表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/66

第61話 許さない


 四方に飛び散った魔石から再び炎が渦巻く。足に力を込めザッシュの元に駆けつけた。


「リリア様! 何故来たのです!」

「面白そうな陣が展開しているから、思わずだ」


 渦を巻く赤い炎は更に勢いを増し、円を空中に描き出す。四つの陣は四角に陣取り、何かを発動しようとしていた。


 それを発動させないように魔術阻害を施行する。魔力供給源となっている中心にある魔石に向かって、四つのナイフを投げた。


「『(セロ)!』」


 私が魔石を爆破させると共に、ザッシュに捕獲され、後方に下げられた。


「リリア様! いつも言っていますが……」

「ザッシュ。小言は後で聞く。あの魔石、私の魔力を食いやがった」


 私は魔石を粉砕するために、物理的に破壊するナイフと、更に上掛けに爆破の魔術を施行した。


 だが、目の前の状況は完成形と言うべき陣が存在している。私の魔力を取り込んだのだ。


 光を放つ丸い陣はそのまま存在し、その陣を繋ぐように平面に複雑な紋様を描いている。


「まるで扉のようですね」


 ディオールが一言で言い表す。そう扉だ。

 今現在の魔術の主流は詠唱術式。

 私が使う陣形術式でも一つの魔術に対して一つの陣だ。


 だがこれはなんだ? 四つの陣で一つの術を展開しようとしている。


 そして複雑な陣を描く扉が揺れた。いや、扉が開く。


 その状況に一気に緊張感が高まり、ザッシュは私を背後に押しやり大剣を構えた。ディオールは前面に結界を構築し、ランドルフは剣の抜き、私の前に立つ。

 ……私よりデカい奴が前に立つな! 状況が見えないだろう!


 そして空間が軋む音が聞こえたかと思うと、凍った大地を踏みしめる音が聞こえた。

 扉から何者かが現れたのだ。


 だから私よりデカい奴が、前に立つと状況判断がつかないだろうが!


 ザッシュは現れた人物に警戒したままだが、ランドルフは剣を収めた。

 ん? 誰が現れたのだ?


「そのように警戒しないでください。私ですよ」


 その声に鳥肌が立つ。私はランドルフとディオールを押しのけて前に踏み出した。


「リリア様!」

「辺境伯様!」


 私を止めるザッシュとディオール。

 わかっている。


「シルファ。あれはミゲルカルロではないのか」


 そう、ザッシュ越しに見える人物はガトレアールの青い髪に瞳を持つ青年だ。

 王都で勝手に婚約破棄をして、マルガリータ第三王女と共に王都を去っていったミゲルの姿がそこにあった。


 だが、ザッシュとディオールは警戒を解いていない。


「姉上。お久しぶりです」

「貴様に姉と呼ばれたくない」


 私はミゲルに向かって見下すようにいう。不快過ぎる。貴様から姉と呼ばれるなど、虫唾がはしる。


「エーラシモス。貴様は私が髪の毛一本も残さずに燃やしつくしたはずだ。町ごと燃やしたはずだ」


 するとミゲルの顔で歪んだ笑みを浮かべてきた。

 ちっ! 面倒なことになっていやがる。


「よくわかりましたね? 違和感はないはずですよ?」


 違和感。これが王都であるなら、ミゲルだと思っただろう。しかし私の知らない術式を使い、この場に現れたのだ。


「ミゲルは、魔術は不得手だ。このような古代魔術を使うのはエーラシモス。貴様ぐらいだ」


 こいつの危険度はよく理解している。町ごと消滅させなければならないほどだった。でなければ、死んでいたのは私の方だった。


 すると、さもおかしそうに笑い出した。


「それで本物のミゲルはどうした?」

「どうしていると思いますか?」

「堂々と依代にしてよく言う」


 私は左手をきつく握りしめた。ミゲルの身体でそんな笑い方をするな。その笑い声、十二年前の光景が脳裏に蘇ってくる。


 私はネクロマンサーじゃないから、ミゲルから引き離すことはできない。

 いや、私はミゲルを助けるスベを考えて、どうにもならないと内心結論づけている。


 これは二十年前から仕掛けられていたことだろう。


 しかし納得できない。どうにかできないものか。


 いや、この男にとって見れば、ミゲルは道具でしか無い。


 でも、しかし、でも……


「姉上。アラエルがどこにも無いのですが? どこに隠したのですか?」


 こいつが大人しく私の前に現れたと思ったら『アラエル』というものが探してないから、私に聞きに来たのだろう。残念ながら私は、何のことを言っているかわからない。

 私は父からなにも引き継いでいない。


「貴様に言うとでも? それからミゲルの身体からさっさとでていけ!」


 目的がアラエルというものを得る為に、イグールに潜入したということか。


「姉上はこれが普通の降霊だと思っているのですか?」


 思ってはいない。これは魂の侵食だ。ミゲルの全てを己のものにした『魂魄変換』。恐らくミゲルが成長したときに発動するように仕掛けていたのだろう。

 己の欲望を叶える為に。


 いつだ? いつミゲルと中身が入れ替わった?

