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第8話 お姉様が結婚!反乱が勃発しますわ!

「シルファ。貴女の言葉はなんて甘美なのだろう」


 私は魔道車の中でランドルフに詰め寄られていた。ちょっと近いのではないのか?

 私はちょっとずつ窓側に下がっていく。だが、車内という狭い空間だ。直ぐに行き詰まってしまった。


「いや、何の話だろうか?」


 逃げれないとあきらめ、何が甘美なのか聞いてみる。


「シルファにとってそれが普通なのだろう。だが、俺にとっては普通ではないのだ。ヴァイザールの魔眼はどこに居てもその名はつきまわる」


 ヴァイザールの魔眼か。今は伯爵の地位まで降格されてしまったが、元は公爵位だったヴァイザール家。


 王位を簒奪しようとしたヴァイザール。


 魔眼を使って当時の王を殺したヴァイザール。


 なにがそこまでの動機になったのかわからないが、一人の王族を残して全ての王族を殺害したヴァイザール。


 その所業は詳しくは語られてはいないが、公爵位から伯爵に降格された事実が人々の中に残り、ヴァイザール家の所業の酷さを印象付けたのだ。


 私から見れば、きっと表に出せない何かがあったのだと予想ができた。

 恐らくヴァイザール家の者を第二夫人として迎えたアルディーラ公爵は何かご存知なのかもしれない。……アルディーラ公爵には四人の奥方がいるのだが。


 貴族とは家の繋がりを作るために婚姻するのだ。それだけアルディーラ公爵と繋がりを持ちたい家があったということだ。


「人はつまらないことを気にするのだな。こういうところも王都が好きになれないところだ」 


 私は答えながら、窓の外を見る。そこからは貴族街の街並みが見える。

 王都に居を構える貴族のタウンハウスが石垣や生け垣の隙間から垣間見える。


 人が多く集まるところは顕著に顕れる人の差別化。必要なことはわかるが、人の心を踏みにじることまでしなくてもいいだろうと、私は思うのだ。それはきっと私が身分がない世界の記憶を持っているからなのだろうな。


 突然、右頬を支えられ、ランドルフの方に顔を向けさせられた。


「俺が側に居る時は、俺だけを見て欲しい」


 何だ? それは?

 それにさっきから『私』ではなく『俺』って言っていることは普段はそう言っているということか。


「それは、わがままというものだな」


 私は誰か一人のために、心を砕くことはないだろう。私は辺境伯なのだから。


「わがままを言うのは、シルファにだけだ」


 それは今までの環境では、わがままを言える環境ではなかったということか。それならそれで、考慮すべきだろうか?


「あの……お話中お邪魔してすみません」

「邪魔だと思うなら空気になって運転していろ。ロイド」


 いや、何か言いたいことがあるのであれば、言ってくれていい。それにこの車のドアとランドルフに挟まれている状況をどうにかして欲しい。


「なんだ? 言ってみるといい」

「はい。ガトレアール辺境伯様。副団長は凄く嫉妬深いので、しっかり手綱を握ってほしいっす! 副団長、痛いです!」


 頭を押さえながら、文句を言っている黒騎士の言葉を思い返してみるが、嫉妬深いってどこから出てきたのだ?


 私はあの日以来、ランドルフには会ってはいないのに……それとも比喩か何かだろうか。何が言いたいのかわからないが、取り敢えず、ランドルフを上手く扱えということだな。


 早く屋敷につかないのだろうかと思いながら、私はわかったと答えておくのだった。





「お姉様。おかえりなさいませ。なぜ、その方がいらっしゃるのですか!」


 私が王都のタウンハウスに戻ると、玄関ホールに待ち構えていたように妹のエリーがいた。

 妹の侍女のアイラと私の護衛のザッシュもいることから、丁度帰って来る時間が被ったようだ。


「ただいま。エリーに聞きたいのだが、王都に私に来るように言った本当の理由を言ってくれるだろうか?」

「本当の理由はお手紙に書いたように、アイラが私一人だけで闘技場に推し活に行くが、駄目だと言ったからですわ!」

「では質問を変えよう。エリーの好きな相手は誰だ?」

「言いませんわ!」

「本当の理由を言うか、エリーの好きな相手の名を言うかどちらかだ」

「……馬鹿なミゲルお兄様を領地に連れて帰ってもらおうと、お兄様たちと相談したのですわ」


 エリーは叔父上が一枚噛んでいることを、知らなかったということか。それにエリーは王都の学園の初等科に入学したばかり、ミゲルと隣国の第三王女の関係を知らなかった。だから、手紙で私を呼び出すという役を与えられたということか。


「それでお姉様。アルディーラの方がお姉様の隣にいる理由を、聞いてもよろしいでしょうか?」


 そう私の隣にはランドルフがいる。私を送って行けば、そのまま叔父上が用意した魔道車に乗って戻ると思っていたら、一緒に降りてきたのだ。


 叔父上は連れて行けとは言ったものの、本当にそのまま私についてくるとは思っていなかったので、引き継ぎとか私物とか必要ないのかと聞けば、引き継ぎは既に終わっており、私物は私が渡した指輪の中に全て入っていると言われた。

