宿命
少し前に書いたものなので文章が拙いですがご容赦ください。
あっと言う間に、メラーティアの住む宮殿がある場所までついてしまった。今は、目の前に宮殿がそびえ立っている状況だ。
「あの、正面から入るんですか?こういうのって、裏から侵入とかするものじゃないんですか?」
私はつい、思っていたことを口走ってしまった。どうしても、正面突破は厳しいと思うのだ。
「大丈夫。どうせ警備とかいないし、正面突破でも侵入でも私からするとあんまり大差ないから。」
白月は自信ありげに言った。まあ、白月なら、大丈夫だろう。
私は白月を信じて、宮殿の門をくぐった。
「なんでここ、警備とか誰もいないんですか?セレーナ様の宮殿には何人もいましたよね?」
私はどうしても疑問だったことを質問してみる。
「あのね、メラーティアっていう神様は自然を守る神様なんだけど、すっごい短気なんだよ。だから、警備とかを雇っても、すぐにやめちゃうの。部下に当たりが強いで有名な神様なんだよねー。」
白月は、苦笑いをしながら言った。短気すぎて部下にあたって、やめさせてるわけか。私の世界で言うパワハラにあたるのかな?
「そうなんですね。」
白月はこう話している間も、さもこの宮殿の間取りを知っているかのように、ずんずんと奥へ進んでいく。
「そろそろつくよ〜。メラーティアがいる部屋。」
「なんでそんなのわかるんですか?」
「神々の住む宮殿ってのは、基本間取りが同じなんだよ。だから、私はよくセレーナ様の宮殿に行ってたから、大方間取りがわかるの〜」
神様の宮殿ってそんな感じなんだ。どっかの建設会社が作ってるのかな?
「そうなんですね。」
私がそう言うと同時に、目の前に大きな扉が現れた。
「はいとうちゃーく!覚悟はいい?開けるよ?」
私が返事をする間もなく、白月は大きな扉をフンッと力任せに開けた。
「何者であるか?」
そこにいたのは―――とにかく背が低く、気の強そうな黄色のツリ目、手入れしていないのがすぐにわかる、腰まで伸ばした赤髪という容姿をした女の子だった。
その女の子は、白月を見るなり小さな声でゲッ…とこぼした。
「お前、セレーナの使いだろう?そんなお前が私に何のようだ?」
「メラーティア、少しは大人になったかなって期待してたけど、期待外れだったみたいだね。」
白月は楽しそうに笑いながら言う。
「お前、神でない者が神の名を呼び捨てにしていいと思っているのか?!」
メラーティアはとても怖い形相で白月に言っているが、白月はまんざらでもない顔、いや、面白そうに笑っている。
「メラーティアさ、あんた結構やばいことしちゃったみたいじゃん?だからね、交渉しに来たのー。あんたに、あっちの世界をもとに戻してもらおうと思って。」
白月が「あっちの世界」といった瞬間に、メラーティアの表情が変わった。
「お前、それをセレーナに言われて来たのか?そうだったら、交渉には応じないぞ。あっちの世界の奴らは、ああでもならないともう反省しないと思ったからああしたまでだ。あいつらが悪いんだ。」
メラーティアは、自分を正当化するように理由を述べた。白月は、呆れたような表情をして言う。
「あんたね、向こうの人間たちがすごく悪いことをしたってのは本当に共感するけど、それでも限度ってものがあるでしょ?」
「おい、白月だったか。神にも言っていいことと悪いことがあるってセレーナから教わらなかったのか?」
メラーティアはそう言って、腰掛けていた玉座から立ち上がった。
「もう交渉は諦めたほうがよさそうだねぇ〜」
白月はそう言うやいなや、臨戦態勢に入った。白月の表情を見ていると、彼女はなぜかこの状況を楽しんでいるように見える。
「白月、お前我とやる気か?我もなめられたものだ。いいだろう。その望み、叶えるまでっ!!」
刹那、メラーティアは白月に攻撃を仕掛けた。白月はそれを華麗に避けていく。
「メラーティア、あんた長い間誰とも戦ってなかったでしょ?」
「それは、我が弱くなったと遠回しに言いたいのか?!」
白月たちはお互いを煽りながら戦闘を続けている。私は、取得した覚えのないスキル「魔眼」を使って、二人の戦闘を見ている。このスキルを使ってもなお、彼女たちの戦闘は早すぎて目が追いつかないことも多い。だが二人は、今のところは『互角』だ。互角ではだめだ。勝負が終わらない。きりがない。
