#016 『VS小さな死神③』
姿を現した小さな死神の視界に、二つの魔力の塊が映る。
一つは常に揺れ動き、もう一つは静かに佇んでいる。
常に揺れ動いている方は、先ほど自分に敵意を向けた方だろう。奴を殺さないと、安心する事は出来ない。
そう思い、襲い掛かろうとしたが、小さな死神は一度動きを止めた。
もう一つ、静かに佇んでいる方は何なのか。
万全の状態で控え、こちらが油断した瞬間に殺そうとしてくるのではないか。
小さな死神はその臆病さが起因し、先に静かに佇んでいる方に攻撃しておいた方が良いと判断した。
『ギュイ……』
小さな死神が動き、静かに佇んでいる方へと、魔力を込めた強烈な蹴りをお見舞いする。
だが──。
『ギュィイイイイ!?』
動かない魔力の塊に触れた瞬間、突如として全身が燃え上がる。
今の一瞬で反撃された。どうやって? 分からない。怖い。怖くて仕方がない。
地面をのたうち回り、小さな死神は自身の身体から炎を振り払う。
異常事態として出現した小さな死神だが、サナボラ樹海に出現する魔物の例に漏れず、火が弱点の魔物だ。
自己治癒に魔力が持っていかれ、小さな死神の体内にある魔力が確実に擦り減っていく。
『キュ……』
今の反撃はまぐれだ。だって、さっき襲い掛かってきた時はあんなに逃げ回っていたのに。
そう思い、再度の突撃を敢行。小さな死神の身体は再び炎上する。
『ギュアアアア!?』
何度も地面を跳ねて消火し、跳ねる度にボロボロになっていく。
攻撃すら許されず、即座に反撃される。小さな死神は、静かに佇んでいる方への警戒度を引き上げる。
闇雲に突っ込んでも反撃されるだけだ。
小さな死神は一度様子を伺おうとした所で、ふと気が付いた。
静かに佇んでいる方は、一向に感情の変化が無い事に。
これまで襲い掛かろうとしてきた獲物は、必ずと言っていい程何かしらの感情の動きがあった。
だが、その変化が一切ない。それはおかしい。
あれは、生物では無いのかもしれない。
自分を混乱させる為の囮なのだろう、と。
小さな死神は極めて憶病だが、賢い。
それが小さな死神をDランクたらしめる理由の一つ。
彼らの狙いに気付いた小さな死神は、密かに笑みを漏らす。
動かない奴は罠だ。だから、次飛び出してきた奴に、残る全ての力を以て蹴り殺す。
まるで魔力が切れたかのように見せかけて、油断した所を確実に殺す。
そう小さな死神は決め、やがてその時はやってくる。
動かない小さな死神に対し、目前から襲い掛かってくる魔力の塊。
ああ、これでようやく安心する事が出来る。
そう思った小さな死神は、体内に残る魔力全てを脚部に集約させ、地面を蹴り砕き、その脚を目前に迫る魔力の塊へと──。
『残念、ハズレだ』
小さな死神は賢いが、人の言葉を理解出来ない。
だから、その言葉の意味も、理解する事は出来ない。
小さな死神全身全霊の一撃は、確かに動いていた筈の魔力の塊をすり抜け、地面へと突き刺さってしまう。
──無防備な状態で。
「うおらあぁぁぁぁああああああああッッ!!!!」
次の瞬間、生物として認識できない程薄い魔力が動き、裂帛の気合を込めた雄叫びを上げる。そして、小さな死神の身体に強い衝撃が襲い掛かった。
『ギュァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!??』
先の折れた短剣が身体にねじ込まれ、魔力切れによって自身を防御する事の出来ない小さな死神は絶叫を上げた。
だが、浅い。小さな死神の蹴りによって短剣が砕けてしまったせいで、致命的なダメージに成り得ない。
ならば、このままで構わない。地面に触れて、魔力を回復さえすれば──。
「【火の理よ・我が身を纏いて・外敵を焼き払え】ッッ!!」
だが、その判断は遅かった。
薄い魔力が何かを唱えると、その魔力が更に薄くなっていく。最早見えない程にまで薄くなっていくにつれて、小さな死神に突き刺さった短剣が強く赤く輝きだす。
「【フレイム・エンチャント】ォォォオオオオ!!!」
『ギュアァァアアアアアアアアアアアアアアア!?!?』
それは、囮としてでは無い、本来の魔法の使い方。
短剣に注ぎ込まれた魔力が、急速に発火、炎上を始める。
身体の内から焼き焦がす炎の激痛に、小さな死神はすぐに意識を手放した。
『ギ…………ァ……』
そして、そのまま小さな死神は全身が消し炭となり、魔石が零れ落ちる。
消し炭となった身体の上に、魔力が空になった少年は倒れ込んだ。
小さな死神との戦闘は、レイン達の勝利で幕を閉じた。
◇
「勝った……!! やってやったぞ畜生……!!」
身体に力がまともに入らないが、歓喜に震える拳を天に突き上げる。
つい昨日までGランクだった自分が、Dランクの魔物を倒した。
正しく偉業とも言える大戦果。魔法を駆使し、戦略によって強敵を打ち倒したのだ。
『本当によくやったよ、レイン君。よくあの状況でボクを囮として使おうって意図に気付けたね』
「ああ。あいつが現れた時にすぐ囮の炎を放出したら、こっちに視線が向けられていないって事に気付いたんだ。きっと、あいつが知覚出来ない程、魔力が薄くなっているんだろうって分かったんだよ」
『それに気付き、奴が二重の罠に掛かるタイミングを待ったのは、あの場での最適解と言えるだろう。そして、致命傷に成り得ないと判断して魔法を使うタイミングも完璧だった』
フレイム・エンチャントで俺の身体を模した魔力塊が一つ目の罠。
そして、二つ目の罠が、もう一つの魔力の塊は俺じゃないという事。
奴は魔力を通して世界を見ている。ならば、魔力の塊であるカシュアの姿も奴には見えている。
一つ目の罠に気付いた小さな死神は必然的にもう一つの魔力の塊へと攻撃するようになる。だがそれは、ただの魔力の塊であり、攻撃しようが無い相手だ。
それによって混乱し、自己治癒と攻撃によって魔力が切れた所に、トドメの一撃をお見舞いする。
それが、この戦闘の流れだった。
「そ、そんなに褒めてくれると照れるな……」
『ボクは褒めて伸ばすタイプなんだ。お師様がそういうタイプだったからね』
カシュアはそう言って微笑みかけてくる。照れくさくなって思わず顔を背けると、彼女はおかしそうに笑った。
『ふふっ。取り敢えず、褒めちぎるのは後にしようか。体力が回復したらすぐに迷宮、を──』
そこで、カシュアは言葉を詰まらせた。
どうしたのか、とカシュアの見ている方向に視線を向けると──。
「嘘だろ……」
視線の先には地獄が広がっていた。
木の陰から一匹、また一匹と小さな死神が姿を現したのだ。




