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『迷宮殺し』レインの英雄証明 ~勇者に憧れた少年、元勇者と大罪人の道を往く~  作者: 立華凪
光の章

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#024 『ヴェル爺』


「ん……」


 窓から降り注ぐ朝日を感じながら、重い瞼を開ける。

 死闘続きでまだ少し疲れの残る身体を起こすと、隣に佇んでいた少女──カシュアが微笑んだ。


『おはよう。今日は早かったね』


「早い時間に寝たから結構寝たとは思うけどな……」


 瞼を擦り、あくびをしながらベッドから離れる。

 部屋に用意された水桶で顔を洗っていると、カシュアがにこにことした笑顔のまま、こちらへと近寄ってきた。

 

『さて、レイン君。君が寝ている間に得た情報で、良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?』


 寝起き早々、嫌な報告からは聞きたくないな……。


「……良い知らせからで」


『分かった。ボクが昨日言っていた、知り合いの鍛冶師。彼がまだ鍛冶業を営んでいる事が分かった。だから、この後彼の店に行って、君専用の武器を発注しよう』


「おお!」


 それは確かに良い知らせだ!

 小さな死神(リトルリーパー)の魔石を使えば、本来俺の実力からは考えられない程良い武器が作れるだろうし、非常に楽しみだ。

 だが、悪い知らせもあるらしい。浮かれそうになる気持ちを抑えながら、カシュアに恐る恐る問う。


「それで、悪い知らせってのは……?」


『……【異常事態(イレギュラー)】発生に伴い、サナボラ樹海の破棄が正式に決まった。二週間後、執行騎士(エグゼナイツ)直々に、コアを破壊しに行く遠征部隊が組まれるそうだ』


 それを聞いて、目を見開いた。

 折角軌道に乗ってきたばかりだと言うのに、その知らせは最悪と言っても過言じゃない。

 カシュアは俺の表情を見て、一つ頷いてから。


『しかも、破棄が決定した時点から、サナボラ樹海は封鎖されたそうだ。入り口には侵入を防ぐ為の警備員が張り付き、侵入する事すら容易じゃない状態だ。……だが』


 カシュアはそこで一旦話を区切ると、こちらの目を真っすぐに見つめる。


『君の今の実力だと、この周辺で挑める迷宮はサナボラ樹海しかない。もう少し魔法の練度が高まれば他の迷宮にも挑めるが……()()()()()()()()()()()()()となると、サナボラ樹海が最適だ』


「……ッ!」


 その時点で、カシュアが伝えようとしている言葉の真の意味を理解する。

 カシュアは至って真剣な表情で、言葉を続けた。


『率直に言おう。君にはこの二週間でサナボラ樹海を完全攻略し、コアを破壊してもらう。その覚悟は出来ているかい』


 カシュアが放つ剣呑な雰囲気に、空気が張り詰める。その空気に当てられて、心臓は早鐘を打ち、呼吸が不規則になる。

 だが、既に俺の答えはもう決まっている。

 ゆっくりと深呼吸して気持ちを落ち着けてから、カシュアを見る。


「──カシュアが俺にその提案をするって事は、不可能じゃないって事なんだろう」


『ああ。君の限界を見極めた上での提案だ。無論、二週間という短期間にかなり詰め込む事になってしまうけどね。だが、君が強くなりたいならば──避けては通れない道だ』


 強くなりたいなら。

 俺を焚き付ける上で、これ以上の無い煽り文句だ。

 拳を握り締め、口の端を吊り上げながら返答する。


「それなら尚更だ。──頼むカシュア、俺を鍛えてくれ」


『良い返事だ。……なら時間は無駄に出来ないな。早速、ボクの知り合いに会いに行こうぜ!』





 街を歩きながら、隣に浮いて付き添うカシュアに聞いてみる。


「これから会う鍛冶師とはどういう経緯で知り合ったんだ?」


『お師様がこの国に仕えていた魔導士だった時代からの知り合いでね。縁あって、ボクにも紹介してもらったのさ。まあ、向こうが覚えているかどうかは……いや、覚えているだろうな、ウン』


