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第四話

「男の影の子って珍しいね。私は初めて会った」

 セイとソレイユは壁を背にして並んで座った。セイが自分の上着を脱ぎ、その上に座るようソレイユに促したが「いいよ。慣れてるから大丈夫。ずっとここにいるもの」と断られた。

「船は時々来るよ。でも、今日の船は違った。私と同じ波の音がした。私と同じ、影の子だけがたてる波の音」

 ソレイユは不思議な印象を与える少女だった。

 セイは数多くの女性と接したきたわけではないが、ソレイユの話し方は特徴的に感じた。どこか少年のような口調だ。だが女性なのは間違いない。

 言葉選びも少し幼い印象を受ける。年齢的には自分と同じくらいに見えるが、少女特融の大人びた、あるいは大人ぶろうとする素振りが見られない。

 セイは気が付くとソレイユに視線がいっていることに気づいた。ソレイユはこれまでセイが会ったどんな人よりも美しかった。

「セイ?」

 返事がないのでソレイユがセイのほうを向いて微笑んだ。セイは慌て目を逸らした。

「か、影の子ってよく言われるけどなんなんだろうな」 

「呪われた子、闇のしもべ、昏きもの、いろいろな呼び方があるみたい。

影の海にさわっても死なない人のこと」

「ソレイユも?」

「私は……海に落ちたのに死ななかった。だから影の海に魅入られたんだって」

「目はその時に?」

「ううん。これは浄化の儀式。ずーっと太陽を見続けるの。目を閉じれないように枠みたいなのをハメられて。そのうち見えなくなっちゃった」

 ソレイユがセイに向き直った。彼女の黒い瞳がまっすぐセイを見る。

「私の目、真っ黒でしょ? 前はスミレ色だったんだ。でも、見えなくなってから黒くなっちゃったんだって。もう鏡も見れないから自分じゃ分かんないけど」

「……」

 セイは短剣を強く握りしめた。浄化の儀式とやらをしたのはアブラハムだろう。自分以外の誰かのために怒るのは何年ぶりだろう。怒ることも、笑うこともずいぶんと久しぶりに感じる。

「目が陽の光に浄化されたんだって。炭のように黒く焦げたのが浄化の証。司祭さまはそう言ってた。それが白の教会、白き光の使徒の教えの会の教義」

「浄化が終わったなら、どうしてまだ閉じ込められてるの?」

 セイは声に怒気が混じらないよう気を付けながら言った。

「まだ足りないから。私の穢れはまだまだ深いんだって。もっともっと必要なんだって。浄化が……」

 ソレイユの顔に恐怖と嫌悪の色がよぎった。

「なんなんだよ。白の教会って。あちこちの島にあるけど、なんかよく分からないし」

「知らないの? あんたの島には教会がないの?」

「オレは船で生まれたんだ。貧乏人はみんなそうさ。陸は今でも少しづつ海に呑まれてる。小さい島でも陸で暮らせるのは限られた金持ちだけさ」

「そうみたいね。聞いたことあるよ。ほとんどの人は陸に住めないから海の上に船を浮かべて暮らしてるって。影の海の危険に怯えながら……あんたも、海に落ちたの?」

「……俺は、産まれた時には死んでたんだ。半分だけ」

 セイの声が少し暗くなった。

「死んでた? 半分?」

「母さんは妊娠中に高波にあったんだ。船内は黒い水であふれて、船員はほとんどやられたって。母さんも。でも、奇跡的にお腹の中の俺は生きてた。ほとんど死にかけだったけど」

 セイは耳飾りに触れた。

「俺が海に触れても平気なのはそのせいなんだって。母さんが俺を守ってくれたから……生まれつき影の子だからって、船長が言ってた」

「聞いたよ。船長さん、亡くなったって。大変だったね」

「船長は父親代わりに俺を育ててくれたんだ。多分、母さんのお腹から俺を取り上げてくれたのも船長なんだと思う。やけに当時のことに詳しかったから。でも……それももう確かめられない」

 セイの声がどんどん沈んでいく。

 ソレイユの胸にセイの哀しみが這い上ってきた。表情は見えないが、彼が深く絶望し、自分を責めているのが分かる。セイの心を少しでも軽くしてあげたい。何か明るい話題はないだろうか。

