第57話 炎の獣
旧領都に近づいてきた。燃え上がる炎の壁が、大きくせり立っている。
それは人が立ち入ることを拒んでいるようだ。
そして熱気と熱風が我々を近づけることを許さなかった。
「流石に、これ以上は進めなさそうです」
私たちより先に旧領都イグールに向かっていたレントの言葉だ。
レントが旧領都に向かう道の途中で我々を待っていた。
これ以上は進めないと。
その言葉に私は自動二輪の後ろから地面に降りたつ。ここにいても熱気が凄まじい。肌が焦げそうだ。
さて、これほどの炎の壁をどうすべきか。そうだな。魔石で増幅すればこの炎の壁をどうにかできるだろうか。
私は亜空間収納から青い石を取り出す。大きさとしてはこぶし大のかなり大きいガトレアールの青い石だ。
それに私の魔力をまとわしていく。
「これは……マルク! 三重で結界を張りなさい!」
「ふえぇぇぇん! 隊長が無茶ぶりをするぅぅぅぅ!」
嘆きながらも、マルクはザッシュの要望どおり結界を三重に張り巡らせた。先ほどまで肌が焼けるほどの熱気だったが、その熱は遮断されている。しかし、私まで取り込んでしまったら意味がない。
私は結界の端までいって、一歩外に出る。私を煽る熱気。
「シルファ!」
「ランドルフまで出てくる必要はない」
ランドルフは本当に過保護だな。私の護衛たちを見てみろ、これから起こることに対してどう身の安全を確保するかしか考えていないぞ。
魔力をまとわした青い石を空中高く放り投げる。それに向かって私は右手を掲げた。
「『凍てつく空に広がる砲車雲』」
青と赤に彩られていた空に流れ込んで渦を巻きだす厚い雲。
「『吹き降ろす颶風。雪交が世界を染める』」
冷たい強風が吹きおろし雪が混じってくる。
「『流星光底の如く全てを凍らせろ! 影氷界!』」
そして世界は一瞬にして氷結した。
地面も空も立ち昇る炎ですら凍り付いたのだ。これに抵抗することができるとすれば、本当に神か、事前に結界を張っていたものだろう。
「うわぁぁぁぁ! あと一枚だった!」
そして私はランドルフに抱えられて結界の中に引き込まれていた。いや、術者の私にはなにも影響はないよ。それに私から南側には被害を受けないようにしていたしね。
「ランドルフ。私を引き込んだら駄目だ。マルクが泣いてしまっているだろう?」
「リリア様。手加減をしたつもりかもしれませんが、後方一キロメルは凍りついていますよ」
ザッシュの言葉に後方を見ると……そうだね。ちょっと失敗してしまっただけだよ。しかし領都までは影響していないから大丈夫だ。
「全文の詠唱は流石に凄まじいですね」
「魔石の増幅は要らなかったのでは?」
「結界が二枚も壊れちゃったよ!」
「流石、お嬢様です」
君たち色々言ってくれているが、ほら来たぞ。
「やはり、これぐらいではどうにもならなかったということか」
火をまとった獣が集団でこちらに向かってくるのが見える。
私が見た人型の炎は、本当に魔神だったということなのだろう。
凍りついた大地を駆けてくる炎をまとった獣の集団は一つにまとまり、巨大な炎狼と化した。
これは何と考えればいいのだ? 炎が獣の形をとっているのか、こういう獣なのか。
「ディオール」
私はディオールに視線を向け、あの大型トラックほどの大きさになった炎の獣を指し示す。
「アレを止められるか?」
まずは生き物かどうかを知らなければならない。すると、ディオールは無言でうなずき返し、結界の端のギリギリまで行く。
「マルク。ディオールが駄目だった場合は対処しろ」
「……」
マルクに言ったはずなのだが、返事が無くマルクの方に視線を移すと、首が取れるかと思うほど横に振っていた。拒否権はないよ。
「魔道生物だった場合、どこかに核があるはずだ。そこを貫け、あの大きさは流石に剣は通らないだろう」
「マルクが動かないのであれば、私に行かせてください」
「アラン。このあとのことを考えると、これは様子見だと思う。魔剣の消費は控えろ」
先ほどの戦闘ではアランは戦い足りなかったのだろう。きっとあのフェルガと正面から戦いたかったのだろうな。しかし、そんな悠長なことを言っている暇はない。
「『止まりなさい!』」
そこにディオールの声が響く。私は炎の獣の様子を確認するが、こちらに向かってくる速度に変わりはない。
「生物ではなさそうですね」
「マルク。全てを叩き潰す勢いでうち放て!」
「うわぁぁぁぁん! そんなの無理だよぉぉぉぉ!」
叫びながらも、私が教えた陣形術式を空中に複数展開して、別々の属性攻撃の魔術を放っている。何の属性が利くかわからないから全部出してみましたという感じだが、普通の人はできなかったからな。
ん? 何かの魔術のみが炎の獣の肉体を削っている。少し炎が欠けだした。
「マルク。足元を狙え」
「それ位置調整が難かしいやつぅぅぅぅ!」
文句を言いながらも、陣の角度を調整して当てに行っている。
しかし、術の数が多すぎて何の攻撃が有用かがわからないな。
「光が効いているようだ」
私の背後から答えが返ってきた。あれ? 私は独り言でも言っていたのかな?