 何となくカシュアがぎこちないので、その様子を不思議に思いながらも、目的地に辿り着く。

 街の中心部から大分離れた位置にひっそりと佇む、庭付きの小さな一軒家。時折、カァーン!と子気味良い金属音が聞こえてくることから、この場所が件の鍛冶師の家で間違いないようだ。

 ドアノブに手を伸ばそうとして所で、カシュアに止められる。


『待ってくれ。ここの爺さんは変わり者でね。一見さんは絶対に断られるんだ』


「えっ、なら依頼出来ないじゃないか」


『だからこそ、入る為の作法があるんだよ。扉を一定のリズムでノックする事で、どんな来客が来たかを判別しているんだ』


 リズムで来客を判別するって……確かにそれは変わり者かもしれない。

 でも、それ以前に。


「……作業しているみたいだし、ノックしても聞こえないんじゃないか?」


『安心してくれ、あの爺さんは相当な地獄耳だからね。ボクの真似をしてやってみると良い』


 すると、カシュアは通常のリズムで二回、連続して三回、そしてまた通常のリズムで三回扉をノックする仕草をする。

 カシュアの真似をして、扉をノックしてみる。コンコン、コココン、コンコンコン、と扉をノックする音が響くと、金槌を振るう音がピタリと止んだ。


『ほらね?』


「嘘ぉ……」


 茫然とするのも束の間、ズンズンズンと音を立ててこちらへと真っすぐに向かってくる足音が聞こえてくる。


「カシュアか!?」


 バン!! と凄まじい音を立てて、入り口の扉が開かれる。

 扉の奥から現れたのは、白髪の髭を肩程にまで伸ばした大男。

 扉を開け放った姿勢のまま、じろりと値踏みするような無遠慮な視線がこちらへと向けられる。


「なんだぁ……? 坊主……?」


 見るからに機嫌が悪い。当然だろう、来客を区別する為にわざわざ専用の作法を伝えているというのに、自分の知らない人間がその作法を模倣して訪れたのだから。

 パラサイト・タイタンボアに勝るとも劣らない威圧感に当てられながらも、大男と向き合う。


「カシュア・フィルメールの弟子です。貴方に、武器を作って頂きたくて」


「カシュアの弟子だぁ……?」


 絶対に信じて貰えていない。だが、ここで臆したらもっと話がこじれる可能性だってある。

 大男から目を逸らさず正面から見つめ返していると、やがて根負けしたように大男は家の中を親指で指した。


「……入んな、話だけは聞いてやる」


 取り敢えず、第一関門は突破した。安堵のため息を吐きそうになるのを我慢していると、カシュアが感心したような表情で言う。


『凄いね、レイン君。ヴェル爺に初見でビビらない人、ボク以外で初めて見たよ』


 ──絶対後で文句言ってやる。そう思いながら、ヴェル爺と呼ばれた男の家へと入っていく。


「……おお」


 家の中に入ると、ズラッと並ぶ武器の数々に圧倒される。

 そのどれもが丁寧に磨き上げられており、一目見て腕の良い職人だという事が分かった。

 入口付近にあったテーブルを指すと、ヴェル爺は工房の方へと戻っていった。


「そこで座って待ってな、茶菓子ぐらいは出してやる」


 あれ、話だけは聞いてやるって態度からしてあまり歓迎してる感じは無かったけど意外と友好的……?

