死神の継承者
死刑が間近に迫った一人の囚人が居た。
彼はまだ少年と言っても差し支えのない年齢だったが、落ち窪んだ顔や刈り取られてしまった髪の毛のせいで実際より数十歳は年老いてみえる。
牢屋の中、鎖で縛られた彼は鉄格子で塞がれた窓から夜の星を覗いた。
処刑時には目が塞がれるという。
ならば、せめて、今の内に少しでも良いものを見ていたかった。
刹那。
「憐れだな」
声が響く。
囚人がそちらを見るとたった一人であったはずの牢屋の中に黒いローブを身に纏った骸骨が立っていた。
「このようなことをしても何の意味はないというのに」
囚人は恐怖を抱かなかった。
最早、どうでも良いと思っていたから。
「どちらさま?」
「死神だ」
「ふうん。それじゃ、また明日」
そう言って囚人は死神から目を逸らす。
時間は残り少ないのだ。こんなものを見ていたくない。
それを許さぬとばかりに死神は言った。
「貴様の罪はなんだ?」
「さあね。全く分からないんだ」
事実だ。
囚人は。
いや、少年は自分が罪を犯した自覚はなかった。
そして、少なくとも存在する罪の中で少年が犯してしまったものはない。
しかし、そんなことは少年にとってどうでもよかった。
主張する声はかき消され、確かに存在してた自分の無罪の証人は皆が姿形もなくなった。
自分が無罪を訴えればそれだけで状況は悪化する。
それも自分だけに限らず、自分に関わる全てが。
小石を床に落とすような頼りなさの足音と共に死神が少年の隣にやってくる。
「では教えてやろう」
突如、死神は大鎌を取り出して少年の身体を縛っていた鎖を全て断ち切った。
それはまるで糸を切るかのようにあっさりとしたものだった。
少年は自由になった。
少なくとも、この狭い牢屋の中において。
「何のつもりだい?」
そう問いかける少年に対して骸骨は首を振り、そのまま持っていた大鎌を少年へ差し出した。
無言のまま大鎌を手に取った途端、骸骨は不意に消え去った。
まるで、一時の夢を見ていたように。
しかし、大鎌は依然として少年の手が握っていた。
そして。
奇妙な全能感が少年の心身を満たしていた。
少年は一つ息を飲みこむと立ち上がって牢屋の前へ行き、徹底的に無力感を植え付けられた硬い鉄格子に向けて思い切り振り払った。
予想通り。
いや、思い描いていた通り、格子はあっさりと破れた。
少年はそのまま牢屋を後にして歩き出す。
目的は特になかった。
しかし、ここじゃない場所に行きたかったのだ。
翌日になり数名の看守の死体と共に少年の不在が国中に知れ渡った。
報告を受けた王は顔を青くする。
「では、新たな死神は生まれてしまったのか?」
その問いに対して誰もが答えることは出来なかった。
ただ、皆が各々覚悟した。
自分の友人も恋人も家族も、そして自分自身も決して死から逃れられなくなったことを。
「くそっ……!」
王はそう言って頭を抱える。
この賢明なる王が人に死を齎す存在である死神の実在を確認したのは今から十数年前のことだった。
「ここまで皆の力を借りたと言うのに……!」
この賢明なる王が次世代の死神が何者であるか突き止めたのは数週間前のことだった。
悩み続けても仕方ない。
王は立ち上がると高らかな声で命じた。
「何としてでも死神を捕らえよ! まだ人間である内に! 我々人間のために!」
賢明であったはずの王は大声で叫んだ。
「死神の確保を何よりも優先せよ! それさえすれば我らは死なずに済むのだから!」
数年後、この国に疫病が流行し数えきれないほどの人間が死んだ。
後の歴史家たちは『愚王の妄言により死者は星の数ほどに増えた』と評しているが、それが正しいか否かは今となっては分からない。