第7話 恋焦がれている
私は叔父上が用意してくれた魔道車に乗っている。その私の隣には、書類上の夫となったランドルフ・アルディーラがいる。
そして茶髪の黒騎士が、車の運転手をしてくれていた。
「モンテロール侯爵様から、本日はいつでも来てもらっていいと、返事を承っておりますので、このまま向かわせていただきます」
恐らくこれも、叔父上がお膳立てしてくれたことだろう。なんともムダがないスケジュール。
「ああ、あと王太子殿下にも謝罪に行きたいのだが、連絡を付けてくれるように叔父上に伝えてくれないか?」
「直ぐには無理かもしれませんが、手配しておきます」
王太子とのアポイントメントは、三日後ぐらいを見ておいたほうがいいだろう。行きたくはないが、最低限の礼儀だ。
そして、私は隣に座って、無言で私を見下ろしている者を見上げる。
「ランドルフと呼んでいいだろうか?」
「お好きに呼んでください」
……敬語か。堅苦しいな。まぁ、直ぐに馴れ合うのは難しいだろうから、おいおい直してもらえばいいか。
「アルディーラ公爵様にも挨拶に行きたいのだが、貴殿から連絡を取ってもらえないだろうか」
「ランドルフです」
「ん?……ああ、ランドルフに頼みたい」
「公爵には手紙を送りつけるだけで構いません」
それはあまりにも無作法というものだろう。婚姻は貴族の家同士のつながりを意味する。この辺りを端折ることはできない。
「それは失礼だろう」
「あのような者は父ではありません」
……これは親子の確執というものがあるのだろうか。仕方がない。私から連絡を入れることにするか。
それよりも保留にしぱなっしだったことを、きちんと言わないといけないな。
「アルディーラ公爵様には私から連絡を入れるようにしよう。それから、国王陛下と叔父上から、私の夫になるように命じられたのだと思うが……」
「ひっ!」
……何故運転手から悲鳴が聞こえてくるのだ?
「二十五にもなる私の夫になってしまったことには、本当に申し訳ない」
これって絶対に罰ゲームか何かだと思うな。二十五歳の行き遅れの女というだけでなく、辺境伯という位持ちだ。夫となるものは、妻に従わなければならない。これはこの国の考え方からすれば、かなり屈辱的なことだと思う。
運転手。ガタガタ震えていないで、しっかり運転に集中してくれ。王都の道路事情は整備されているとはいえ、石畳は直ぐにガタつく。気をつけて運転して欲しいものだ。
「愛人を召したいというのであれば……」
「シルファ」
私の言葉をさえぎるように名を呼ばれたのだが、そっちの名で呼ぶのか? だいたいリリア呼びされるのにシルファなんて呼ばれたので驚いて、思わず言葉を止めてしまった。
「肝心なことを言い忘れていました」
「な……なんだ?」
金色の魔眼が光っているように見えるのは気の所為か?
「お慕いしていますという言葉では足りませんでした。俺の心は貴女に恋い焦がれています」
……こ……こいこがれている……え? 私に?……それって私に言うことなのか? 言う事なのか……。
「今回のシルファの伴侶候補には自ら立候補して、団長とアンジェリーナ殿下に頭を下げて頼み込んだしだいです。先程も言った通り、弱冠十三歳で辺境伯の地位を受け継いだシルファの役に立つために、強さを求めていたのです」
段々と顔が熱くなってくる。
私はてっきり叔父上と国王陛下に命じられたと思っていたのだが……私の役に立つため? アルディーラ公爵子息であるランドルフが?
昔一度だけ手を差し伸べた私のために?
