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『迷宮殺し』レインの英雄証明 ~勇者に憧れた少年、元勇者と大罪人の道を往く~  作者: 立華凪
光の章

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#032 『代償魔法』


 修行を開始して一週間が経過した。

 ひたすら体力と魔力を酷使して、完全に力尽きたらライドに回収されて引き上げる、その繰り返し。

 本当に単純な修行方法だったが、効果は絶大だった。初めの数日は、連続で数戦ぐらいしか持たなかったが、今では一時間程連続で戦闘していても倒れずに済むようになった。食生活の改善もそうだが、戦闘の慣れ、魔力や武器の扱い方の熟知によって少ない体力でも戦闘をこなせるようになったお陰だ。


「レイン少年、身体の調子はどうだ?」


「これぐらいの規模の戦闘なら、まだまだ続けられそうだ」


「そうか、それは上々。今では私と喋る余裕すらあるのだからな、本当に君の成長速度には驚かせられるよ」


 そんな軽い会話を交わしながら、迫り来るストーンバットの翼を断ち切る。最初の内は戦闘中に余計な思考をしている余裕も無かったが、今ではライドの質問に受け答えしながら正確な動きが出来るようになった。

 そして、もう一つ。


『レイン君、左から来るぞ!』


『了解!』


 この一週間で、体力、魔力量の向上と共に新たな魔法を習得した。

 【思考会話(テレパシー)】と呼ばれる、魔力同士を繋ぎ合わせる事でカシュアとだけ直接会話する事を可能にする魔法だ。

 この魔法によって、戦闘中に受けたカシュアの指示の意図をライドの前でも聞き返す事が出来るようになり、戦闘技術が飛躍的に向上していった。


 ストーンバットを殲滅し終わり、その素材と魔石を回収し終わった時、ライドがぽつりと呟く。


「そろそろ、頃合いか」


「……?」


 額に浮かぶ汗を拭っていると、ライドは腰に下げていた長剣を抜剣する。


「この迷宮の魔物は守護者(ガーディアン)以外もう君の相手にならないだろう。だが、アルター近辺の迷宮となると、後はDランク以上の迷宮しか存在しない。いくら成長したと言えど、その難易度の迷宮に挑むのはまだ早いからな。だから、趣向を変えようと思う」


「趣向を変える……?」


「私が直接君の相手になろう。全力で掛かってくると良い」


「……!!」


 目の前に立つライドの姿がヴェル爺と重なる。ヴェル爺の時は油断を誘う為に負ける事を前提とした戦い方をし、結果的に油断を誘う事は出来たが、カシュアに怒られた。

 模擬戦とは言え、死ぬ前提の戦い方はやめろ──確かに、その通りだ。

 だからこそ、その反省を活かさないと行けない。

 俺が今出来る全力で、ライドに向き合おう。


 この一週間で成長した俺なら──かすり傷ぐらいは負わせられるかもしれないしな。


 息を吐き出し気持ちを切り替えると、こちらを見たライドは楽しそうに笑った。


「良い眼だ。私を本気でねじ伏せようとするその気概、気に入った。来い、レイン少年!」


 ライドの合図を聞いたと同時に、一瞬の魔力強化でライドに肉薄する。

 狙うは長剣を握る左手首。フェイントを交えながら、本命に狙いを定める。


「そうだな、対人戦闘の場合も弱点を集中的に攻撃するのが鉄則と言える」


 長剣のリーチよりも近距離、すなわちほぼ密着するぐらいの距離まで詰めて、刺突を繰り出すが──。


「だが、それが通用するのは同程度の実力の持ち主だけだ」


 パリ、と電撃の音を残し、その場からライドの姿が消失する。

 電撃の線が伸びた先──背後に視線を向けると、そこには掌を突き出すライドの姿。


「『雷掌(らいしょう)』!!」


「がッ!?」


 ライドの掌から迸った電撃が背中に直撃し、痛みと衝撃で視界が明滅する。筋肉が電撃によって硬直し、そのまま地面へと倒れ込んだ。


「確かに君の成長速度は素晴らしい。だが、慢心してはいけない。一瞬の油断が、即死に繋がるからな」


 油断したつもりは無かったし、ヴェル爺との模擬戦の時と違って最初からライドを仕留めるつもりで動いていた。だがそれでも……ライドの攻撃に反応する事すら出来なかった。少しは成長したと思っていたが、それでも依然としてライド達のような実力者からしたらまだまだ俺は弱いらしい。

