#031 『修行開始』
街に帰った後、ギルドで共同依頼の報酬を受け取り、明日の段取りを決めてからライドと別れて宿屋へと向かう。
宿屋の自室へと入ると、カシュアは部屋の中心にささっと移動し、姿勢を改めた。
『レイン君、お話があります』
「どうしたんだ、改まって」
不機嫌ですと言わんばかりに頬をぷくっと膨らませたカシュアは、ジト目になりながら言う。
『何で君はすぐに他人に師事してしまうんだい!? 既に君にはボクという最高の師匠が居るじゃないか!』
「なら、カシュアがライドの代わりに剣術を教えてくれるか?」
『ぐっ……!!』
間を置かずにカシュアに返答すると、彼女は言葉を詰まらせた。
そのまま言い返せずに口をもにょもにょとさせている彼女に、苦笑しながら俺の考えを伝える。
「確かに、カシュアは魔法っていう面では誰にも敵わない程の最高の師匠だと思うよ。それに、伸ばすべき才能を見誤るなってカシュアの教えも理解している。カシュアのお世辞じゃないなら、俺には魔法の才能があるみたいだしな。けど、冒険者として活動していく上で色々出来る事を増やした方が生存出来る可能性が高くなるだろうから……やれる事はなるべくやっておきたいんだ」
昔の不幸からは考えられない程今の環境は恵まれている。だから、俺も甘えずに努力したい。
そう思い、拳を握りながらカシュアに言うと、彼女はそっと顔を背けて呟く。
『……ボクだって君がそう言うつもりだったのは最初から分かってたさ。ただ少し、彼に嫉妬しただけだよ。……忘れてくれ』
顔を赤らめ、俯きながらそう言うカシュアに、思わず吹き出してしまう。
「カシュアって意外と可愛いとこあるんだな」
『か、かわっ!? と、年下の癖にからかうんじゃない!』
「思った事を言って何が悪いんだ?」
『~~~ッ! 正直者過ぎるんだよ君は!! ああ、もう、自分のチョロさが本当に嫌になる……!!』
顔を更に赤くしたカシュアはそのまま顔を自分の足に埋めて黙り込んでしまった。
そんな彼女の様子を見て大げさだなあと笑ってから、ヴェル爺から借りた指南書を取り出す。
「今日はライドに言われた通り、剣術指南書を読んでおこうと思ってるんだけど……その前に、カシュアに教えて欲しい魔法があるんだ」
『何でも教えてあげよう! レイン君なら火魔法の初級程度ならすぐにマスター出来るだろうからね!!』
ババっと立ち上がり、先ほどまでの事が何も無かったかのように決めポーズしながら言うカシュア。
だが、俺は頭を緩く振り、教えて欲しい魔法は火魔法では無いという事を示す。
「いや、俺が教えて欲しいのはそっちじゃない。……勿論、教えて欲しいには教えて欲しいんだけど、それよりも今習得したい魔法がある」
『火魔法よりも先に習得したい魔法……? なんだい、それは?』
一度カシュアから存在を教えて貰っていたが、具体的な習得方法は教えてもらっていない魔法。
それは──。
「【思考会話】。それを一番最初に教えて欲しい」
◇
次の日。
「じゃあ修行を始めるとしよう」
「ああ」
修行を見てもらうという事になったが、ライドの事情もあって人目が付く所で修行をする訳にも行かないので、今日もメリオル大洞窟にやってきていた。
それに、魔力密度の濃い迷宮内であれば、傷を負っても魔力を取り込む事が出来るし、一石二鳥だしな。
「レイン少年が主に使う武器は短剣だと言っていたな。長剣を扱う気は無いのか?」
「使いたい気持ちはあるけど、急に武器を持ち替えても身体が慣れて無いだろうし、それならまだ慣れてる短剣での戦い方を学んだ方が良いと思った」
