#029 『得体の知れない男』
「【異常事態】が意図的に発生出来る物……!?」
ライドの口から飛び出した衝撃の事実に愕然とする。
【異常事態】は、『迷宮が誕生してからしばらく経つと突如として発生する原因不明の災害』というのが世間一般の認知だ。それ以上の情報は無く、だからこそ【異常事態】発生時の生還率は非常に低いとされている。
もしライドの言っている事が本当ならば、その情報は迷宮の常識を根底から覆す物になるだろう。
『……有り得ない。【異常事態】は国やギルドが調査した上で特定出来なかったからこそ【異常事態】なんて名称が付いたんだろう。それを、なんでたかが一冒険者……しかもEランクの冒険者が知っているんだ? 自ら怪しんでくれと言っているようなものじゃないか』
ライドの言葉を聞いたカシュアも真剣な声音でそう呟く。俺もその意見に全く同意だ。
ライドが実力を隠しているにしても、そんな情報まで抱えているとは到底思えない。
だから探りを入れるように、ライドに距離を詰めながら問う。
「じゃあ、昨日のサナボラ樹海の【異常事態】も意図的に引き起こされたって言うのか……!?」
「その通りだ」
俺の質問に対し、一切の間を置かずに返答するライド。その様子を見るからに、彼がとても嘘を言っているようには思えなかった。
「だからこそ、今日の依頼の間は【異常事態】が発生しないと断言出来る。もし発生した場合は今日の依頼料を全て君に譲っても……いや、私が持つ全財産を賭けたって良い」
余程の自信があるのか、そこまで言ってのけるライド。俺が逆の立場だったら、たかが勘にそこまでの自信は持てない。その条件で間違い無いと確信しているからこその言葉と考えて良いだろう。
となれば、だ。
迷宮探索する上で、【異常事態】の発生条件を知っていると知っていないとでは、生還率が余りにも違う。だからこそ、淡い期待を込めてライドに頼もうと頭を下げる。
「じゃ、じゃあ俺にもその【異常事態】の発生条件を教えてく……」
「──残念ながら君に教える事は出来ない」
だが、俺の願いも虚しく、ライドはぴしゃりと遮るように言い放った。
ライドはあの穏やかな笑みを潜め、警告するような声音で話す。
「君にこの情報を渡した所で、そもそも君は【異常事態】を引き起こす事が出来ないし、国やギルドに情報を持ち込まれても困る。……これは、君の為でもあるんだ」
その言葉を聞いて、眼を細めながらライドの言葉の真意を測る。
俺では引き起こす事が出来ず、情報を国やギルドに持ち込まれても困る……かつ、俺の為でもある。
その条件が当てはまる物とは、一体……。
『……もしかして、そう言う事か? ……となると、彼は……』
ライドの言葉でカシュアは【異常事態】の発生条件に当たりが付けられたのか、口元に手を添えながら静かに呟く。
残念ながら俺にはその答えが思い浮かばず、少しでも情報を得る為にもライドに問う。
「……ライドがギルドにその情報を渡していないのも、同じ理由なのか?」
「ああ。下手をすれば消される可能性だってあるし、情報そのものを伏せられる可能性だってあるからな。私が伝えたかったのは、今日の依頼では【異常事態】は発生しない、という事だけだ」
国やギルドに情報を渡しても伏せられる可能性があるって一体どういう事だ?
