#023 『タイムリミット』
「カシュアの師匠が俺の爺さん……!?」
カシュアの口から飛び出したとんでもない情報に驚愕する。
まさか自分の祖父が、元勇者の師匠だなんて想像だにしなかった。
『こんな偶然ってあるんだねぇ。因みに、ボクは君の名前を聞いた時にはお師様のお孫さんって気付いていたよ』
「その時から……」
恐らく、というか確実にカシュアの方から言わなかったら気付かなかっただろう。
そんな凄い人間が身内に……と思いつつも、少々複雑な気持ちだ。
俺の表情を見てか、カシュアはくすっと笑う。
『……あまり、知らないのだろう? お師様は、息子と喧嘩別れして以来殆どと言っていい程顔を合わせていないと言っていたからね』
「……そうだな」
そう、というのも実は祖父とは殆ど面識が無い。産まれてすぐ自分の顔を見に来たと父さんが言っていたらしいが、それきりだ。だからこそ、自分の祖父と言われてもあまり実感が無いのだ。
父さんは祖父の事を礼儀にうるさい人、頑固な所があると堅物染みた性格の人間と言っていたが、そんな彼の下で長く過ごしていたカシュアからはまた違った感想が出てくるかも……そう思い、カシュアに問いかける。
「でも……知らないからこそ、知りたい。俺の爺さんがどんな人だったのか教えて……」
と、そこまで言いかけた時、足元がふらつく。
そこでようやく、自分が疲れ切っていた事を思い出した。
その様子を見ていたカシュアはゆっくりと頭を振ると、柔らかく微笑んだ。
『その話はまた今度にしよう。──君に今必要なのは休息だ。昨日、今日と続いて死闘の連続、処刑を見届けて精神も消耗している。一度ゆっくり休んで、情報を整理すると良い』
「……分かった」
確かに、今すぐに知る必要は無いしな。カシュアと話す時間はこれから幾らでもある。
そう納得してから、部屋に置いてあった手拭を手に取る。それで身体を拭いてから、ゆっくりとベッドに倒れ込んだ。
「……カシュア」
『なんだい?』
「……強くなりたい」
『ああ。君が望むのなら、どこまでも強くなろう』
「……ありがとう」
身体を包み込む柔らかな感覚に、思考が白く、ゆっくりと染まっていく。
やがて、糸が切れたように──意識を手放した。
◇
(しかし、彼には驚かされっぱなしだな。……背中を預けられる頼れる相棒になりたい……か)
気絶するように眠りについたレインの姿を見ながら、カシュアは柔らかく微笑む。
そんな彼女の脳裏に過ぎる、過去の記憶。
勇者レクス達との旅の道中、魔物に襲われていた商隊を助けた事があった。魔物達を一方的に薙ぎ払い、手を差し伸ばした先にあったのは──恐怖の視線。
──人の皮を被った化け物。
──魔物以上の怪物。
助けられた人々は口々にそう呟いたが、すぐにハッとしたような顔になって謝罪していた。
だが、それでもそんな言葉を向けられた側からすれば、気分の良い物ではなかった。
当時の事を思い出し、少し悲し気な表情になったカシュアは、レインの額にそっと触れる。
(強くなるというのは良い事ばかりじゃないんだよ、レイン君。……でも、それを知ったとしても、強くなるって言いきるんだろうな、君は)
自分の隣に立ちたい──そう言ってのけた彼は、きっと自分を孤立させない為に、努力し続けるだろう。
その真っすぐな気持ちを向けられて、嬉しくならない訳が無い。
(……はあ。本当に、君は人たらしだよ。全く……)
自分の頬が赤らんでいるのを自覚して、恥ずかしさを紛らわせるように咳払いを一つしてから、カシュアはレインの部屋から出ていく。
カシュアは寝る必要が無い身体だからこそ、レインが休息する時間も動けるという利点がある。
その利点を有効活用しない訳にはいかないと、カシュアは早速行動に移していた。
(取り敢えず、今の彼の実力と適性からして──サナボラ樹海を破壊するのが一番良いだろう。その他の迷宮はランクもそこそこ高い所が多いし、流石に彼の実力だと探索すらままならないからね。この調子で行けば、一ヵ月もあればサナボラ樹海を単独で攻略出来るに足る実力ぐらいは付くはずだ)
