#014 『VS小さな死神①』
(ランクD!? ふざけるな、なんでこんな強さの魔物が……!)
腹部の激痛に顔を歪めながら、自分を蹴り飛ばした小さな死神を睨みつける。
今の攻撃だけで骨が何本か持っていかれた。少し身動ぎするだけでも痛みが走る。
咄嗟に腹部に魔力を集中させたお陰で被害が少なかったものの、防御が間に合っていなければ内臓が潰れていたかもしれない。それほどの威力の蹴りだった。
『奴は驚異的なまでの臆病者だ。自分を害すると判断したら、恐怖のあまり完全に殺し切るまで襲い掛かってくる!』
「な……んだその、ふざけた理由は……!!」
恐怖のあまり襲ってくる!? 臆病者が聞いて呆れるぞ、ただの殺意に溢れたやばい奴じゃないか……!
そう思いながら身体を起こし、小さな死神を睨みつける。
小さな死神の顔は恐怖に引き攣ってはいるものの、一撃で仕留めきれなかった事に困惑しているようだった。
そのまま追撃に来ない幸運に感謝しつつ、カシュアに問う。
「視線を外して、一目散に逃げても駄目か……?」
『ああ、一度攻撃を加えた相手は『もしかしたらまた殺意を向けてくるかも』と恐れて殺しに来る。だからこの状況は最悪だ、もう君は奴の標的になってしまっている!』
「本当に臆病者なのかよ……! ……というか、なんでDランクの魔物がこんなGランクの迷宮に……!」
確か、ギルドがランク付けした迷宮は、最高でも2つ上のランクの魔物しか出現しない筈だ。
しかも、滅多に遭遇しないからこそ、そのランクで収まっている筈なのだ。
そんな俺の疑問に、カシュアは答える。
『考えられる理由としては一つだけ。【異常事態】だ。もし奴のような魔物が大量出現しだしたら、この迷宮はランクの改定、もしくは破壊処理されるかもしれない……!』
「……!」
異常事態。迷宮が出来てからしばらく経つと、突如として発生するとされる原因不明の災害。冒険者ギルドが設定したランクからかけ離れた魔物が出現したり、異常な程の魔物が出現したりなど、その種類は多岐にわたるが、今回の場合は前者のようだ。
『君は既にその渦中に巻き込まれてしまった。異常事態発生時の迷宮探索者の死亡率は非常に高いと聞く。……すぐに迷宮から脱出するんだ。こんな所で死ぬ訳にはいかない』
カシュアが提案するのは逃走一択。Gランクの状態でEランクのパラサイト・タイタンボアを倒せたのは俺の魔力が火系統に偏っていたのと、地形を利用した戦い方が出来たからだ。
Fランクに上がったばかりの俺がDランクの小さな死神に勝てる道理は無い。
ナターシャさんも言っていた。『普通なら、2ランク上の魔物は会った時点で終わり』と。
事実、カシュアの警告が無ければあの蹴りだけで即死していた可能性もある。
それでも……俺はあの一瞬で、とある事に気付く事が出来た。
「逃げるのは、難しいんだろ」
『ああ、そうだ。逃げる最中にも追撃してくる事だろう。それでも、逃げなければ死ぬ可能性が高い』
「……死ぬ可能性が高い……か」
口端からこぼれる血を拭いながら、小さな死神を睨みつけ続ける。
深く息を吐き出し、短剣に手を添えた。
「絶対に死ぬ、じゃないんだな?」
『……! まさか、君は……』
「殺される前に、あいつを殺す」
『……ッ! 本当に、やるつもりなのかい』
「ああ。逃げても殺される可能性が高いなら、戦って死んだ方が悔いなく死ねる。それに──」
そこまで言って、痛みを押し殺しながら笑う。
「俺の命はあの時からもうカシュアに預けている。──だから、カシュアは指示を出すだけで良い。元勇者なら、こんな苦境ぐらい越えられるだろ?」
『……!!』
パラサイト・タイタンボアに立ち向かうと決めた時。
俺は、俺の理想と彼女の願いの為に戦い抜くと決めたんだ。
いつか勝てると言い訳をして、ここで背を向けて逃げ出したら──理想から遠退いてしまうだろう。
いつか勝てるじゃ駄目なんだ。ここで勝つんだ。
その気持ちで戦わないと──本当に大事な時、俺は自信を持って戦う事が出来なくなると思うから。
それを聞いたカシュアは目を閉じ、ゆっくりと首肯した。
『分かった。君の覚悟、受け取ったよ。だから──』
俺と同じように覚悟を決めたカシュアは隣に立ち──共に前を向いた。