【異常事態】の原因さえ分かれば、有能な冒険者の生還率だって上がるし、絶対に公表した方が良いに決まっているのに……。
ライドに勘付かれないように、カシュアの方へと視線を向けると、彼女は神妙な顔で口を引き結んだ。
『……確かに、その条件ならば今のレイン君は知らない方が良い。……いずれは避けては通れない道になるだろうけどね』
ライドと同様、何かに気付いたカシュアも教えてくれないらしい。
カシュアも俺が死んでしまえば困るだろうから、俺がその条件とやらに抵触しそうになったら警告はしてくれるだろうが……もやもやするな。
そんな思いが表情に出ていたのか、カシュアは諭すように俺に語り掛ける。
『……レイン君。ボクの推測が正しければ、今回の依頼では【異常事態】は発生しないと思ってくれていい。仮に彼の言葉が嘘だったとしても、ボクは既に【異常事態】発生時の魔力波形を理解している。発生したと分かったら、ボクの合図ですぐに逃げ出せば良いさ』
「……分かった。取り敢えず今はそれで良しとしておくよ。【異常事態】が起きないって分かってるなら、安心して探索できるしな」
「ありがとう。納得はいっていないかもしれないが、無い物を警戒しても神経をすり減らすだけだ。余計な思考は命取りになりかねない……目の前の依頼に集中するとしよう、少年」
ライドの言葉に頷いてから、彼の後ろに付いて転移門へと向けて歩いていく。
彼の背中を見ながら、すっかり気を許していたライドに対し、再度警戒心を強める。
初めて出会った時から色々と得体の知れない冒険者だったが、今のやり取りで更に得体が知れなくなった。
ライドが先に転移門を潜り、俺もそれに続こうとした所で、後ろで止まったままのカシュアに視線を向ける。
「どうした、カシュア?」
『……ふむ。彼が起きないって言い切ったんだ、入り口付近で【異常事態】を故意に起こせるか試してみて、彼の財産を毟ってみるのもありかもしれないな。今後の活動資金にもなるし』
「……流石にそれはやめとこう」
たまにカシュアって勇者らしからぬ言動をするよな……。本当に勇者だったのだろうか。
◇
【メリオル大洞窟】の内部は広大な鍾乳洞のような作りとなっていた。天井に生えた巨大な鍾乳石が果ての見えない奥まで連なっており、仮にあの鍾乳石が探索者に向かって落ちてきたら一溜まりも無いだろう。
天井に向けていた視線を、正面の暗がりへと向ける。
入り口付近は光る苔のような物が生えているお陰か、事前に話に聞いていたよりかは幾分か明るかった。この分なら、俺の魔力を温存しながらでも十分に進む事が出来るだろう。
ライドは一度こちらに振り返ると、軽く首を傾げる。
「少年、光源は持ってきているか?」
「一応、ランタンを持ってきているし、火魔法が使えるから問題ない」
「そうか。なら先に進むとしよう」
軽く会話をしてから、先頭を行くライドの背を追う。
今回の依頼は、この迷宮に生息する『ストーンバットの赤眼』を集めるという物だ。
カシュアからの前情報によると、ストーンバットと呼ばれる魔物は群れで行動する習性があり、運が良ければ一度の接敵で今回の依頼の要求数を満たす事も出来るそうだ。
ただ、蝙蝠の目に当たる部分なので、戦闘の際はそこを傷つけないように狩らないといけないと予め注意を受けていた。
「少年は後方から来る敵を頼む。私は前方を警戒する」
「了解」
ライドの指示通り、後方からの敵襲を警戒する。無論、前を歩くライドにも一応警戒しておく。
後ろを振り向いた瞬間にばっさりといかれる可能性もゼロではない。一応、カシュアが居るから下手な素振りをしたら警告してくれるだろうが……反応が間に合わない場合だってあるかもしれないからな。
『相変わらず殺風景な洞窟だねえ、この迷宮は』
その時、カシュアがぽつりとそう呟くものだから、彼女の方を見る。
目の前にライドが居るから声を掛けられないので、軽く首だけ傾げると、カシュアは一つ頷いてから。
『一応、この5年の間で世界各地の迷宮を渡り歩いてきたからね。Aランク以上になると魔力に対して過剰に反応する魔物が居るからちゃんと探索出来てはいないけれど、それ以下の迷宮ならある程度は知ってるよ』
そう言いながらふふん、と得意気な笑みを見せるカシュア。言われてみれば、俺とカシュアが出会った時の冒険者狩りに襲われた時にもサナボラ樹海の地形に詳しかったしな。……伊達に元Sランク冒険者じゃないって事か。事前に下調べをしてくれているというのは、迷宮探索をする上でも非常に助かる。
『もう少し進めばストーンバットの生息域に突入する。奴の体色が鍾乳石の色と殆ど同じで擬態しているからよく観察しながら進むと良い。──もっとも、君の眼があれば看破はそんなに難しく無いだろうけどね』
確かに、【純真の魔眼】の力があれば、生物の魔力も眼で見る事も出来るので暗がりでも問題無くストーンバットの姿を目視出来るだろう。
それから数分後の事。ランタンを灯さないと視界がまともに確保できない暗さになってきた頃、天井に連なる鍾乳石に沿うように、大量の魔力光が見えた。その数、20程。
カシュアの話通りならば、あれがストーンバットの群れだろう。
先に進もうとするライドを呼び止め、天井を指差す。
「あれ、今回の標的のストーンバットじゃないか?」
「……本当だな。やるな、少年」
ライドに褒められ、口から笑みがこぼれる。そして、ライドはこちらの眼を見ながら、にこりと笑い。
「本当に……良い眼をしている」
彼の表情がまるで獲物を見つけた肉食獣のような表情に変わり、全身の肌が粟立つ。
即座に飛び退き、腰に下げている短剣に手を添え、一触即発の空気がその場を支配する。
(……マズイ、その可能性は考えていなかった)
──魔眼は、存在そのものが希少過ぎるからね。どんな能力だろうと、魔眼を欲しがる人間は多い。どこかから情報が洩れれば、最悪、君の眼をくり抜かれる事態に発展しかねない。
以前、カシュアに言われた言葉が脳裏に浮かび上がる。
魔眼という存在の希少性。ただの冒険者狩りならば最悪装備だけでも許される可能性だってあるかもしれないが、魔眼をつけ狙う人間だったらそうはいかない。
ライドは早い段階から俺の魔眼に気付いていて、こうして人気の無い場所まで誘導してから事を起こす事を考えていたのかもしれない。もしかしたら、【異常事態】が発生する可能性を考慮し、迷宮に入る事を渋る俺をその場限りの嘘をでっちあげて納得させたのかも……。
──ライドを警戒する為に、完全に意識を向けた、その時だった。
『ッ、レイン君! 背後から奇襲! 冒険者狩りだ!』
背後から、カシュアの焦るような声が聞こえてくる。咄嗟に背後に向けると、そこにはフードを被った男が居た。その手に握られたギラリと鈍く光る刃を見て、息を呑む。……この暗がりを利用して冒険者狩りが潜んでいたのか!?
