第一話
なろう初投稿で操作など不慣れなため、適宜修正していく予定です
青空の下に広がる海は終焉と絶望を連想させるには十分すぎるほどに黒い。
淡く白い光を放つ船が死の海を切り裂くように進む。フーカーと呼ばれる小型の帆船だ。
舳先に立つ十五歳ほどの少年は波を睨みつけている。長い黒髪は風にたなびき、目の下に刻まれたクマは深い陰を落としている。耳に飾られた青く輝く涙滴型の石は波を模した細い銀に包まれ、彼の瞳と同じ色に輝いている。
ふと、少年が振り返り鋭く叫んだ。
「船長! 高波だ!」
少年を遠まきに見ていた船員たちの顔が恐怖に強張る。船長と呼ばれた大柄な熊ヒゲの男が叫んだ。
「船内に避難しろ! セイ! お前はそこで待機だ!」
船員たちが慌てた様子で船内に駆け込む。セイと呼ばれた少年は力強くうなづいた。
最後尾の青年が転倒した。
「ユウ!」
セイが駆け寄り青年を引き起こす。
「す、すまない、セイ」
ユウと呼ばれた青年は痛みに顔を歪めながら弱々しく言う。
「いいから走れ!」
「だめだ、膝が……走れない……!」
セイがユウが担ぎあげて走り出す。
「急げ!」
船長が入口から顔だけ出して叫ぶ。
セイがユウを船内に突き飛ばすように押し込むが、ユウの足に黒い海水が降りかかろうとしていた。ユウの顔が恐怖に歪む。
「散れぇ!」
セイが叫び、波にむかって手を突き出す。
黒い波がセイの手を中心に、見えない壁にあたったように周囲に拡散し、ユウは一滴も海水に触れずに済んだ。その隙にセイが船内に通じる扉を外から締める。
一拍遅れて、巨大な黒い波が甲板全体に降り注ぐ。セイは全身に叩きつけるような黒い水を浴びながら必死で扉を抑えた。死の水を一滴たりとも船の中に入れるわけにはいかない。
船の揺れがおさまり、セイは扉から離れて海を見た。風は穏やかで、海も特に荒れてはいない。
船内から船長が出てきた。
「一時的な高波か」
「多分……」
「驚かせやがって」
一瞬、セイは足下がわずかに揺らぐのを感じた。いつも感じる波の揺れとは微妙に違う。
「!」
セイは船長の背後に巨大な黒い波が立ち上がっているのを見た。
横波だ。
高さは舷側から三メートルを超える。船の高さを考えれば全体は十メートルをゆうに超えるだろう。
セイが声をあげようと開いた口に苦く塩辛い味が広がり、視界が黒く染まる。直後、全身を甲板に叩きつけられる。
「せ……船長……1」
痛みをこらえながら顔をあげる。セイの目の前に船長が倒れていた。
ユウや船員たちが周囲に集まってくる。不安げに倒れたセイと船長を見ている。
船長の肌が見る見る黒く変色していく。
船長が弱々しく呻いた。
「くそ……! セイ、波の見張りは、お前の仕事だろうが……!」
セイが上半身を起こす。
「ごめん、船長、オレ……」
「俺は、もうダメだ。いいか、積荷は絶対にビセトレドに届けろ。いいな、絶対に──」
船長の全身が真っ黒に染まり、ドロドロした黒い水になった。後には船長の着ていた服だけが残された。
船員たちが茫然と呟いた。
「死んだ……溶けちまった……!」
「話には聞いてたけど、本当に死んじまうのか」
「俺、初めて見たよ。死の水で、人が……」
セイが痛みをこらえて膝をつき、立ち上がろうとしたが船員に殴られて甲板に倒れる。
「てめぇのせいだ! てめぇのせいで船長が死んだんだ!」
他の船員も口々にセイを罵る。
「そうだ! 死の水を見張るしか取柄がないくせに!」
「何が影の子だ! ふざけやがって!」
「ハルさんが死んだのも、どうせてめぇのせいだろう!」
「船長やハルさんの代わりにてめぇが死ねばよかったのに! なんでてめぇなんかが生きてるんだよ!」
船員たちが倒れたセイを踏みつけ、蹴りつける。
「ごめん、みんな、ごめん……!」
セイは頭を蹴られないよう手でかばい、体を丸めてただ謝るしかできなかった。
「よせ!」
ユウが叫んだ。
「仲間割れしたって船長は帰ってこないんだぞ!」
船員たちの動きが止まる。
「だけどよ! こいつが、セイが横波に気づけてたら─┬」
「風もないのにいきなり来る異常波……ローグウェーブだ。完全に予測するなんて誰にもできやしない。たとえ、影の子でも……」
船員がちが押し黙る。中には涙を流して泣き出す者もいた。
ユウが努めて明るい声を出す。
「さぁ、顔をあげろ! イン、引き続き測量を頼む。エイとヨイは帆を張ってくれ。舵は船長に変わって俺が取る」
船員たちは無言でうなづき、重い足取りで持ち場へと移動しはじめる。
ユウが倒れているセイに手を差し伸べた。
「セイ、お前は見張りだ。今度は舳先じゃなくて見張り台だ。前後左右、全部の波を見ておいてくれ」
セイがユウの手を取って立ち上がる。
「オレ、ここにいてもいいのかな……」
ユウは何も言えなかった。
よろよろと立ち上がるセイの瞳は暗く、絶望の色に雲ッていた。
小さな島にそびえる塔の最上階、その狭い窓から白い肌の少女が顔を覗かせていた。
風が彼女の長い金髪を光のベールのように揺らす。その下で黒い瞳が遠くを見つめるように静かに佇んでいる。耳に飾られた青く輝く丸い石が、海草や珊瑚を模した金の細いチャームとともに揺れている。
十七歳ほどだろうか。どこか儚げで、けれど奇妙な確信に満ちた表情を浮かべている。
彼女の名はソレイユ――島に縛られた小さな囚人。
遠くに伸びる漆黒の水平線に白く光る帆船が近づきつつあった。波の音が微かに変わり、普段の単調なリズムに新たな響きが混じる。
ソレイユは窓辺で首を傾げ、その音に耳を澄ませていた。まるで何かを感じ取ろうとするかのように、ソレイユの指が冷たい石の窓枠をそっとなでる。
窓枠にとまっていた数匹の小鳥がソレイユの白い手を見て興味深そうに小首をかしげる。
「私と……同じ……?」
そっと、虚空に問いかける。ソレイユの指に一話の小鳥がのる。
その言葉は遠くにいながら、それでも近くに感じられる誰かに向けて放たれているようだった。
ソレイユがそっと船に手をのばす。小鳥がソレイユの手から飛び立った。
「なんだあれ」
船の甲板に立つセイが塔を見上げている。キラキラと光る金色の中に、時折のぞく青い光を見ていた。光の中から白い鳥たちが数羽飛び立つ。
セイは無意識に青い耳飾りに触れた。
セイとソレイユ。
この時既に互いを感じ取っていたことを二人はまだ知らない──