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第52話 魔神は本当にいたのか

 地震のような地響きで目を覚ました。


 領都に戻ってきて各部署に今後の予想される敵の動きと、第四師団の待機と第一師団の周辺の巡回の命令と、第一師団長を交えて、第一副師団長が操られていたときの情報を聞き出していたら、朝日が昇っていた。


 そこから少し仮眠をとっていたら、この地響きだ。


 地震というより断続的に地面が揺れている。


「なんだ!」

「感じたことがないほどの力の渦だ」


 すぐ近くからランドルフの声が聞こえてきた。


 ちょっと待て私は仮眠するために、執務室のソファーで横になっていたはずだ。

 着替えはしたが、いつでも動けるように軍服を着たままだった。


 そして、ここは使っていなかった寝室! いつの間に運ばれたんだ!


 いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。


 ベッドから飛び降りて、窓に寄り空を見上げる。ここからは南の空が見えた。

 太陽が東の斜め上から光を放っているので、八時ぐらいだろう。


 しかし異常はここからではわからない。ということは北側か!


 窓を開けて、(さん)に足をかけて、そのまま上に飛び上がり、壁を蹴って屋根まで登った。


 そこから見た光景は、異常過ぎた。頭が今見ている光景を理解することを拒否している。


「シルファ……これは」


 いや、神が地上に降臨したとしたら、このようになるのだろう。

 空が燃えている。赤赤と燃えている。

 燃えるはずがない空が火を噴いている。


 違う。地上から燃え上がる炎が行き場を失って空を燃やしつくそうとしている。


「炎の魔神イグラース。そんな神話の存在が現世で蘇るというのか?」

「姐さん。これはやべぇな」


 背後からユーグの声が聞こえてきた。私が言うのもなんだが、ここは屋根の上だぞ。


「俺はゆっくり休ませてもらったから、いつでも戦えるが、これは流石に戦えるというレベルじゃねぇな」


 まぁ、確かに人外を相手にするにしてもレベルの差というものを感じざる得ない。

 だが、私にはここから引くという選択肢はできない。


 私はこの地を護るガトレアール辺境伯なのだから。


 亜空間収納から一枚の紙を取り出す。

 その紙で紙飛行機を作った。折り鶴と違って自由に方向転換が出来ないがまっすぐ飛ぶには問題ない。


 それに術を乗せて飛ばす。


「シルファ! それは危険だと言っていたじゃないか」

「ランドルフ。ここからは時間との勝負だ。少しの判断の間違いが、最悪を招くだろう」


 私は右目でランドルフを見て、左目で別の光景を見ている。


 これが本当に炎の魔神イグラースの復活ということならば、このガトレアールの地は炎の海に呑まれ、何も残らないだろう。


 しかし解せない。以前あれだけザッシュとディオールとで、散々あの廃坑を徘徊して、魔神だなんて嘘くさい物体がないことを確認したというのに!

 この光景はいったい何なのだ!


