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第5話 十二年前に辺境領に進軍してきた者たち

「あ? もう一度言ってみろ、ミゲル」


 左頬を裏拳で殴って倒れる前に、弟の胸ぐらを掴んで、引き寄せて睨みつける。


「…し……ござ……ん」

「聞こえないなぁ。私が働いて、お前たちを王都の学園に通わせた意味がわかっていなかったのか?」

「申し訳ございません」

「貴族が入るべき初等科さえ行っていない私が、どういう目で見られているのかぐらい知っているだろう?」

「申し訳ございません」

「遊ばせる為に王都の学園に行かせたわけではないのだぞ!」


 そう言って、私は弟のみぞおちに一発拳をねじり込む。


「ぐっ!」


 私の一発で膝をつくなんて、まだテオの方が鍛えられているじゃないか。いや、訓練をサボっていたということか。


「なぁ。ミゲル。私を馬鹿にしているのか?」


 私はガクガクと震えている直ぐ下の弟の顔を笑顔で見下ろす。


「マルガリータと懇意? 馬鹿か! そんなもの、我が領地の情報を得ようとしているに決まっているだろう!」


 こんなわかりやすいハニートラップに引っかかるなんて、弟のバカさ加減に呆れてしまう。


「はっ! それで子供ができたから、婚約者のモンテロール侯爵令嬢とも婚約を解消したいとか言い出すのか?」

「はい」


 もう一発腹に拳をねじり込む。

 何故にこんな浅はかな考えを持っているのだ。王都で勉学に励んでいると思えば、領民たちから得た金で遊んでいたとは、ヘドが出る。


「モンテロール侯爵家からは魔鉄を取引しているのだ。そうですかと簡単に婚約を解消できるはずはないだろう!」

「姉上」

「なんだ? ロベルト」

「実は兄上は既にモンテロール侯爵令嬢に婚約破棄を言い渡しておりまして……」


 右の頬も殴っておく。既に時は遅し!

 今からモンテロール侯爵に頭を下げに行かねばならない。


「ミゲル。そのようなことを言ったということは、モンテロール侯爵から購入している分の魔鉄を用意できる当てがあるから、婚約破棄などと馬鹿げたことを言ったのだな?」

「マルガリータが融通してくれると」


 馬鹿な答えが返ってきたので、腹にもう一発入れておく。


「アステリス国は、この国よりも男尊女卑が酷い国だ。女であるマルガリータ王女に魔鉄の鉱脈を保有する権利など、与えられているはずないだろう!」


 ったく! 友好国として第三王女の留学を認めたとは聞いていないのに、魔鉄を融通する理由なんてどこにもないだろう!

 そもそも第三王女が留学に来た理由が、先進的な魔道具作製技術を学びたいだったな。

 そんなもの、この国の現状を調べていたに決まっているだろう。


 ちっ! これが原因か! 妹のエリーが私に、好みの男を聞いてきた理由も、叔父上が釣書なんてものを用意してきたのも。

 全部この馬鹿がハニートラップなんかに引っかかった所為だ。


 私は弟の胸ぐらから手を離し、座っていたソファーに戻って、足を組んで無様に両頬が赤い弟のミゲルを見下す。


「ミゲル。覚えてないとは言わせないぞ。父を、そしてお前たちの母親を殺したのはアステリス国の者だ」


 十二年前だ。アステリス国の者たちがガトレアール辺境領に進軍してきたのだ。


「しかし! 姉上! そのことにはマルガリータは関係ありません!」


 はぁ。恋は盲目とはよく言ったものだ。王族が国事に関係ないと言い切れると思っているのか?

 本気でそのようなことを言っているとしたら、王都で何も学んで来なかったということになる。


「そうだな。お前たちが母を亡くして悲しんでいるときに、優雅にお茶でもしておられたであろうな」

「姉上! その様な言い方はあまりにも……」

「ミゲル。王族が国事に対して関係ないという言い分は通じない。私の母も自由気ままでいるが、有事の際に王族として首を差し出せと言われれば、凛とした姿で己の首を差し出すだろう。それが王族というものだ」


