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第47話 裏切り者は誰だ?

一方その頃、第四師団の仮陣地では……




「第四師団第一部隊長。第四師団長はどこにいらっしゃいますか?」


 人が慌ただしく入れ代わり立ち代わりしている人物に話しかけるものがいる。


 そこは明り取りの魔道灯が煌々と夜の世界を照らしていた。荒野と言って良い屋外に布で覆った簡易的な建物がいくつかあり、その一つの前で声をかけたのだ。


 話しかけた者も話しかけた者も似たような容姿をしている。冬の空色の寒々しい髪に空を映す泉のような青い瞳を持つ二人の男女だ。


 話しかけた者はどうみても話しかけた者よりも年上にみえるが、丁寧な言葉遣いをしている。


「あ……兄さん」

「いつも、サイザール第一副師団長と呼びなさいと言っていますよね」


 兄である第一副師団長は職務上の立場から他師団の者に話しかけるという態度を取っていたようだ。


「兄さん。師団長様は突然、護衛のアラン様と共に陣地を飛び出していかれましたので、恐らく辺境伯様が動かれたのだと思いますわ」


 しかし妹は兄は兄以外では呼ばないと言わんばかりだ。


「そうですか、第四副師団長はどちらに?」

「……副師団長は領都で待機ですわ」


 すると兄は考えるように手を口元に持ってきて、視線をウロウロさせている。どうやら第四師団をまとめる者に用があったのだろう。


「兄さん。第一師団の出番はまだまだですわよ。ここは第四師団にまかせて、家に帰って休んだほうがよろしいと思いますわ」


 妹は兄を心配してか第一師団が動くまで、身体を休むように声をかける。


「アレらは私の獲物ですから、兄さんは邪魔をしないでくださいね」


 いや、違った。兄の横槍が入ることを懸念して、帰るように言ったのだ。


「別に私はここに手出しをしに来たわけではありませんよ。四日前に辺境伯様から命令があった件です。そちらはどうなのかと、まだ余裕がある時に聞いておきたかったのですよ」


 四日前。その時期はまだ辺境伯であるリリアシルファは王都にいたはずだ。

 しかし、余裕があると言っても、今は戦闘真っ只中であり、第一部隊である妹の元には情報と指示を出して欲しい者たちが、兄妹を遠巻きに見ているのだ。そんなことを言っている場合ではない。


「え? 兄さん。今凄く忙しいのですの」

「あの場では聞けなかったからですよ。それに第四師団長がここを離れていったということは、そこまで逼迫はしてないですよね」

「まぁ……氷狼の集団ぐらいは雑魚の部類ですわね」


 兄の言葉を肯定するように、妹は前線の方に視線を向けて言った。だが、そっくりな兄妹の周りにいる者たちは首を横に勢いよく振っている。


 凍てつく咆哮や氷爪を繰り出して集団で攻撃してくる氷狼を、雑魚というには少々厄介な魔物だ。だが、妹もその兄も手強いという認識はない。いや、兄がいう『あの場』では聞かなかったことの方が、重要度が高いということだ。


「それで調査結果が聞きたいということですか?兄さん」

「そうですね。辺境伯様からご命令された情報を持ち出した者の特定です」


 王都でリリアシルファは、執事のディオールにおかしな動きをする者を監視をするようにと言っていたが、情報を持ち出した者の特定と執事のディオールが変更したようだ。

 恐らくディオールの中で、そう命じておけば、敢えてこの時点で動く者はいないだろうという牽制だったのだろう。


「ボルガード師団長がおっしゃるには、特定はできないということでした。口音の魔術の厄介なところは、本人に魔術にかかった意志が示せないところですしね」

「……そうですわね」

「ですから、夕刻にあった食事会を全員参加させました。来なかったのは五人。いずれも救護所に入所している者です。ですから、第一師団の中には裏切り者はいません。ならば、第四師団ということになりますよね?」

「兄さん、それは特に意味がないと思いますわ」


 夕刻の食事会とは、リリアシルファが戦いに赴く者たちに対して士気を高めるための、焼き肉パーティーのことだ。それに参加するように第一師団として命じれば、部下が従うのは必然的。何もおかしなところはない。