「白月、お前少しばかり弱くなっただろう?世界最強の名はどこへ行ったのだ?」
「そ、そりゃあ私死んでるし…。弱体化もしょうがないよねって感じで。」
「お前死んでいるのか?!よくそんな完璧な実態を保っていられるな!!先程の言葉は取り消しだ!!」
メラーティアは、白月が死んでいるのにもかかわらず、完璧な実態を保っていたことから、白月が死んでいるということを認識できていなかったようだ。
まじで白月って何者・・・。
「白月。お前と命をかけた戦闘ができないのならば、我はおとなしく交渉に応じる。まあ、内容にもよるが。」
メラーティアは白月への攻撃の手を止め、そう言った。
「そりゃありがたいね!死んでることに感謝だ!」
白月はそう言いながら、どこからか椅子とテーブルを出してきた。
彼女はメラーティアと私に、椅子に座るように促す。
「では、まずこちら側の要望について話します。」
白月はいつの間にか、スーツを着て話し始めた。なんか真面目そう。
「まずは、もう二度とこのようなことを起こさないこと。そして、あんたのせいでめちゃくちゃになったあっちの世界の復興を手伝うこと。」
白月は、どこかの刑事ドラマで見たように、部屋をぐるぐると動き回りながら言った。
「おい、それだけか?条件というのは?」
メラーティアは、あっけにとられたように口をぽかんと開けている。
「それだけだよ〜。じゃあ交渉成立かな?そっちは条件とかないの?」
メラーティアはすっと仁王立ちで立ち上がった。
「ないであるわ!我もその条件なら満足だ!」
メラーティアは満足そうに笑う。
「よかったー、穏便に解決して。こんなにあんたが話聞いてくれると思ってなかったから。」
「なんだと!我は話ぐらいは聞くぞ!」
なんか私いる意味なくなかったかな・・・?何もしてないし・・・。
「ところでなんだが、白月。こいつは誰だ?」
唐突にメラーティアが私の方を見て指さした。
「あー、最近知り合った子で、あっちの世界の生き残り。あんたさ、わざと夕羽を見逃したの?」
「なんだと・・・。我は誰一人として生かすつもりはなかったし、あっちの世界で生命反応を感じたものはすべて消し去ったはずだ。なぜお前は生きているんだ?」
メラーティアは私を不思議そうに見つめる。私が何も言えないでいると、メラーティアがなにかに気づいたのか、はっとした表情をした。
「お前、もしかしてフィローネのお気に入りのユーハか?」
「ふ、フィローネ・・・?ユーハではありますけど・・・」
「フィローネってのは、この世界での水の神だ。お前が腕につけているその飾りは、我ももらったことがある。それはフィローネの力が込められている、結界みたいなのを張ってくれる魔道具なんだ。それがお前を守ってくれたのかもしれないな。」
メラーティアはそれから、どこかへ行ってしまった。
「夕羽、君フィローネ様のお気に入りだったの?めっちゃ初耳なんだけど!」
初耳も何も、私だって今初めてそれ知ったし・・・。
「あったぞ!ユーハがつけているのはこれと同じであろう?」
メラーティアは私と似たような鈴の飾りがついた、腕につける紐を持ってきた。
「確かに・・・その腕飾り、私のものと似ていますね。私があっちの世界で見たのは、フィローネ様なのかな・・・。」
私は、あっちの世界にいたときによく「予言」をしてもらっていた神様を思い出した。何度か夢で会ったことがあるような気がするのだ。
「我が紹介状を書いてやるから、今度時間ができたときに、フィローネに会いに行ってみるといい。その腕飾りをくれたのがフィローネなら、しっかり歓迎してくれるだろう。」
メラーティアはそう言って、紹介状という名の紙を渡してきた。
「あ、ありがとうございます!」
「夕羽、いろいろ片付いたら行ってみようか!」
白月は私の肩に手をぽんとおき、私に向かってニッと笑った。
◇ ◇ ◇
メラーティアの件が片付き一段落した私たちは、アクアエレメントに戻りしばしの休息をとっていた。
「夕羽ー!見て!新しいパーティーメンバー!」
私が宿の部屋でベッドに横になっていると、白月が相変わらずドアをノックせずに入ってきた。
「新しいパーティーメンバー?」
私がそう聞き返すと、白月は無言でうなずき、一人の背の小さい少女を連れてきた。どこかで見覚えのあるような気がするのは私の気のせいだろうか。