「はぁ、ここの住民を避難させることは可能か?」

「避難するよりも、広範囲に結界を展開させたほうがよろしいかと」

「ディオールもそう思うか。避難途中で攻撃される可能性の方が高いか」


 シレッと私の背後に控えているディオールを右目で捉える。君たち、ここは屋根の上だぞ。ザッシュまでもいる。こういうことには一番口うるさいだろうザッシュまでもだ。

 厳ついおっさんが何も言わないということは、それほどこの状況が危機的とも言えた。


「ゾンビドラゴンの始末をしていた者達は撤収しているのか?」

「早朝0600に撤収を完了しております」


 ということは領都の外にいるのは第一師団の見回りをしている者たちだけか。

 周りの街には、昨日既に結界を張るように言っているから被害は抑えられると思うが、避難させるべきか。避難といっても魔神を相手にどこに避難させるというのか。


「そうだな。取り敢えず、死者を殺すにはどうすべきか、考えようか」


 本当に私の心を逆なでしてくれる。私の左目には見覚えのある鎧が映っている。ガトレアールの青い石が鎧の中央で光っており、父が好んできていた鎧だ。


 その鎧を纏った、ガトレアールの守護者といわれた父に見える青い髪の者が眼下を通り過ぎる。

 その背後には父を慕って命が尽きるまで、戦い抜いてくれた領兵の者たちが付き従っている。


 なんとも懐かしい姿であり、胸糞悪くなる光景だ。


「意味がわかりません。リリア様。死者は死んでいます」

「姐さん。流石にレイス系は斬れないな」

「空気キレイちゃん1号でも用意しましょうか?」

「その空気キレイちゃんは、何なのか気になるのだが」


 死者は生き返らない。

 上空を通っただけなので、詳細はわからないが、霊体ではなく肉体があったことは事実だろう。


 それがグールなのか。ゾンビなのか。それとも別の魔の物なのか。本当に蘇ったのか。記憶からの産物なのか。

 それがわからない。いや、侵攻する姿は死肉をまとったものという感じではなかったので、ゾンビ系ではないだろう。


「父上とイグールの領兵がメルドーラに向かって来ている。彼らの躯は丁重に葬ったはずだが、土の下から蘇ったらしい」


 逆に言えば、形ある死だったのが彼らだけだったとも言える。


「辺境伯様。それは流石にグラーカリスの力ではありません。死者に音は届きません。強いていうのであれば、死したまま生きている魔物ぐらいです」


 ディオールに言われなくてもわかっている。これはまた別の力が働いているのだろう。

 関わっているとすれば、ネクロマンサーだ。死者や霊を操る術を使うとされている。しかし、十二年も経っていれば、骨になっているはずで、受肉していることがおかしいことになってしまう。


 だが、ネクロマンサーもいるとなれば、あのゾンビドラゴンの存在も頷ける。


 そして私の左目は人の形をした炎を見た瞬間に視界が焼けた。とっさに解除し、私の両目は赤い空を映している。


「魔神は本当にいたのか……ここにいる全ての領兵を広場に集めろ」

「かしこまりました」


 ディオールの了承の声が聞こえた途端に気配も消えた。

 ディオールに任せておけば十五分ぐらいで待機しているものたちは集まるだろう。


「リリア様。大丈夫ですか?」

「何がだ? ザッシュ」

「お父君を相手にして戦わないといけないということです」


 私の心の問題ということか。

 私にとって父のガトレアール辺境伯は、親というより厳格な武人であり、私のやりたいことを通すための許可をとる上司という感覚なのだ。


 私はあの人に父親らしいことをしてもらった記憶はないよ。

 いや、私のその感覚は前世のもので、父は父なりに父親をしていたのかもしれない。あの人が私のことをどのように思っていたのかは、今となってはわからないよ。


「あの武人である父を相手にできるのだ。一度も父から剣を習っていない私としては嬉しいことだよ」


 父から剣を教えてもらっているミゲルとロイドが羨ましいと思っていた。私に対して見せない表情を二人に向けて、剣術を教えていたのだから。


「問題は人の形をした炎だな。アレが魔神かどうかはわからない。死者は土に還せばいいが、アレとどう戦うかが問題だ」

「シルファ。戦わずに引く選択肢はないのか? これは、いち領主の手に負えることじゃない。軍を動かすべきだ」


 ランドルフの言いたいこともわかる。死者が蘇り、魔神だなんて嘘っぽい存在までいる。

 これらと戦うには、軍を持つことを許された辺境伯でも対処できないということだ。

 わかっている。そんなことは嫌でもわかっている。


「このことで国は動かない」

「何故だ!」

「ヴァイザールの旦那。俺が個人でここにいる意味と同じだっていうことだ」


 ユーグの言う通りだ。ユーグは西軍のアルベーラ閣下の部下としてではなく、ユーグ個人としてここにいる。


「敵は頭が回るようだ。隣国アステリス国の存在を匂わせてはいるが、その証拠がない。全て状況的判断でアステリス国が関与していると言っているにすぎない」


 そう、最初の大亀の時に、ランドルフが潜んでいる者を倒して連れてくれば、状況も変わっていただろう。アステリス国が国内に兵を潜ませて、何かを企んでいるという証拠を国に提示できたのだ。


「十二年前と同じなんだよ。これでは国は軍を動かせない。内乱、若しくは神話の異物が蘇ったとしか判断しない」


 国が実際に軍を動かすのは、国が攻勢に出て他国を侵略するときか、他国から領土を守るためであって、各領地の内乱を止める存在ではない。

 それは領主の役目だ。


 互いに互いの領分を侵略しない。


 ただ王都は領主が国王のため、王の兵である騎士が王都内の火種を消している。だからもし動くとしたら、王の所有物である騎士団が動く。


 各領地に制裁を与えるためにだ。


「それでもし国が動いたとして、実際に軍が助けに来るのはどれほどかかる? 机上の空論で、ああでもないこうでもないと話が進まないのは目に見えている。相手は炎の魔神だ。嘘くさいじゃないか」

