#035 『サナボラ樹海攻略戦①:迷宮の最奥』
『見えるかい? あそこに居るのが見回りの騎士達だ』
「ああ、ここからならよく見えるよ」
サナボラ樹海への転移門が見える高台にやってきた俺とカシュア。
下を見ると、設置された簡易キャンプで野営している三人の騎士達の姿があった。
『彼らのような下っ端騎士達には以前執行騎士ちゃんが耳に着けていたような魔道具は配られていないようだ。だから、君が睡眠薬をばら撒いても異常が起きた事をすぐに街へ伝達する手段は無い。安心して仕掛けるといいさ』
「分かった」
カシュアが手で合図を出し、シャドウラビットのローブを羽織り、仮面を取り付ける。
ローブが闇夜に溶け込むように黒く染まっていき、周囲と同化していく。
心臓が高鳴るのを深呼吸をして制し、腰に下げた医療薬入りの袋の口を強く握った。
『作戦開始だ』
高台から飛び降りて、魔力強化で足腰を強化しながら地面に降り立ち、騎士達の死角から一気に近寄っていく。
風上から布に包まれた医療薬をばら撒くと、風に乗って薬が散布されていく。
「なん……だ?」
「おい、どうした……zzz……」
風に乗った粉末状の医療薬を吸引した瞬間、騎士達が地面に倒れ込んだ。
そのまま盛大ないびきをかき始めたのを見て、改めてこの医療薬の副作用の強さを知り、顔を引き攣らせる。
「……カシュア、本当にこの薬、合法の奴なんだよな?」
『ちょっと配分をミスってるかもしれないけど、一応合法だよ』
「おい、本当に合法なんだろうな!?」
絶対わざと配分量を調節しただろ!? だけど、中途半端な量で調合していたらすぐ騎士達が起きたっておかしくはないからな。カシュアの判断が間違っていなかったと信じたい……信じよう。うん。
カシュアが誤魔化すように咳払いしてから、真剣な表情を浮かべる。
『さて、覚悟は良いかいレイン君。ここまで来たらもう引き返せない。君が迷宮を破壊しようがしまいが、騎士達に手を出した時点で君はもう罪人だ』
「……分かってるさ。元より、引き返すつもりは無いから」
迷宮攻略に失敗したとしても、素性がバレてしまえば俺はお尋ね者の仲間入りだ。
だからこそ、何としても今回の迷宮攻略を成し遂げなければならない。
失敗は許されない。だが、失敗しない為の準備は、この二週間でしっかりしてきたつもりだ。
頬をぱちんと叩き、目の前の転移門へと視線を向ける。
『「サナボラ樹海、攻略開始だ」』
◇
迷宮の入り口である転移門を潜り抜けると、鬱蒼と茂る樹海が顔を出す。
小さな死神と遭遇した日以来、挑戦する事も出来なかったが、中の状況は特段変わっている様子は無かった。樹海特有の蒸し暑さと湿度の高さに、思わず顔をしかめる。
『【異常事態】の影響がどんな所まで及んでいるかは不明だ。もしかしたら生態系そのものが変わっている可能性もあるし、十分注意して進もう』
「ああ」
カシュアが先行し、俺がその後ろについて走り続ける。
俺が迷宮を攻略、破壊し、脱出までに許された時間はたったの二時間。カシュアが迷宮の最奥までの道のりを知っているからこそ実行可能だが、それでもかなり急がなければいけない。
ここでの体力消耗が、迷宮の核を守っている守護者との戦闘にどう響くか分からない。少しでも体力を温存し、戦いに備えなければ。
『……懐かしいな。ボクと君が出会った場所だ』
走り続ける事数分、先導していたカシュアがぽつりと呟く。その言葉を聞いて、俺は今自分がいる場所が見覚えのある場所だという事に気付いた。
休憩がてら一度足を止め、カシュアに笑いかける。
「まだ出会ってから二週間とちょっとだぞ。懐かしく思う程か?」
『君にとってはそうかもしれない。けれど、ボクにとって君との出会いは正しく奇跡のようなものだったんだ』
そう言うと、カシュアもまた柔らかい表情で微笑む。その綺麗な横顔にドキリと心臓が跳ねるが、今はそんな感情を持っている暇は無い。頭を振って意識を迷宮攻略の方へと戻しつつ、息を整える。
