召喚勇者は婚約破棄された令嬢と日本に帰る
ぶっ飛んだ形の国外追放を目指して。
「オードリー・ヒヤシンス!! お前は我が国の聖女でありながら過酷な魔王討伐の任務を召喚された聖女であるレイカに押し付けて、レイカのささやかな希望すら握り潰した!! そんなお前が私の婚約者である事が許せん!! お前との婚約を破棄して、国外追放とする!!」
そんなことを魔王討伐が終わった祝勝会でいきなり行われて、召喚勇者は困惑しか浮かばない。
礼香のささやかな願いって……魔王討伐の旅の途中で立ち寄った町で魔王軍に夫が殺されて形見の品を強く握りしめて悲しんでいた女性に、
『そのネックレスきれ~い♪ ねえねえ、あたしにチョ~ダイ♡』
と強奪したのを知ったオードリー嬢が慌てて窘めたことだろう。その際、女性に頭を下げて謝罪していたのに、
『酷いよ~!! あたしのこと嫌いなんだ~!!』
と嘘泣きをして、そこで婚約を破棄する宣言をした王子にくっついていたのを覚えている。
いや、そもそも。魔王が出現したからと召喚された勇者と聖女。魔王討伐は王族としてすべきことだからなと言いながら王子も付いてきたけど、王子は一切戦うこともなく。大勢の部下を引き連れて……まあ、その部下が王子を守る傍ら援護してくれたのはとても助かったけど……かといって旅の間の不便さを解消してくれたかと言えば……。
『レイカ。テントを用意させた。ここで休むといい』
『ほんとっ♪ ありがと♡』
と部下に用意させてレイカだけテントに入れて休んでいた。召喚されたのは俺も同じなのに俺に関しては。
『庶民が話し掛けるな』
だった。
庶民というのなら礼香もなんだが……礼香と俺はいとこなんだし。
『コサカさま。お疲れでしょう。こちらに休んでください』
そんな時に声を掛けてくれていたのは定期連絡で転移してわざわざ来てくれていたオードリーさんだった。
『ナオキでいいですよ。礼香も同じ苗字なので』
『同じ苗字? ですが、レイカさまはレイカとしか名乗らなかったですが……』
『ああ。あいつ【小坂なんて地味な苗字は嫌】と言って名乗らないんですよ』
苗字に地味も何もないだろう。
『そうだったのですね……てっきり殿下と同じかと思いました……』
殿下と言えば王子のことだよな。
『はい。――王族は国名がそのまま苗字なので名乗らないのですよ』
なのであえて名乗らないとか。
定期連絡――オードリーさんは防壁が専門の聖女らしく自国含む魔王軍の侵攻を彼女一人で防いでいて、それでも取りこぼしがあるし、魔王の勢力の強い地域では力が発揮できないからと魔王討伐に向かえないので、魔道具の修理と資金援助などを行って去って行く。
「お前のような貴族の義務を果たせない女よりも魔王討伐に共に来てくれたレイカと結婚する!!」
「いや~ん。嬉し~♪」
と王子に抱き付くレイカ。
突っ込みどころ満載だ。
確かに魔王討伐には来ていなかったが、はっきり言うと同行していた王子の方が邪魔だった……まあ、王子の護衛とか供の方々がいたから助かったことはあったけど。一緒にいた王子よりも魔王軍の侵攻ルートや被害状況などを報告して常に支援をしてくれたオードリーさんの縁の下の力持ちに何度も助けられた。
『王子素敵~♡』
『レイカは愛らしい』
と魔王軍と戦闘の最中でいちゃついて戦闘に参加していない奴らよりも役に立つし、王子というだけでこんな外れくじと婚約させられているオードリーさんが哀れだった。
だけど、婚約破棄されるなんて思っていなかった。しかもこの言い草だとオードリーさんが有責っぽい感じだ。
(この手のパターンだと都合悪くなったら国外追放したのにつれ戻して利用しようとするんだよな)
お約束のパターンだ。
でも、物語だったらそのまま逃げ切れるとかもっと強い力を得て、ざまぁな展開に持っていけるけど、この世界ではマーキングという能力で追いかけることも可能なのだ。その魔法で何度も王子の配下が逃げる魔王軍のモノを倒していったから。
きっと王子が追放してもマーキングをオードリーさんにするだろうし、転移魔法はそもそもマーキングがされていないとできない魔法だからざまぁな展開は難しいだろう。
(最悪の場合は俺が持っている勇者の剣でオードリーさんの身体についている魔法効果をすべて切ればいいかな)
そんないかなる場合も動けるように気付かれないようにそっと腰から下げている剣に触れる。
そんなことを考えていたら。
「――では、レイカさまとナオキさまはこの世界に留まると?」
「ナオキは知らな~い♡ でも、あたしは王子とこのまま一緒にいるわね♪」
淡々と尋ねてくるオードリーさんに見せつけるかのように王子にくっついている礼香。
「ああ。そうだったな。勇者もいたんだ。庶民はさっさと去れ!!」
最後まで俺の存在は、無視していい者扱いだったな。
