#027 『共同依頼』
「やあ、少年。君と同じ依頼を受ける、ライドだ。短い付き合いにはなるが、宜しく頼む」
軽装越しでも常日頃から鍛えている事が良く分かる、程良くがっしりとした体格。
深く、静かな森林を想起させる翠眼を持つ眩い金髪の男──ライドと名乗った男は、柔らかい笑みと共にこちらへと手を差し出した。すぐにこちらも手を差し出し、握手を交わす。
(っ、この冒険者……)
ただ握手を交わしただけだったが、直感的に気付いた。
──強い。少なくとも、俺なんかよりもずっと。
だが、どれぐらい強いのかはいまいち判断出来ない。身なりは軽装だし、見た感じそれほど高級そうな装備をしている訳では無い。流石にセリカ程は強くは無いだろうが……それでもかなりの実力者に違いない。
「あっ、ライドさん! また【異常事態】は起きないなんてって言って! 前回もそう言っていたのに貴方も巻き込まれたじゃないですか!」
「見立てが外れただけさ、今回は起きないと確信しているよ」
(……貴方も?)
ナターシャさんが少し怒り気味に彼に詰め寄るが、さしたる問題では無いとばかりに柔らかく微笑んでやり過ごすライドさん。彼の容姿から推測出来る年齢だと、もう少し調子付いていてもおかしくないと思ったのだが、かなり落ち着いている性格のようだ。
ライドさんは視線をナターシャさんから外すと、こちらへと視線を戻す。
「君が件の冒険者か。ナターシャさんから話には聞いていた。君もサナボラ樹海の【異常事態】に巻き込まれたそうだな」
「君も……って事はライドさんも……?」
「さん付けはやめてくれ。歳は違えど同じ冒険者であり仕事仲間なんだ、もっと対等に行こう」
基本的に目上の人間には敬語を使え、っていう父さんの教えがあるんだけど、ここ最近出会う人は皆敬語を嫌ってくるな……冒険者はそんな傾向があるのだろうか。
でもまあ、本人がそう望むのならそうする他あるまい。
「……分かった。ライドも、サナボラ樹海の【異常事態】に巻き込まれたのか?」
「ああ。Dランクの魔物に襲われて苦戦している所をかの有名な執行騎士第二席、【牙城】ガウセル・バードード氏に助太刀してもらった」
「バードードって確か……」
──了解、こっちも雑魚共を蹴散らしたら生存者を連れて出口に向かうぜぇ。
──はい。バードードさんもお気を付けて。
セリカが耳に取り付けていた魔道具。そこから聞こえてきた豪快な男の声の主が、バードードって名前だったような。その時、生存者が俺の他にも居るという事は知っていたが、まさかライドがそうだとは。
奇妙な巡り合わせに驚いていると、更に驚く情報が投下される。
「でも、ライドさんがレイン君と一緒に居てくれるならまだ安心かしら。彼、Eランクの冒険者なのよ」
「えっ!?」
ナターシャさんがそう言ったので思わずライドを凝視する。
俺が驚いたのは、ライドがまだEランクの冒険者でしかないという事についてだ。
握手した時に、彼が実力者であるという事に気付けたが、俺の予想だともっと上のランクの冒険者だと思った。……それとも、Eランクの壁はそれほど厚いという事なのだろうか。
そんな事を思っている俺を余所に、ライドはナターシャさんに苦笑しながら言う。
「ナターシャさん、前にも言ったがあまり一人の冒険者に肩入れしない方が良い。失った時に辛くなるのは貴女自身だ」
「それは承知の上よ。でも、レイン君はきっと冒険者として大成するからその心配はいらないわ。なにせ、まだ冒険者になって三日目なのに既にEランク、Dランクの魔物を倒してるからね」
「ちょっ……」
「何……?」
ナターシャさんの言葉にピクリとライドの眉が動く。
まさかそんなあっさりとこちらの情報を出されるとは思いもしなかった。しかも、相手がある程度プライドの高い人間だとその発言は悪い方向に働きそうなんだが……。
ライドは少し驚いた様子を見せた後、ナターシャさんに向けていた視線をこちらに向ける。
『……ん?』
「それなら、今回の依頼は随分と楽をさせてもらえそうだ。君に期待している、少年」
一瞬、途中でこちらに向ける視線が止まったように見えたが、ライドは相も変わらず穏やかな笑顔でそう言った。
(……今、カシュアの方に視線を向けた……?)
