#025 『ヴェル爺との模擬戦』
「用意しなきゃならんもんがあるから先に坊主は外に出てな、俺もすぐに行くからよ」
そう言って、ヴェル爺は工房の方へと歩いていった。
先に庭に出てから、周囲の人が居ないか確認した後、隣に佇むカシュアへと声を掛ける。
「……カシュア」
『なんだい?』
「これからやる手合わせ、俺に全部任せてくれないか」
『おや、良いのかい? ヴェル爺に勝てないにしろ、善戦ぐらいには持って行かせるつもりだったんだけど』
どうやらカシュアの中では俺が負けるのは確定事項のようだ。
内心少しだけムッとしながら、俺の考えを説明する。
「命が掛かった局面だったら遠慮なく指示して欲しいんだが、全部カシュアに頼り切りにするのは違うと思うんだよ。手合わせが終わった後に、何が駄目だったかをアドバイスして欲しいんだ」
『なるほど、そう言う事なら分かったよ。向上する意欲があるようで何よりだ』
強くなりたいという気持ちはあるが、それでも全部カシュア任せじゃあ成長したとは言えない。
カシュアが口頭で取るべき行動を説明してくれたとしても、俺が聞き取れなかったりした時点で破綻してしまう。
だからこそ、俺自身の考え方を少しでもカシュアに近づけたい。考え方を近づける事でより彼女の指示の意味を即座に理解し、動きを最適化出来る。それが結果的に強くなる事に繋がるだろうから。
「家の前に来た時からそうだったが、そんなに独り言が好きなのか坊主? 知人にもそういう奴が居たから分かるが、若ぇ内から一人で居るのが好きだと変人になっちまうぞ」
首を鳴らしながら家の中から出てきたヴェル爺の言葉に、思わずビクリと肩を震わせる。
カシュアから地獄耳とは聞いてたけど流石に聞こえすぎじゃないか……!?
顔を引き攣らせながらどう返答するか迷っていると、家の中から弟子の人の声が聞こえてくる。
「親方ァ! はしゃぐのは良いんスけどあんまり荒らさんといてくださいよ! 後で手入れすんの大変なんスから!!」
「るせぇ! ちょっとだけガキの戯れに付き合うだけだ! そんな荒らすつもりはねぇよ!」
幸い、そのやり取りのお陰でさっきの独り言云々の話から話題が逸れてくれた。
バツの悪そうな顔をしていたヴェル爺は、こちらに向かって鞘に入った短剣を投げて寄越してくる。
「わっ、ちょっ!?」
慌ててそれを掴み取ると、ヴェル爺はにやりと笑った。
「見た所坊主の武器は折れてるみたいだからな。貸してやるからそれを使え」
「……ありがとうございます」
確かに言われてみれば昨日の小さな死神との戦闘で俺が使っていた短剣は粉々に粉砕してしまったままだった。
極貧時代の癖で捨てるのが勿体なかったから柄だけ回収して、鞘に納めてたけど、まさか見抜かれていたとは。流石本職の鍛冶師と言うべきか……。
「……凄いな」
ヴェル爺から渡された短剣を鞘から抜き取ると、丁寧に磨き上げられた剣身が姿を現す。
手合わせだからと言って、錆び付いた武器を寄越してきた訳では無いらしい。生身にこの剣身が当たれば、間違いなく出血するだろう切れ味を秘めている。
グリップを握り、軽く振って重さを確認する。素材が良いのか、凄く軽く感じる。初めて扱う俺でも十分に振るえそうだ。
『レイン君、言っておくがヴェル爺はかなり強いぞ』
と、短剣の確認をしていると、カシュアがそう囁く。
『10年前でもBランク冒険者の最上位クラスの実力者だった。年老いて実力は衰えてるかもしれないが、今の君が勝てる相手じゃないのは確かだ』
Bランク最上位クラス。……流石、カシュアの知り合いだけあってかなりの実力者なのか。
ただの鍛冶師だと思って挑んでいたら、痛い目に遭っていた。内心でカシュアに感謝しながら、呼吸を整える。
『盛大に揉まれて自分の現在地を知るんだ。──大丈夫、悔しさを糧に出来る君なら、この手合わせも有意義な物になるさ』
──言われずとも。
目を鋭く細め、短剣を構える。
それに対し、くいくい、と人差し指を折り曲げながらこちらを挑発するヴェル爺。
「殺す気で来な、坊主。なぁに、心配しなくてもかすり傷一つ負いやしねぇよ」
「──では、遠慮なく」
カシュアから聞いている通りならば、本当にかすり傷すら付けられないだろう。
