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第53話 作戦など何もない戦い

「さて諸君。見た者もいるとは思うが、旧領都イグールの空が燃えるという異常事態が発生している」


 私は集められた者たちの前にいる。領兵のみかと思ったが、技術者や生産職についている者、その家族もいるように見受けられる。


 この状況に不安が広まっているのだろう。未だに地響きは収まってはいないのだから。


 だから私は安心を彼らに示さなければならない。


 私は通信機につながっている集音器に向かって続きを話す。


「しかし、第四師団に命じて水源からウォール川に続く林を囲むように結界を発動させている。ここから逃げるというのであれば、東側に抜けることができる」


 そのことに安堵感が広がっていった。やはり、このまま領都に民を押し留めるには無理があるか。

 私は領都全区画に私の声を流して言っているのだ。流石にここまで地響きが続けば、民の不安を拭うことは一筋縄ではいかない。


「だが、それには領兵の護衛はない。我々はこれから向かってくる敵を倒さなければならないからな。だから領都の者たちにはここに残るか、自分たちの足で東に向かうか選択して欲しい」


 すると領都全体からざわめきが沸き起こる。領兵が護衛をしてくれないとはどういうことだと言いたいのだろう。


 私はこの場に集まっている第一師団と第四師団の者たちを見渡す。


 記憶にある父が率いていた領軍の者たちと比べれば、若い者が多い印象だ。だからその分、兵としては未熟なところが多い。


 私は集音器を置いて第一師団長を見る。サイザール副師団長の件で色々悩んでいたようだが、今はその汚名を挽回する為に気合十分と言った感じだ。


「ボルガード第一師団長」

「はっ!」

「例えばだ、父の率いる領軍兵と戦って勝てるかと問われればどうだ?」


 するとボルガードが苦虫を噛み潰したような顔をした。そう、そこまでの実力には至っていないということだ。

 それほどガトレアール辺境伯という存在が大きかった。


 父が自ら鍛え上げた領軍兵は領軍の中でも精鋭の中の精鋭だったとも言える。だから、私は父が負けるとは思ってはいなかった。父も強いが、父が鍛え上げた領軍兵がいると。


「第一師団の精鋭と第四師団の精鋭であれば五分五分の勝負かと」


 ボルガードは引き分けには持っていけると言っているものの、その顔色から分が悪いことを示していた。


 そうだろうとは予想はできる。だが、死者は生前の父と同じ力を持っているかという疑問もある。

 だから私も勝算は五分だと思うよ。


「そうか。だったら未熟者を民の護衛に回せ、ただ護衛するのはウォール川までだ。その先は第二師団の管轄だからな」

「はっ!了解いたしました!」


 今度は私の未熟者発言に周りからざわめきが沸き起こる。

 まぁ、バカにされたようなものだから、文句があるのはわかる。


「いいだろう。不満がある者はここに残れ、あの空の現状をみて戦意を失った者は領都の外の護衛につけ」


 全ての言い分を聞いてやるほど時間はない。旧領都からここまで直線距離で二キロ。数十分で父に扮した軍勢がここまでやってくるだろう。


「別に護衛が悪いことではない。ある意味難しい仕事だ。混乱する民をなだめつつ、進むことを強要しなければならないのだからな。そこで争いごとが起きれば仲裁しなければならない。それができない者には不向きな役目だ。できるという者はさっさと動け」


 すると三分の一ほどの領兵が南に向かって駆けていった。

 私は再び集音器を手に取り、続きを話す。


「護衛をすると立候補してくれた領兵たちが街道に向かっていっている。東側に逃げるというのであれば、ウォール川までは護衛がつく。避難するのであれば、急ぐと良い」


 そう言って私は通信機を切った。

 私は領兵しか残っていないこの場で、発言する。


「ここに残ったということは、引くことは許されない。向かってくる敵を打ち倒す。これが私の命令だ」

「辺境伯様。その敵というのはどのような者なのでしょうか?」


 顔色が悪いボルガードが聞いてきた。私の例え話に嫌な予感でもしているのだろう。


「死者だな。領都イグールを守る為に戦ったガトレアール辺境伯とその領軍兵だ」

「は……辺境伯様が……」


 ボルガードは何かに耐えるような声を出している。そして、父を知る者はその恐ろしさを知っているからか、悲鳴を上げる者もいる。

 煩いぞ。マルク。


「指揮はボルガード第一師団長が取れ、その下に第四師団をつける。因みにディオールは私と共にいるから居ないものとして扱え」

「辺境伯様は領都を守るということですか?」

「いいや、空を燃やす原因を倒すためだな」

「そうでございますか。それではこのボルガード。全身全霊をもって敵を討ち滅ぼしましょう」


 私はその言葉を聞いて笑みを浮かべる。そういう切り替えが出来なければ、十二年前の戦いをボルガードは生き残れなかっただろう。


 味方であったとしても敵とわかれば瞬時に判断して剣を突き刺す。

 父だったモノに対しても躊躇することなどないと、戦意をみせた。


「ならば、直ぐに北側に向かえ、敵は待ったなしにやってくる」

「はっ! 出陣だ!」


 ボルガードが声を上げると、天が割れんばかりの(とき)の声が響き渡った。




第一師団・第四師団 Side


「兄さん、大丈夫ですか?」


 キリアは兄であるベルディルの側までやってきて、騎獣に乗って並走しながら、体調を心配している。


「師団長様に椅子に括り付けられて、目の前でお菓子の見せつけながら、嫌味をグチグチ言われたのですよね? あれは本当にお腹にきますもの」


 何か違うことを心配されているようだ。


「キリアではありませんから、そのようなことはされていません」

「え? あれって私だけなの?」


 恐らく言葉で言っても通じないので、お菓子が食べたいのであれば、言うことを聞くようにと、キリアを調教……しつけをしていたのだろう。


「大丈夫なのでしたら、いいのですが、私は作戦というものを聞いていません。兄さん、どうすればよろしいですか?」

「そんなもの私も聞いていませんよ」


 第四師団長であるディオールから広場に集合という命令を聞いて直行し、その間にディオールから説明があるかと思っていたが、いくら待っても現れず、そのかわりに辺境伯であるリリアシルファが現れたのだ。


