第48話 術にハマった者
「何を根拠に拘束をしたのだ? 昼間に会った時は、己の役目を理解し、情報分析をしていた。そうなると、その言葉さえ怪しくなる」
私の隣にいるランドルフが疑問を投げかけてきた。根拠。恐らくキリアはそのようなものを考えずに拘束したのだろう。
別に馬鹿というわけではない。
「根拠は普段取らない行動を取っていたというところだろう。キリア、どうなんだ?」
「はい、師団長様が辺境伯様のところにいらっしゃるのに、どこかに情報を伝えていたのですわ。緊急的なことが起きれば、辺境伯様の部屋の前で出待ちしていますのに」
いや、出待ちはしていないぞ。ディオールに指示を仰ぎたいと来るときはある。
「まぁ、そういうところだ。キリア。ベルディルを拘束しろ」
「はっ!」
私がそう命じると、キリアは何も疑うことなく、自分の兄であるサイザール第一副師団長の背後に回って、手刀を落とし意識を刈り取った。
「いつもと違う行動を取っているのは、サイザール第一副師団長もだということだ」
「なっ! シルファ、これはどういうことだ?」
意識がなくなったサイザール第一副師団長を妹であるキリアはロープでグルグル巻にしていた。そんな兄妹にディオールが近づいて行っている。
術の解除は口音系魔術を使う者しかできないからな。
そしてランドルフはこの状況が信じられないようだ。
だが、おかしいなと思ったのはほんの少し前に感じたので、それまではいたって普通だったのだ。
それは第四師団の仮陣地に向かおうとしていたときだ。似たような魔力をもつ二人が戦場に駆けて行っているのを感知したのがきっかけだ。
兄弟で領軍に所属するものは多いが、隊長クラスの魔力を持つものは限られている。それが、戦場を騎獣ではなく、自分の足で移動している。なんとも不可解だと感じたのだ。
救援にしても伝令にしても移動するのであれば、足の速い騎獣を利用するだろうと。
これは何かあると思い、その者たちに接触するように指示を出した。
ほんの些細な違和感だ。
「そうだな。キリア。何故、移動に騎獣を使わなかったのだ? 人の身では魔物の移動速度に対処できないから、騎獣での移動が原則だったはずだ」
すると血の繋がった兄でも容赦なくグルグル巻にしているキリアは立ち上がって、私の近くに寄ってきた。
「は……辺境伯様! 兄が申し訳ございません」
「いや、謝罪はいいから説明をしろ」
「はい……兄が直接私のところに来るのはおかしいなと思っていたのです。兄は私と違って、規律を乱すのが嫌いですので」
それはキリアが規律を乱していると自覚しているということかな? 後ろからディオールが睨んでいるぞ。
「この場合はいつもは小言を書いた紙を伝令に持たせて、裏庭に呼び出されるのですが」
それは完璧にボコられる流れだが、キリアがやらかしたことを聞いたベルディルが、兄として叱っているのを、時々見かけてはいた。
「第一師団長様のお側を離れて、私に直接聞いてくるのはあり得ないと思ったのですわ」
今のこの状況はボルガーノとしては、気を張って周りに色々目を配らせているところだろう。先ほど言っていた互いを互いで行動を見張っていると言ったのは嘘ではなく、ある程度の集団で行動させるのは本当にしていたと思われる。
「それも作戦中の陣地に来てまでです。そこで第四師団に裏切り者がいるのではとか口にしたのですわ。これでは第二陣として待機している者たちに不安を煽るだけです。ですから、単独で出て、敵をあぶり出そうとしていたら、辺境伯様が来られたのですわ」
「私が釣られて出てきた犯人みたいになっているが?」
「はっ! そそそういうことでは、なくてですね……あっ! あと、副師団長の件は兄を騙す嘘ですわ。そもそも副師団長は領都の内側からほぼ出ない非戦闘員ですもの」
キリアは無意識だろうが、棘がある言い方をする。その言葉は戦闘では使えないと言っている。
サラエラは補助魔術が得意だが、戦えないわけではないぞ。
「第一部隊長にそのような機転が利く頭があったとは驚きです」