「ね、セイ。あんたの耳飾り」

「え?」

「銀でしょ。しずく型の石がついてるやつ。大切なもの?」

「ああ、これ……?」

 セイが耳飾りを外して掌にのせる。

「母さんの形見……らしいんだ。船長が言うには─┬」

 そこまで言って、セイはある疑問に思い当たってソレイユを見た。

「ちょっと待って。なんで─┬」

「なんで銀ってわかるんだ、ってとこかな?」

 ソレイユがいたずらっぽく笑った。

「う、うん。色なんて見えないし、いや、見えたとしてもこんな暗い中じゃ……」

「知りたい?」

 ソレイユが少し意地悪そうに笑って小首をかしげる。セイにはその笑顔がとても素敵に思えた。慣れて忘れかけていた心臓の鼓動がまた慌ただしく胸をかき乱す。

「うん、知りたい。教えてよ」

 セイは素直に答えた。

「フフ、素直でよろしい。じゃ、お姉さんが教えてあげようかな」

「お姉さんって、同じくらいだろ。オレたち」

「そう? あんたのほうがちょっと年下っぽいよ? 私より背は高いけど。私は十七。あんたは?」

「俺は……十五。らしい。船長がそう言ってた」

「じゃあ私のほうが二つお姉さんでいいじゃない」

「……そうかも」

「かも、じゃなくて、そうだよ。フフ、そうか。十五かぁ。セイ……セイって名前で、歳も同じだなんてね……」

「同じ? 二つ違うだろ?」

「あ、ごめん。こっちの話。なんで銀って分かるか、だったよね」

 ソレイユは自分の耳飾りに触れる。

「わかるよ。セイがさわる時の指ざわりの音。銀の音だもん」

「指でさわる時の音!? オレそんなの聞こえないよ?」

「私も見えてる頃はわからなかった。でも今はわかるよ。目は見えないけど、いろんな音がわかる。セイのことも」

 ソレイユは自分の耳飾りを外し、セイに向けて差し出した。

「私のは金。金と銀じゃさわった時の音が違うもの。だからわかるよ。でも、石の色までは分からないかな。どんな色してるの?」

「青だよ。青空みたいにキレイで、透き通ってる。ソレイユのと同じ」

 セイもソレイユに向けて耳飾りを差し出した。ソレイユの目には見えない。それでもそうするべきだと思えた。

「そっか。じゃあお揃いだね」

「そう……お揃い、だな」

 二人は自然に笑みをこぼす。

 セイは嬉しかった。何もかもが違う二人。共通するところは影の子という一点だけ。そんなソレイユと同じ色の耳飾りをしている。たったそれだけのことが、同じところがもう一つあるところが嬉しかった。もっと、もっと多くの同じところを見つけたかった。

「そうそう。笑うのが一番だよ」

「え? 笑ってる? オレが?」

「笑ってるよ。私と同じ。わかるよ。音じゃない。空気で。伝わるよ。辛いことがあっても笑っていれば辛くない。私はいつもそうしてる」

 セイと話すのは楽しい。

「笑うの、慣れてないけど、ソレイユといると、できそうだ」

 ソレイユと話せるのが嬉しい。

 お互いにとてもかけがえのない、特別な時間に思えた。

「……いけませんねぇ。セイ」

 アブラハムの苛立たしげな声が二人の特別で大切な時間を唐突に終わらせた。

「それでは彼女と、なにより君のためにならないのだ。セイ」

 セイは咄嗟にアブラハムの視界からソレイユを隠すように立ち上がる。ソレイユの顔に明らかな怯えの色が見えたからだ。

「何をしているのです。セイ。早く浄化なさい」

 アブラハムの顔にあからさまな怒りの色が浮かんでいる。

「それで? オレがソレイユに何かしたら、あんたがオレを撃つんだろ」

 セイには分かっていた。

 アブラハムの手が僧衣の袂に隠れている。おそらく拳銃だ。

 アブラハムは何も言わない。

「分かってんだよ。あんたみたいな奴の考えることなんて。海には海賊が出ることもある。あんたは同じ目をしてる。奪う奴の目だ……!」

 セイは後ろ手で短剣を握る。頼りない。安物な上に手入れもしていないから刃も錆だらけだ。だが丸腰よりはマシだ。

「セイ……? どうしたの? 司祭さまでしょ? なに言ってんの? 二人とも何を怒ってんの……!?」

 ソレイユが後ろから不安げにセイの肩を掴む。

「暴漢を雇ってけしかけて自分が助ける。ピンチを救ってくれた、そこにつけこむ。古典的でよくあるやり方だ」

 アブラハムが憎しみを露わにして拳銃を構えた。

「セイ、君が何を言っているのか分かりかねる。君が浄化をする気がないなら、私がやらねばならない。まずは、君からだ」

 銃口がセイの胸を狙う。

 避けることはできないし、できたとしてもソレイユにあたるかもしれない。

 セイは短剣を後ろに隠したまま、アブラハムと差し違える覚悟を決めた──

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