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終章 ハッピーエンド、その先へ

 ――即位から三年目、夏至祭の朝。王都リストリアは黎明前から鐘を鳴らし、街路には彩雲を映した水晶紙吹雪が舞っていた。王宮中庭に咲く百本の黄金薔薇は今が盛りと香りを放ち、噴水の水柱は午前の日輪を鏡のように弾く。


 私は政務執務室の窓辺で書簡に最後の署名を入れた。孤児院法改正案――王国内の孤児院を王立教育庁の管轄下に置き、読み書きと算数だけでなく、薬学・魔導学・商業実務を必修とする一大改革。修道院任せの旧来制度に風穴を開けたこの法は、賛否両論から始まりながらも今では貴族の次男三男すら自主的に教壇に立つ新潮流を生んでいる。


 書類の束を閉じると、指輪――黎明の星が一層深い蒼を帯びた。ふと窓の外を見下ろせば、中庭では冒険者志望の子どもたちが木剣を振るい、教師となった妹エリザが笑顔で指導している。かつて嫉妬に飲み込まれた翡翠の瞳は、今や未来を照らすランプの色を宿していた。


 足音を忍ばせて入ってきたのは第一近衛師団長ユリウス。「王妃陛下、辺境砦フェリドの学問区画が完成したとの報告です。旧王太子殿下……いえ、アルフォンス辺境総督からの謝辞も添えられております」


 分厚い羊皮紙には、荒野に建った新砦が学校、診療院、魔導研究棟を備えた多機能都市へ育ちつつある様子、そしてアルフォンスが日夜土埃にまみれ自ら石材を運び民と汗を流す姿が記されていた。かつての傲慢は影を潜め、その筆跡からは鍛錬で硬くなった指の力強さが伝わってくる。


「……彼は彼の戦場で王国を支えている。私も負けていられないわね」


 ユリウスが微笑を浮かべた瞬間、部屋の奥の扉が開き、年少議員を引き連れたラファエルが姿を現した。どこか興奮気味の面々は口々に「南洋との交易同盟がついに正式調印です!」と報告する。私は顔を上げ、「やりましたね。これで海路の香辛料が半額以下で手に入るわ」と声を弾ませた。


 南洋交易同盟――これはかつて私が温泉祭で作り上げた商人ギルドの国際ネットワークが推進した案件で、諸外国に先駆けて関税協定と魔法航行灯台の技術供与を抱き合わせる大胆な策。この三年で王国は輸出入の黒字を五倍に伸ばし、財務庁の金庫は空前の潤いを見せている。


 報告を終えた議員たちが引き下がると、ラファエルは私の額にそっと口づけた。「本日の祝賀演説、例の案を使うと決めたよ。“世界は遠くない、手を伸ばせば届く”という文句。セレナの言葉だからね」


 胸が波打つ。前世、地下鉄の車窓から灰色の夜空を眺めていたOLの私は、確かにそう願っていた。“遠い世界と繋がりたい”と。その呟きが転生を越え、王国の未来を導くスローガンに形を変えたのだ。



 昼過ぎ、私は黄金薔薇の緞帳をくぐり王宮大講堂へ。会場を埋めた千名の聴衆の中には、辺境砦から帰郷したアルフォンス、教鞭を執るエリザ、国外追放後に放浪商人として更生し今や交易顧問となった元侯爵ギルバートの姿もある。過去の咎を背負った者たちが、それぞれの形で未来に寄与していた。


 壇上でラファエルの演説が高らかに響く。「我らが王国は、赦しと挑戦と共生の旗を掲げる!」 その後を引き取る形で私は孤児院改革の成果報告を行い、最後にこう結んだ。「未来を恐れる子どもが一人もいない国。それこそが私たちが目指す唯一のゴールです」――拍手は嵐のように沸き起こり、扇で涙を隠す老侯爵夫人の姿に胸が熱くなる。



 夕刻、我が家――王妃居館のバルコニーに戻ると、二歳になる長女ソフィアが芝生をよちよち歩き、陽光を浴びた金髪をきらきらと揺らしていた。「かか!」と両手を伸ばして駆け寄ってくる小さな身体を抱き上げる瞬間、私は“幸せ”という言葉がいかに多面的かを思い知る。政務の充実も、民の笑顔も、温かな家庭も――そのすべてが私という一人の人間を支える柱だ。


 ラファエルが後ろからそっと腰に手を回し、肩越しにソフィアの頬へ口づけた。「次の王立議会は三日後だ。休めるうちに休んでおくといい」――私は笑って頷く。「ええ。でもその前に、ルミエールで温泉視察よ。新しい蒸留ハーブ風呂が完成したらしいわ」


 空には宵の明星。リストリアの尖塔を照らす夕陽が薄桃に溶け、やがて街路に灯るランタンが星屑を映す。私は胸に手を当て、かつて婚約破棄の書状を手にしたあの朝を思い出した。“失った”と信じていたものは、実は“翼”だったのだ。


 翼は、恐れを超える勇気でしか羽ばたかない。だからこそ私は選択した――悪役を辞め、主役を奪い取り、王妃として未来を描く道を。


 遠くで夏至祭の狼煙花火があがり、碧と金の光が夜空で開いた。私はソフィアを抱えたまま深呼吸し、ラファエルに視線を重ねる。「まだまだ、私たちの物語は序章よ」――彼は力強く頷き、黎明の星リングを月光にかざした。


 その蒼い光は、決して消えることのない希望の灯火。新しい時代のページを開くインクのように、静かに深く、王都の夜気へ染み込んでいった。

これにて完結です。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました


「高橋クリスのFA_RADIO:工場自動化ポッドキャスト」というラジオ番組をやっています。

https://open.spotify.com/show/6lsWTSSeaOJCGriCS9O8O4

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