 次第に身体の痺れが取れ、ゆっくりと起き上がりながら、先ほどの模擬戦で気になった事を問いかける。


「さっきのライドの動き……単なる魔力による身体強化じゃない、魔法を使ったのか……?」


 すると、ライドは少しだけ驚いたように目を開いた後、にこりと笑みを作る。


「……良い気付きだ。私が何をしたかについては、後で魔法への造詣が深い君の精霊に問うと良い。では、模擬戦を続けるぞ」


「……分かった。よろしくお願いします」


 その後もライドの動きに翻弄され続け、結局かすり傷一つ負わされる事なく負け続けたのだった。





 今日の分の修行を終え、ヘトヘトの身体で宿屋のベッドに倒れ込む。

 この後はカシュアとの魔法の修行なので、今は少しでも身体を休めないと。


『いやー、コテンパンにやられたねえ』


「ライドの奴、容赦無さすぎだろ……!! 傷はポーションで治ったけどまだ全身が痛い……」


『それだけ彼も君に期待しているって事さ。……正直、彼がなんで君にそこまで入れ込んでいるのかは分からないけど……』


 腕を組みながら難しい顔でそう言うカシュア。俺はもうライドの事を信用に値する人間だと思っているが、未だに彼女は疑っているようだ。まだまだ隠している事はありそうだが、それでも魔眼の事を打ち明けてくれたのだから少しは信用しても良いと思うんだが……。

 ふと、今日の修行中のライドの言葉を思い出してむくりと身体を起こす。


「そう言えば、ライドがやったあの魔法って結局なんだったんだ? 何となく魔法だって事は分かったんだけど最後まで良く分からなかったんだよな……」


『あれは代償魔法って呼ばれるものさ』


「代償……魔法?」


 首を傾げながら問うと、カシュアがこくりと頷く。


『以前君に説明した通り、魔法とはこの世の理を捻じ曲げる力だ。規模の代償はあれど、失敗時には必ず制約が発生する……という風に説明しただろう?』


「カシュアが今の身体になったのもその制約のせいって言ってたもんな」


『その通り。代償魔法というのは、その制約を逆手に取ったもので、簡単に説明すると()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という物さ』


「先に代償を負う……」


 考えもしなかった魔法の使い方だ。本当に、魔法って奥深いな。


『彼が主に用いる戦法は雷属性の初歩魔法、【サンダー・エンチャント】に体術や剣術を絡めただけの正統派な戦い方だ。彼はその【サンダー・エンチャント】に代償を付与している。初歩魔法だからこそ、負う代償も少なく済むからね、非常に合理的と言えるだろう』


「その、代償魔法ってのは俺でも出来るのか……?」


 淡い期待を込めてカシュアを見るが、彼女は苦虫を噛み潰したような表情になる。


『出来る。出来るが……まだ君には早いだろう』


「……それはどうして?」


『代償魔法は言わば最終手段みたいなものなんだよ。今の自分の実力では敵わない相手に遭遇した時、一か八かで行使する物さ。……最初からそれ頼りの戦い方は、ボクは推奨したくない』


 そう語るカシュアの顔があまりにも深刻だったから、それ以上聞くのを止める。

 こちらの表情を見て、困ったように彼女は微笑んだ。

 

『ごめんね、レイン君。意地悪をしている訳じゃ無いんだ。ボクだって君の力になりたい。けれど、代償魔法にはあまり良いイメージが無いからね』


「良いイメージが無い……」


『……少し、昔の話をしよう。聞いてくれるかい?』


 カシュアの言葉に頷くと、彼女は隣に腰掛ける。

 そして、ゆっくりと話し始めた。


『過去、魔王軍との戦いが激化していた頃の話だ。レーツェルから派遣された魔王軍がカリエンテに侵攻した際、カリエンテ側は度重なる戦争によって消耗していて、劣勢を強いられた』