マズイ、回避が間に合わな──。
「邪魔をするな。あの魔物は私達の獲物だ」
次の瞬間、俺と冒険者狩りの男との間に素早く入ってきたライドが男が握る短剣を弾くと、ギャリィン!と甲高い音を響かせ、火花が散った。暗がりからこちらに刃を向けてきた男は飛び退き、今の衝撃で手を痛めたのか、表情を歪めながら叫ぶ。
「チッ、同業者じゃねえのかよ……!! ナニモンだてめぇッ!?」
「ただのEランク冒険者だ。そちらから仕掛けてきたんだ、それ相応の報いは受けてもらうぞ」
な、なんでライドは俺をかばったんだ……!? ライドも冒険者狩りじゃないのか!?
目まぐるしく変わる状況に動揺していると、ライドはこちらの肩に手を置き、耳元に顔を近づける。
「少年、今から見せる物はくれぐれも内密に頼む」
「は……?」
てっきりライドに殺されると思っていた俺は、思わず呆けた声を漏らす。
ライドは俺から離れ、片手で長剣を構えると、もう片方の手で冒険者狩りの男を挑発した。
「どうした? 怖気づいたのか?」
「舐めやがって、てめえから先に殺してやる!!」
次の瞬間、男の声に反応したストーンバットの群れが一斉に飛び出し、一番近くに居たライドに向けて殺到する。そのタイミングに合わせて、冒険者狩りの男もライドに向けて突撃した。いくら実力を隠していると言えど、あれだけの物量で来られたら一溜まりも無いだろう。
「っ、ライド!」
「動かないで良い、少年。この程度なら造作無い」
ライドの援護をするべく動こうとしたが、ライドに止められる。
言われた通りにライドがどう対処するつもりなのか見守っていると、もう片方の手を剣に添え、そこから雷が迸った。
「【サンダー・エンチャント】。──『雷閃』」
ライドは雷属性の魔法を発動させて剣に纏わせると、その軌跡を残しながら幾度も剣を振るった。
暗い空間に描かれたその剣閃は、まるで夜空に流れる星のように美しいと思わせられる物だった。
「がっ……!?」
それは一瞬の出来事だった。瞬きの間に、大量に居たストーンバット諸共冒険者狩りの男が斬り伏せられる。そして、ライドがゆっくりと剣を鞘に納めると同時に、ストーンバットの大群が地面へと落下していった。まるで土砂降りの雨のような落下音と共に、男の悲鳴が洞窟内に響き渡る。
「い、いでぇえええッ!? な、何しやがったッ!?」
「なんだ、その程度か。もっと楽しませてくれると思ったのだがな」
何が起きたのか分かっていないのか、冒険者狩りの男はその表情を恐怖に歪めながらライドを見る。
対するライドは淡々と、無表情で冒険者狩りの男を見下ろしていた。
『……凄まじいな。あの一瞬で、ストーンバットの群れを仕留めると同時に冒険者狩りの男の手足の筋肉の腱だけを的確に断った。相手が彼にとって格下だったとは言え、これほどの剣の技量はAランク冒険者にも匹敵する実力と言えるだろう。……彼が味方であると確定していれば、そう素直に称賛できるんだけどね』
ライドの剣術を見たカシュアも、難しい表情になりながらそう呟く。
そう、確かに冒険者狩りの男から守ってくれはしたものの、先ほどのライドの表情はとても友好的な物とは思えなかった。ともすれば、俺の魔眼を狙っていると判断しても良い程の、獲物を見つけたかのような視線。
先ほどの光景を思い出してぞわりと悪寒を覚えていると、ライドがこちらを向いた。
「すまない、少年。君の獲物の分もまとめて仕留めてしまった。私としては折半で構わないのだが、どうする?」
「えっ!? あ、ああ……ライドがそれでいいなら……」
たった今命を狙われたばかりだと言うのにライドは何事も無かったかのように俺に聞いてきたので、動揺しながらも言葉を返す。……本当に、この男の思考が読めない。それ故に、恐ろしい。
先ほどの腕前の剣技で襲い掛かられたら、俺なんてすぐに殺されるだろう。だからこそ、敵対しないように気を付けなければ。
