第56話 治療師団
第一師団と第四師団 Side
風の壁が天地を貫いている。渦を巻く風の中心には二人の人物が剣を突き合わせ、剣から火花を散らしていた。
一人は銀髪の青年。もう一人は冬の空のような髪の青年。
それ以外の者は誰もいない。なぜなら渦を巻いている風に吹き飛ばされてしまったからだ。
「いやぁ、姐さんが狂犬のサイザールは周りに被害を及ぼすって言ったけど、怖い怖い」
銀髪の青年ユーグ・アルベーラはニヤニヤと笑いながら、狂犬サイザールという人物の剣を弾く。
弾き返したにも関わらず、すぐさまユーグの首を狙ってくる銀色の刃。
「剣と槍かぁ。中近距離相手に魔術なしって厳しいなぁ」
そう狂犬のサイザールの右手には剣を握っているが、左手には槍を握っているのだ。
その槍の穂先にユーグの剣が飛ばされる。
「まぁ俺には関係ないけど」
そう言いながらユーグは次に迫ってくる剣の刃に対して、左手を横に伸ばす。いつの間にかその左手には剣が握られていた。
その剣を狂犬サイザールに向けて投げはなったのだ。しかし簡単に打ち払われる。
これでは攻撃手段を失うはずだが、今度は右手に新たな剣が握られていた。
「戦場じゃ、剣は使い捨てだからな」
その言葉と同時に竜巻が突然消えた。そしてユーグは地面を蹴り、サイザールに斬りかかる。
その周りには次々と剣が天から降ってきて地面に突き刺さっていた。天から剣。
ユーグによって作られた竜巻は、金属である剣のみを巻き込んでいっていたのだ。
「剣天のアルベーラが相手になろう」
距離を取り、地面に突き刺さった剣を引き抜きながら、狂犬のサイザールにユーグは宣言した。死人にそのようなことを言っても仕方がないというのにだ。
だが、その声に応えるようにクツクツと笑い声が聞こえてきた。それは死人であるサイザールからだ。
「剣天の……アルベーラ。西の守護者ですか」
それはまるで生者と変わらない姿だった。ユーグはそのことに対して驚きは示さなかった。
まるでそれが当たり前だと言うように、一気に距離を詰め、サイザールに斬りかかる。
「やはり『遷化の破鏡』か」
「くくっ……知っていましたか。魔鏡を壊さない限りこの戦いに終わりはない。もしくはこの身を地獄の業火で燃やすかですね」
『遷化の破鏡』は死者の躯を生前と同じように復活させ魂を呼び戻す鏡だ。ただ、鏡に死者の肉体を映す必要があり、肉体もしくは骨が無いものには適応されない。
それにグラーカリスの一族の口音の術が合わされば、死者の軍勢が誕生する。
「それは対策をしているらしいから、俺はあんたを倒す。それだけだ」
「そうですか。……貴方には感謝を。この情報は娘を助けてくれたお礼ですよ」
再構築された肉体に、死者の国から呼び戻された魂に生前と同じ記憶と感情があるのかは不明だが、サイザールはキリアを手にかけなくてすんだ礼に、己には意思があることを示したのだ。
そしてユーグの剣を弾き飛ばしたサイザールの瞳は、再び虚空を見ていた。本当にユーグにこの現象を引き起こしている物の正体を教えるために、グラーカリスの口音の術を抑え込んだのだろう。
「お礼か」
ユーグは地面を蹴り、地面に突き刺さっている剣を取り、サイザールに向かって振るう。
剣と槍の二刀流対、武器を戦場で調達する千刀流の戦いが始まったのだった。
*
戦場では混戦を極めている中、領都の中では別働隊が動き出していた。
「まだ時間がかかるのですか!」
そう声を上げているのはサラエラ第四副師団長だ。
「黙っとれ! すぐにできるわい!」
その言葉にゴーグルをかけたスキンヘッドの老人が返答する。それも武人なのかと思われるほど筋肉質だ。いや何故かタンクトップの半パン姿のジジイだ。
「あの陰険執事が無茶を言ってきたんじゃわい!」