 母はどこまででも王族だ。王族であることに意味があると考えている。だから、最後まで王族のプライドをもっているだろう。


「リリアシルファ。私がいるのに、姉上をそんな目に合わせるはずないであろう」


 シスコンは黙っていろ。


「叔父上。そうなった場合、叔父上は母を守って亡くなっておられることでしょう」

「……姉上を守って死ねるとは、なんと名誉なこと」


 シスコンが変な妄想をしだした。叔父上に母ネタはヤバかったな。


 しかし、予定が狂ってしまった。妹の推し観戦というものにつきあったら、直ぐに領地に帰るつもりだったが、あちらこちらに顔を出さなければならない。 


「叔父上。叔父上の元にミゲルがいたということは、かなり大事(おおごと)になっていると考えていいのでしょうか?」


 そう、黒騎士団の団長である叔父上が動いているのだ。これはガトレアールとして責を問われるかもしれない。


大事(おおごと)大事(おおごと)。甥の誕生パーティーで、堂々と婚約破棄を告げたものだから、一気に広まったな」


 叔父上の言葉に一瞬思考が停止してしまった。誕生日が一番近い王族は、王太子殿下だ。

 ……は?


「王太子殿下の誕生パーティーで婚約破棄だって!」


 そんなもの殆どの高位貴族は出席しているだろう。私にも招待状が来たが、防衛のためとか適当な理由で出席を断ったぐらいだ。


 駄目だ。これはどうすればいい?


 貴族の目からすれば、ミゲルは敵国に情報を売り渡した国賊だ。私が弟だからとかばうと、ガトレアールの名が地に落ちてしまう。


「はぁ、叔父上。国としての判断をお伺いしてよろしいでしょうか?」


 これはもう辺境伯の私が、どうこう言う話ではない。


「その前にだ。リリアシルファ。この者にはどれほどのことを、教えている」

「質問の意図がわかりません。もう少し具体的に質問してください」


 何について教えていると、聞きたいのかわからない。剣術と魔術のことは自分の身を守るぐらいには、鍛えられているはずだが?


「領地の機密保持事項についてだ」


 ああ、あれか。領地の機密保持事項ってことは、私が開発した魔道具のことか。

 父から予算をもぎ取るために、何かと軍用として使うためと言って開発したから、ほぼ軍用機密と言っていい。

 まぁ、父にとって私は、子供らしくない娘だっただろう。


「まだ父が生きていた頃に、説明をしたことがありましたが、理解ができないと言われ、それ以来話をすることはありませんでしたね」


 まだ子供だった弟には難しかったようだ。


「お姉様はおかしな言葉を普通に使いますから」

「姉上と話していると、よくわからない例えをされるので、理解が余計難しくなるのです」


 テオ、ロベルト。私はそんなおかしい事は昔ほど言わなくなったぞ。


 私だって何度か白い目で見られれば、改善しようと試みているのだ。しかし、ふとした瞬間に出てしまうのは仕方がない。


「ふむ。それならガトレアールとモンテロールの間の話で収めるのが無難だな。あまり事を大きくすると、あちらこちらに被害が行くからな」


 そうなのだ。私が色々領地のためにと開発したものが、軍事に使われているため、ガトレアールは国と取引している。ここで話が大事になると、国が絡んで来てしまうので、かなり面倒事になってしまうのだ。


「叔父上がそのように収めてくださるのであれば、助かります」


 あとは、モンテロール侯爵に謝罪に行かねばならない。


「ディオール。モンテロールこう……」


 いつもの癖で背後に向って言いかけて、頭を抱えてしまった。

 しまった! 王都に滞在するつもりがなかったから、護衛のザッシュしか連れて来ていない。それもザッシュは妹のエリーについて行ってもらっている。


「叔父上。申し訳ないのですが、人を貸していただけませんか? モンテロール侯爵と取り次ぎたいのです」


 私が動くのは構わないのだが、身分というものがそれを許してくれない。辺境伯が気軽に侯爵を訪ねるわけにはいかないのだ。


「わかった。アレン。使いに行ってくれないか?」


 叔父上が何処ともなく声をかけると、天井裏にあった気配の一つが消えた。

 こうして叔父上と面と向かって話しているが、叔父上は王族であり、私は辺境伯だ。

 叔父上に護衛がいないはずはない。ただ、私を身内として扱ってくれているため、気楽に話ができるように、場を整えてくれていただけに過ぎない。


「返事が来るまでに時間がかかるだろうから、先程の話の続きでもしようか」


 先程の話の続き? 弟の処遇についてか。

 流石にこのまま、マルガリータ王女と婚姻とはいかないだろう。

 マルガリータ王女も打算で動いていると考えられる。


 ミゲルに辺境伯の地位を譲るとなると、マルガリータ王女との婚姻は絶対に有り得ない。

 そうなると……幽閉がいいところか。


「リリアシルファの伴侶はランドルフということで良いか?」

「は?」


 え? そっちの話?