「さて、と」
ライドは剣の柄に手を置きながら、視線を冒険者狩りの男の方に戻す。
その視線を受けた冒険者狩りの男はひっ!っと情けない悲鳴を漏らした。
「いっ、命だけは!!」
「自分の事を棚に上げて命は見逃してくれ、はあまりに都合が良すぎるだろう」
ライドは再度剣を抜き、男の首に刃を突き付ける。
男は次第に息が荒くなっていき、ライドに血走った眼を向けるが、両手両足の筋肉の腱が切られているせいで身動き一つ取る事も出来ていなかった。後数cm刃が首に近付けば、出血するだろう。
「が、訳あって人殺しはしないと決めているのでね。だから、こうしよう」
と、ライドは突きつけていた剣を降ろし、地面にこつんと当てる。
そして、尚も冷たい視線を男に向けながら言葉を続ける。
「君はここで何も見なかった。私達とも、出会う事は無かった。一人でこの迷宮に挑んで、魔物に襲われた結果身動き一つ取れない重傷を負ってしまっただけ。……それで手を打とうじゃないか」
「ッ!?」
『……随分と甘い提案だね』
ライドの提案に、男は大きく目を見開いた。
男にとってはあまりにも都合の良い提案だろう。襲われた俺からすれば複雑ではあるが、ライドに守られた結果無傷だったのだ。だから、助けてくれたライドの提案に従うのが丸いだろう。
男は顔を引き攣らせながらも、何とか笑みを作って必死に懇願する。
「わ、分かった! 生きて帰れるのならあんたの指示に従う!」
「……その言葉に嘘偽りは無いな?」
「ああ! 俺とあんたらはこの場所で出会ってない! この怪我も、俺がヘマしただけだ!!」
「そうか」
生きて帰れるという希望が見えて表情を和らげた男に、ライドはにこりと笑いかけ。
「なら、君をこの場に置き去りにするとしよう。だってそうだろう。君とは会っていないのだから」
──あまりに無慈悲な言葉を、男に投げかけた。
一瞬、その言葉の意味を理解出来ていない様子の男は硬直したが……すぐに理解が追いつき、その顔色がこの暗さでも分かる程真っ青に変わっていく。
その様子を見ていたカシュアも思わず苦笑しながら。
『……なるほど、確かに会っていないのなら助ける義理も無いな。うん、全くもって彼の言う通りだ』
……ああ。ライドが以前同業者に襲われたという話をした時に言っていた『恐ろしい目に遭って貰った』というのはこういう事か。いつ魔物に襲われるか分からない迷宮内、その中で身動き一つまともに取れない状態で放置されるその恐ろしさは想像したくも無い。
「ふっ、ふざけんな! 実質お前が殺してるようなもんじゃねえか!」
「何を言っている? 別に置いていくだけで死にはしないさ。運が良ければ、魔物に襲われるよりも身体が動くようになるのが先かもしれないぞ」
「ぐっ……」
尚も無慈悲な態度を貫くライドに、男はがくりと項垂れると。
「……分かった。生きて帰るためだ、お前の要求を呑もう……」
全てを諦め、ライドの提案を認めたのだが──。
「──嘘を吐いたな」
「ひっ!?」
男の発言に対し、ライドはその翡翠の眼を輝かせながらそう言い放った。
まるで、男の言葉が嘘であると確信しているかのように。
ライドは男の傍に近寄ると胸倉を掴み上げて、睨みを利かせる。
「警告しておく。もしこの場での出来事が公言されたと分かった場合は真っ先に君を疑う。そして、地の果てまで追いかけ回して──その先は言わなくても分かるだろう?」
ライドの脅しに、こくこくこくっ!!と何度も首を縦に振る男。
どうやら本当にあの男は嘘を吐いていたらしい。怯える男から手を離し、こちらに振り向くと再びあの穏やかな笑みを向けてきた。
「置いてけぼりにしてすまなかった、少年。魔物から素材を回収し、街に戻るとしよう」
「あ、ああ……」
先ほどまでの圧のある雰囲気は完全に消え失せ、再び友好的な態度で接してくるライド。
結局、色々と腑に落ちないまま俺達は依頼を達成したのだった。