「そうだな、確かに短期間で伸ばすのなら不慣れな物を一から習得するよりも慣れている物を伸ばす方が効率が良いだろう。私もそう思う」
それに、多分ヴェル爺は俺の武器を見て、短剣を作ってくれているだろうしな。
今から長剣に乗り換えます、なんて言ったらどんな顔をされるか分かったもんじゃない。
「さて。実践の前に、おさらいだ」
指をピンと立てて、ライドがこちらに質問を投げかける。
「短剣には主に三つの用途が存在する。それが何か分かるか?」
「斬撃・刺突・投擲……の三つ」
「正解だ。ただ、短剣の特徴でもある刃渡りの短さから斬撃には適さないと言える。そういう使い方も出来るが、それならば長剣を使った方がずっと良い。しかし、ある点においては長剣よりも斬撃で優れている点もある。それが何か分かるか?」
ええと、と一つ間を置いてから。
「手数の多さ。短剣は長剣よりも軽いから、その分数で補える。一度に与えられる傷は小さくても、数が増えれば出血等で敵を弱らせて戦闘を有利に運ぶ事が出来る」
「正解。では刺突、投擲の利点は?」
「刺突は長剣よりリーチが無い分、至近距離まで詰めればほぼ躱せない。それに、斬撃よりも攻撃する範囲を絞っているから点での攻撃に優れている。例えば、敵の関節部を集中的に攻撃したい時とかは刺突で攻める事が一般的……って書いてあった。投擲は敵の意表を突く事が出来る。ただし、投擲に使えば自分も武器を失う事になるから、予め短剣を複数本用意でもしていない限りは推奨しない……」
「これも正解。やるな、少年。剣術学校に通えば勉学方面だったらトップを狙えるだろうな」
「ただ丸暗記しただけだけどな……。実際、短剣はまだ振っていないから知識として覚えてるだけだよ」
「知識を知っていると知っていないとでは全然違うぞ、少年。知識だけで留めず、技術にまで昇華できれば君も立派な剣士になれる」
穏やかな笑みを浮かべながらそう言うライド。少し照れくさくなり、頬を掻く。
「では、その知識をもとに、実践と行こうか」
ライドは腰に下げていた短剣を抜き払うと、暗闇から姿を現した魔物に刃を向けた。
「ストーントータス。動きは遅いが、全身が頑丈で刃が通らず、Gランクを抜け出したばかりの駆け出しの冒険者はこいつに苦戦させられる。さて、レイン少年。この魔物に対して有効な攻撃手段は?」
「刺突。全身が頑丈なら、斬撃は刃毀れとかのリスクがある。だったら、露出している急所……例えば目とかを刺突で狙うのが正しい攻め方だと思う」
「素晴らしい。では実際に手本を見せよう」
そう言うと、ライドはストーントータスに向かって駆け出した。ライドの姿を認めたストーントータスがうめき声を漏らしながら臨戦態勢に入ったが、すかさずライドが短剣を眼球に突き刺した。
ストーントータスが眼球を突き刺された痛みに絶叫を上げて何歩か後退りする。そのまま追撃──せずに、ライドがこちらまで下がってきた。
「え? なんで攻め続けないんだ?」
「良い機会だと思ってな。レイン少年、突き刺した短剣を抜き取り、奴を倒してみると良い」
「わ、分かった」
武器が無い状態で魔物に近付くなんて自殺行為、本来ならしたくはないがライドが居るし最悪どうとでもなる。魔力操作で身体能力を強化し、一気にストーントータスに肉薄すると、奴は俺の手を噛み千切ろうと大きく口を開いた。
『レイン君、左手を引け!』
「うわっと!?」
ガチン!とまるで金属音のような音を響かせながら口が閉じられる。間一髪でその噛みつきを回避し、すぐに手を伸ばして眼球部に突き刺さった短剣を引っこ抜こうとしたが。
