに怒った鳥たちが上空から降り立ち、象の背中に攻撃を仕掛け始めた。しかし、肉の装甲が想像以上に厚く、ダメージを与えることは困難だと早急に諦め、今度はのんびり見物を決め込んでいた俺に標的を変えた。推定二十匹以上の鳥たちが一斉攻撃を仕掛けてくる。ありとあらゆる嘴が体中を突く。まるで早朝の養鶏場のように夥しい量の羽が舞う。

辛抱堪らず俺は定位置から離れて、巨大な背中の上を逃げ惑った。なにせ庭園並みに広いので逃げ場所には困らず、どこまでも追ってくる鳥たちの追跡から逃れるために端から端まで逃げ続けた。そうしていると、いつの間にか雨がポツポツと降ってきた。雨脚が強くなるにつれて鳥たちは次第に諦めて、どこかへ飛び立っていった。俺はなんとか危機を免れたのだ。

 象が湖を抜けて再びジャングルに侵入した。聞き覚えのある豪快な音が響く。雨の勢いは徐々に弱まっていき、小雨程度に落ち着いた。

そろそろ元居た位置に戻ろうかと一歩足を踏みだした時だった。俺は濡れた象の皮膚に足を滑らせた。一難去ったことで完全に油断していた。雨に降られた動物性の皮に注意を払うことを忘れていたのだ。

一度滑り出した勢いは自力で敵わず、あっという間に象の背中から投げ出され、何十メートル級の上空に俺の身体は無慈悲にもただ引力のままに地面に叩き落されるのを待つのみだった。その途中で見た巨象の横身は哀しいほどに大きく、美しく、まさに灰色の絶望だった。片方しか見えない大きな目には一切光が灯っておらず、環境破壊をプログラムに組み込まれた生物兵器に見えた。このような怪物に抗いようもなく叩き潰された樹木や生物に改めて憐みを抱いた。それから少しして、俺は象に壊された道の上に落下した。奇跡的に怪我一つなく生きていた。命があることへの喜びに酔いしれつつ、象を上手く躱して安全な場所へ逃げようと身体を起こした時、巨大な影が俺を覆った。顔を上げると、象の足が俺の居るところ目掛けて落ちてきている最中だった。絶望はまだ終わっていなかった。

 間もなく訪れる死の前触れか、迫りくるそれはやけにスローモーションに見えた。


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