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第50話 予想外の予想外

「という感じで、星の光だけでも明るく見えるのが暗視魔術だ」


 私は夜の散歩でもしているかのように、夜の荒野を歩いていた。隣にいるランドルフは明るく見えるようになった夜空を見上げている。


「注意点は、人の目で明るく見える光は見ないということ」


 今の状態で仮陣地にあった魔道灯などを見ようものなら、某大佐のように『目がぁぁぁー!!』と叫ぶことになるだろう。


「星の光はこんなに明るいのだな」

「そう見えているだけだ」


 そんなことを話していると、ディオールの背後に追いついてしまった。恐らくここで迎え撃つのだろう。


 その先には、足場が悪そうな地面が広がっているように見える。だから比較的足場がいいこの場所に決めたのだろう。


 そう、この先に広がっているのは、地面に数え切れないほどの魔物の死骸が横たわっている光景だ。この場所は先程、第四師団が戦っていた場所なのだろう。


 暗闇の中で目を凝らすと、捉えられる姿は魔狼が多いようにみえるが、大型の魔ネズミや四足の魔鳥、牙が巨大な猪などがみえることから、比較的足が速いモノが追われてここまで来たと思われる。


 しかし、先程から気になっているのが、風上から臭ってくるにおいだ。

 凄く嫌な予感がする。


「これは予想外かもしれない」


 私は振り向いて、仮陣地があるほうに視線を向ける。第四師団が撤退したため、本来の作戦であれば、代わりに第一師団が仮陣地に入る予定だった。


 だが、今は最低限の見張りがいるのみ。


「ザッシュ。伝令を頼みたい」

「はっ!」

「仮陣地にある通信機から技術部に繋いで、試作品『空気キレイちゃん3号』を持ってくるように言ってくれるか?」

「……その名前を言わないといけませんか?」

「言わないと、2号を持って来られても困る。今日はジジイも寝ずの番をしていると聞いたから、言えばわかる」

「……はい」


 ザッシュは渋々、背を向けて仮陣地のほうに向かって行った。


「シルファ。頼んだというものは、名前のとおり空気を綺麗にするものなのか?」


 ランドルフがそう聞いてきたが、試作品と名がついている時点で、そっとしておいて欲しい。


「の、つもりで作ったと言っておく。さて、来たようだ」


 複数の足音というよりも地響きと言っていい音が近づいてきている。


 私の前にはディオールしかいないが、アランとマルクはどこかに身を潜めているのだろう。私の目からは確認できない。


「本当に執事一人でいいのか? 他の護衛の姿も見えないぞ」

「え? ディオールが戦っている姿に興味があるのだろう?」


 ザッシュがディオールの戦い方が普通ではないというものだから、ランドルフがどうやって戦うのか興味があると言ったので、ディオールたちの後についてきたのだ。


 私は竜種が飛来してくるまで、仮陣地で待っておこうと思っていたのだから。


「言ったが、これはあまりにも……」


 ランドルフが言い淀むのもわかる。暗闇の中に浮かび上がってきたのは、稜線に伸びる壁だった。


 そう敵は一列になって侵攻してきたのだ。


 確かに平原であれば、有効な戦術の一つだと言えるかもしれないが、それは集団対集団の戦いだろう。


「一列と思っていたが、三列ほどありそうだな」


 なんだろうか? 魔物というには人間臭い動きだ。もしかして、これらも操られているのか?

 いや、竜種と集団の(オーガ)どもを操るということは、無理だろう。そこまで口音の魔術は使い勝手がいいものではない。


 ……いや、隣国の怪しい噂を耳にしたことがあるな。それが事実なら可能かもしれない。


「まぁ、ここで見ているといい。これぐらいはすぐ終る」


 ディオールは問題ない。問題があるとすれば、ランドルフの方か。


「ランドルフ。これを渡しておく」


 私は空間収納から、何に使うのかというぐらいに大きな金属の首輪を取り出す。本来なら、魔物捕縛用に使うものだ。


「なんだ?これは?魔鉄じゃないな。これをどうするのだ?」

「ミスリルなのだが、加工して普通の魔鉄に見えるようにしている。これは魔力を吸い取る首輪だ」


 どんな生き物にも魔力はある。逆に言えば、魔力が無ければ生きていけない。魔力の完全枯渇は死を意味するのだ。


「魔物用だがこれをつけられると、ほぼ身動きが取れない。因みに対象者の首につけると、その大きさまで縮むから安心するといい」

「その言葉のどこに安心すればいいのかわからないが、これをアレらを操っている者につければいいのか?」

「普通に捕縛して済むのであれば、必要ないのだが、オーガと竜種の両方を操っているなんて、ディオール以上の直系の血族になる」


 グラーカリスの母とグラーカリスの父を両親に持つディオールよりも直系の者といえば、今国王陛下についている執事になる。


 だから、この状況は異常だということだ。


「隣国アステリス国では、魔力の底上げの実験がされていると耳に挟んだことがある。それを使えば、この現状を作ることはできる。だが、それはもはや人なのかと私は思ってしまったからな、これを渡しておく」