「そんな俺が愛人という者が必要だというのは心外です」
「あ……すまない」
何かわからないが、凄く怒っている。いや、領地の奴らは結婚相手は若い子が良いなとか言っているのを耳にしたし、貴族の令嬢は基本的に二十歳までに結婚するのが普通だ。
行き遅れの私と結婚するのだから、愛人を作って良いぞという意味だったのだが。何かが気に障ったのだろう。
「わかっていただければ、いいのです。今後愛人というくだらない話は出さないでいただきたい」
「ああ」
わかった。愛人の話題は今後出さないでいいということだな。まぁ、必要になったら申し出てくれることだろう。こそこそとされるのだけは、問題があるので止めて欲しいが。
そして、私は何故かランドルフの方に引き寄せられた。
「モンテロール侯爵令嬢の前では、私の隣に居てください」
「何故だ?」
「シルファがモテるからです」
……全然理由になっていない。そもそもモンテロール侯爵令嬢は女性だぞ。
私はモンテロール侯爵を前にして深々と頭を下げている。
「この度は弟であるミゲルカルロ・ガトレアールが、モンテロール侯爵令嬢に対して、大変失礼なことをしてしまったことを謝罪いたします。そして、長きに渡って婚約関係にあった、モンテロール侯爵家とガトレアール家に、ヒビをいれることになったミゲルカルロ・ガトレアールには国外追放を命じました」
はぁ、こうなってしまえば、モンテロール侯爵家と取引があった魔鉄は諦めなければならない。
「仕事が早いな。流石、女辺境伯と名高いガトレアール辺境伯だ」
女辺境伯。どうしても私について回ってしまう名だ。女が当主をしているなんて、という意味が込められた名だ。
「しかし、国外追放とは些か手厳しいものだな」
「いいえ、次期国王であらせられる王太子殿下の顔に泥を塗ったのです。これでも足りませんので、殴っておきました」
結局ミゲルは殴られた意味がわかっていなかった。本当に恋というものは恐ろしいものだ。
「それはそれは……まぁ座ってはどうだね。これからの話を……」
モンテロール侯爵が、これからの付き合いをどうするかという話を切り出そうとしたところで、突然応接室の扉が開いた。
そこから銀髪の女性が入ってくる。歳は十八歳の可愛らしい女性が、慌てるように入ってきたのだ。
「お父様! ガトレアール辺境伯様がいらしていると聞いたのですが!」
ああ、私にミゲルの文句でも言いにきたのだろう。何でも言ってくれればいい。罵詈雑言を受け入れよう。
「ガトレアール辺境伯様!」
そう言って私に突進するように近づいて来て、ドンっと私にぶつかって来た。
私は女性にすれば、身長は高く170セルメルある。私に突撃してきた女性は150セルメルほど。私からは銀髪の頭が見えるのみ。
その女性が私の胸元でスーハースーハーしている。何をしているのだろうと首を傾げていると。後ろに引っ張られ、背後の手が銀髪の女性を私から引き剥がした。
今思ったが、私がランドルフを見上げているということは、190セルメルは身長があるのではないのだろうか。
護衛のザッシュも190セルメル以上あると言っていた。あれは筋肉ダルマなので、そこにいるだけで圧迫感を感じるが、ランドルフの鍛え方が違う所為か、そこまで圧迫感はない。
「わたくしが辺境伯様を堪能しているというのに、護衛ごときが邪魔をするなど、無礼者!」
そういえば、ザッシュはいつも傍観していたな。
「モンテロール侯爵令嬢。私は護衛ではなく、ファンヴァルク団長閣下よりガトレアール辺境伯の夫となることを命じられたランドルフ・ガトレアールと申します。お見知りおきを」
そう、この銀髪の女性がミゲルの婚約者のモンテロール侯爵令嬢だ。
「なななななななんですって! ガトレアール辺境伯様。嘘ですよね! ご結婚だなんて」
「モンテロール侯爵令嬢。この度は弟ミゲルが申し訳無かった。ミゲルが事を起こしてしまったことにより、私に結婚するように命令がくだされたのだ」
するとモンテロール侯爵令嬢はふるふると震えながら、両手で顔を覆ってしまった。
「ああ、なんてことでしょう。ミゲルを後ろから刺しておけば良かったですわ。いいえ、それは解決にはなりません。せっかくガトレアール辺境伯様をお姉様呼びができると、我慢していましたのに……洗脳の魔術に手を出せばよろしかったのでしょうか」
何か凄く恐ろしい独り言が聞こえてきた。そうかミゲルはモンテロール侯爵令嬢から後ろから刺されそうになっていたのか。洗脳の魔術は適正がないと使えないので、難しいだろうな。
「そうです!」
そう言ってモンテロール侯爵令嬢は顔を上げて私を見てきた。どうしたのだろう?