いや、それは有り得ない。俺以外にカシュアの姿は認識出来ないからこそ、カシュアは5年間も一人で彷徨い続ける羽目になったのだ。今のはきっと偶然だろう。
考えすぎかと頭を振ってから、平常心を装ってライドに問いかける。
「で、ライド。これで依頼は成立した訳だけど、もう出発するのか?」
「すまないが、一度準備をさせて貰えないだろうか。まさかこれほど早く共同依頼が成立するとは思わなかったから、まだ準備が整っていなかったんだ。そうだな……30分後、アルターの正門前に集合でどうだ?」
「分かった。こっちは準備出来てるから、先に行って待ってるよ」
「感謝する、少年」
軽く頭を下げて、淡い笑みをたたえるライド。
その後、ナターシャさんに挨拶してからギルドを後にし、正門へと向かう街の通りを歩いているとカシュアが真剣な声音で声を掛けてくる。
『レイン君。──彼はどうにもきな臭い。ボクの見立てでは、確実に実力を隠している側の人間だ』
「実力を隠してる……カシュアもそう思うか?」
『レイン君も気付いたかい? ……冒険者は、ランクが高ければ高い程色々と融通が利く。だからこそ、冒険者として力を誇示していないというのは、何かしらの理由があるからに他ならない。その理由がどうであれ、依頼を受けている間、彼には充分気を付けておいた方が良い。それに、歳相応じゃないと言うか……彼ぐらいの歳にしては落ち着きすぎている点も気になるしね』
「……ああ」
少し極端な例だが、本来の実力を偽って共同依頼を受けた相手を迷宮内で殺す、なんて手法を取っている冒険者狩りの可能性だってある。あれだけ感情の変化が読み取れなかったのに、ナターシャさんが俺の事について言及した時に少しだけ驚いているような様子を見せたのも、俺が油断できない相手だと知ったからかもしれない。今になって思うと、ナターシャさんに冒険者に肩入れするなって警告したのも俺を排除する前提の台詞に思えてきたぞ……。
それに、もう一つ気になった事もあるしな。
少し考えてから、顔を上げる。
「なあ、カシュア」
『なんだい?』
「あいつ……ライドがカシュアの事に勘付いているような気がした。実際、俺以外にカシュアの事を認識出来る人間って居るのか……?」
『んー……。非常に少ないだろうけど、居るには居るだろうね』
カシュアの返答に、思わず目を見開く。カシュアから俺以外に認識出来る人間は居ないと聞いて居たからだ。だがすぐに、カシュアは補足するように指を立てた。
『と言っても、ボクの事を声を含めて完全に認識できるのは【純真の魔眼】を持つレイン君だけだ。君以外の人間でボクを認識出来る人間が居るとしたら、魔力に相当敏感な、世界でも上澄みの実力者だけだろう。だがそれも、『そこに何か居るかも』程度の物で、ボクの言葉までは聞き取れないだろうけどね。ボクに気付ける人間の大半は、精霊か何かと勘違いするんじゃないかな』
「世界でも上澄みの……」
その理論で当てはめると、ライドはこの世界でも上澄みの実力者なのだろうか。いや、それでもセリカに比べたら実力は劣っていると思う。いや、単にセリカが魔力に対して敏感じゃないだけの可能性も……。
一人悶々と考え込んでいると、カシュアは緩く頭を振った。
『ボクも彼の視線にはちょっと違和感を覚えたけど、彼はそこまでの実力者じゃないから安心してくれ。これまで数多の強者を見てきたボクが保証する。それに……』
「魔眼は同時期に同じ所有者が現れる事は無い」
『その通り』
世界でも上澄みの実力者じゃない人間……つまり俺のような実力の足りてない人間がカシュアを認識するには、【純真の魔眼】が必要不可欠。だが、今の【純真の魔眼】の保持者は俺だ。だからこそ、カシュアの事が見えている可能性は限りなく低いと言えるだろう。
『気付いて居なくても五感が鋭いだけ、という線も有り得る。歴戦の冒険者は五感や第六感に優れている者も多いからね』
「なるほど……」
『……まあ、なんだ。もし彼が手の込んだ冒険者狩りの場合、あまり警戒し過ぎてもそれが原因で気分を害して襲ってくる恐れがある。だから、当たり障りなく、自然体で話す事を心掛けるんだ。それに、もし仕掛けてくると判断した場合はボクがすぐに警告するさ』
「分かった」
深呼吸をし、両頬を張って気持ちを入れ替える。
カシュアの言う通り、警戒し過ぎても依頼が滞りかねないしな。
一応、襲ってきても即座に対応できるように注意しながら、しっかりと依頼をこなそう。
それから30分後、時間ピッタリにやってきたライドと共に、今回の依頼の迷宮──【メリオル大洞窟】に向けて出発するのだった。