その様子を見ていたカシュアが、こちらを気遣うように声を掛けてくる。
『レイン君、体力の方は大丈夫かい?』
「ああ。ライドのしごきのお陰で効率良く魔力を使えるようになったからな。この程度の運動なら朝飯前だ」
『そうかい。だが、本番は最奥に辿り着いてからだ。無理は絶対にしないで、きつかったらすぐに申告してくれ。君が倒れたら元も子もなくなってしまうからね。ちゃんと、その時に合わせた指示を出すから』
「分かった」
カシュアの気遣いに感謝しながら視線を前に向ける。
その時、てんてん、と独特な歩き方の球体状の魔物が目の前を横断する。
その姿が視界に入った瞬間、全身の肌が粟立つのを感じた。
『【小さな死神】……!!』
「……ッ!!」
二週間前、ボロボロになりながらもなんとか勝利を収めたDランクの魔物。
あの小さな身体からは信じられない程の蹴りの威力は、人の身体を容易に破壊するだけの力を秘めている。
『マズいな、進行方向上に居る……!! 奴との戦闘は避けては通れない……!!』
カシュアが表情を歪めながらそう呟く。
──迷宮内部に侵入した後、出来る限り戦闘は避けるつもりだ。もし接敵したとしても、なるべく一撃で仕留めてすぐにその場を去りたい。時間は一秒でも惜しいからね。
迷宮攻略直前、カシュアはそう言っていた。ならば、例えそれが【小さな死神】が相手だとしても一撃で仕留める必要がある。
だから、俺は右目──【純真の魔眼】に意識を集中する。【小さな死神】の全身を巡る魔力と、その魔力が集う場所を暴き出した。そこが奴の弱点か!
「ふぅっ…………!!」
『レイン君!?』
浅く息を吐き出し、【小さな死神】の下へと駆け出した。
腕に魔力を集中。ヴェル爺に放った【フレイムランス】のような巨大な炎の槍を生み出すのではなく──急所を突く為の、一点特化の炎の剣をイメージする。
「【火の理よ・我が身を纏いて・外敵を刺し穿つ細剣となれ】!」
『キュッ!?』
「【フレイム・レイピア】!!」
『ギュァァァアアアアアアアア!?』
【小さな死神】がこちらに気付いた次の瞬間、俺の身体から迸った炎の細剣が、その核を貫いた。魔石を正確に貫いたことで粉々に砕け散り、そのまま【小さな死神】の身体が灰となって地面に崩れていく。
「はっ、はっ、はっ……」
短く呼吸を繰り返し、すぐさま物陰に隠れる。以前は【小さな死神】との戦闘後、すぐにその大群と接触した。まだこの迷宮が【異常事態】の影響を受けているのなら、別の個体が近くに居てもおかしくは無い。
だが、俺の心配は杞憂に終わり、【小さな死神】の別個体と遭遇する事は無かった。深く息を吐き出して、ゆっくりと警戒を解いていく。
『レイン君……君は……』
今の戦闘を見て、驚いたように目を瞬かせるカシュア。中々悪くない判断だったと思うが、カシュアの指示を聞かずに飛び出したのは良くなかった。すぐに謝ろうと思ったが、何故かカシュアの方が先に頭を下げた。
『すまない。正直に言おう──君を過小評価していた。君は、このニ週間で本当に強くなったんだね。ボクの指示を聞かなくても、その場において最善の行動を選択出来ていた』
「ごめん、カシュア。気分を害したなら謝るよ」
自分なんていらないんじゃないか──そう思ってしまっていないか心配になり、カシュアにそう言うと慌てたように手を胸の前で振って彼女は否定する。
『いや、ボクは嬉しいんだ。君がボクと同等の判断が出来るぐらいにまで成長していた事、そしてボクが教えた魔法の中でも、魔力の消費量が少ないかつ、確実に仕留めるレベルの魔法を選択出来ていた事。君の師匠として、ボクは誇らしいよ』
カシュアはにこりと笑みを浮かべながらそう言うと、身を翻す。
『先を急ごう。君がそれだけ動けるのなら、多少無茶な要求をしても君は実行してくれそうだ』
「本当に無茶な要求だけはやめてくれよ……」
嫌な未来を想像し少しげんなりとしながらも、再び走り出した。
◇
その後は目立った戦闘も無く、ひたすら樹海を走り抜けてやがて最奥へと到達する。