「ガトレアール辺境伯様! わたくしと結婚いたしましょう」
……それも何の解決策にもならないと思うが?
「いや、一応跡継ぎが必要なのだが」
女同士では子供はできない。
「大丈夫ですわ! 子供は神様が授けてくださるものです。わたくしとガトレアール辺境伯様との間には、きっと可愛らしい子供を授けてくださることでしょう!」
……貴族の令嬢の性教育はどうなっているのだろう? 雄しべと雌しべの話でもすればいいのだろうか。
ちらりとモンテロール侯爵に視線を向ければ、右手で額を押さえている。モンテロール侯爵令嬢の行動に、頭が痛いと言わんばかりだ。
「モンテロール侯爵令嬢。私とガトレアール辺境伯の婚姻届は今頃教会の方に届けられているでしょう。ですから、モンテロール侯爵令嬢とガトレアール辺境伯が婚姻することはできません」
「嘘です! 嘘です! 貴方のようなアルディーラ公爵家の庶子でしかないヴァイザールの魔眼持ちが! わたくしがお慕いするガトレアール辺境伯様の伴侶とは、認められません!」
アルディーラ公爵家の庶子。ヴァイザールの魔眼。これはランドルフをけなす言葉だ。
私はそういう差別は好きではない。
「モンテロール侯爵令嬢。誰しも自分の居場所を選んで生まれてきたわけではないのです。必要なのは、今までどのような努力をして、その地位にいるかなのです。ランドルフは、叔父上に認められるほど努力をしてきたのですから、そのような言い方をしてはなりませんよ」
「はい。申し訳ございません」
「モンテロール侯爵令嬢。私に謝るのではなく、ランドルフに謝るのです」
「……悪く言って悪かったわ! しかしこの会員番号五十番のわたくしの方が偉いのですわ!」
よくわからない言葉が出てきた。何の会員番号だ? それが偉いという指標が全く理解できないのだが?
すると私の腰を抱きかかえているランドルフの右手が動き、懐から金色の一枚のカードを取り出してきた。
何だ? そのカード。私からは裏しか見えない。そこにはランドルフの名が刻まれているだけだ。
「そそそそそそそそそんな……幻の一桁ナンバー……負けを認めますわ。しかし、ガトレアール辺境伯様への想いはわたくしの方が上ですから!!」
令嬢と言うには少々はしたなく、叫んで応接室を出ていく。嵐が過ぎ去ったかのような疲れがドッと襲ってきた。
ミゲルの文句を言われると思ったのだが、いつもとあまり変わらない対応だった。
いや、いつもはミゲルもザッシュも傍観しているので、主にモンテロール侯爵令嬢が一人話しているだけだったのだが。
今日はいつもは居ないランドルフが居たために、おかしな方向に話が行ってしまった。
会員とは何の会員なのだろう。そんなことで勝ち負けが決まるなんて……後で聞くことにしよう。
「はぁ。ガトレアール辺境伯。我が領との取引は今まで通り行おう。我がモンテロール侯爵家にも貴公との取引にはメリットがある」
「よろしいのでしょうか?」
凄く疲れている顔をしているモンテロール侯爵に聞き返す。
「その代わり、今まで通り、妻と娘たちと良い関係で居て欲しい」
ああ、奥方とご令嬢に貢物をすることで、手を打つと言っているのか。奥方の機嫌を取っている内は、ガトレアールと取引している価値があると。
「わかりました。後日使いの者に、届けさせましょう」
私がそう答えると、モンテロール侯爵は安堵のため息を吐いている。
本当にお疲れなのだろう。今からモンテロール侯爵令嬢の婚約者探しをしなければならないのだ。テオには婚約者が居ないので、弟を差し出してもいいが、なんとなくテオとモンテロール侯爵令嬢は合わないような気がするので、口に出すのは止めておく。
我が領地の男どもは腐る程余っているが、侯爵令嬢の伴侶というと身分がないので、お勧めできない。
なんとかしてやりたいが、私は別の方面で今回の詫びを提示しよう。
そして一時間ほどモンテロール侯爵と話をしてモンテロール侯爵邸を後にしたのだった。