 と、大人しく椅子に座って待っていると、工房の方から声が聞こえてくる。


「あ、親方。葉巻置きっぱッスけど、良いんスか?」


「馬鹿野郎!! 子供の前で吸ったら成長に悪影響出ちまうだろうが!! 火ィ消して捨てとけ!!」


 言ってる台詞と態度の差に思わず吹き出しそうになってしまう。

 慌てて手で口を抑えながら、カシュアの方を見る。


「……なあ、あの爺さんって……」


『……』


 堪らずカシュアに問いかけるも、カシュアはそっぽを向いたままだ。

 しばらくしてヴェル爺は工房から戻ってくると、山盛りになった焼き菓子の入った皿をテーブルに置いた。


「え、ええと……?」


「育ち盛りだろ、食え」


「ええ……?」


 とはいえ、口にしないというのもアレなので、一つつまんでみる。

 一口齧ると、サクッと心地の良い音を響かせ、焼き菓子特有の香ばしい匂いが鼻を突き抜けた。

 そして、じんわりと優しい甘さが口の中いっぱいに広がり、思わず感想が口から零れだす。


「……美味しい」


「美味えだろ、俺の手作りだ」


「はい、本当に美味しいです」


 すぐに次の焼き菓子に手を伸ばし、口に放り込む。

 適度な甘さでしつこすぎず、これなら幾らでも食べられそうだ。

 ふと気になってヴェル爺の顔を見てみると、人懐っこい笑みを浮かべていた。


『……とまあ、こんな感じでヴェル爺は子供に甘いのさ。ボクも初めて彼と会った時は随分小さかったからねぇ、大層甘やかされたものさ』


 カシュアは過去を思い出しているのか、遠い目をしながらそう言う。

 ああ、だからカシュアはあの時ぎこちない感じで話してたのか。でも、そんなぎこちなくなる程だろうか……?


「で、坊主がカシュアの弟子たぁどういう事だ? あいつは今、どこで何をしてる?」


 ヴェル爺は顎髭をさすりながらそう言う。

 手を組みながら、少し俯きながら答える。


「師匠は……ちょっと事情があって、人前に出られないんです」


「ふん、巷じゃあ腰抜けカシュアなんて言われてるしな。そりゃおちおち顔も出せんだろうよ」


『……ヴェル爺……』


 かつての知り合いにも事実とは違う情報が伝わってしまっている事に、ショックを見せるカシュア。

 やはり、というか今のカシュアは元勇者という経歴よりも、汚名の方が目立っている。

 事実を知る俺が行動しなきゃ、いつまで経ってもその汚名を晴らす事が出来ない。

 

「師匠は今も、この世界の為に戦っています。俺も、彼女の力になりたいからこそ、師匠の知り合いである貴方を尋ねてきたんです」


「この世界の為に戦っているだぁ? 魔王の野郎がおっ死んで、どこもかしこも平和なこの世界でか? 妄言も大概に……」


 俺の言葉を鼻で笑って見せるヴェル爺だが、こちらの真剣な表情を見て目の色を変える。


「……冗談で言ってるみたいじゃねえみたいだな。それで、俺に武器を打ってもらう為にここに来たってか?」


「はい」


 少し逡巡した様子を見せるヴェル爺は、一度天井を仰いでからため息を吐いた。


「わりぃな、俺はもう一般客に対して武器を打ってねぇんだ。この店も、弟子共に預けて経営してるだけに過ぎねぇ。この街に戻ってきた用事も、昨日で済んだしな」


「……っ! そこをなんとか……!」


「第一、見た所坊主は対して実力も無さそうだ。本当にカシュアの弟子ってんなら、坊主ぐらいの年齢にもなりゃもっと実力もあって然るべきだろ」


 何も言い返せなくなり、ぐっと言葉を詰まらせる。

 カシュアの弟子になったと言っても、それは一昨日の話。

 ヴェル爺の言う通り、10年前に姿を眩ませたカシュアとの師弟関係であるというのなら、それなりの研鑽は積んでいると思ってしまうのも仕方ないだろう。


「で、坊主。冒険者ランクは?」


「……Fです」


「話にならんな。俺の武器ぁ安くねぇぞ。仮に俺に依頼するとしても、坊主に払える程の金があるとは思えんがな」


 そう言われると思った。だからこそ、すぐに懐から小さな死神(リトルリーパー)の魔石を取り出す。

 テーブルの上に魔石を置くと、ヴェル爺の眉がピクリと動く。


「こいつを何処で手に入れた?」


「昨日起きたサナボラ樹海の【異常事態(イレギュラー)】。そこで戦った小さな死神(リトルリーパー)との戦闘に単独で勝利し、手に入れました」


「ほう」


 嘘は言ってない。その後、死に掛けた俺はセリカに助けてもらったが、この魔石は正真正銘俺の戦果だ。

 

「Fランクの分際で、【異常事態(イレギュラー)】から生還し、Dランクの魔物を仕留めるぐらいの技量はある、か。……成るほど成るほど」


 魔石を手に取り、偽物じゃないかどうかを確認していたヴェル爺は、椅子から立ち上がる。

 そして玄関を親指で指すと、にやりと笑った。


「今の坊主の技量を確かめてやる。それに合格したら、特別に武器を打ってやる」

 

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