 本当に私が王都に来た時点で、全ての準備が整えられていたのだ。


「私の夫のランドルフだ。既に国王陛下から許可が出ており、婚姻届の提出も済んでいる。ということだから、エント。急にすまないが、ランドルフの部屋を用意してくれ」


 私は出迎えてくれたグレーの髪を後ろになでつけた初老の男性に声をかけた。私の言葉にスッと伸びた背を倒し、頭を下げてくる。


「かしこまりました」


 この屋敷を仕切る執事のエントだ。父の代から仕えてくれている優秀な使用人だ。


「お姉様が結婚! なんてことでしょう! これは反乱が勃発しますわ!」

「なんだ? 反乱って? そもそも私の好みを聞いてきたのだから、そういう意味が含まれていたのだろう?」

「まさか! 王都に来られた日に婚姻届まで提出してくるなんて思わないではないですか! こうしてはいられませんわ!」


 そう言ってエリーは慌てて、自分の部屋の方に行ってしまった。

 私も婚姻届を出すことになるとは思っていなかったな。


「リリア様。おめでとうございます」

「「「「おめでとうございます」」」」


 執事のエントが私に声を掛けると、私を出迎えてくれている使用人たちが頭を下げてきた。


 ……めでたいことなのだろうな。


「ああ、ありがとう。エント、後で私のところに来てくれ。ザッシュ、今日は一日エリーに付き合ってくれて助かった」

「俺の仕事はリリア様の手足となって動くことです。それに魔眼の黒騎士殿の噂は聞き及んでいる。流石、ファンヴァルク王弟殿下はわかっていらっしゃる」


 何が叔父上がわかっているということなのだろうか?


「ランドルフ。私の護衛のザッシュだ。今は連れてきていないが、護衛たちをまとめている隊長になる。私と共に行動をすることが多いので、一番顔を合わせることになるだろう」

「ランドルフだ。黒騎士の職は今日付けで退職している。これからよろしく頼む。剛剣のザッシュ」


 剛剣のザッシュ。まぁ、私と共に行動をすることが多いから、ザッシュにも怪しい二つ名がついてしまったのだ。


 しかし、いつまでも玄関ホールにいるわけにはいかないので、私は執務室に向って足を進める。

 するとランドルフは私の横を当然のように陣取って、ザッシュは私の背後に陣取ってついてきた。


 ああ、ザッシュには言っておかないといけないな。


「ザッシュ。明日の早朝に王都を立つ予定だったが、予定が変わった」

「はい」


 私はパチンと指を鳴らして、私達を囲うように結界を張る。これは攻撃を防ぐ強固なものではなく、私達の声が聞こえなくするための簡易的な結界だ。


「ザッシュ。ミゲルのことは、どこまで聞いている」


 これはエリーから何かしらの情報を得ている可能性があるため、確認しているのだ。


「モンテロール侯爵令嬢様との婚約を破棄したとは聞きましたが、人の目がありましたので、詳しくは聞いてはいません」


 その程度か。恐らくこれは、闘技場で奇異的な視線を向けられたことが気になって、侍女のアイラに確認をしたという感じだろう。


「そうか。私はミゲルに国外追放を言い渡した」

「リリア様。それはあまりにも……」

「厳しい処罰か?」

「はい」

「始めはエリーが言っていたように領地に連れて帰ろうと思っていたのだが、アステリス国のマルガリータ第三王女を孕ませたから始まり、王太子殿下の誕生パーティーで婚約破棄宣言をしたとか言うし、モンテロール侯爵と取引している魔鉄の補填はマルガリータ第三王女がしてくれると信じているし、マルガリータ第三王女を伴侶にして辺境伯の地位を継げると信じているし、十二年前に父上と義母を殺したのはアステリス国と知っているのに、マルガリータ王女を妻に迎えるとか、私には全く理解できない考えを持つミゲルには外の世界を見るにはいい機会だと思ったのだ」


 思い返しても、腹立たしい。なぜあそこまで馬鹿な考えを持ってしまったのだ。


「リリア様。いい機会もなにも、アステリス国でミゲル様が過ごされるには、厳しい環境だと思われます」

「そのために宝石と五年間は暮らせる金を餞別として渡した。よっぽどの馬鹿でないかぎり、現実を突きつけられれば、その金を持って他国に渡るだろう」


 あの宝石はミゲルが現実を知る間の身の安全を確保するものでしかない。ミゲルが領地に関する情報を知っていないとわかると、手のひらを返した態度になることは、簡単に想像できる。


「シルファ。よっぽどの馬鹿の可能性も考慮したほうがいいのではないのか?」


 金色の視線が見下ろしてきた。

 よっぽどの馬鹿だった場合か。


 それは、いろいろ面倒なことになる。


「よっぽどの馬鹿だった場合は、私はミゲルを手にかけることになるな」


 十二年前のことが脳裏にちらついてくる。未だに亡霊は辺境の地を彷徨っているのかもしれない。



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