「意味がないですか。四日前に出された命令からボルガード師団長がピリピリしていましてね。部下に口音系の魔術にかかった者がいるのではないのかとです」

「それはどちらかと言うと、第一師団長様が怖いだけですわ」


 妹が言うように第一師団長であるボルガードの機嫌が悪く、部下が機嫌をこれ以上損ねないようにしているだけだ。それは普段は出ない焼き肉パーティーにも出るだろう。


「ええ、ですから疑心暗鬼に囚われれば、内側から崩壊していきますから、班ごとに行動をとって、一人になる者を無くしました。その間、怪しい行動を取った者はいません」

「……兄さん。それは情報を漏らしたくても行動できなかっただけだと思いますわ」


 妹のボルガードが怖いだけだという言葉を無視して話し続ける兄は、この四日間全ての者に班行動を強要させたと言った。これは誰かの目を盗んで行動出来なければ、行動に移さないというだけで、それが裏切り者を洗い出す行為にはならない。


「キリア。私は言いましたよね。口音系の怖ろしいところは、術にかかった意志が示せないことだと。今回の作戦が言い渡されて、術者に報告しないという行動はあり得ないでしょう」


 このことにより、第一師団としては、口音系の術にかかった者は居ないと、兄である第一副師団長は言い切っているのだろう。全ての者に互いで互いの行動の証明をさせたのだ。


「兄さん。うん◯は個室でしたいです……イタッ!」


 流石にプライベートの時間は必要だと言う妹にデコピンをする兄。その目は残念な子を見る目だった。


 今、問題にするところは、そこではないと言いたいのだろう。


「それで、第四師団の現状を聞いてくるように命じられたのですよ」


 第一師団の中には裏切り者は居ない。ならば、第四師団の中に術にかかった者がいるだろうと、第一師団のボルガードは決めつけているようだ。


「……兄さん。そろそろ私は前線に出撃するので、その話は師団長様が戻られてからでいいですわね」


 妹は一瞬視線を漂わせたあと、前線に出ると言って話を切り上げた。それはまるで不自然な程にだ。


「そうですか。それならその前線に付き合いましょう。キリアの獲物は根こそぎ奪って差し上げます」

「兄さん! それは駄目ですわ!」


 ほぼ駆け足状態で言い合いながら、北上していく兄妹。


 その姿を周りの者達は、また兄妹で言い合いを始めたと遠巻きに見ていた。


 前線までかなり距離があるはずだが、そのまま駆けていくつもりなのだろうか、部下が騎獣を用意している側を通り過ぎ、仮陣地から飛び出していく。

 兄妹は、沈みかけていく月明かりしかない夜の空の下を駆けて行ったのだった。






「それで、裏切り者は誰ですか」


 周りには誰もおらず、暗闇の荒野の中を駆け抜ける兄妹二人だけだ。


 妹はそうなるように、前線に出ると言ったのだろう。周りに人がいるところでは口にはできないと。

 第四師団に情報を漏らした裏切り者がいるとは。



「サラエラ副師団長です」


 聞こえるか聞こえないかの声が暗闇に響いた。


 その答えに兄から、は納得するようなため息がこぼれ出る。


「はぁ。それは第四師団の全情報を握っているのは彼女ですね。しかし、幹部をガトレアールの血で固めた意味がないですね。こういうことを避けるために、辺境伯様は血族で身の回りを固めたのではないのですか?」


 泉の女神が祖だと言い伝えられているガトレアールの血だ。普通の者と違い、それなりに力があるということなのだろう。


「これはまだ、師団長様に報告していませんわ」


 裏切り者がいると言うのに、上官に報告しないとはどういうことなのか。


「兄さんの言う通りですわ。第一部隊が任務に失敗して、戻って報告したあと、サラエラ副師団長がどこかに連絡を取っているのを見てしまったのです。そのあと、サラエラ副師団長は辺境伯様の元に行きましたので、問い詰めることが出来ず……」

「それで?」

「戻って来られた後に、普通に我々の状況を確認された時に拘束して、第四師団の地下牢に私の個人の采配で行いました。その後に師団長様に報告しようとしたのですが、何かと辺境伯様のお側にいらっしゃるので、報告することも出来ず……」