陰険執事とはディオールのことだろうか。そして、スキンヘッドの老人はサラエラの前に四つの四角い箱を置いた。箱というには不格好で、煙突のような突起があり、前面にブラインド・カーテンのような筋がいくつも入っている。
そして煙突のような突起に長い蛇腹の筒状のものをさらにつけている。
「ここが吸い込み口じゃ」
蛇腹の筒状のものを指しながら老人は説明している。
「以前は何もかも取り込んで溜めていくだけじゃったが、ここからクウキが抜けるようにしておる」
ブラインド・カーテンの様な部分を指して言っている。それは取り込んだ空気の出口だったようだ。
「それから容量を十倍じゃ! これを三十分でやれとか無茶をいいおったんじゃぞ! お前の上官は!」
「それはいつも通りです」
サラエラはディオールの無茶振りはいつものことだと、老人の言葉を切り捨てる。
「わかっておるわい……早う持っていけ」
「ありがとうございます。では治療師長、お願いします」
サラエラは背後に向かって言った。そこにはヨレヨレの白衣を着た男性がタバコを吹かして、やる気がなさそうに立っている。
ボサボサの金髪頭が目立つ四十歳ぐらいの男性だ。
「はぁ。なんで俺が戦場に……」
「治療師長だからですね」
隣にいる男性が、やる気のない男性の背中を押して用意されたものを持っていくように促している。
「だってさぁ。怖いじゃん」
「弟のマルクさんなんて、一番危険なところに行っているのですから、先生はまだ安全な方ですよ」
やる気のない男性の背中に、四角い箱を背負わせている女性は困ったような笑顔を浮かべていた。
そして、その女性の言葉から治療師長という人物が、リリアシルファの護衛であるマルクの兄ということが窺える。
「えー。弟と俺は違うし」
「一緒ですよ! 先生! サボるとディオール様に後ろから刺されますよ」
今度は小柄な少女が、既に怪しい箱を背負って、きつい言葉を投げかけた。
マルクと治療師長が一緒だと。
その言葉に治療師長の側にいる二人もウンウンと頷いている。
きっとイヤイヤながら仕事をしているところだろう。
「ああ、あいつ絶対にいい笑顔で俺を刺してきそうだ」
そう言って踵を返した治療師長は、肩を落としながらトボトボと歩いて去ろうとする。
「ダルク治療師長! 早急に戦場に行って、死体を回収してください!」
サラエラの言葉に同じように背中に怪しい箱を背負った部下の者たちが、治療師長の背中を押す。
その姿にサラエラもスキンヘッドの老人もため息を吐くのだった。
「ヤバいじゃん。どう見てもヤバいじゃん」
竜巻が天地を切り裂いている光景を見たダルク治療師長の言葉だ。
「はいはい。俺が先生の後ろについて行きますから、安心して進んでください」
部下の男性が治療師長の背中を押す。
「え? 俺が後ろに……」
「先生はすぐにサボろうとするから駄目ですよ」
困ったような笑顔を浮かべている女性は、何故か鉈を素振りしながら、駄目だしをしている。
「先生! 行くか逝くか、どちらがいいですか?」
小柄な少女は身の丈ほどの斧を振り回している。
部下たちの姿を見たダルク治療師長は、トボトボと歩き出した。
「先生走る!」
「メイスは俺をつつくものじゃないと、何度言えばいいんだ?」
「だったら走ってください」
部下の男性のメイスで頭を突かれ、やる気がないダルク治療師長は戦場に踏み込んだのだった。
「はぁ。生きているか?……これも吸い取っていいか?」
ダルクは動かない者に声をかけてから、背後の部下に確認をした。吸い取っていいかと。
「それは第一師団の者です! いい加減に軍服を覚えてください! それから生きていますから治療すべき人です」
「俺には違いがわからない。全部一緒じゃん。軍服だし」
そう言いながらダルクは治癒の魔術を施行している。
軍服という一括りでしか見ていないのだろう。魔道具に取り込むのは、過去の英雄たちだ。
「はぁ、ここでできるのは応急処置だけだ。これ以上は無理」