『他国からの援軍も見込めないような状況の中、カリエンテ側は自軍だけで対処しなければならなくなり、カリエンテの兵士達は自分達よりもずっと強大な魔王軍と戦わされる羽目になった』


『その時に取った彼らの行動は、代償魔法を使って魔王軍によって攻め込まれた戦線を強引に押し戻すという物だった。その時に兵士達が捧げた代償が何か分かるかい?』


「……まさか」


()だ』


「…………っ!」


 淡々と語るカシュアの言葉に息を呑む。手を組み、カシュアは俯きながら話を続ける。


『文字通り、命を賭しての特攻さ。自身の内包する魔力を暴走させ、強大な魔法と共にその身体諸共炸裂させた。そのお陰で他国から援軍が来るまでの時間を稼ぎ切り、カリエンテは地図からその姿を消さずに済んだ。……その代わり、数えきれない程の命が失われたけどね』


「…………」


『だからこそ、ボクは代償魔法を好まない。ボクは、魔法とは人を生かす為の素晴らしい技術だと思っているから。……ボクだって理想論ばかり語る程子供じゃない。何をするにおいても便利な魔法が軍事利用されるのはある種の必然、仕方のない事だ。でも、()()()()()()()()()()()使()()のなんて間違っていると思う』


 ぎゅ、とカシュアが組んだ指に力が込められるのが見える。

 魔法が好きだからこそ魔法使いの道を選んだわけで、並々ならぬ思いがあるのだろう。


「でも……当時のカリエンテのように、どうしようも無い程絶望的な状況に立たされたら?」


『いいや、そもそも前提が違うんだよ。レイン君』


 緩く頭を振り、こちらに淡い微笑みを向けるカシュア。


『代償魔法なんて必要ない程、強くなれば良い。ボクはそうして魔法使いの頂点へと至ったのだから。──必要ないと語るのに、それ以上の理由がいるかい?』


 そう言って、自分の胸を叩いて語るカシュアの姿が眩しく見える。

 その眩しさを幻視して、思わず目を細めながら。


「かっこ良いな、カシュアは」


『ふふん、もっとボクに尊敬の念を抱いてくれても良いんだよ?』


「ああ。元々凄い魔法使いだなって思ってたけど、より一層尊敬に値する人間だなって思えたよ」


 正直に答えるとカシュアは照れくさそうにそっぽを向いた。


『本当に君って奴は……冗談を本気にするんじゃないよ、全く』


 そんな彼女を見ながら、物思いに耽る。

 でも、そうだよな。何でもかんでも吸収しようとするあまり、知らず知らずのうちに楽をするようになっていったのかもしれない。


「確かに俺は焦り過ぎていたのかもしれないな。手っ取り早く強くなる方法を探すんじゃなくて、地道に努力する方がよっぽど健全に強くなれるよな」


『……うん、その通りさ』


 ──心に決めた信念に従い、鍛錬を怠らない事。


 以前、セリカもそう言っていた。カシュアもまた、代償魔法に頼りたくないという信念を基に努力を続けた結果、勇者になったのだ。それならば、俺も彼女のように地道に努力し続けて彼女に追い付きたい。

 そう思っていると、照れくさそうにしていたカシュアが突然ぷくっと頬を膨らませる。


『というか、君はライド君に毒され過ぎだ。彼も彼だ、代償魔法なんか見せびらかして、レイン君に悪い影響を与えようとするんじゃない』


「まあ、ライドの指導で伸びてる実感はあるから……」


『それもまた気に食わないんだよな。レイン君はボクが手塩にかけて育て上げるつもりだったのに……!!』


 カシュアは不機嫌そうに唇を尖らせていたが、やがて諦めたように大きなため息を吐いた。

 

『まあいいさ。ボク個人の感情より、レイン君自身が強くなる為に望んだ事を優先すべきだからね。──さて、そろそろ今日の修行を始めよう。準備は良いかい?』


「ああ、カシュア。今日も宜しく頼む」



 そうしてあっという間に時は過ぎていき──遂に、サナボラ樹海攻略前日を迎えた。

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