 保留で終わったのではないのか?


「いや、私の弟はミゲルの他に、ロベルトとテオがいる。テオは……まぁ足りない部分が多いですが、ロベルトは外交省で文官として働いています。ですから……」

「姉上。私には姉上の代わりにはなれません」


 私が後釜として勧めているというのに、ロベルトが断ってきた。いや、私の代わりではなくて、辺境伯だぞ。


「それに、私の婚約者は辺境伯の妻となる器はありません」


 そう言われると、何も言えない。

 ミゲルには何れ辺境伯を継いでもらうために、婚約者は強い後ろ盾になるモンテロール侯爵家に決めた。

 これは私以外の兄弟が庶子という部分が関係する。


 庶子となるとよっぽどのことがない限り跡継ぎにはなれない。そのよっぽどのことが、ガトレアール家に起こったのだ。

 そう私の母が私しか産まなかったという問題。


 そして庶子が当主となると、色々やっかみ事を言ってくる者たちがいる。そのやっかみ事の盾となる名家の妻が必要だったのだ。

 ガトレアール辺境伯を敵にするのであれば、モンテロール侯爵家も敵に回すことになるぞと。モンテロール侯爵家は建国以来存続しており、領地にいくつもの鉱山を抱えているため、敵に回すには得策ではない家なのだ。


 だが、次男のロベルトは跡継ぎとしてではなく、文官として働きたいと要望を受けていたため、妻となる者は好きに選ぶといいと言っていた。その婚約者となるのはノヴェーラ男爵令嬢。文官の妻としては問題ないが、辺境伯の妻としては色々足りないところが出てくる。


 ロベルトが跡継ぎとして駄目だとなると、三男のテオとなるが、テオの問題は父を知らないことだ。いや、知ってはいるだろうが、12年前のあのときテオは4歳だった。記憶には残っていないだろう。


 父を知らないことの何が問題かといえば、私の背を見て、あれが辺境伯だと思ってしまっていることだ。

 私はかなり、好き勝手しているところがあるので、私を見習ってもらっては困るという意味で、テオを跡継ぎとしては元々考えてはいなかった。

 いや、軍師の才がなく、戦士の才がある時点で、辺境の地を任せるには問題があったということだ。


 私は頭を抱えてしまう。 


 もしかして、私はこのまま辺境伯を続けて行かなければならないのか?

 そうなると、必然的に結婚相手が必要となり、跡継ぎを作らなければならないのか?


 え? この後の人生計画は色々な国に行って、いっぱい遊ぶつもりだったのに! そのために、個人資産をずいぶん溜め込んだというのに!


 母だけ好きなように生きて、ずるいじゃないか!


「リリアシルファ。欲望が口から漏れている。それから、姉上だから自由を許されているのだと覚えておきなさい」


 シスコン。私の独り言を拾わなくていい。はぁ、わかっている。母上は、国王陛下がそう在ることを許してしまっているのだ。だから誰も文句を言わない。


「ガトレアール辺境伯様」


 近くで声をかけられ、横を見れば、また金色の瞳と目があった。


「今までお一人で領地を護っておられたのでしょうが、これからは私も隣にいますので、時間が空けば旅行に行きましょう。それで如何でしょうか?」

「うん?」 


 何か決定事項のようになっている? いや、私は保留だと言ったはず。


「諜報から戦略を立てることまでできます」


 あ……うん。叔父上の部下だからね。


「武器も一通り使えますし、闇属性が得意ではありますが、全属性使えます」 


 普通に凄いな……って、もしかして凄くアピールされている?


「あとは……一人でなら、三百人ぐらい相手にして、戦闘不能にしたことはあります」

「お姉様と同じぐらいヤバイ人だ」


 テオ。どういうことかな? 私は三百人を戦闘不能にするほどの剣の腕はない。




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