第五章 王宮舞踏会、真実の暴露
王都黎明祭の宵、王宮大広間は星屑を溶かしたような灯火で満ちていた。千のシャンデリアが滴る光をこぼし、真紅の絨毯の上を仮面の貴族たちが流麗に舞う。私は銀薔薇を象った仮面を頬にあて、護衛騎士ロベールとともに控え室の扉を押し開いた。
胸は穏やかだった。覚悟はとうに定まり、あとは真実を曝け出すだけ。ロベールが囁く。「万一の時は盾になります」――その声に頷き、私は大広間へ足を踏み入れた。
仮面舞踏会の主催は王妃代理付き侍女長だが、実権は王太子陣営が握る。中央壇上には深紫の幕が張られ、その前に王太子アルフォンスと男爵令嬢ミレーヌの姿があった。ミレーヌの手は震え、彼女の視線は絶えず観客席を漂う。自信など皆無。それでも〈真実の愛〉を体現する役を崩さぬべく、唇に濃い紅をひいていた。
第三打の鐘が鳴る。仮面を外したアルフォンスが幕前へ進み出る。朗読台の上には、ギルバートが偽造した弾劾文が据えられている。私は扇を広げ、銀糸の房を揺らしながら視線を送った。――その瞬間、壇上袖から黄金の軍靴が現れた。琥珀の瞳を持つ若き国王ラファエルである。
「皆の者、静粛に」
たった一言で喧騒が止んだ。陛下はアルフォンスから書類を受け取り、朗々と読み上げる。『公爵令嬢セレナ・ブランシュは領民を酷使し反逆資金を蓄えている』。文面が終わると同時に、陛下は鮮やかに書類を翻し、裏面に貼り付けてあった封蝋を剥がした。
「聞くに耐えない捏造だ。――証拠を示そう」
侍従長が差し出した銀盆には、王立会計院の真正書類、ギルバートの汚職記録、そして偽造現場を撮影した〈写鏡水晶〉が並ぶ。水晶に投影された映像には、ギルバートと書記官が金貨を受け渡す場面が克明に映し出されていた。観衆が息を呑む。
「ギルバート・フォクス。そなたは国家私文書偽造の大罪だ」
名を呼ばれた侯爵家三男は青ざめ、逃げようとするが、ロベールが一足で飛び込み剣を抜いた。銀刃が月光を弾き、ギルバートの外套を裂く。彼は膝を折り、鎖で拘束された。
どよめきはまだ止まらない。王太子の隣に立つエリザが、震えを堪えて声を上げた。「陛下! 私は、私は姉を守るために……!」 涙で溶けた化粧が頬を伝う。だが水晶は無慈悲に映す。エリザがギルバートに署名を促される映像。会場は再び凍り付いた。
私は仮面を外し、壇上へ歩み寄った。ドレスの裾が絨毯を滑る音だけが響く。エリザの前で立ち止まり、そっと手を差し伸べた。「エリザ。ここが最後の選択よ。真実を語り、やり直すか。虚偽に溺れて共に沈むか。」
翡翠の瞳が潤み、妹は震える指で私の手を掴んだ。――その瞬間、鎖は解かれた。陛下が静かに頷き、侍従がエリザを保護下に置く。観客席から微かな安堵の吐息が漏れた。
一方、アルフォンスは蒼白のまま立ち尽くしていた。陛下が向き直る。「王太子よ、己の愚行を自覚したか?」 アルフォンスは唇を噛み、観衆に向かって深々と頭を下げた。「私の浅慮でした。すべての責任は私にあります」――その声は震え、後悔と敗北が滲んでいた。
陛下はさらに言葉を継ぐ。「だが王国には贖罪の機会がある。アルフォンス、そなたには辺境監察官として三年間、荒野の砦を再建してもらう。功を立て民を守り、己の過ちを洗い流せ」
厳しくも温情ある処分に、大広間は安堵と敬意のざわめきで満ちた。アルフォンスは涙をにじませ、膝をついて頭を垂れる。ミレーヌは嗚咽しながら殿下に寄り添った。その姿は、ようやく彼が真の意味で“王太子”として歩き始める出発点に見えた。
すべてが静まった後、陛下が私の前に立った。黄金の仮面を外し、まっすぐに手を差し伸べる。「公爵令嬢セレナ・ブランシュ。王国に未来を示すそなたに、感謝を」
会釈して手を重ねると、陛下は耳元で囁く。「共に歩んでくれるか?」 声は柔らかく、けれど確かな熱を帯びていた。頬が熱を持つのを自覚しながら、私は小さく微笑んだ。「喜んで」
その瞬間、楽団が勇壮なファンファーレを奏で、仮面の貴族たちが一斉に拍手を送った。銀紙の花吹雪が舞い、ランタンの灯が七色に屈折する。私は観衆へ深い礼をし、舞台袖で涙混じりに笑うレティシアと目を合わせた。
闇夜を裂いた真実の光は、王宮を新時代へ導く狼煙となった。ざまぁは終わり、ここから始まるのは再生と希望。――物語の歯車は、確かに次の章へと噛み合った。