まぁ、このトゲだらけのディオールの下で働いていると影響を受けてしまうのかと思うが。
「師団長様! 褒めていただき光栄です!」
この言葉を褒めていると捉えられるキリアは凄いな。これは褒めているのではなく、普段からそれぐらい頭を使えとディオールは言っているのだよ。
「副師団長には犯人扱いされたと言っておきましょう」
……これはキリアの言葉に騙されたことに、ディオールは苛ついているのか? 一見、仕事ができる温厚なサラエラに見えるが、伊達にディオールの副官をしているわけではないぞ。
「ランドルフ。我々が敵にしている者は、我々の心だとも言えるのだよ。サイザール第一副師団長は恐らく混乱を引き起こすための誘導を命じられていたのだろうな」
「混乱の誘導……」
「わざわざ戦闘中の第四師団が集まっている場所で言うことではないだろう? そんな疑心暗鬼に囚われるようなことは」
「ぎしんあんき?」
あ……するっとまた言葉が出てきてしまった。
「あれだ。仲間に敵に通じる者がいるかもしれないと仲間内で疑いを掛け合うという意味だ。それでは組織として成り立たないだろう?」
下手すると殺し合いが始まってしまう。それはとても悲惨な結末だ。
「まぁ、疑わしい者は拘束しろ。それでディオールの前に連れていけば、口音系の術にかかっているかぐらいはわかる」
「疑わしいというだけで拘束するなら、誰も彼もが疑わしいと言う理由だけで拘束されてしまう。それこそ組織としての信頼関係が崩壊することにならないのか?」
ランドルフの言い分もわかる。冤罪をかけるものではないと。
「一つは疑われるような行動は取らないということだ。たとえば、ここで私がいつものように煙草を吸い出したらどうする?」
「煙草の没収です」
「火をつけた時点で、手を叩きますか」
「それから一週間ほどは毎日、野菜の煮込み料理になりますね」
なぜ、護衛である君たちが答えるのだ? それにディオール。煙草の没収はいいが、最後のヤツは嫌がらせ過ぎる。
その毎日、同じ野菜のごった煮料理しか出てこないのが嫌で、食材集めをしだしたのだからな。
「こういうことだな。いつも私は煙草を吸っているが、こんな暗闇で煙草に火をつけようものなら、ここにいると示している。いつもの行動でも分別がない行動は周りが止める」
ここに来るまで、沈みかけている月明かりだけを頼りに移動してきた。どこに敵がいるかわからない状況で、明かりをつけるなど、ここにいると示しているようなもの。
「だが、周りが止めてもその行動を続けるのであれば、私の護衛は私に剣を向けてくるだろう」
「それは相打ちにならないのか?」
ああ、王家の闇のディオール。それに魔剣狂いのアランの二人を相手にすれば、混戦極まると予想できると。
まぁ、それはあながち間違ってはいない。ディオールの口音系の魔術に操られたアランはそれは強敵だろう。ディオールはアランを使い潰すことに躊躇することはないだろうしな。
だけど、ここに口音系の落とし穴がある。
「ならないな。私はあっさりと護衛たちに拘束されるだろう」
「ん? 意味がわからない」
「ランドルフは知らないだろうが、ディオールの騎獣の上で荷物扱いされている第一副師団長は、妹のキリアより断然に強い。普段ならキリアに背後を取られるということはされない」
ディオール。その括り付け方は落ちないだろうが、背骨を痛めそうだ。仰向けに括り付けるのは止めようか。海老反りすぎる。
「これは我々の撹乱という命令が優先されて、自主的な行動が不可能な状態に陥っているからだ。もし、今回キリアに背後に回られても、回し蹴りを繰り出していたら、対応は違っていた。それはボルガーノに単独行動を命じられたとなり、今現在単独行動をしていると思われるボルガーノに疑いの目が向けられる」
「言いたいことはわかるが、そこまですることの方が、領兵の士気に関わるのではないのか?」
自分は疑われる行動は取っていないのに、拘束されたと、周りに言いふらせば、それが広がっていくと言いたいのだろうな。
