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第4話 青い石の指輪はガトレアールの信愛の証

「ねぇ。何を楽しそうなことをしていらっしゃるの?」


 私は池の中に立たされた少年と少年にお仕置きというものをしている者たちの間にスッと入った。


 彼らの間ということは池の上。私は池の上を滑るように移動し、彼らの間にワザと入ったのだ。

 間に入るということは、彼らが投げている泥団子が私のドレスにべちょっとくっつくわけだ。


「きゃ! 私のドレスが! お母様が選んでくださった可愛いドレスが! あなた達! 何をしてくださいますの! お母様に言いつけて差し上げます!」


 悪役令嬢っぽいセリフを吐いて、睨みつける。

 すると少年たちは、何が起こったのか一瞬わからなかったようだが、どう見ても王族の血が入っていそうな少女が騒ぎだしたのだ。


 この場合突然割り込んだ私が悪いのだが、人気のない場所でいじめている彼らにとって、誰かに見られてしまったことは、ヤバイという心情になる。そこで追い打ちをかけるのが、母の忠犬だ。


「お嬢様! 大丈夫でございますか! 君たちアンジェリーナ殿下の姫君に何をしているのですか!」


 すると少年たちは逃げ去るしかない。この場で大人が出てくると、自分たちに非があるのは明白だからだ。そう、公爵である父親が許可をだして、この場に少年はいるのだ。その少年に理不尽な仕打ちをしていたとバレれば怒られるのはミハエルとかいう少年だ。


「ねぇ。ドレスが汚れてしまったから、別のドレスを用意してくれるように、お母様の侍女に言って来てくれる?」

「しかしお嬢様をお一人には……」

「大丈夫よ。ちょっとお話がしたいの」

「では、少し離れたところで、お待ちします」


 まぁ、私を一人にするわけにはいかないということか。どうみても母の娘だということは、バレバレだ。私に何かあれば、首が飛ぶのは護衛の彼だからな。


 私は呆然と池の中央に立っている少年の元に、池の上を歩いて近づいていく。

 そして、手を差し出した。


「ほら、いつまでもそこにいると、風邪を引くわよ」


 だけど、少年は私の手を取ろうとはしない。

 だから少年の腕を掴んで、池の中を歩くように促す。が、少年は前のめりに倒れ、池の中に両手をついてしまった。


 え? もしかして、池の中で動けないようにしているとか言わないよね。


「申し訳ございません。ドレスに水が……」


 顔は池に向いているため、見えないけど、凄く震えながら謝られてしまった。私が泥団子があたったと怒っていたから、怒られると思われたのだろう。


「そんなことはどうでもいいわよ。貴方の足はどうなっているの?」

「石化の魔術を使われて……」

「ちっ!」


 私の舌打ちに肩を揺らしている少年を見て、これは君に怒っているわけじゃないと、心の中で謝っておく。


 はぁ、貴族は立場が上だと簡単に謝ってはいけないらしい。こういうのが、面倒な人間関係を作り上げていくのだと思う。


「『解除』」


 これで動けるはず。池の中に両手をついている少年に向って、肩を叩いて動くように促す。


「ありがとうございます」

「礼なんて良いわよ。それよりも、反論すべきことは反論しなさいよ」


 少年がここにいる理由には正当性があるのだ。父親というものを押し出して、この場に居て良い理由を主張すべきだったと思う。


「それだと、また色々されてしまいます」


 ……これは服従意識が定着してしまっているな。きっと家でもそういう扱いなのだろう。


「ねぇ。貴方いくつ?」

「十二歳です」


 十二歳か。その割には十歳の私と変わらない背丈だな。


「あと一年で学園に通いますわよね」

「はい」

「そこで戦う力を手に入れなさい」

「え?」

「君は自分に自信がないのでしょう? 庶子だとかそういうのを抜きにして、自分に打ち勝つ力を手に入れたらいいと思うわ。勉強でも剣術でも魔術でも、すると自分の居場所っていうのが、見えてくるものよ」


