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第49話 囮役をやるかやらないか

 第四師団の仮陣地に到着したときには、陣地を守る最低限を残して、殆ど領兵はいなかった。


 途中で騎獣に乗ったキリアを先頭にして第二陣と言っていた集団とすれ違ったからな。


「辺境伯さま〜」


 金髪が何故か巻き毛のようになっているマルクがこちらに向かってきた。巻き毛。似合わないこともないけど、何があったんだ?


「辺境伯さま〜! 僕を心配してきてくださったのですね〜」

「いや、全く」


 マルクのことは全く心配していない。陣地の周りに、敵意がある者だけ侵入を拒むという複雑な結界を張っているし、アランもディオールも仕事をさせているとしか言っていなかったしな。


「聞いてくださいよ〜! ディオール様が『敵を認識する結界を張ってください』ってめちゃくちゃなことを言うのですよ! そんな直ぐに張れないって言ったら、前線で魔物の囮にされるのと、ディオール様に燃やされるのとどれがいいかって言われたのですよ〜! 酷いですよね!」


 そうか、その巻き髪はそれでも無理だと言ったらディオールに燃やされかけたということか。

 マルク。やればできるのだから、素直に結界ぐらい張ればいいのに。


「ディオールの補助をするように私は命じたのだから、それはマルクの仕事だ」

「うわーん! 誰も味方してくれないー!」


 マルクは涙目でもと来た方に戻っていった。これは上司である私に告げ口をしたかったのか?

 しかし、いい年なのだから、仕事は仕事と割り切ればいいのにな。


「あの巻き毛はディオールがしたのか?」


 サイザール第一副師団長を騎獣から荷物のように下ろして、地面に転がしているディオールに聞いてみた。

 脅すにしてもやり過ぎではないのかという非難の意味を込めてだ。


「いいえ、あれはアランの魔剣の所為です」


 そうか。アランか。

 そのアランを見てみると、私を乗せていた騎獣に水を与えている。


 昔からアランはマルクに厳しかったものな。一度アランにマルクに対して厳しいことの理由を聞いたことがあるが、生まれも育ちも恵まれているクセにワガママばかり言ってムカつくと言っていた。


 たぶんあと、人より魔力が多くあるのに、出来ない出来ないと言っていることが癪に障っているんだろうな。

 アランの魔力は一般人より少ない。だから魔剣へのこだわりが強いのだ。


「そうか、では私は領都に戻る……」


 戻って休むと言おうとしたら、騎獣を繋にいこうとしていたディオールが笑顏で目の前に現れた。その目は笑っていない。


「辺境伯様。休むのであれば、仮眠できる建物を用意しましょう」

「いや」

「私とザッシュが、共にいないことをいいことに、ふらっと居なくなったことが今まで何度ありましたか?」

「言っておくが、全部緊急的な案件だったからな」

「内容は聞いていません。行動した回数です」

「あー。五回ぐらいか?」

「二十五回です」

「細かい。それ、領都の中でウロウロしている回数も含まれているよな。はぁ……わかった。ディオールの言う通りにするから、その笑っていない笑顔を向けてくるな。気味が悪い」


 あの貴族共が浮かべる笑顔は嫌いだ。はらの探り合いをしているという感じのな。


「かしこまりました」


 そう言ってディオールは騎獣をつれて去っていった。取り敢えず、二時間ぐらい仮眠すればいいか。






 空気が変わった。

 ふと目が冴えた。


 横になった身体を起こす……が、身体が動かない。

 っていうか重い。


「シルファ。起きるのか?」


 近くからランドルフの声が聞こえてきた!