「辺境伯様って、すごいけど戦う人じゃないから、作戦らしいことっておっしゃられないでしょ? 今回も集めた兵を勝手に分けて部隊も班もバラバラ。これでどうやって連携をとるの?」


 リリアシルファが命じたことは、一部隊をまとめるキリアからすれば不満があることだった。


「そうなら、この班を護衛にまわせって言えば班行動が可能で、連携もできるじゃない?」

「キリア。恐らくそれは辺境伯様の最初の質問に関わることなんだろう」

「えっと……先代の辺境伯様とその兵を相手にして勝てるかって話よね?」


 キリアとベルディルは先代の辺境伯の存在を知っていても、その姿を直接は知らない。どれほどの武人かは人から聞いた話だけだ。だが、今の辺境伯であるリリアシルファのことの方が噂話に上がりやすく、先代の辺境伯のことなど、知らないと言ってよかった。


「そうです。その返答に師団長は言葉を濁していました。我々が勝てるとは思っていないということです」

「え?」


 ベルディルの言葉にキリアは驚きの声を上げる。まさか、領軍が負ける前提で話を進めていたのかと。


「そして辺境伯様が引くことを許さないと命じました。それが意味するところは、我々は足止めです」

「それって……」

「作戦など必要ないのです。我々は向かってくる敵に剣を振り、領都を守る。仲間が死のうが、ただ一人になろうが、敵を倒すまで剣を降ろすことを許されないということです」


 だからボルガードは口にしたのだ。全身全霊をもってと。これは己の命を賭けて戦うという意志の現れだった。


「辺境伯様は私達を見捨てるというのですか?」

「はぁ、見捨てる見捨てないの問題ではありません。我々が領都を背にして守りきれるかの問題です」


 そして、先頭を走っていたボルガード第一師団長が止まったため、後方にいた者たちが止まる。


 第一師団5468名。第四師団485名。総勢5953名の兵士。

 対するは、ガトレアールの青い髪が目を引く武人率いる死者、総勢4953名の領軍兵。


 数字の上ではボルガード率いる師団の方が勝っている。


「ははっ……キリア。あそこに父上がいる」


 ベルディルはから笑いをしながら、ある一点を指して言った。そこには兄妹に似た、冬の空のような薄い青い髪の武人がいた。

 そう、人は心がある。


 死者といっても突然死に別れてしまった家族だった者に剣を向けられるか。


「私はあまり覚えていない。けど強そう」

「キリアの逸脱した強さは父上から引き継いだ力だ」

「そう、だったら、アレを倒せばお父さんを超えたってことだね」


 だが、父親の記憶が乏しいキリアにとってみれば、兄が指した人物は赤の他人に近かった。


 だから何のためらいもなく、剣を抜いた。漆黒の剣身が目立つ剣だ。


「これ使ってみたかったの。だってアラン様が凄く自慢していたんだもの」


 そう言ってキリアは黒い剣を敵に向けて掲げた。肉体と魔脈を断ち切るというソークの剣。


 しかし誰もがキリアのように割り切れるものではない。無意識に乗っている騎獣を反転させ、領都に戻ろうとする者たちが現れ始める。


「撤退はゆるされない!」


 そこにボルガードの声が響き渡る。それは己にも言い聞かせているようだった。


「背を向けることは許されない! お前たちは自分の意志で戦うことを決めた。ならば剣を抜け、目の前の敵を討ち滅ぼせ! でなければ、領都に残る者たちがこのモノたちに蹂躙されるのだ!」


 リリアシルファは領兵の者たちを前にして問いかけた。戦うか戦わないか、その選択肢を自分で決めさせた。


 キリアはそれを不満だと言っていたが、これは戦うと決めさせることで、退路を絶ったのだ。


「死者を土に還すのだ!」


 そう言って先陣を切ってボルガードが剣を抜いて駆けていった。そしてボルガードに続くように生者対死者の戦いが始まる。


「ここが私の死地だ!」


 ボルガードは初めから勝てるとは思ってはいない。だからあのときリリアシルファに尋ねたのだ。


『辺境伯様は領都を守るのですか』と。


 それに対してリリアシルファは否定した。自分はこの現象を引き起こしているモノを始末すると。


 この言葉にボルガードは決意をした。これはリリアシルファが、その敵を倒すまでの時間稼ぎをすればいいのだと。


 本当に守るべき家族を守れなかった不甲斐なさ。戦いの中で次々と失っていく仲間たち。


 その中でも生き残ってしまった理由を探していた。


 そしてリリアシルファから過去の人物の名を出されて理解してしまった。いや、そう思い込んだ。


 ここまで生きながらえてしまった死を、慕っていた先代のガトレアール辺境伯に与えられるというのであれば、それは光栄なことだと。


「やぁ、ディック。久しぶりだな」


 ボルガードは嬉しそうに笑う。見知った顔に挨拶をしながら、豪快に上段から剣を振り下ろしたのだった。


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