 確か学園では家から通う者と宿舎に住んでいる者がいると聞く。低位貴族だと王都にタウンハウスを持っていない貴族も多く、学園が住むところを用意してくれるらしい。


 家から出て自由にできるときに、学べるものを学べばいい。

 少年は石化の解除すら出来なかったということは、魔術の基礎も学ばせてもらっていない可能性がある。


「自分に打ち勝つ力……」


 いきなり言われても困るよな。……あ! そうだいいものがあった。


 私はドレスの隠しポケットに手を入れて、目的のものを取り出す。


「これを差し上げるわ」


 私は子供の指には大きな指輪を渡す。この指輪は魔道具だ。

 王城の中には武器を持ち込めないというから、急遽作ったものになる。とは言っても屋敷の倉庫で埃を被っていた指輪で、宝石も小さな青い石がついているだけ。父にもらっていいかと聞けば誰の物でもないので良いと言われたので、好きに改造したのだ。


「これは部屋一つ分の物が入るのよ」

「え?」


 いわゆる収納拡張の魔術をかけた指輪だ。いや、元々収納する場所なんてないから、亜空間収納の媒体と言い換えるべきか。


「まだ、剣と魔導書しか入っていないけど、個人の物を持ち歩くには丁度いいサイズね」


 王都に来るように言われたのが、急だったので、二つしか入れてなかった。もう少し何か入れておけばよかったな。


「念じれば、出し入れ可能よ」

「あの……そのような高価なものをいただくわけには」

「え? 全然高価ではないわよ。即席で作ったから、容量が少ないもの」

「つくった……」

「そうそう、私が作ったものだから……」


 ん? 王子たちが居た方角が騒がしくなってきたな。そろそろ私は帰ってもいいかな?


 私は強引に少年に指輪を握らせて、母に文句を言われないように、ドレスを綺麗な姿に戻して、護衛の元に行ったのだった。


「お嬢様。ありがとうございます」

「何故、私が貴方から礼を言われるのかしら?」


 そう、護衛の元に行けば、護衛から礼を言われてしまった。


「お嬢様。庶子という立場はどうしても、低くなってしまいます。自分もアンジェリーナ殿下に取り立てていただけなければ、居場所などなかったことでしょう」


 あの母でも人の役に立つことをしていたのだと、私は驚いた。そうか、地位ある者は、そのような者を雇用して立場を用意しなければならないのだな。


 身分制度というのはクソだなと、私は改めて思ったのだった。







「この指輪を覚えていますでしょうか」


 そう言って黒騎士は昔、私が少年に渡した小さな青い宝石がついた指輪を手のひらの上に乗せて見せてきた。


 今、手袋を外して、左手の小指から抜き取ったよな。もしかして、あれからずっと持ちあるいていたのか?

 それ最初に作ったものだから、容量も少ないし、時間停止も組み込んでいない。不出来な物だ。今ではもっと高性能の収納魔道具が販売されているはず。


「覚えてはいるが、まだ持っていたことに驚きだ。この十年でもっと良いものが販売されているだろう?」

「げ? お姉様。それを人に与えたのですか?」


 私の背後からテオの声が聞こえたが無視だ。別にガトレアールの青石が埋め込まれていようが、埃を被っているのであれば、使う者に与えた方が良い。


「ええ、団長から聞いてから、何度かお返ししようと思っていたのですが、ガトレアール辺境伯様と会う機会が……」


 まぁ、私は殆ど王都には来ないから仕方がない。


「ランドルフ。違うだろう? 最低一年に一度は王都にリリアシルファは来ている。機会はあったはずだ」


 叔父上が横から口出しをしてきた。確かに一年に一度、国王陛下主催の建国記念のパーティーには顔を出している。しかし、挨拶をしたら直ぐに帰るけどな。


「こいつ。リリアシルファのことを神聖視しすぎて、近づくことができなかったんだよ」

「は? しんせいし?」

「団長!」

「確かに、お姉様を怒らすと、鬼神並に恐ろしい」


 テオ。鬼神並とはどういうことかな? あとで、じっくりと話を聞こうか。


「ガトレアール辺境伯様の噂を聞かない日はないぐらいだと言うことです」


 え? なにそれ? 私の悪評はどれぐらい流れているわけ?