「はっはっはー!我が新しいパーティーメンバーだ!」
やっぱり気のせいではなかったみたいだ。
彼女は腰に手を当て、仁王立ちでドアの前に佇んでいる。
「どうして神様がここにいるんですか?」
「あのねー、神様ってのは自由奔放なんだよ。こいつに関しては従者とかがいないから、特に神様の中でもよく単独行動してる神様で、せっかく復興手伝ってくれるんだったら、一緒にパーティーとして行動したほうが楽じゃないかなーって思ったから連れてきたよー!」
「現世界最強と神様なんかがいるパーティーは他にはないだろうな!夕羽は何もしなくてもいいんじゃないか?」
彼女―――メラーティアはそう言って大げさに笑ってみせた。
「というか、メラーティアって冒険者カード持ってるの?」
「ああ、我は神であるから、そういうものは今まで作ったことがないぞ。」
「要するに、新しく作らなきゃいけないと。」
え、もしかしてまた白月のときみたいなくだりあったりする?こいつ何者だ?強すぎるだろ!みたいな。
「では、明日ギルドに行けばいいのか?」
「そうだけど、偉そうなその態度は抑えてねー!」
白月はそう言って苦笑した。
もう窓の外は、夕闇に染まりかけていた。
◇ ◇ ◇
「ここがギルドか!はじめて来たが、なんだかとてもワクワクするな!」
メラーティアは目をキラキラと輝かせながら、ギルドを見回している。
「受付の者よ!我に冒険者カードを作ってはくれないか?」
相変わらず偉そうな態度は変わっていない模様だ。受付の人は苦笑いで彼女に対応している。
「すみません、彼女、一応偉い人なんです・・・!この態度は直すように言って聞かせておきますので、許してください・・・。ほんと、すみません・・・。」
白月は申し訳無さそうに受付の人に謝っているが、一方のメラーティアはというものの、我感せずといったふうに受付の前で突っ立っている。
「で、では、ここに手をかざしてください。あなたのステータスをお調べいたしますので。」
メラーティアは受付の人に促され、なにかの道具の上に右手をかざした。すると、みるみるうちにメラーティアの頭上にステータスが浮かび上がってきた。
「ふん。やはり我はステータスなぞに縛られる程度の者ではないのだ!」
メラーティアは声高らかに笑った。その横で、受付の人が絶句していた。それはもちろん、メラーティアのステータスがすべてカンストしきっていたからだ。
もう私は二度目なので驚きません。まあ、この人神様だし。
そして、ギルド内にいた冒険者たちの驚嘆する声があちこちから聞こえてきた。この流れ、この間やったばっかなんだけど。
「まあ、あんた神様だし、全部カンストしてなかったら怖いぐらいだわ。知識のところが少し心配だったけど〜」
「お前、また我を侮辱しているのか?!いい加減にしろよ!」
相も変わらず、白月とメラーティアは煽りあい(?)をしているが、これ、私どうすればいいのかな・・・。
◇ ◇ ◇
あの後、無事にパーティー登録も済ませて、宿に帰ってきた。これからはメラーティアも一緒に旅についてくるようだ。
コンコンコン
誰かがふいに部屋のドアをノックした。ノックをするのはメラーティアだけだ。
「我だ!明日から、あっちの世界の復興をするぞ!」
「突然入ってきたと思えば、大きな声を出さないでもらえますか?!」
私が彼女の発言に食い気味に言うと、
「まあ、そう怒るでないぞ。我は白月と違ってノックをしっかりしたではないか!」
メラーティアは機嫌を損ねたのか、腕を組んで私を睨みつけている。相変わらずの短気だな。
「なーに言い合ってんのさ。ここは宿なんだから、もう少し静かにしてもらわないと困るよ。責任取るの私なんだからねー?」
白月は不機嫌そうに、私とメラーティアを交互に見ている。
「我は悪くないのだ!」
メラーティアは、御託を並べ白月に猛抗議しているが、白月は全くと言っていいほど聞く耳を持っていないようだ。
「夕羽、こいつがさっき言ったことは事実だからね!じゃあ、また明日に!おやすみ!」
白月はそう言い残し、まだ言い訳をしているメラーティアを無理やり連れて行った。
私はドアを静かに閉めると、ベッドに横になった。
復興と一言で言われても、いまいち私はピンときていない。復興とは何をするのか。生命体がすべて滅んでしまったのだから、復興をしようにも私たちだけでは無理なのではないだろうか?