ただ、問題はそのサナボラ樹海で【異常事態】が発生したという点。
レインがコアを破壊しに行く際に、再度発生する可能性だってある。
今回のように、Dランクの小さな死神が大量発生すれば、一ヵ月修行したとしても生存出来るという保証は無い。
そもそも、今回のトラブルで迷宮自体が閉鎖されてしまうかもしれないので、そちらの対策も考えなければいけなかった。
(一旦【異常事態】関連の事は後回しにして……時期的に考えて、アヤラルで始まる【族長の試練】も早ければ一週間後には冒険者ギルドに指名依頼が行くはずだ。冒険者の選定期間を考えて、一ヵ月もあれば参加出来る可能性は非常に高い。当初の予定通り、一ヵ月依頼をこなしながら修行して、サナボラ樹海で迷宮殺しを為し、アヤラルに逃げ込む案で問題は無さそうだ)
様々な問題こそあれど、レインの成長速度からしてサナボラ樹海の完全攻略は時間さえ掛ければ間違いなく行ける。
これからのレインの修行内容を考えようと意気込んだ、その時だった。
「なあなあ、聞いたかよ? あの話」
「あの話ってどの話だよ?」
突然聞こえてきたその声にカシュアは思わずびくりと肩を震わせる。
自分の姿が他人には見られないとは分かっていても、それでも突然近くから声がすれば驚くという物。
会話の聞こえてきた方へと顔を向けると、二人の冒険者がテーブルで向き合って話していた。
酒を飲んで酔っ払っているらしい。声量が大きく、嫌でも会話の内容が聞こえてくる。
「今日ギルドで通達があっただろ? 【異常事態】が起きたっつうサナボラ樹海の話だよ!」
「声がでけぇっつうの。……まぁ、聞いたけどさ。それがどうした?」
酒の入ったジョッキをテーブルに叩き付け、肘をつきながら冒険者の男は続ける。
「サナボラ樹海の正式な破棄が決まったんだとよ! 二週間後、執行騎士直々に、コアを破壊しにいく遠征部隊が組まれるらしいぜ!?」
「おいマジかよ! ……ここらで挑める迷宮なんてサナボラ樹海しか無かったのになぁ……」
「やってらんねぇよなぁ……この国でGランクの迷宮に挑める大都市なんて、ここぐらいなのによぉ……」
そのやり取りを聞いて、カシュアの動きが止まった。
『二週間後……!?』
──余りにも短すぎる。
異例すぎるレインの成長速度を考慮しても、二週間で迷宮を完全攻略出来るかどうかは厳しいと言わざるを得ない。それだけ、迷宮という存在は不確定要素が多すぎるからだ。
だが、この機会を逃せばレインが迷宮を破壊出来る機会は当分先になってしまう。最悪、【族長の試練】に同伴し迷宮を攻略するまでコアの破壊が先延ばしになるかもしれない。
『それなら、今回は迷宮のコアの破壊を見送るべきか……』
カシュアは目を閉じて、思考を整理する。
カシュアの目的は全ての迷宮を破壊し、魔王の復活を阻止する事。
執行騎士が迷宮を破壊してくれるのならば、問題を起こさずに目的を達成出来る。
だから今回無理はせずとも、修行に専念した方が良いに決まっている。
だが、そこまで呟いて、カシュアの脳裏に先ほどのレインの言葉が過ぎった。
──だって、余りにも遠い…………!!
──ただでさえ出遅れている俺が、毎回死に掛けるぐらいのつもりで戦い続けなければ、彼女達との差を一生埋める事なんて出来やしない!!
『……いいや、違うよなレイン君』
──強くなりたい。
彼は寝る直前にすら、そう呟いていた。
彼の覚悟を聞いた上で、その判断は間違いだ。
ゆっくりと目を開き、カシュアは覚悟を決める。
『二週間。その短期間で、ボクは君をサナボラ樹海のコアを破壊出来るまでの実力者に仕上げる。それが、君の覚悟を聞き届けた師匠としての責務だ』
カシュアはそう呟くと、時間は無駄に出来ないと次なる目的地へと急いだ。