旅での日々を思い出す。魔王を討伐しろと言われて連れまわされて、
『勇者の腕を切り落とせば、勇者の剣は私のものになるのではないか』
冗談だと笑って告げていたが、冗談でも本気でもそんな発言をする人間性が恐ろしくて気が休まることが出来なかった。
不安になっている時に定期連絡で来てくれたオードリーさんが、
『防御の加護を捧げますね』
と言ってくれなかったら魔王を倒す直前に仲間の放った魔法攻撃で死んでいたと思う。手元が滑ったと言われたが疑わしい……。
帰りの旅でも何度も生命の危機を覚える感覚が来て安心できなかったし。
「ああ。そうだ。なんならそこの役立たずの元婚約者を褒美に与えてやる。感謝しろ!!」
オードリーさんの意思すら無視してそんな発言をしてくる王子に、
「そんなのオードリーさんに失礼じゃ」
と言いかけたのを手で制された。
「――分かりました。婚約破棄も国外追放も受け入れます」
「オードリーさんっ⁉」
そんなことを許してはいけない。だって、オードリーさんは悪いことをしていないのだから。
「よかったな。傷物のお前をもらってくれるそうだ。不用品の勇者もどきと聖女もどきでお似合いだな」
嘲笑う王子の声。同じ様に笑う礼香の顔。
一瞬、持っていた勇者の剣で殺してやりたいと思ってしまった。いや、殺せないけど、こんな奴らによってオードリーさんが苦しむのなら同じ苦しみを与えてやりたいと。
だけど、いまだにオードリーさんが制するように近くにいるのだ。
「ナオキさま。ナオキさまは元の世界とこちらの世界。どちらがよろしいでしょうか?」
いきなり耳元で囁かれるように聞かれる。
「えっ……それは、帰れるなら帰りたいけど」
帰れる方法がないようなことをこの世界に召喚された時に言われたのだ。だから諦めてしまった。
「――なら、決まりですね」
オードリーさんの微笑んだ姿に一瞬目を奪われる。
「――では、その後の始末は頑張ってくださいね。殿下。レイカさま」
綺麗に頭を下げるとともに足元に魔法陣が現れる。
「ごきげんよう」
魔法陣が輝く。その光をどこかで……。
(この世界に来る時に感じた光だ……)
と思った瞬間に元の世界に戻ってきた。
いや、それだけじゃない。
「直樹。オードリーちゃんと無事会えたんだね。よかったよ」
「えっ?」
いきなり数年ぶりに会うはずの母は行方不明になっていたのを心配することなく、数時間前に別れたかのような反応で普通にオードリーさんを受け入れている。
「母さん……オードリーさんは……」
「んっ? ああ、写真とかなかったから可愛くてびっくりしちゃったか。ほら、しばらくうちでホームステイするオードリー・ヒヤシンスさんだよ」
事態が掴めずに困惑している様をオードリーさんは面白がるように笑っている。
「おっ、オードリーさん……」
「国外追放ならどこでもいいでしょう。ならば、誰も追いかけられないナオキさまの世界に転移しただけですよ」
オードリーさん曰く。元の世界に戻せないというのは王子のでまかせで、望めば帰せると。ただし、それが出来るのは防壁の聖女であるオードリーさんだけであると。
「わたくしが排除すべき存在だと判断したという形で元の世界に送還できるのです」
だけど、その手段はもう使えない。
「念のため。ナオキさまに悪縁を切ってもらいたいのですが」
言われて勇者の剣も一緒に戻ってきていたことに気付き、ペーパーナイフに変化している勇者の剣を一振りして、悪縁と思われる異世界と繋がっている糸を断ち切る。
また何かあって召喚という形で喚ばれたら堪らないと言うことだ。
これでたぶん安全だろうと。
ああ、余談だが、礼香の存在は最初からいないものとして記憶が改ざんされていた。礼香のことを覚えていても辛いだろうし、何らかの理由で死んだと言うことにしても苦しむだけだろうという世界が調整したとか。
その世界の帳尻合わせでオードリーさんが留学生という形で傍にいることになったとか……。
「ちなみにナオキさまがいいといっていたら結婚も了承しましたよ」
オードリーさんの揶揄うような言葉が果たして本音か冗談か……。
でも、そんな経緯も何も持てない相手に命じられて結婚ではなく。自分でしっかり告白したいので、今は保留にさせてもらうのだった。
国は常に危機にさらされていた。
防壁の聖女と呼ばれていたオードリー・ヒヤシンスが消えた今魔王軍の残党にも他国からの侵略にも耐えれる術を持たない。
魔王軍の残党を倒せる勇者の剣も消えてしまった。
「何とかできないのかっ!!」
召喚聖女に文句を言う王子だったが、彼女は旅の間ずっと勇者におんぶにだっこで何もしていなかったので力が弱く役に立たない。
上が助けてくれない中弱い民は震えるだけの日々。いや、オードリー・ヒヤシンスと勇者に心から縋り祈るものにはわずかな奇跡が起きて、命の危機に瀕した時に光の壁が守ってくれるとか……。