ふと思った。
―――私以外にも生存者がいるかもしれない。
考え事をしていると、中々寝付けないというのが人間だ。だが私はそのとき、吸い込まれるように眠りについた。
◇ ◇ ◇
今日は誰にも起こされずに、すっきり起きることができた。
私は大きく背伸びをすると、カーテンを大きく開ける。
今日からあっちの世界を復興するってメラーティアが言ってたっけ。復興ってほんと、なにするんだろう。
コンコン
そんなとき、ノックがなった。
「よく寝られた?もうすぐ朝食の時間だってよ〜」
そこにいたのは、白月だった。この人がドアをノックするなんて何事?
「おはようユーハよ。昨日はすまなかった。」
白月の後ろから、ひょこっと顔を出したのはメラーティアだ。申し訳無さそうにうつむき加減で私を見ている。
「いいですよ。私怒ってないですから、顔を上げてください。神様に謝られるのって気分悪いですし。」
私はメラーティアに笑いかける。神様に謝られることなんて、人生で一度もないのが普通だろう。
「そ、そうか!では、早速朝食を食べて復興に取り掛かろう!」
メラーティアは嬉しそうに笑ってみせた。彼女は切り替えが早くて助かった。私が彼女だったら、きっと長い間ズルズルと引きずるだろう。
「じゃあ、下の階の食堂にれっつごー!」
―――宿1階 食堂
「我、食堂とやらに初めてきたのだが、人間界の食べ物も悪くないな!」
メラーティアは美味しそうにハンバーグのようなものを口いっぱいに頬張りながら言う。メラーティアがハンバーグのようなものを頼むというのは、なんとなく解釈一致だ。
「あんたさ、そろそろその偉そうな態度どうにかしてくれない?私がいつもあんたの代わりに周りに謝ってるの知らないの?」
白月は怪訝そうな表情で頬杖をつき、メラーティアをじっと見つめている。
「我は神なのだぞ!偉くて当然ではないか!」
「少し静かにしてくれる。」
メラーティアと白月の喧嘩が勃発しようとしていたとき、誰かが静かにそう言ってテーブルに1枚の冒険者カードを置いた。私は思わず見上げると、そこにいたのは、背中に翼がはえた、天使のような白髪の少女だった。心なしか、私たちを睨んでいるように見える。
「君、その制服・・・、もしかして天使学園の生徒さん?」
白月は彼女を見るなり言った。
「そう。」
彼女はそう言って白月の顔を見ると、その瞬間に目を丸くした。
「あの・・・、私の顔になにかついてる?」
白月が彼女に問いかけているが、それすらも無視して彼女は白月の顔をまじまじと見つめている。
「お前、大丈夫か?おーい」
「あ、ああ、ごめん。天使学園を首席で卒業したのに、正式な天使になるための試験をすっぽかして遊び回ってたら世界最強になってた人に、とても顔が似てたから。思わず。」
彼女はそう言って白月にペコリと頭を下げた。
「おい、白月。言われてるぞ」
メラーティアは先程の彼女の発言に対し、白月を見ながらげらげらと笑っている。
「確かに、君が言っている人と私は、同一人物。でも遊び回ってたわけじゃないし。」
白月はそう言ってムスッとそっぽを向いてしまった。
「ごめん。私がよくなかった。一応大先輩だから、今出会えたことに感動してはいる。」
彼女の言葉には少々トゲが混じっている気がするのは私だけだろうか。白月を褒めているのか侮辱しているのかよくわからない。
「君、一つお願いがあるんだけど、大先輩のお願いだから聞いてくれるよねー?」
白月は彼女に笑いかけながら言う。だが、目が笑っていない。
「世界最強のお願いは断れない。」
「元だけどな。」
メラーティアがぼそっと言った。私が少しくすっと笑ってしまったのは内緒。
「私たちを、天使学園に連れて行ってほしいなーってさ。」
「なんで天使学園?」
彼女と同意見だ。私たちは今からあっちの世界を復興するはずではなかったか?