 え? 私がディオールに用意してもらった仮眠室で寝ようとしたときは、居なかったはず。

 確か陣地の周りを見てくるとか言っていた。


 この仮眠室にランドルフが侵入してきたことに、私まったく気が付かなかったぞ。……これ敵だったら暗殺されていたよな。いや、その前にマルクの結界に弾かれているか。


「起きる。戦況が変わった」


 そう言って、仮眠というには普通のベッドから降りる。こういう物が持ち運べるというのはやはりいいよな。

 因みにディオールの空間収納は何があっても対応できるように、多種多様な物が入っている……らしい。


 そう普通はベッドなんて持ち歩かないぞ。


 テントから出ると、仮陣地を照らす魔道ライトは最低限に減らされていた。まぁ、陣地の広さも半分以下になっている。

 これは第四師団が討伐を終えて、領都の方に撤退をしたからだ。


 そして私はテントを出たところで顔を横に向ける。


「なぜここにいるのかな?」


 テントの入口を守るように立っている者に声をかけた。


「それは私が言いたいですね。リリア様」


 そう、厳ついおっさんが、テントの前に立っているのだ。これは私がいないと発覚して、直ぐにここに向かってきたということか。


「いや、私は直ぐに戻るつもりだったのだが、ディオールがここにいろと言うからな」

「その前に護衛を置いてどこかに行くクセを治して欲しいものですね」


 なんというか、周りに人が居ないときも必要じゃない?


「それは、私に置いて行かれる護衛が悪いと言っておく」

「ご自分の立場を分かっていないリリア様が悪いと。私は言っておきます」


 いつものようにザッシュと言い合いをする。一人になる時間ぐらい欲しいと言う私と、護衛は空気のように扱えというザッシュの平行線の言い合いだ。


「前も言ったが、シルファは護衛と仲が良すぎないか?」

「そうか?」


 今の話を第三者が聞けば、私が悪いだろうとなると思うのだが、なぜそこで、仲がいいという言葉になるのだろうな?


「普通ならそこは。護衛が口出しするなと言うところだろう? それに執事の彼がシルファを止めたときも、普通にシルファが執事の言葉に従った。辺境伯であるシルファがそこまで彼らの言葉を聞く必要は無い」


 確かに私の周りは口うるさい者たちが多いな。でもこれでいいと私は思っている。


「私はクソ生意気なガキだったからな、周りから小言を言われているぐらいが、良いのだよ」


 そう言って、苦笑いを浮かべながら、人が集まっている方に足を向ける。


 貴族からも十三歳の令嬢が、辺境伯となって何ができるという視線に晒され、領地では父を知っている領民から比べられるのだ。こんな小娘が領主でいいのかと。


 だから、周りから小言を言われている姿を目にすれば、小娘が周りに色々言われながら辺境伯なんてものをしているという風に映る。が知っている者からすれば、私の周りには王の意が一枚噛んでいるとわかる。