「嘘くさいって、現にこの状況は人が起こせるものではないだろう!」

「それが王都と辺境の差だ。ランドルフはここに来て色々知っただろう? 王都の噂というのは、結局うわべだけだと」


 まぁ、私が叔父上に泣きつけば、叔父上は動いてくださるだろう。

 だが、後々母のワガママがでてきた時に、毎回あのとき助けてやったのだからと恩着せがましく言われると余計に腹が立つので、よっぽどのことがない限り頼りたくない。


「お嬢様。ディオール様が、見張りに出ている者以外は、集合したと連絡が入りましたよ」

「早いな」


 アランが屋根の上によじ登ってきた。……いい加減に、私がここから降りるべきだな。


「それからソークを全て出すように技術部に言っておきました」

「アラン。それは良い。できるだけ腕が立つ者の手にわたるようにしておけ」

「はっ! あと、空気キレイちゃん1号も残っている分を出すように、ディオール様が指示していましたと付け加えておきます」


そう、言ってアランの姿は下に消えていった。

あ……うん。あれはかなりの失敗作なのだけど……まぁ使って壊れるのであればそれでいいか。


「ソークってなんだ?」

「アランが使っていた魔剣の劣化版だ。ランドルフも使ってみるか?」


 私はそう言って亜空間収納から一本の剣を取り出す。柄も鞘も黒い剣だ。それをランドルフに渡す。


「全てが黒い」


 鞘から引き抜いた剣身を見たランドルフの感想だ。


ソウクは喪狗と漢字を充てがう。元々は喪家の狗という喪中の家の飼い犬を意味するのだが、これを作り上げた私の個人的な感想が死を纏った狂剣だなと思ったのだ。

 それで剣と犬をかけてみただけで、大した意味はない。


「アランの使っていたのは肉体を切らずに、魔脈を斬るというものだったが、これは肉体を斬ると共に魔脈も断絶して再生不可能にする剣だ」

「姐さん。その剣すっげー怖い。そうなると回復薬も回復魔術も効かねぇってことじゃないか」

「ユーグの言う通りだ。だから普段は倉庫にしまって、表には出していない。アランはゾンビドラゴンが出てきたことから、こういうことを予想していたのだろうな。本当に戦うことには頭が回る」

「それ、狂人っていうやつですよ」


 まぁ、それは否定はしない。普通の感覚しか持っていない者だったら、十二年前に途中で別れた者たちと共に、私の元を離れていっただろう。


「シルファはその……昔の知り合いを手にかけることに躊躇しないのか?」

「躊躇していたら、私は生きてここにはいない。私はガトレアール辺境伯だ。私の役目を見誤ることはしない。死者は丁重に弔うべきであり、生きている領民を守るのが今私のすべきことだ」


 するとランドルフが笑みを浮かべた。

 ん? 私はそんなにおかしなことを言ったか?


「だったら、俺はシルファの剣になろう。この剣は借りておく……でずっと気になっている『空気キレイちゃん』のことをいい加減に教えてくれないか?」


 え? それ説明しないと駄目?

 ザッシュにちらりと視線を向けたが、私に視線を向けているものの、何も反応を返してくれない。

 これは、昨日連絡をしろと言ったことへの仕返しか?


「そ……それは、広場に向かいながら説明しよう」


 あ、そうだ。実用している浄化槽の説明に置き換えよう。一応領都には浄化槽が各区画に設置してある。それが空気キレイちゃんの最終形態だ。


 1号は空気を取り込んでハウスダスト等を取り除いたものを吐き出すという仕様にしたつもりだった。だが、空気だろうが物だろうが、どんどん取り込んで、容量がいっぱいになったら停止するという掃除機になってしまった。

 3号は取り込むのではなく周りの空気を浄化する仕様にしたら、辺り一帯を浄化して、謎的なフローラルな香りを出す物体になってしまったのだ。

 フローラルな香りが、どこの設定を反映しているのか未だに理解できない。あのトイレの芳香剤の匂い。


 これでわかっただろう。ディオールは父やイグールの領兵を1号で吸い取ろうとしていることが。

 いや、人の目につかないという意味では、いいと思う。そんなものを一般の市民の目には晒せない。だが、人としてどうなのだろうか。



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