「私、天使学園の卒業生だってのに、天使になるための試験すっぽかしただけで校長から出禁扱い受けてさ〜、私一人じゃ入れないんだよ。」
試験すっぽかしたのは本当なんだな。
「だから、天使学園の生徒の私に頼んだんだ。」
彼女がそう言うと、白月は無言で頷いた。
「でも、あなたは学校の校舎内に肖像画が飾ってある。校長がよく私の教え子は世界最強だとかなんとか言ってるの聞く。あまりにもあなたのことを嫌ってるとは思えない。」
「そうなの?!あの校長が私のことそんなふうに言ってるの?」
白月は驚きを隠せないでいる。
「この間、この世界にエラーが起きたのを知ってる?パラレルワールドを誰かが滅ぼした影響だって私は聞いてるけど、そのときあなたの古い文献がすべて消失して、あなたに関する記憶を持つ人達の記憶が改変されたの。だから、この世界の人たちはあなたは滅んだと思ってる。でも、一部の人達には記憶が残ってるの。なぜかはわからないけど、校長も例外じゃなくて、すごくあなたのことを心配してた。やっぱり私はあなたの言っていることが信じられない。」
この子、物知りだな。私の世界のことを知っているなんて、どこで聞いたのだろう?
メラーティアは知らないフリをしてそっぽを向いている。
「そうなんだねー。やっぱり1回会いに行きたいな。夕羽たちはどうかな?」
「私は別にいいんですけど、復興はどうするんですか?」
「復興なんて、いつやってもさほど変わらぬ。少し白月の昔の知人に会いに行っても、誰にも咎められはしないだろう。」
メラーティアが白月の変わりに質問に答えた。
「白月、っていうんだ。名前は知らなかった。あなたは後世に語り継がれるべき存在だと思うけど、今は正体を隠してるの。」
彼女が聞くと、白月は少し考える素振りを見せた。
「別に、隠したくて隠してるわけじゃないよ。まあ、文献が消えたんなら、これから私を知る人も少なくなっていくだろうけどねー。」
物悲しそうに白月は窓の外に目をやる。
「ところでなんだけどさぁ、君、名前は?」
「流石にところですぎる。」
彼女は少々戸惑いながらも、席から立ち上がった。
「私は天使学園2年、ミディア階級のヘレナ・ディニー。知識試験ではずっと学年首席。よろしく。」
そう言って彼女―――ヘレナはぺこりと頭を下げた。
「そっか、天使学園って階級制だったねー。もう大昔のこと過ぎて忘れてたよー」
「白月さんは実技・知識ともに一学年のときに学年首席をとって、特別にその年に飛び級卒業したって校長が言ってたけど、本当?」
え、なにその逸話。どう考えても人間のやる所業じゃない。
「懐かしいねー、そんなこともあったなぁ。」
「懐かしいってことは、本当なんだ。化け物が。」
最後の方にヘレナがぼそっと言った言葉は、聞こえなかったふりをしておこう。
「いつ出発するのだ?今日か?」
メラーティアはどうしても遠出をしたかったのか、子供が駄々をこねるように白月に言い寄っている。
「そうだね。まだ午前中だし今日出発しても問題ないかなー」
白月がそう言うと、メラーティアの顔が一瞬にしてぱっと明るくなった。こういうところが、やっぱり神様に見えないんだよなぁ。幼い。
「じゃあ、今が9時だから、11時にまたここに集合しよう。天使学園はそこまで遠くないから、半日ぐらいでつくはず。」
「はいはーい、じゃああとでねー」
白月はそう言い残すと、足早にどこかへ行ってしまった。ヘレナも気づいたらどこかへ行ってしまっていた。
「我はここで待っておる。ユーハは遠出の準備をしてこい。白月に言って、フィローネのところにもよってみようぞ。」
メラーティアはいつの間にか追加注文していた2個目のハンバーグ(のようなもの)を、口いっぱいに、美味しそうに頬張りながら笑う。
「そうですね。天使学園も楽しみですけど、フィローネ様のところに行くのも楽しみです!」
私はそう言って、彼女に向かって微笑んだ。いま一瞬だけ、メラーティアが焦った表情を見せた気がするのだが、見なかったことにしておこう。
「そ、そうだな!じゃあ早く準備をしてこい!」
明らかに彼女は何かを隠している気がする。まあ、今は関係のないことだ。
私はそう思い、荷造りをしに宿の部屋に戻った。
「というか、天使学園に行って、フィローネ様のところによってってしてたら、何日ぐらいかかるんだろ・・・」