ダルクはそれだけを言って立ち上がる。この場ではできることと出来ないことがあると。
すると背後で控えていた部下の男性が、後方に向けて手を上げて合図を送る。そして横に白い旗が付いた棒を突き立てた。
「次、行きますよ」
部下の男性がダルクに進むように促す。しかしダルクの足は進まず、周りを見渡していた。
その間に後方から来た者が、応急処置した怪我人を背負って後方に引き返していく。おそらく治療師の者だろう。部下の男性と同じ灰色の防護服を着ていた。
「ああ……面倒になってきた」
最初は一万規模の戦場だったが、今は半分以下までに減ってきている。それも第一師団と第四師団の混合軍より、死者の軍勢の方が多いように見える。
目立つのは、後方のユーグとサイザールの戦いだ。もう二人だけで戦争と言っていい状態を作り出している。
そして戦場を猪突猛進のように駆けているキリア。
最後に、第一師団長と副師団長が相手にしているガトレアール辺境伯との戦闘だ。
まともに戦えているのが、この四人だと言っていい。
「なぁ、なんで辺境伯様はこの状況を放置して行ったんだ? どうみても死人が蘇っているよな?」
そう、ほぼ死者の軍勢がこの戦場を占めていた。それは倒した死者の領軍兵が復活しているからだ。
「だからこその『空気キレイちゃん1号』ではないですか」
「死体を吸っているけどな。で、こうやって俺に向かってくるだろう?」
死者の領軍兵はダルクに向かって剣を振るってきた。ダルクの背後からメイスが突き出てきて死者の頭を打ち砕く。
ダルクが蛇腹の筒を死者の領軍兵に向ければ、その姿は消えて無くなった。
「俺、関係なくない?」
「死者にとって、ここにいるのは敵でしょう」
「ああ、面倒くさい」
そう言ってダルクは空に向かって紫煙を吐く。そして背負っていた怪しい箱を地面に置いた。
そして、しゃがみ込み地面に手をつく。
「ようは死者を埋葬すればいいんだろう?」
どういう理屈でそういう判断になったのかわからないが、ダルクはやる気のないまま一言呟く。
「『死者の埋葬』」
すると地面が大きく揺れた。
立っていられないほどの揺れだ。その揺れに多くの者たちが体勢を維持できずに地面に倒れ込む。が、地面に手をついた瞬間、手がドプッと地面に沈み込んだ。
そして身体も徐々に沈み込んでいき、慌てて地面から抜け出そうにも暴れれば暴れるほど沈み込んでいく。
結果として人が生えた地面が出来上がった。
「これでいいじゃん!」
「よくありません! 味方も埋まっているじゃないですか!」
無差別の所業だ。
「先生! 埋葬の術を使うならそう言ってくださいと毎回言っていますよね! 先生を埋葬しますよ!」
遠くの方で叫んでいる少女は、木の棒の上に片足で立っていた。いや武器である斧を足場にして助かったのだ。
「先生? 面倒くさがりは駄目ですよ?」
ダルクの背後から女性の声が聞こえた。それは笑っているようで目が笑っていない部下の女性が、鉈を引きずって近づいてきている。
「ああ、ちょうど良かった。生えているのを斬ってくれないか?」
「先生。第一師団長様と第一副師団長様が被害に遭っていたら、我々は死んでいましたよ?」
部下に死者にトドメを刺すように言ったダルクに対して、女性はある方向を指して言ったのだ。そこにはダルクの魔術の影響を受けずに戦っているボルガードとベルディルの姿があった。
ガトレアール辺境伯を押し留めている二人が術にハマっていたら、自分たちはガトレアール辺境伯の手によって殺されていただろうと示唆したのだ。
「えー。こんな術にハマっているようなら、師団長を辞めた方がいいじゃない?」
正論かもしれないが、この状況で味方を巻き込む術を使うというのは、危険だと判断をすべきだと、部下の二人はため息を吐くのだった。
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