 確かに色々やってきたので、否定することはできない。


「この収納魔道具もそうですが、通信機の運用は国の軍事を根底から覆すことになりましたし、元々あった魔道車など、別物かというぐらいに改良されて、今ではそれが主流となっているほどです」


 うん。魔道車あったね。でもあれって、私からみれば箱型の荷車に席をつけて、馬代わりの二輪車で引っ張るという形状だった。いわゆる馬が魔石で動く二輪車に置き換わっただけだった。因みに御者席が二輪車になる。


 私は思った。何故分離したのだと。


 軍事転用するからという名目で父から、開発費をもぎ取って、四輪駆動車の形に持っていったのだ。

 通信機も同じだ。父と連絡取りたいのに、屋敷に居ないことが多かったので作ったのだ。因みに傍受されてもダミーの通信暗号が流れる仕組みになっているので、そのあたりも完璧だ。 


「そのように素晴らしい物を作り出すガトレアール辺境伯様に、私が声をかけるなどおこがましいことこの上ない」


 ……え? 私の噂はそれだけじゃないだろう? 確かに領地の軍事力を高めるために色々してきたけど……ほら、他にもあるだろう?

 隣国の小競り合いで、大規模なクレーターを作り出したとか。敵兵一個大隊を一瞬で消し炭にしたとか、酷いものになると、空を飛んで敵兵を蹂躙したとかいう噂があると弟たちから聞いたぞ。


 半分ぐらいは当たってはいるが。半分は誇張された噂だ。


「しかし、ガトレアール辺境伯様が伴侶を決められるというのであれば、私が手を上げさせていただきます」

「あ……いや、決めるとは言っては……」

「十五年前からお慕いしています。貴女の御役に立てる日がくればいいと思い、団長から黒騎士団を任せられるまでになりました。私をガトレアール辺境伯様の伴侶にしていただけませんか」


 ……重い。なんだか凄く重いことを言われたような気がする。

 十五年前から慕っているって、理不尽にいじめられている少年を助けただけだぞ。私の役に立ちたいってなんだ?

 黒騎士団の副団長までいったのなら、そのまま在籍すれば、騎士団の幹部に叔父上から推薦されるだろう。


 私は王都に住まうつもりはないから、私の伴侶となることを選ぶと、今まで築き上げてきたことを、捨て去ることになってしまう。

 それは駄目だろう。


 私はちらりと、叔父上を見る。相変わらずニヤニヤとした笑みを私に向けていた。

 叔父上から私の伴侶候補に挙げてきたということは、叔父上としても黒騎士の団長としても了承しているということだ。


 これって断ることは可能か?

 ここまで言われて断るって、相当酷い女という噂が追加されそうだ。


「突然、伴侶を決めろと言われても、弟に爵位を譲るまでは考えるつもりはない。だから、保留ということで構わないだろうか」


 保留という選択肢をする。

 よし、このままのらりくらりと逃げれば良い。

 いや、ここまでの地位を実力で築き上げてきたのに、私の伴侶になりたいからと言って、捨て去ることはないだろう。


 それに、私と共にいれば、幻滅するだけだぞ。 


「リリアシルファ。それは困るのだよ」

「……何故、叔父上が困るのです」


 貴方は、母の側に居られればそれで良いはずだ。


「入ってきたまえ」


 叔父上が何処ともなく声をかけると、使用人が出入りする狭い扉から、見知った者たちが入ってきた。


「ミゲル。ロベルト。お前たちどうしたんだ?」


 叔父上の離宮で、残りの弟たちと出会ったのだ。なんだか嫌な予感しかしない。


「姉であり、ガトレアールの当主に言うべきことを言い給え」


 叔父上は入ってきた弟たちの口から、私に報告させたいことがあるようだ。ざわざわと胸騒ぎを覚えるが、姉として、そして当主として報告を聞こう。


「姉上。実は隣国からの留学でいらしているマルガリータ様と懇意にする機会がありまして……」

「ミゲル。要点だけを言いなさい」


 まどろっこしい前置きはいい。しかし、マルガリータ? ああ、アステリス国の第三王女か。懇意って……ふん! 仲良くする必要はないだろうに、どれほど我が領地に進軍してくるんだと文句を言っていいぐらいだ。


「あの……その……マルガリータ様……俺の子……を……身ごもって……」


 その言葉を聞いた瞬間、弟であるミゲルの左頬には私の裏拳が当たっていたのだった。





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