私は、替えの洋服をバックに詰め込みながらふと思った。
まず前提として、私はこの世界に来てまだ半月ほどしか経っていない。だからもちろん、この世界のことはよく知らないし、国のことや地名とかはもっとさっぱりなわけで。
天使学園はどこにあるんだろう。フィローネ様の宮殿は?今の私では、皆目見当がつかない。ひとまず、一度流れに身を任せてみることにしよう。たまには、ね。
「戻りまし・・・た」
私は荷造りが終わり、下の階の食堂についた。私はその光景を見て、絶句した。
私が言葉に詰まった理由は、今私が見ている光景を説明すれば、誰でも一瞬で理解することができるだろう。
「しゅ、襲撃が、あった。最近、ここらへんで、人殺しの集団が、襲いに来るっていう、う、噂が広まってて。ご、ごめん・・・、これでも一応、て、天使学園の生徒なんだけど・・・」
「今はそんなことどうでもいいですから!喋らないでください!」
私はヘレナの出血箇所を、持っていたハンカチで抑えた。
今、私の目の前で、この食堂を利用していた人たちとヘレナが、血を流して倒れているのだ。
「な、なにがあったの・・・」
思わず私はそうこぼした。
というか、メラーティアは?あの人がいたらこんなことにはなってないでしょ!
「も、もう一人の、ひ、人なら、外で私たちに、攻撃を仕掛けてきたやつらと、た、戦って、る・・・」
ヘレナは、私が考えていることを見透かしているかのように、弱々しい声で言った。
「もう喋らないでって言ってるじゃないですか!ヘレナさん、このままだと死にますよ!」
あぁ、なんでこういうときに限って白月がいないんだ。
そのときだった。
「夕羽、手だけに意識を込めるのよ。彼女を回復させることだけに全神経を注ぐの。」
「この声は・・・女神様?!」
この声は、向こうの世界にいたときに、私に予言をしてくれていた神様の声だ。どうやらこの声は私にしか聞こえていないようだった。
「夕羽、あなたがこの子に回復魔法を使わなかったら、彼女はじきに死ぬわ。それでもいいの?」
いいわけがない。でも、私には最弱魔法以外使うことができない。だから当然、回復魔法なんてものは習得した記憶がないし、きっと使えない。
「あなたしか彼女を救えないのよ?自分を信じなさい!」
そうだ。私が考えている間にも、彼女は私のハンカチを真っ赤に染め続けているのだ。今やらなくてどうする。できなくてもやるんだ!
「そうよ。その意気よ、夕羽。今度、あなたが私のところに来るのを楽しみにしているわ。」
申し訳ないけど、今は女神様の話なんて聞いている余裕はない。
私は全神経を右腕に集中させる。わからない。回復魔法なんてわからない。でも、なぜかできる気がするのだ。私なら。
スゥーッ ハァーッ
深呼吸をする。準備は整った。
「傷を癒やして!インティグラルリカヴァー!」
思わず出た言葉だった。こんな魔法、存在しないだろうな。
すると、私の手が緑色に光りだした。みるみるうちに彼女の傷が、致命傷さえも、綺麗に跡形もなく治っていく。これが奇跡というものなのか。
「ん・・・あれ、傷が・・・治ってる・・・?」
ヘレナは目を開けると、すぐにむくっと立ち上がった。表情から、驚いているのが見て取れる。ヘレナの驚いている表情、なかなかレアかもしれない。
「あなたが・・・治してくれたの・・・?」
ヘレナは不思議そうに私を見る。私はただ彼女に微笑みかける。
「あ、あの、もう一人の人を見てきてくれない・・・?私たちのために戦ってくれてるから。」
そうだ。メラーティアをほったらかしにしたままだった。
「わかりました。ヘレナさんはここで安静にしててください。」
私はそう言い残し、宿の表に出た。
「あぁ、ユーハか。こいつ、お前の知り合いか?」
そう言ってメラーティアが指さしている先に目線をやると、これまた衝撃の光景が広がっていた。
血まみれになった一人の少女が倒れているのだ。だが、意識はあるようで、モゾモゾ動いている。
「こいつ、最近ここらで人を殺しまくってるやばいやつでな。ちょうどこの宿に襲撃に来たものだから、我がちと懲らしめてやったのだ。もう少し手加減というものをするべきだったかもしれぬが。」
強者の手加減というものはなんなのか、私は一生理解できないだろう。
