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第44話 能力を奪う者

「くー! やっぱり炎牛(プロクスブル)はすき焼きが合う!」


 私は炎牛(プロクスブル)の肉の旨味と脂が甘辛く煮込んだ味付けを卵がまろやかに仕上げている。

 美味しい。口の中が美味しいで満たされている。


「ああ、なぜ君たちが率先してシルファの食事へのこだわりに付き合っているのかわかった」


 ランドルフは色々皆から食べ物を勧められたからと言って、お茶だけを飲んでいる。


「シルファのロズイーオンの血を抑えるためだったんだな」

「違います」


 ランドルフの言葉をザッシュが間髪を容れず否定する。


「目的の物が見つかるまで北の山脈を徘徊したり、目を離すとよく分からないものを食べようとするし、突然水田を作ろうなんて人員を集めだしたりする行動を一旦止めるためです」

「一旦止めるだけ?」

「やると決めたら実行する御方なので、人手を使えば解決するものか、理解をすることで解決することなのか、の時間です。今回のことも唐突に始められましたが、最後の晩餐の意味もあったのでしょう」

「ザッシュ。人聞きが悪いぞ」


 何が最後の晩餐だ。ただの皆へのねぎらいだ。理不尽な戦いに立ち向かわなければならない領兵たちへのな。


「戦場では食べ物もまともに食べれませんから、戦う前にリリア様が美味しいと思えるものを振る舞ったということです。ただ、私は炎牛(プロクスブル)でなくてもよかったと思っております」

「ザッシュ。美味しいものがあれば、美味しいものの方を食べるだろう?」


 するとザッシュは大きくため息を吐いた。


「こうやって目に見えることは止めるのですが、先程のように内緒で行動されてしまうと対応できません。何度も言っていますが、リリア様に影響を与える『目』は安全なところで使ってくださいと言っていますよね」

「ザッシュ。何度も言うが、必要だと私が思えば使う」

「突然倒れられる身にもなってください」


 そう言われると困るのだが、今回のように人では対処不可能なことには重宝する。それに空中を飛んでいる式神もどきを攻撃してくるなんて、事故的なバードストライクぐらいなものだけだったじゃないか。


「あれって、そんなに危険なものだったのか? あのときシルファは攻撃してもどうもなかっただろう?」

「ランドルフに見せたものは、術を乗せていない物だ。視界の半分が術に乗せて飛ばしていると、突然戻ってきたときの反動がくるんだ。普通はそうなる前に術を解くが事故的な遭遇には対処できない」

「だったら、そんなものは使うべきでなない」


 まぁ、普通の感覚だとそう言われるだろうな。

 だが、そうもいかないのだよ。


「ランドルフ。魔眼系の欠点てなんだ?」


 すると私に噛みつくように否定してきたランドルフがその身を引いた。

 ランドルフは魔眼使いだ。ヴァイザールの魔眼。その欠点もよく理解しているだろう。


「魔眼の系統は色々あるが、発動条件がそれぞれ違う。相手を視界に収めなければならないとか、相手の視線を捉えなければならないとか、自分より弱い者であるとかだな。ということは、その条件を満たさなければ魔眼は発動しない」


 ランドルフは金色の瞳を私から視線をはずした。魔術と違って魔眼系は相手に知られずに術に陥れることができる。これが魔眼系の嫌われるところなのだが、欠点を抑えておけば、対処は可能だったりする。

 何故なら殆どの魔眼系は相手に視線を合わせて、術を発動させる形態だからだ。


 ちなみにヴァイザールの魔眼は相手を視界に収める系だから、特に嫌われているというのもあるな。


「だが、我々が敵視しているのは、口音系だ」

「コウオン? なんだ? それは?」


 ランドルフが知らないのも仕方がない。その術式形態は一般的ではないからな。


「ディオール」


 私が名を呼ぶと金髪の執事が、すき焼きを食べていた手を止めてこちらを見た。そして、ジョッキに入ったお茶を飲む。


「そうですね『マルク。辺境伯様が倒れられた時に駆けつけなかったバツとして、お肉の追加を厨房に取りに行きなさい』」


 執事であるディオールが命じるとマルクはスッと席をたって、無言で屋敷の方向に駆けていった。

 いつもなら、叫び声を上げて文句を言いながら、誰かついてきて欲しいと泣きついて、誰もついてきてくれないと叫びながら去っていくのがマルクの行動だ。


 って、いつものマルクの行動を知らないランドルフには伝わらないじゃないか!