だからこそ、今の現在地を知れる。どれだけの実力差があるかを理解出来る。
──ああ、こんなにも俺は恵まれている。
なら、恵まれた環境に感謝し、今の俺が出来る全力でぶつかっていくだけだ。
脚部に力を込めながら、短剣に手を添える。
そして、脳内で思い描くは、短剣に炎を纏うイメージ。
「【フレイム・エンチャント】!!」
魔力を流し込み、魔法を発動させると、短剣の剣身から勢い良く炎が噴き出した。
初めて試したが上手く行った。詠唱しなくても、一度魔法を使った事があるからこそ、再現出来る。
『……無詠唱!? いやまあ、何度か使った事はあるから出来ない事は無いだろうが……!!』
後ろで、カシュアが驚きの声を上げる。向かい合うヴェル爺もまた、感心したように顎髭をさすった。
「ほぉ、火系統の魔法が使えんのか。カシュアの弟子じゃなければウチで雇うのもアリだったんだがな」
感心したと言ってもあくまで従業員としての適性を評価したようだが……。
魔力で強化した脚部で地面を蹴り抜き、勢い良くヴェル爺に向かって突貫する。
「実力差のある相手に正面から挑むのか? 駄目だな、話にならん」
ヴェル爺はその巨体からは考えられない程の俊敏な動きで俺の攻撃を避けると、背中側から服を引っ張り、地面へと叩き付けてくる。
叩き付けられた衝撃で地面をバウンドし、肺から空気が押し出される。
「がはっ」
「そぉら!」
そして、ヴェル爺は硬く握りしめた拳を、俺の顔面へ叩き込む……寸前で止めた。
止まった拳から、風圧を感じる程の速度。まともに直撃して居たら、顔面が潰れていただろう。
「……実戦なら今ので死んでたぞ。どうする? もうやめるか?」
「っ、げほ、やめる訳無いだろ……!」
「おお、そうこなくっちゃな。ガッツがある奴は嫌いじゃねえぞ」
ふらふらと立ち上がりながらそう言うと、ヴェル爺は楽しそうに笑う。
そんな俺達の手合わせの様子を、カシュアは静かに見つめ続けていた。
◇
それから、しばらくして。
何度ヴェル爺に異なる手法で攻撃を試みても、その刃が身体に届く事は無かった。
度重なる身体強化と魔法の行使によって身体の内の魔力はほぼ底を尽き、体力の方も限界を迎えようとしていた。
都合20回目の攻撃も失敗に終わり、俺は顔面を掴まれたまま情けなく地面へと叩き付けられていた。
「あいつの弟子を名乗るぐらいなら、俺にかすり傷ぐらい負わせてみやがれってんだ。……ったく、カシュアめ、こんな不出来な弟子を作りやがって」
『…………』
そう言い、俺に対して失望の目線を向けてくるヴェル爺。
最初こそ楽し気に手合わせしていた物の、途中からはつまらなそうに、淡々と俺の攻撃を処理するようになってしまっていた。
はぁ、と分かりやすく落胆のため息を吐くと、ヴェル爺は吐き捨てるように言う。
「坊主、もう終わりだ。今の坊主の実力じゃ、何日掛けようが俺に攻撃を当てられねぇよ」
勝負は決し、結果から見れば俺は何もさせて貰えず敗北。
ヴェル爺の態度を見るに、このまま手合わせが終わったら俺を追い返してそれでお終い。
武器を作ってもらう事はおろか、今後会ってくれるかどうかすらも分からない。
──だがそれは、当初から考えていた俺の作戦が通用しなかったらの話だが。
「まだだ……」
「あ?」
うめき声を漏らす俺に対し、ヴェル爺が眉を顰める。
今、俺に足りない物は何だ。全部だ。
だからこそ、この場にある物全部使って勝利を掴み取る。泥臭くたって良い、俺が憧れた存在に追い付く為なら、何だってしてやる。
(──模擬戦という条件下だからこそ分かり切っている事、それは俺が絶対に殺されないという保証)
ヴェル爺が最初に言っていた通り、もしこれが本番なら最初の無謀な突貫の時点で殺されている。
だがこれは、ヴェル爺が俺の今の実力を図る為に行っている模擬戦だ。絶対に殺されないと分かっているからこそ、俺が不出来であるという認識をヴェル爺に刷り込ませられる。
俺の本命の一撃を、より確実な物にする為の認識を、だ。
(──カシュアの教えを思い出せ)
脳裏に過ぎる、パラサイト・タイタンボアとの死闘の時のカシュアの言葉。
──地形を上手く利用しろ。
(地形……平坦なありふれた普通の庭。だけど、この場所は鍛冶師の家の庭という条件が付いてくる……!!)