「それで、なんで私の知り合いだと?」
「あーそれなんだが、こいつがこの街に来た理由が、『稲波夕羽を探すため』らしいんだ。」
それで思い出した。目の前に倒れている少女、よくみるとなんだか見覚えがある。
彼女の横には狐の面が転がっており、和服をアレンジしたような服を着ていて、おまけに銀髪。この間、エルナーリアでアクアエレメントにテレポートしようとしたときに、襲ってきた人だ。
名前は確か・・・
「あ、アタシ、は、あ、アグレア。稲波、ゆ、夕羽、久しぶりだ、ね。」
前に会ったときと同一人物とは思えないほどにか細い声で、アグレアは言葉を口にした。
「お前、すごいな。手加減はだいぶしてはいるものの、我の攻撃を受けてなお言葉を話せるとは。」
確かに、メラーティアの言うとおりだ。メラーティアはこんなだが一応神だ。前にアグレアが白月と戦っていたときは、白月が強すぎて彼女が弱く見えてしまったが、彼女はちゃんと強いのだということを感じる。
「あれ、どうしたのー?こんなに荒らしちゃってさ。またメラーティアの仕業?」
白月は眼の前の光景を見ると、手に持っていたパンを落とし、言葉を失った。
「ヒーリング!」
白月はすぐにアグレアの元へ駆け寄ると、治癒魔法をかけた。
「大丈夫ですか・・・って、アンタ、こないだの!」
白月はすぐに、彼女がこの間襲ってきたアグレアだとわかったようだ。
「わぁーっ!もぉーっ!白月以外にこんな強いやついるとか聞いてないんだけどっ!!」
治癒魔法をかけられるや否や、アグレアは頬を大きく膨らませて言った。
「はっはっはー!我こそが真の自然神、クレー・メラーティアであるぞ!!」
メラーティアがそう言うと同時に、アグレアの表情がこわばった。
「め、メラーティア・・・?あの、短気で有名な・・・?」
「短気で有名とはなんだ!白月もお前も、我をどれだけ蔑んだら気が済むのだ!」
メラーティアは不貞腐れたように宿へ戻っていった。
「か、神、神って、存在するんだぁ・・・。」
「浸ってるとこ申し訳ないけど、あんたは殺人っていう罪を、ここ最近の間だけで何回も繰り返してるから、今からあんたを王都に連れて行く。エルナーリアまではせいぜい一分ぐらい。」
「そ、そうだよねぇー、アタシ、アンタに勝ち目ないから抵抗しても無駄だし。」
そう言ってアグレアは物悲しそうにうつむく。
「じゃあ夕羽、この人を治安局に連れて行ってくるから、ここで待っててー」
「ちょ、ちょっと待ってください!なんでこの人が、私のことを探しているのか、ずっと気になっていたんです。それだけ聞かせてくれませんか?」
いつの間にか私は、こんなことを言っていた。アグレアは、初めて会ったときにも、私に用があるといっていた。私のせいでなんの罪もない人たちが殺されたのなら、私にも責任がある。
「稲波夕羽。アタシも詳しくは知らないの。アタシは雇われてる身であって、あくまでも夕羽を探して主様に連れて行くっていう任務を遂行してるだけ。だからね、なんで主様がアンタのことを探しているのか、アタシにもよくわかんないんだよねぇ。」
「そういえば、前に会ったとき私が色んな人に狙われているって言ってましたよね。それと関係があるんですかね・・・?」
アグレアの主人が私を探していることと、私が色んな人に狙われているというのは、完全に関係がないとは言い難い。
「そうだろうねぇ。アタシはよくわかんないけど、これだけは言っておく。単独行動は危険だから、常に白月とかメラーティアと行動するべき。アンタは正直言うけど、強くない。だから、強いやつに守ってもらったほうがいいとアタシは思う。暫くの間、はねー」
アグレアの言う通りだ。私は最弱魔法しか使えない。はっきり言って、私は弱い。
「まあ、自分で自分を守れるようになったら、単独行動してもいいんじゃないかな。ぱっと見、アンタには魔法の才能がありそうだから、今は魔法を極めまくるしかないねぇー」
「わかりました。魔法、頑張ってみます。」
私はそう言い、彼女に頭を下げた。色んな人に、魔法の才能があるって言われたけど、本当なのかな・・・。明日実践してみよう。
「じゃあ次こそ、エルナーリアに行くよー」
アグレアは白月といっしょにテレポートしていった。
そういえば、復興は・・・?