「さて、それは仮陣地に向かいながら説明しようか。サイザール第四師団第一部隊長。問題が発生したので今までの作戦は撤回し、早急に敵を殲滅しろ! その後は速やかに帰還するように」
「はい! 辺境伯様のご命令を承りました! 全部隊出撃させます!」
キリアはそう言って、煌々と明かりがともっている仮陣地の方に駆けていった。
「ディオール。仮陣地に到着次第、第一師団は領都に待機するように、ボルガーノに言っておけ。理由は戦況が変わったとでも言えばいい」
「はい。かしこまりました。が、第三波の未確認の竜種は如何なさるのですか?」
ああ、第一師団を戦わせて操っているものを引きずり出すという作戦のことだな。
「囮役は私がしよう。敵も大喜びだろう? ついでに食べれそうな竜種なら、肉の確保のしたいしな」
「辺境伯様、ここにきた本音はそれですか?」
凄くディオールからピリピリとした視線を向けられている気がする。暗闇で表情は確認できないが、恐らく気の所為ではないな。
「いや、ディオール。敵の横槍が入らないかと確認しにきただけで、美味しそうな肉が第一師団にボロボロにされることを懸念したわけじゃないぞ」
「はぁ、囮の件は却下です。取り敢えず、第四師団の仮陣地に向かいましょう」
えー、囮役は必要だ。それが大物であればあるほど意味があるではないか。
そして、私達は再び暗闇の中を移動しはじめた。
「第四師団の説明時に、私の直属の師団だと言ったのを覚えているか?」
「ああ、魔物討伐の専門師団だと」
別にこれはディオールが師団長をしているからというわけではない。元々第五師団まであって、新たに私専用の領兵の軍を作るのであれば、第六師団となるはずだ。
それをせずに第四師団を名乗っているのは理由がある。
「元々は第四師団というのは、第一師団と第五師団の間の中央地区とヴォール川周辺を管轄していたのだ」
「今と違うのだな」
「そう、戦乱の時に一番被害が出たのが中央地区だったのだ」
「それで全滅したのか?」
「いや。だが、全滅したのは合っている」
最初は領都イグールと現領都になっているメルドーラの領民とそこにいた領兵がほぼ亡くなったというのが発端ではある。
「実は第一師団は領都イグールから北側を担当していて、すぐ南のメルドーラは第四師団の三分の一と領兵の訓練兵がいたのだ」
「確かメルドーラは謎の怪死が起こっていたというヤツだったよな?」
「ああ、説明はそのときは省いていたが、もう何が原因かランドルフには予想できるだろう?」
「口音系の魔術か?」
「当時はわからなかったが、そうだろうと結論付けている」
結局何も証拠が出てこなかったのだ。毒も外的要因な魔術の痕跡も、そうなってくると脳に直接命令を届ける口音系の魔術という結論に至るしかなかったというだけだ。
「残りの三分の二になってしまった第四師団は、その口音系の術中に見事にハマってしまった。敵にどのような者がおり、主犯が誰か分かってきた頃に、第四師団の中で殺し合いが始まったのだ。側にいる者が敵と通じているかもしれないと」
私がそのことを知ったのは、事が全て終わってしまったあとだった。当時は東側の街の対応に追われていたのだ。
まともに機能しない領軍など、当てにできないと思っていた私のミスが引き起こしたと言ってもいい。
いや、だってさぁ。私がこの街に行って領民たちを守って欲しいと言っても、どの領軍も私の命令を受け入れてくれなかったのだ。
それは当てにはできないと、私自身が動くことになる。
結果、各師団の采配で動くことになり、最悪の結末をたどることになってしまったのだ。
「自分たちで殺し合って第四師団は全滅したのだ。だったら、そうなる前に、疑わしい者は私の前に連れてきて、術にかかっていないことをディオールに証明してもらうか、術を解除すればいい」
私は操られていたからといって、罰を与えることはしない。それは術を掛けられた本人が一番悔やむところだからな。
「最悪にならないために、事前に防ぐことは大事だろう?」