『地形』という言葉を『環境』に置き換える。
この環境だからこそ、俺とカシュアしか知り得ない物がこの場に存在している。
──君に出来て、奴に出来ない事。それを理解すれば、自ずと戦い方は見えてくる筈さ。
(俺に出来てヴェル爺に出来ない事……!! それは、魔力を直接視る力があるか無いか……!!)
魔力は、人間の身体から生み出される他にも、自然界にも当然存在している。
魔力を視認出来ないヴェル爺は知る由も無いだろう。鍛冶場が近い影響か、この庭にまで赤い光を放つ魔力──つまり、火属性の魔力が漂っているという事に。
内が足りないなら外から補え、俺にしか出来ない戦い方で勝利の道筋を導き出せ!!
「今俺に出来る事、全部使って絶対に勝つ……!!」
脳内に思い描くは炎で出来た槍。ヴェル爺の身体を貫き穿つ、強靭な武器。
俺の身体の中に残っていた魔力全てが空気を伝い、周囲に漂う火属性の魔力に干渉する。その魔力を使い、イメージを元にまだ正式な名称も決めてない魔法を発動させる。すると、ヴェル爺の視界外、すなわち頭上に巨大な槍が形を成した。
ヴェル爺は殺気を感じたのか、俺から手を離すと、頭上へと視線を向ける。
「チッ」
小さく一つ舌打ちすると、俺が生み出した炎の槍を避けようとする……が、ヴェル爺が避けた先には俺がいる。
──ヴェル爺は子供に甘いのさ。
これが最後の一手。
先ほどカシュアが言っていた、その言葉が正しければヴェル爺は絶対に避けたりしない。
その炎の槍が直撃すれば、俺が大火傷を負うのは確実だ。
──俺自身すらも犠牲にして、勝利の為の道を作り出す。
「……はっ、ここまで計算づくかよ。カシュア……いや、アルベルトみてぇな戦い方しやがって。生意気小僧が」
ヴェル爺は毒づく言葉とは裏腹に、心底楽しそうな笑みを浮かべながら言う。
──そして。
「まあ、この程度なら魔法もいらんがな」
迫り来る炎の槍に対して凄まじい勢いで拳を振り上げた。
拳が槍の切っ先に触れると──ドパァン!と派手な音を立てて、俺の全身全霊の一撃は跡形も無く消滅させられた。
その光景を見て、ぽかんと口を開けてしまう。
「嘘だろ……」
俺に出来る全てを駆使しての一撃も、まるで赤子の手をひねるかのように処理されてしまった。
拳を振り抜いた体勢のまま、ヴェル爺はぽつりと呟く。
「……最後の一撃に関しては悪くなかったが……まだまだだな、坊主」
炎の槍を浴びた拳に、ふっと軽く息を吹きかけるヴェル爺。
淡い期待を込めてその拳を見るが、火傷すら負わせる事も出来ていなかった。
(ああクソ、これでも駄目か……)
震える手で、地面を指で抉る。
カシュアに対して偉そうに俺に任せてくれと言った手前、このザマだ。
今の俺の実力じゃあ、ヴェル爺にかすり傷すら負わせる事も出来なかった。
余りの悔しさに唇を噛み締め、そこから血が滲み出る。
そんな俺の様子を見ていたヴェル爺は、盛大に笑いだした。
「がっはっは!! なぁにしけたツラしてやがる! 自分から当たりに行ったようなもんだが、かすり傷を負わせられた俺の負けって事にしといてやるよ!」
「……え」
予想外の言葉に、目をぱちくりとさせる。……負け? ヴェル爺が負けを認めた?