◇ ◇ ◇
「ただいまー、もう夜になっちゃったねー」
ヘレナとメラーティアと、仲良く宿の食堂で夜ご飯を食べているところに、大荷物を持った白月が帰ってきた。
「その大荷物は何。」
ヘレナが相変わらずのポーカーフェイスで首をかしげて言うと、白月は鼻を高くして言った。
「明日から世界の復興と同時進行で、夕羽の強化特訓をしまーす!!」
・・・は?
「な、なんで私の特訓・・・?!」
私がそう言うと、白月は待ってましたと言わんばかりの顔で私を見た。
「今日、アグレアが言ってたでしょ?夕羽がいろんなやつから狙われてるって。だから、私とかメラーティアがいないときでも、一人で対応できるように特訓をするんだよー」
先程からちらちら気になってしょうがないのだが、メラーティアが瞳をキラキラさせて私を見つめている。
「なんですか。」
私がメラーティアに言うと、彼女の表情がぱっと明るくなった。
「我も、参加するのだ!我がユーハを鍛え上げてみせるぞ!!」
メラーティアはそう言うと、わっはっはーと言いながら部屋に戻っていった。
「それで、特訓というのは具体的に何をするんですか?」
白月にそう問うと、白月はまた待ってましたと言わんばかりの表情で私を見た。
「ズバリ!!たくさん魔法を使って体を慣れさせる!!」
白月は声高らかに言い放ったが、別にそこまで得意げに言えることではない気がするのだが・・・。
「まずね、夕羽は根本的な問題から解決していかないといけないんだよ。夕羽は異世界人ってのもあって、元の魔素量が少ない。だから、その魔素をまず増やすとこから始めようと思ってるよー」
「我は思うのだが、成人しきっているこやつが今から魔素を増やそうとて、それは無理な話ではないか?」
メラーティアがそう言うと、白月はうーんと唸ってみせた。いつの間に部屋から帰ってきてたのこの人。
「確かに、あんたが言っていることは正しい。この世界の常識では、成人しきってしまえば、もう魔素量を増やすことはできない。でも、それはあくまで常識の話。私が言いたいこと、もうわかるでしょ?」
「でも、どうするの。この世界に、成人しきってから魔素量を増やせることができる魔法とか道具なんて存在しない。それに、できた人は今に至るまでいない。つまり、未知数。」
ヘレナは珍しく困惑した表情で白月に言った。
私はこの手の話はよくわからない。私が一番聞いておいたほうがいいはずなのだが、聞いてもさっぱりなので、正直聞く意味がない。
「存在しないなら、作ればいいでしょ?」
白月は平然とした顔でそう言った。メラーティアは横で、目を瞑って少しだけ頬を緩ませている。
「さすがは我が認めた者。楽しみになってきたぞ!な、ユーハよ!」
「えっ、あ、はい・・・!」
急に話を振られたところで、私は今までの話をよく理解できていないため、全くなにが楽しみなのかわからないが、とりあえず共感しておこう。
「明日、詳しいことを説明するから、午前10時に噴水前の広場に来てね〜」
「え、もう明日からやるんですか?」
私がそう聞くと、白月は右手で親指を立ててグッドポーズをした。
「あ、そうだ。明日、私があげた杖忘れずに持ってきてね!」
白月は付け足すように言うと、駆け足で部屋へ戻っていった。
「あいつは、飯を食わぬのか?」
メラーティアは独り言のように言ったが、私はそれどころじゃない。
―――復興はこれからどうなるのか?
続き頑張ります。