「人ではない? それは、どういうことだ?」

「口に出すのもおぞましい。知りたければ、捉えたものの心臓の部分でも見てみるといい」


 噂で聞いていたことが本当だとすれば、おぞましいことだ。

 さて、ディオールが動き出したので、私は話すのをやめる。今はただの傍観者なのだから。


 更に闇が濃くなってきた。暗闇から近づく壁が、魔物の死骸の絨毯を平然と踏みつけて近づいてきたところで、ディオールはスッと手を振り上げた。


 その手には何も持ってはいない。いつもはめている白い手袋が、黒い手袋になっているというだけ。


 いや、仮陣地にいた時は黒い軍服を着ていた以外違和感はなかったので、手袋はいつものように白い手袋をはめていたはずだ。


 だが、今は闇の色の手袋をしている。


 違う。全体的に闇が濃くなってきたと感じたのは、実際に星の光でさえ、地上に届かなくなっているからだ。


 そしてパチンと指を弾いた。


 すると闇が動き、壁のようになって近づいてくる鬼どもの足を止めている。それは濃い闇を纏わせて視界を不良にしているというものではなく、形の無い闇に形を与え、下から鬼どもを貫いたのだ。

 闇の槍が突き出た地面はまるで墓標のように立っている。


 どこからとも無く出てきたアランが、その間を抜けていった。ディオールが撃ち漏らした鬼どもの首を狩っているのだ。


 そして、ディオールがもう一度パチンと指を弾くと、黒い闇の槍に貫かれた鬼どもが爆ぜた。


 そこに居たという存在そのものを抹消するかのように、血煙血粉になったのだ。それはあまりにも容赦がない死だった。


 戦いというには一瞬であり、鬼どもは何が起こったかわからないまま死んでいっただろう。


 鉄の匂いが充満している中に、異臭が強く混じってきた。

 そしてどこからかマルクの悲鳴も聞こえる。ああ、きっと思いっきり爆ぜた血でも被ったのだろう。


「これが魔術でできることなのか? 魔術というものから逸脱しているのではないのか?」


 ランドルフから見たディオールの戦い方は、魔術という枠組みには入らないという認識らしい。


 まぁ、はっきり言って、基本は火・水・風・土の四属性が魔術というものである。そして、魔道具で光を発光するものを明り取りとして使用するのが一般的で、そこに光の魔術を組み込もうだなんて、発想は誰もしてこなかった……らしい。


 だからガトレアールで使用している魔道灯は凄く明るい。いや、夜戦で必要不可欠だったから、作ったに過ぎない。

 闇の属性も同様で、目くらまし等にしか使い道が見いだせなかったようだ。


 これがランドルフの言う、魔術というものから逸脱している理由に当たる。しかし、私としては、魔力を使って施行するのであれば、魔術ではないのかという考えだ。


「考え方の問題だろうな。しかし嫌な予感の方が当たってしまった」


 酷い匂いに思わず顔をしかめる。


「肉が腐っている!」

「辺境伯様。アレを見て言うことはそれですか?」


 アレ。ひと仕事を終えたディオールが指し示した先。

 アランに魔物の死骸の中から引っ張り出されたマルクがいる。いや、わかっている。その先だ。


 アランに何かを言われているマルクが『嫌だ』と声を上げているが、そのうち諦めたのか、赤い光を掲げた。


 これは私達の暗視の魔術に影響がなく、竜種に獲物がここにいるぞという合図の光だったのだが、その光が問題の竜種の全貌を明らかにした。


「ゾンビドラゴン」


 ランドルフの声が聞こえたが、私の中では別のことが頭を占領していた。


「発酵ならいけるかもしれない」

「腐敗と発酵は違うと言ったのは辺境伯様ですよ」


 冷たいディオールの言葉に現実に引き戻される。わかっている。匂いから駄目だ感は感じているけど。けれど。


「せっかくの竜種なんだよ!ミスリルドラゴンは流石に食べれないと諦めたけど、今度こそ美味しい竜種に会えるかと期待していたのに!」

「やはり、本音はそこですか」

「はぁ、腐っているなんて」


 私はため息を吐きながら肩を落とす。式神もどきで見えたのは一瞬だったから、ドラゴンの翼としか認識できなかった。

だけど、これはどう見ても腐っている。


 元々は飛竜なのだろうけど、翼の膜は破れている箇所もある。ドラゴンは魔力で飛ぶと言うけれど、飛行を制御する翼がボロボロでは、まともに飛べなかったのではないのか?

 高さが五メートルほどはある肉体はところどころ骨が見え、肉はただれてしまっている。


 とても残念だ。残念すぎる。


「旦那様。辺境伯様が意気消沈して動かない間に、これを操っている者を捕縛していただけませんか?」

「しかし、シルファが……」

「恐らく何度も耳にしたかもしれませんが、辺境伯様の食へのこだわりは普通ではありませんので、周りに当たり散らす前に、捕縛をお願いします」


 ディオール。いま、酷いことを言わなかったが? 私は周りに迷惑をかけるようなことはしていない……はずだ。


「ディオール。酷いな」

「酷くはありませんよ。護衛であるザッシュ殿はどうしたのです? こんな状況で護衛が居ないとは、危機管理がなっていないと言えばいいですか?」


 笑っていない笑顔で言っているディオールの言葉に、マルクの悲鳴が重なる。なんだかんだと言って、囮役をしてくれているらしい。


 気がつくとランドルフの気配が無くなっているので、隠れ潜んでいる敵を探しに行ってくれたようだ。


「ザッシュには試作品『空気キレイちゃん3号』を持ってくるように伝言してもらっている。ゾンビドラゴンを倒すのはいいのだが、その後の始末に使おうと思ってな」

「それ、失敗作でしたよね」


 そういうことをズバッというディオールはやはり酷いと思う。



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