「……ッ! なんだ、これ……!? 抜け、ない……ッ!!」
ストーントータスの頭部を使い両足で踏ん張って抜こうと試みるが、鍔の部分まで深く突き刺さった短剣は簡単に抜くことが出来なかった。
『ギュギュアアアアア!!』
『一度下がれ、レイン君!』
「うわっ!?」
ストーントータスが短剣を抜かれる際の痛みに暴れ回り、危険と判断したカシュアの声を聞いてすぐに後方へと飛ぶ。
ライドの近くにまで一旦下がると、腕を組みながらライドは言う。
「刺突は確かに有効な手段だ。だが、深く突き刺してしまうと今のように簡単に抜く事が出来なくなったりする。刺さった剣身が筋肉に絡みついたりするからな。それに、ある程度知能の高い魔物相手だと、意図的にその部分の筋肉を圧縮させ、抜かせまいと抵抗してくる場合もある」
「……なるほど、有効な攻撃手段とは言え、悪い部分もある訳か……」
実戦であるからこそ、知識だけでなく体感する事で身に染みて覚える事が出来る。
カシュアの方針もそうだが、やはりこの方が修行をしているという感じがして良いな。
身体を鍛えるだけだったり読み物を読んでいるだけではこの高揚感はきっと得られないだろう。
「君の今の身体能力だと奴から短剣を引き抜くのは困難だろう。だが……」
「魔力を使った身体強化なら……!」
「その通り。だが、戦闘が一回だけとは限らない。常時魔力を引き出すのではなく、瞬間的に引き出すイメージで動くと良い」
ライドの言葉にハッとなる。これまでの俺はずっと魔力を垂れ流しで戦い続けてきた。だからこそすぐに魔力が尽きてしまい、最終的には己の身体能力だけで戦う羽目になっていた。
使う魔力を調節し、最適の量だけ放出し続ければ、今よりももっと継戦能力が高くなる。
「何度も試行錯誤し、放出量を見極めるんだ。頭で考えるより前に、身体に覚えこませる事が出来れば今よりもっと君は強くなれる」
「……ああ!」
再度脚部に魔力を込め、地面を蹴る瞬間だけ魔力を一気に放出。先ほどとは比べ物にならない程の速度で肉薄し、奴の攻撃が来る前にすぐに短剣を両手で掴む。
「せぇっ、のっ!!」
短剣を握る両手と、ストーントータスに踏ん張る足にも魔力を移動。引き抜く瞬間に魔力の量を一気に増やすと、見事短剣を引き抜く事に成功する。
『ギュギュギュギュアアアアア!?!?』
ストーントータスから鮮血が迸り、そのまま後退りしていく。その隙を逃さず、肉質の柔らかそうな部分を斬撃、刺突を駆使しながら攻めていく。
動きが遅い事もあって、みるみるうちに全身に傷が刻まれていき……やがて、沈黙した。
「お見事。討伐完了だ」
「はぁ……はぁ……! いつもより、疲れるなこの戦い方……!!」
ズズン、と倒れ込んだストーントータスを見ながら、額に浮かぶ汗を拭う。
「まだ魔力操作に慣れていない証拠だ。瞬間的に放出する魔力量が過剰だと、それだけ身体に負荷が掛かってしまう。それに耐えうる身体を作る事も大事だが、身体が出来ていない今の内は放出量を感覚で覚える事の方が重要だな」
「分かった……」
ストーントータスの素材を回収しようと近寄ると、奥の方から複数の魔物が来ているのが見えた。
「……っ、ライド!」
「どうした、レイン少年。今日は君の魔力か体力が尽きるまで、今のように魔物と戦い続けてもらう。なに、危険と判断したら私が助けに入るから安心すると良い」
穏やかな笑みのままそう言うライドを見て、ひくりと頬を引き攣らせる。
あれ? もしかしてライドって……結構鬼教官だったり?
「や、やってやるよ畜生!!」
そんなこんなで、俺はライドの指導を受け続けるのだった。