止まっていた思考がようやく現状の理解に追いつき、歓喜に打ち震える。力の入らない身体に鞭を打ち、身体を無理矢理起こした。
「じゃあ……!」
「ただし、条件付きで、だ」
俺の言葉を遮るようにそう言い、ドカッと俺の目の前に胡坐で座り込むヴェル爺。
「担い手の技量が追いついてねぇ武器なんざ、宝の持ち腐れに過ぎねぇ。坊主の実力は良くてEランクぐらいの実力でしか無い。この魔石を使った所で、武器に振り回されるだけになっちまう。それに、冒険者狩りに狙われるリスクだって抱える事になる」
Dランクの小さな死神の魔石で作った武器、しかも腕利きの職人が手掛けたのであれば更に上質な武器に仕上がるだろう。
そんな武器をFランクの俺が持っていても、その能力を十分に発揮できないのは目に見えているし、ヴェル爺の言う通り、冒険者狩りの餌食になりかねない。
真剣な表情で語るヴェル爺の目を見ながら、言葉の続きを待つ。
「坊主は魔法を駆使した戦闘の方が得意なようだが、短剣を使った戦闘はてんで駄目だ。素人感丸出しすぎて動きが全部読めちまう。……剣術指南書を貸してやる、それを読みこんで最低限の知識ぐらい身に付けろ」
そう言い、ヴェル爺は弟子の人に手で合図を送ると、分厚い本を持ってこさせる。
そして、その本──剣術指南書を受け取ると、俺の目の前に置き、その上にどんと掌を置いた。
「……俺が武器を完成させるまでに、坊主の技量を追い付かせろ。それまでに追い付かなかった場合は、作った武器を渡すつもりはねぇ。それで良いのなら、請け負ってやる。──どうだ?」
──出来るもんならな。
ニヤリと浮かべた笑みに、そんな意味が含まれているような気がした。
だからこそ、こちらも不敵に笑って返す。
「絶対に、追い付かせて見せます」
「そうこなくっちゃな坊主」
満足そうに腕を組みながらそう言うと、ヴェル爺はゆっくりと立ち上がった。
「……そうだ坊主、名前教えろ。お前の事は気に入ったし、覚えといてやる」
「レイン。……レイン・シュナイダー、です」
俺の名前を聞いて、一瞬ヴェル爺の動きが止まる。そして、再び笑い出した。
「はっ! なるほど、あの野郎の孫か!! 通りでカシュアが弟子にする訳だ!! 言われてみりゃあの野郎とそっくりな髪色してやがる!!」
笑いながらバシバシと俺の背中を叩くヴェル爺。言葉通り全身揉まれた後なので、その衝撃は今の俺にとってはかなりキツイ。痛みに悶えていると、ヴェル爺はこちらへと手を差し出してくる。
「レイン。俺の名前はヴェルモンド・ノーチラス。気軽にヴェル爺って呼びな!」
カシュアがヴェル爺って呼んでたから、もう心の中ではヴェル爺って呼んでたんだけどな。
そんな野暮なツッコミはせず、差し出された手を握り返す。
大きく、ごつごつとした戦士の手。俺もいずれ、こんな手が似合う実力者になりたいと思いながら、握る手に力を込めた。
◇
(良いねぇ、あいつは伸びる逸材だ)
去っていくレインの背中を見届けながら、ヴェル爺は顎髭をさする。
(圧倒的な実力差を前に、悔しがれる奴はそう居ない。大体の野郎は才能を言い訳にしたり、遠すぎる道のりに挫折するという物。まだFランク冒険者の癖に、中々根性がありやがる)
先ほどの攻防を思い出し、くくっと喉を鳴らしながら、肩をぐるりと回す。
ちょっとした気まぐれで手合わせする事にしたが、思わぬ収穫だった。少なくとも、当初は本気でかすり傷一つ負うつもりも無かったし、心をへし折るつもりで捌き続けていた。
だと言うのにも関わらず、レインの目はずっと、勝つ事だけを見据えていた。
(ちぃとばかり遅めのスタートだが、死線を何度かくぐりゃそれなりの実力者になれるだろ。……あの野郎の孫だしな)
ヴェル爺は脳内で、一人で居る事を好んでいた友人の姿を思い描く。
アルベルト・シュナイダー。かつて輝かしい功績を残した権威ある魔導士であり、ヴェル爺が実力者として認めた数少ない人間の一人。
今はまだレインは容姿ぐらいしか面影が無いが、いずれ秘めた才能も開花させていく事だろう。
(俺が武器を完成させるまでにあの坊主がどんだけ伸びるかは読めんが──あの目が出来る奴だ。見込み違いじゃなけりゃ追い付かせてくるだろうな)
だからこそヴェル爺は子供が好きなのだ。子供は無限の可能性を秘めているからこそ、時として自分なんかの想像を容易に越えてくる。その予想外の成長が齎してくれる驚きは、幾つになっても色褪せたりしないから。
にぃ、と白い歯を覗かせながら笑ったヴェル爺は、家の扉を開け放つと、大声で叫んだ。
「弟子共、炉を温めろ! 仕事の時間だ!」
今日も郊外に佇む一軒の鍛冶屋は槌の音を鳴らし続ける。まるで、喜びという感情を奏でるかのように。