 王都で会ったミゲルはどっちだった?


 そう考えれば、あのミゲルの態度はおかしいと言えるものだった。だが、中身がエーラシモスであるなら、納得できる。


「いつまで私を姉と呼ぶ。貴様に呼ばれると虫唾が走る」

「もちろん嫌がらせですよ。しかし、アラエルを知らないときましたか。アレは貴女には本当に何も教えていなかったようですね。ならば、もう貴女には用はありません」


 その言葉と同時にいくつもの炎が立ち上る。そこから先程倒した炎の魔人と同じモノが十体も出現した。


 そしてミゲルの姿をした者は魔術で作られた扉から戻ろうとする。


「待て! 貴様の目的はガトレアールではないのか!」


 ここで私を迎え打つ。そしてこの地を手に入れることが望みのはずだろう?


「そのような小さいものに、こだわってどうするのです。それにこだわっている私は貴女に殺されました。私は新たな身体を得たのです。アラエルがないと分かればこの地に用はありません」


 開け放たれた扉の向こう側には、見たことがない風景が広がっていた。あそこはどこだ?


 いや、そんなことを気にしている場合ではない。あの男を自由にさせるのは危険すぎる。


「逃がすか! ザッシュ! やれ!」


 私は魔術で作られた扉を叩き潰すべく、右手を突き出す。

 そしてザッシュの大剣がミゲルの姿をした者に向かうもその前に炎の魔人が立ちはだかる。

 この炎の魔人たちは動けるのか!


 いや私が扉を壊せばいい。


「『エーラシモス! そこを動くな』」


 ディオールの声が響き渡る。不敵な笑みを浮かべるものの、動きを阻害することはなかった。


「グラーカリスの術は調べ尽くしたので私には効きませんよ」

「だったらヴァイザールの魔眼はどうだ」


 ランドルフの言葉に一瞬動きが止まるも、ランドルフの前にも炎の魔人が立ちはだかる。

 視界に収めていないと魔眼は効力を発揮しない弱点をよく理解している。


「『アンエリディー……』」

「姉上」


 怯えるミゲルの姿と声に、私は動揺してしまった。私が発動しようとした魔術強制解除は不発に終わる。


「姉上。貴女は敵と認識した者に対しては容赦はしませんが、守ると決めた者に対しては弱い。それが姉上の弱点。それではひと時の平穏をお楽しみください」


 言葉を残してミゲルの姿をした者は、光る扉の向こうに消えてしまった。


 私は守るべき者たちのために心を殺そうと思っていた。だが、中身が違うとわかっていてもミゲルの姿をした者が、この場に現れたことに動揺を見せてしまった。


 いや、反省するのは後でもできる。先に、炎の魔人を始末しなければ……


「ファクト……第一師団……第三……部隊長」


 私の目の前に現れた炎の中が知っている顔だということに気がついてしまった。第三師団長の弟だ。


 炎をまとった人。そのままだ。


「くっ! イグールの見張りをしていた者たちを、貴様の実験体にしたというのか! エーラシモス!」


 もう、この場にはいない者に向かって叫ぶ。いったいどれほど私は、領民を手にかければいいのだ!

 十二年前からだ。許さない。絶対に許さない。


 町ごと肉体を消滅させたというのにも関わらず、ミゲルの身体で私の目の前に現れたアイツを許せない。


「リリア様! 下がってください」

「辺境伯様! ここは我々が手を下します!」

「許さない」


 私は空間から剣を取り出し、波を打つように揺れてよく見えない前方に向かって刃を向ける。

 せめて私が苦しまないように手を下そう。


 だが、突然私の視界は暗闇に覆われてしまった。


「シルファ。剣を収めろ」

「ランドルフ。邪魔をするな!」

「ザッシュとディオールに任せていればいい。ここでロズイーオンの力を使ってしまえば、旧領都はその姿を変えてしまうだろう?」


 ランドルフに指摘されて、ハッとする。ここで私が力を奮うと、鎮魂の場として保存していたイグールの意味が無くなってしまう。


「悪かった。落ち着いたから、手を離してくれ」


 私の目が解放され、映し出された光景は、何もない場所にぽつんと佇む教会の姿だった。


 氷の壁も旧領都イグールの外壁も無くなっていた。足元の氷の地面もえぐれて無くなっており、その地面の上には見慣れた領軍の鎧が黒い煙を上げて燻っている。


 ああ、止めてくれなければイグールを消滅させてしまっていたところだ。

 私の頬を伝うものを拭い去る。


 私の感情など、この場では必要ない。


「レントたちと合流後、ボルガード第一師団長の元に向かう!」


 エーラシモス・ガトレアール。父の義兄であり、十二年前にガトレアール辺境伯の地位を父から奪おうとした男。

 絶対にもう一度、私の手でぶっ殺す!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