 ザッシュが木偶の坊のように突っ立っているよりも、私にグチグチ言っている姿を見せれば、よくも悪くも貴族共は勝手に勘違いしてくれるからな。

 それでいいんだよ。


「それでリリア様。報告があります」


 歩きながらザッシュが報告があると言ってきた。


「なんだ?」

「第一師団長が、死相が出るほど意気消沈していまして、代わりに聞きましたところ、夕方の食事会以降、サイザール副師団長が見当たらないということでした」

「ああ、それな」


 どうやら、私が休むと言った頃にはボルガードはサイザールを探し回ってもどこにも居ないという現実に突き当たったのだろうな。


「第一師団長が首をくくりそうな勢いでしたので、酪農部門の夜の仕事でも手伝うように言いつけておきました」


 あそこは二十四時間、誰かが仕事をしている。この時期は出産も重なるから余計だ。

 いらないことを考えないようにザッシュは仕事を与えたのだろう。


「それで良いんじゃないのか? どうせ第一師団が動くとすれば、明朝だ」

「明朝ですか?」

「いや、私が敵ならそう動くなと思っただけだ」

「いつも言っていますが、そういう予想はもう少し早めに言ってください」

「ここに来たことで、そうではないのかと思っただけだ」


 今までの流れからいけば、夜から明け方にかけて戦わせて、明け方に本陣が突入。疲弊したところに追い打ちをかければ、敵を追い詰められると、私ならおもうね。


「だから、第四師団を早めに帰しただろう?」

「あと一時間後ぐらいには領都に着くはずですね」


 夜に紛れるような真っ黒な軍服を着たディオールが答えた。今から出撃するのだろう。


 その隣にはいつものように胡散臭い笑顔を浮かべたアランと、そのアランに掴まれてびくともしないマルクがいる。


 マルク。アランとディオールがいるのに、逃げようとしたな。


「そうか。ディオールは今から出るのか?」

「はい。ですが、すぐ背後に竜種もついてきているようですね」

「ああ、強い魔力を感知したからわかっている」


 先程の空気が変わったと感じたのがそれだ。ピリピリとした感じが空気に混じって伝わってくる。


「お嬢様。ですから、マルクをいけに……囮にする作戦でいきます」

「いやだぁぁぁぁぁぁぁ!それ死ぬから!普通に死ぬから!」


 アランはマルクを生贄にするらしい。それはマルクも逃げ出そうとするだろう。


「大丈夫ですよ。ただの竜です。北の山にいるモノよりきっと可愛らしいものですよ」


 ディオールがマルクを説得しようとしているのだろうが、その言葉に全く信用できる言葉が見当たらない。

 一般的に言えば、それはミスリルドラゴンと比べれば、他のドラゴンは弱いかもしれないが、可愛らしいと表現できるものではないだろう。


「いや、囮役は私がしていいと言ったじゃないか」

「辺境伯さま〜!」

「辺境伯様!駄目だと言いましたよね!」

「リリア様!竜の肉が目当てとかいいませんよね!」

「私はどちらでもいいですよ」


 口々に君たちは言ってくれるが、ザッシュもなぜディオールと同じように私がドラゴンの肉が目当てだと言うのだ。


 私は食べられる肉ならいいなと言っただけで、絶対欲しいとは言っていない。


「囮役のこともそうなんだが、竜種を操っていいるヤツがいるのだが、それをランドルフに捕獲を頼めないか?」

「俺は別にいいのだが、捕獲なのか?」

「ああ、裁きはきちんと受けないといけないだろう?」


 あっさり死を与えることは簡単だが、それだと納得する者は居ない。そいつは民を殺しすぎた。

 それにディオールが一番その者に思うことがあるだろう。


「あ、王族ってわからないようにボコボコにはしておいてくれていい。注意事項は以前言ったとおり特殊能力は使わないだ」


 人の気配に敏感になった私が気づかないほどだ。ランドルフなら、魔眼を使わずに闇に紛れて、相手をボコボコにすることぐらい簡単だろう。


「別にいいのだが、そうなるとシルファが囮役をするのは反対だ」

「え? 何故だ?」


 今までランドルフはそのことに対して何も言わなかったじゃないか。


「何故って、シルファが囮役をしても、俺が側にいれば対応できるから、何も言わなかったが、俺が側に居られないととなると反対だ」


 いや、私は普通に戦えるよ。囮役してもランドルフが術者を捕獲する時間を稼いで、肉の確保もできるよ。


「三対二で、辺境伯様が囮役をするのは却下です。ですから、マルク頑張りなさい」

「いやだぁぁぁぁぁぁぁ!」

「それでは行ってまいります」


 緊張感なんて皆無な感じで、三人は暗闇の中に紛れていった。


「流石にこれはオーガ相手には暗闇過ぎるのではないのか?」


 夜半を過ぎた空には月は存在せず、明かりは空に満たされた星の光のみ。そんな中での戦いだ。


「ここでは使うと目がやられるから使わないが、暗視の魔術がある。それだと星の光のみで案外見ることができる」

「初耳だ。そんな魔術があるのか? それなら、黒騎士の仕事がもっと手を取られずに済んだのではないのか?」


 ランドルフは闇での仕事が多い黒騎士の仕事がスムーズに終わったのではないのかと言うが、王都は夜でも明るいからな。ちょっと使い勝手が悪いかもしれない。


「リリア様が作った魔術ですので、未だに一般兵が使えるのは第四師団止まりですね」

「第四師団だけでも、つかえるだけいいじゃないか」

「使い勝手が悪いのか?」

「いや、訓練をすれば誰でも使える」


 私が発想した魔術がおかしいみたいなことを言われることがある。しかし、それは前世にあったものを魔術でどうにかできないかと試行錯誤しただけで、別におかしいというわけではないぞ。


「はぁ、旦那様。執事ディオールの戦い方を見ればわかります。辺境伯様の魔術が逸脱しているということに」


 失敬だな。ザッシュ。



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