そこだけ何故か人工物であるかのように扉が存在し、その前に俺達は立っていた。
『ここがサナボラ樹海の最奥。この扉の先に、迷宮の核が存在する。その核を破壊すればボク達の目的は達成だ』
「これが迷宮の最奥か……初めてくるな。他の迷宮もこんな感じになっているのか?」
『異界型の迷宮だとこういう風に扉で区切られている感じの所が多いかな。だけど、その方が他の魔物の邪魔も入らないから、こっちとしては都合が良い』
確かに、守護者と戦闘している最中に魔物に乱入されたらたまった物じゃない。
ただでさえ強敵との戦闘になるのに、その他を相手取っている余裕なんて無いからな。
『さて、行こう。この迷宮の守護者の情報は君に予め教えた通りだ。今の君の実力ならそこまで苦戦させられる相手じゃない。──何も起こらなければ、の話だけどね』
そう、何も起こらなければ。【異常事態】という現象が起きている以上、守護者にも何かしらの影響が出ているかもしれないから、油断は大敵だ。
深呼吸を一つしてから、扉に手を添える。
「……開けるぞ」
ゆっくりと押すと、ギギギと重厚な音を立てながら、扉が少しずつ開いていく。
そうして開いた隙間に身体をねじ込み、核の存在する部屋へと足を踏み入れた。
「ここは…………」
奥には巨大な樹木が一本だけ生えており、それ以外は特にこれといった目立つ物が存在しない、平坦な地形。カシュアの事前情報通り、地形を活かした戦闘は出来なそうだ。守護者との真っ向勝負をした上で勝たなければいけない。
視線を樹木の方へと向ける。樹木の前に、上下から蔦同士が絡み合った中心に、赤い宝玉のような物が見える。あれがきっと、迷宮の核だ。
隣に並ぶカシュアが俺の視線を先を見て、一つ頷いてから。
『そう、あれが迷宮の核だ。守護者を無視して破壊する事も出来るかもしれないが、その場合どんな反応が起こるか分からない。だから、もし無視して破壊を選ぶのなら覚悟を持って臨んでくれ』
「分かった」
カシュアの言葉に頷き、【純真の魔眼】を使ってじっくりと部屋を観察し続ける。
そして、ようやく──俺はそれに気付いた。
「カシュア。──なんであんな物が放置されてるんだ」
『…………』
それを目の当たりにして、俺は全身の血の気が引いていくのを感じる。
迷宮の核から地面に伸びた、魔力の先──そこにはまるで。
「まるで──人間の臓器みたいじゃないか」
静かに脈打つ、臓器のような物体が俺の魔眼には映っていた。
何故あんなものが存在しながら、人間達は迷宮を破壊しないのだろうか。かつて世界を支配していた魔王が倒されて平和が訪れた時代とはいえ、あまりにも平和ボケしていると言わざるを得ない。
恐らく魔力を視認出来る俺とカシュアしか知りようのない事実とは言え、そう思っても仕方がない程にそれは禍々しい気配を放っていた。
『あれこそがボクが迷宮が魔王復活の為の祭壇だろうという確信に至った根拠だ。あの臓器のような物が、世界各地に存在する迷宮、その全てに存在する』
「──ッ!!」
『そしてあの臓器は、また別の場所に向かって線が伸びている。恐らくは、魔王本体へと。あれを潰さない限り、魔王の復活は防げないだろう』
今まで話で聞いていただけで半信半疑であった魔王復活の話が、ようやく現実味を帯びる。
確かにあんな物を見ていながら、迷宮は魔王がくれた遺産だ、なんて言葉は出てこない。
思わず震えそうになる手に、カシュアがそっと手を添える。
『大丈夫。君はもう、ボクと出会った頃の弱い君じゃない。だから、ボクに力を貸してくれ』
落ち着けるような声音に、俺も平常心を取り戻す。
その直後、視線の先に……樹木で構成された魔物──【樹海の守護者】が姿を現した。
『来るぞ、レイン君。ボクの最善、最良で君を導く。決して振り落とされるんじゃないぞ』
「──ああ!」
『シュロロロロロロロロ!!』
ヴェル爺に打ってもらった焔刃を抜き払い、正面に構える。
こちらへと迫り来る【樹海の守護者】の歪な叫び声を合図に、戦闘の幕が上がった。