「辺境伯様に知られれば、サラエラの命は無いでしょうね。ここまでの危機的な状況を作ってしまったのですから」


 ここまでの危機的な状況。それは領都が魔物に襲われるという状況だ。


「兄さん。サラエラさんが居なくなられてしまえば、師団長様の緩衝材となってもらえる方が居なくなってしまうのです! それは私としては、とてもとても困るのですわ!」


 思いっきり個人的な事情で、リリアシルファに直接言うことを拒んでいたのだった。


 その妹の態度に呆れるような声が聞こえてくる。


「キリア。それはキリアの態度が悪いからですよ。口音系の魔術は命令されたことが完了しなければ、解放されませんから、第四師団長に報告しても、結果はかわらないと思いますよ」


 そして兄は駆けていた足を止めた。


「これは辺境伯様」


 そう言って、東の方を向いて敬礼をした。そこには暗闇が広がっているだけで、人がいるようには見えない。


 いや、突然闇が取り払われたように、数人の者たちが姿を現す。まるで闇を纏って身を隠していたようだ。


「サイザール第一副師団長。何か問題があったのか? 貴殿の出撃はまだ早いぞ」


 その中で騎獣に乗った軍服を身に着けた者から声が掛けられる。暗闇の中では性別はわからないが、声からは女性だとわかった。


「辺境伯様からの命令は理解しております。その命令の確認を第四師団長に確認をしたいとまいったのですが、第一部隊長しかおらず、今問い詰めていたところなのです」


 兄の命令の言葉の意味が二種類あるのだが、それを理解したのは妹のみで、この場にいる他の者達は出撃命令のことだと、納得していた。


「私に確認とは、どのようなことでしょうか?」


 その納得していた者の内、誰も乗っていない騎獣を引いている男が前にでてきた。


「し……師団長様!」


 その声に妹の方は、引きつった声を上げる。そして、兄の方は一歩前に出て、頭を下げた。


「愚妹が勝手な行動をしたことを先にお詫びしておきます」

「兄さん! ここで言うのですか!」


 兄は数時間前にはわかっていたことを報告しなかったことを先に詫びた。報告する機会はいくらでもあったはずだ。

 だが、今は温厚に見える女性の琴線に触れる言葉を言い出せなかったのだ。


「いったいどうしたのですか? サイザール第一部隊長がおかしな行動を取るのは理解していますよ」


 師団をまとめる者としては、第一部隊長の行動を許容していると言いたいのだろう。多少の行き過ぎには理解していると。


「私がお尋ねしたかったのは、四日前に出された命令のことです。裏切り者のあぶり出しです」

「え? 私はそんなことを言ったか? おかしな行動をする者がいないか見張れだったと思うが?」


 自分の出した命令と微妙に変わっており、辺境伯は困惑の声色を出している。だが、第四師団長はそれで問題が無いという態度をとった。


「情報を漏洩した者がわかったということですか?」

「ええ、ですが、第一師団ではありませんよ。我々はボルガード師団長の元で互いを互いで見張るという行動をとっていましたから」

「兄さん。やはり、うん◯は「キリアは黙っていなさい」……はい」


 妹としては、第一師団の行動が行き過ぎだと思ったのだろう。ここは譲れないところがあると口にするも、周りからは何だかなぁという空気感が漂ってしまった。


 そこに兄が爆弾発言を投下する。


「サラエラ第四副師団長です。彼女は今、妹の手により拘束され、第四師団の地下牢にいます」


 その言葉により、空気が軋んだような気がした。いや、世界が悲鳴を上げているように鳴いている。


「これは気が付きませんでしたね。いつから、敵の術にハマっていたのでしょう? ガトレアールの地を守る一族だと、無意識でそのようなことはないと思い込んでいました。これは私の落ち度です。辺境伯様、申し訳ございません」


 第四師団長はそう言って一人騎獣に乗っている女性に頭を下げた。その女性からは笑い声が漏れている。裏切り者の名が告げられたというのに声を上げて笑っているのだ。


 世界が軋んでいる理由は、その笑っている女性からの暴力的だと言っていい魔力が漏れ出ているからに他ならない。


「短くても半年は敵の洗脳下にあったと見ていいだろう。それは第四師団の情報が漏れるのも当たり前だ」



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