しかし、ランドルフから指摘されて、見てみると確かに光を放つ陣からの攻撃で、炎が削られている。
私はてっきり水属性が効くと思っていたのに、まさかの光! 驚きだ。
「マルク。光攻撃を増やせ」
「いきなり言われても、無理ですぅぅぅ!」
と言いつつ、展開している陣が歪んでいき、別の陣の形に置き換わっていく。新たな陣を形成すると思っていたら、まさかの術式の改変。凄いじゃないか。
そして、炎の獣が凍った地面に倒れ込む。その衝撃で炎が飛び上がった。
違う。元の個体に戻った!
「額に何か埋め込まれているように見えます」
レントからの情報だ。それが恐らく核だろう。
「額の魔石を全て叩き潰せ!」
私がそう命じると、ザッシュとアランが飛び出していった。
大剣を炎の獣の額に向かって振るうザッシュ。
背丈ほどの槍を炎の獣の額に突き立てるアラン。
あの二人に任せておけば、大丈夫だろう。
「辺境伯様。ここからどうされますか? そのまま正面から行きますか?」
「ディオール。何か思うことがあるのか?」
このまま突き進むことに、ディオールはあまりよく思っていないようだ?
確かに懸念することはある。ネクロマンサーの存在と、口音の術を奪った存在がどこにいるかだろう。
「はい。斥候のレントとアランを裏からイグールに侵入させるべきだと愚考いたします」
裏からということは、裏山からのルートでイグール内の詮索をさせるべきだと言っているのか。しかし、レントとアランだけでは対処できないことがある。
「そうなるとマルクもつけるべきだな」
「ひぃぃぃぃ! 頂上から落下侵入!」
マルク、うるさいぞ。それぐらいなんとかできるだろう。
ただ、そうなると炎の魔神と戦う者が、私とランドルフとザッシュ、そしてディオールとなる。
「一つ聞きたいのだが、なぜその人選なのだ? 今までの戦う姿をみていれば、執事ディオール、君は戦いも補助も得意だろう?」
ランドルフはディオール一人いれば事足りるといいたいのだろう。しかし、この分け方には別の意味もある。
「ランドルフ。特殊能力が、使える者と使えない者で分けているのだよ」
「能力を奪う者を警戒しているのなら、分散させた方がいいのではないのか?」
それは正論だ。リスクの分散をしろと言うのだろう?
だが、特殊能力は完璧ではない。しかし完璧ではないことで得られるものもある。
「特殊能力者は完璧のようで完璧じゃないことはランドルフも知っているだろう?」
「ああ」
「では相乗効果があるのは知っているか?」
「え?」
普通は知らないだろうな。特殊能力者はその膨大な力の所為で単独行動が多い。しかしロズイーオンの血を持つものには、グラーカリスの者と表に出る能力者ではないが、ロズイーオンの者がつけられる。
護衛という意味があるのは当然だが、何かあった場合、王族の力を最大限に引き出すための者である。
「ロズイーオンの能力は増強だ。王族の血を引くザッシュは身体能力に増強の力が働いている。まぁ普通より強いなという程度だ」
とは言っても、ザッシュが本気で剣を振るったところは今まで見たことがないので、知っている範囲での話だ。
叔父上をよく知っているランドルフなら、そう例えたほうがいいだろう。叔父上の逸話は私より知っているだろうからな。
「例えばだ、ディオールの口音の術に私の増強の力をかければ、この国の全ての者を支配下におけるだろう。そんな面倒なことはしようとも思わないがな」
消された歴史には、そのようなことをした王子もいたという話は残っていたが、そのあと当時の国王に処刑されたと記されていた。
ロズイーオンの力は危険なため、行き過ぎた行動には一族の者が手を下すと定められている。
「こういうことから、私にはお目付け役と護衛という鎖をつけられているのだよ」
「辺境伯様。それは我々が邪魔だと言っていますか?」
「リリア様は突拍子もない行動が多すぎるので、我々は心労が耐えないのですよ」
執事と護衛から文句がきた。いや、君たちには大変助けられているよ。
「ロズイーオンの血を持つものの話ということだ。私としてはディオールにもザッシュにも、いつも助けられて感謝している」
そう言って周りを見渡したら炎の獣は一匹も見当たらなかった。代わりに結界の外にでているアランとマルクが砕けて地面に転がっている魔石を収集している。
こんな時に魔石を収集している君たちの神経の図太さは凄いと思うよ。
まぁ、何に使うかは予想はできるけど。
「こういうことだから、特殊能力の者を私の周りに集めるというのは、一種の脅しにもなるのだよ。あと単純に戦力の増強だ」
さて、戦力を二つに分けて、旧領都の攻略といこうじゃないか。
前回は投稿をお休みしまして失礼いたしました。