そして、最大限の信頼を問う言葉を、俺に問いかけてくる。
『レイン君。ボクの為に、死んでくれるかい』
「ああ! お前の為に、死ぬ覚悟は出来ている!」
◇
小さな死神が蹴りを繰り出す直前、俺の右目には小さな死神の足に魔力が集中しているのが見えた。
あれだけ細身の身体であの威力の蹴りが繰り出せたのは魔力操作の産物だろう。
「小さな死神は魔力操作が出来る、そうだな?」
『……まさか、気付いたのかい!? そうか、【純真の魔眼】で相手の体内の魔力の流れが見えたのか!』
「ああ。奴があの強烈な蹴りを繰り出す直前に、足に魔力が漲っているのが見えた。あの細い身体であれだけの威力を出せたのは魔力を纏っているからだよな?」
『そうだ。だが、奴の魔力切れには期待しない方が良い。奴は魔力が尽きると地面から魔力を供給するからだ』
「クソ、そうなのか。もしかしたら、魔力が尽きればあの出鱈目な動きも止まるかもと思ったんだが……」
パラサイト・タイタンボア戦を終え、魔力が尽きた時、俺は全身から力が抜け、まともに立てなくなった。あれと同じ症状に陥れば、流石の小さな死神と言えど、無防備な状態になると思ったんだが。
『でも、あながち間違いじゃない。それこそが弱点でもあるんだ。……魔力供給のタイミング。そのタイミングなら、奴は一瞬無防備な状態になる』
「……勝機はそこだな。──指示を頼む、カシュア」
『了解だよ、相棒』
短剣を抜き、一直線に小さな死神に突っ込む。
ビクリと身体を大きく震わせた小さな死神は、すぐに足に魔力を収束させた。
『右に飛べ!』
「ッ!!」
カシュアの声を聞いてすぐ、大きく右に避ける。
その一秒後、俺の頭部があった位置に砲弾が通り過ぎたのかという速さの蹴りが通過していった。
ズガン!と蹴りが直撃した大木は、破砕音を響かせながらゆっくりと倒れていく。
『ひたすら避け続けろ、奴の魔力切れを狙え! 次が来るぞ、体勢を引くしろ!』
カシュアの指示通り、体勢を低くすると、その真上を再び砲弾が通過。
その直線にあった木を貫通し、地面に着弾すると、再びぽむぽむ跳ねながらこちらへと狙いを定める。
その後も何度か回避を続け、警戒を切らさないように注視を続けるが……腹部に走る痛みに顔を顰めた。
「ッ……げほ」
『大丈夫かい!?』
「ああ、クソ……治癒ポーションを買っておけば良かった……!」
折角大金を手に入れたのに、治癒ポーションを買わなかった事を後悔する。
骨の数本ぐらいならば修復出来ただろうに……絶対、生き延びたら買っておこう。
『油断するな! 次が来るぞ! 上から突っ込んでくる! 今から避けるのは間に合わない、短剣で凌ぐんだ!』
横からの攻撃だと避けられると判断したのか、小さな死神は木々を伝って上方へと移動していた。
マズイ、と思いながらも短剣を抜き払い、迫ってきた小さな死神に叩き付ける。
(おっも…………!?)
拮抗は一瞬。すぐに相手の凄まじい威力の蹴りに、短剣が粉々に砕け散ってしまう。
何とか軌道をずらし、直撃を避ける事は出来たが、地面に着弾した衝撃で俺の身体は容易く吹き飛んだ。
地面を二転三転し、すぐに体勢を立て直すが、腹部の鈍い痛みに思考が赤く染まる。
「ぐっ……!」
駄目だ、初撃を貰った代償がデカすぎる! 一々思考が止まってしまうのは余りにも致命的過ぎる。
しかも、トドメを刺す為に使う筈だった短剣まで砕かれてしまった。このままだと……!
『本来ならこの案は使いたくなかったんだが──レイン君、君に無茶な事を頼んで良いかい』
突然、カシュアがそんな事を言い出す。カシュアの事だ、この状況を打開する為の案が思いついているのだろうと思い、すぐに返答する。
「……言ってみてくれ」
『今ここで、君に火魔法を習得してもらう』
「……ッ!」
ジクジクと痛む腹部を押さえながら、深く息を吐き出す。
「……覚えれば、勝てるんだな?」
『確実に、とは保証できない。だが、勝率は格段に上がるだろう』
「……了解だ、頼む。カシュア。俺に魔法を教えてくれ」
勝てる道がある。なら、俺はそれに従うまでだ。
カシュアは真剣な表情で頷くと、その掌に赤い魔力光を収束させた。
『特別授業だ。あいつを倒す為の、魔法の授業を始めよう』