「声音に術を乗せるものだ。これがグラーカリスの一族がつかう術式だな」

「声音に術式を? 魔術と何が違う?」


 その辺りの違いは理解できない人はできないと思うけど、これはとても恐ろしい術式なのだ。これは口内で音と魔力を混ぜて発動する術だ。普通はこんなことは出来ない。音に魔力を込めるということは、形がない物に魔力を込めることと同様の意味だからだ。


「今のはマルク指定だった。これがただ単に『動くな』と言われればどうなると思う?」

「ここにいる者たちの行動を制限するという意味だな」


 普通はそう考えるだろうな。だけど、そうじゃない。


「もし私がそのように術を発動させると、生命活動自体を止めることになります」


 ディオールの言葉に、ランドルフは驚いたように目を見開いた。

 まさか、死ぬことになるとは思わないよな。


「音は耳が聞こえるものにしか通じないと思うだろう? だが、聞こえない音を使う者もいる。それを頭に直接響かせることで、行動を促す。これを避けようと思えば、音を聞く器官が無いモノとなってしまう」

「だからこその紙の斥候なのか?」

「当初の目的はそうだったのだが、説明した通り、思ったよりも使えなくてな。残念な結果になっているということだ」


 本当はもっと有効活用できると思っていたのだ。まさか、私以外に誰も使えない代物だったなんて、予想外も予想外。


「言っておきますが、この術も欠点はありますよ」


 ディオールは己の得意技と言っていい術に欠点があると口にする。それはランドルフの魔眼の欠点だけをさらして、自分だけ欠点をさらさないということに忌避感を感じたのだろう。


「辺境伯様には効きません」

「ディオール。それは欠点じゃない」

「いいえ、これは言っておかないといけないでしょう。それから私より強いモノにも効きません。ですから、災害級までは対応できますが、伝説級や神話級のモノには通じません」

「それ、殆ど表にでてこない部類だからな」


 欠点というより、殆どのものには効力を発すると自慢したような形になってしまっているが、ディオール個人で勝てない相手には通用しないということだ。


「ということは、王家に仕えるグラーカリスの者が敵にいるということなのか?」


 ランドルフの言葉に、この場にいる者たちの動きが止まった。それを説明するには、情報がもう一つ足りない。


「なんだ? 違うのか?」

「アステリス国の男性王族の固有の能力が絡んでくる。まぁ取り敢えず、マルクが文句を言わずに戻ってきたから普通の肉で次のすき焼きを作ろうか」


 文句も泣き言も言わすに戻ってきたマルクから肉を受け取った。すると、マルクはその場で崩れて地面にうずくまってしまう。


「ぎもぢわるい。死にそう」


 まぁ、こうなるわけだ。術にかかった者が言うには、命令がずっと頭の中で繰り返し流れてくるという感じで、これはおかしいと思いつつも、身体は別の行動を起こし、心と身体の乖離が、解かれた後に反動として襲ってくるらしい。


「一つ聞きたいのだが、なぜ他国の王族の特殊能力を知っているんだ?」

「ああ、それは過去に色々してやられた経験があるからだな。先祖代々受け継いできた軍記に記されている」


 さて、ほぼ空になった鍋に野菜を敷き詰めて肉を乗せる。これは今日解体したと思われるンモーモーの肉だな。


 そして、事前に作っていた割り下をぶっかけて、蓋をして鍋に火を入れる。


「アステリス国の男性王族の特殊能力は、能力を奪うことだ」

「能力を奪う?」

「私はランドルフに魔眼を使うなと言ったことがあっただろう? そういう事があるからだ」


 大亀を倒すときにランドルフは魔眼を使おうと言ってくれたが、私は使うなと言った。それは操る者が近くにいる可能性があったからだ。


「元々の能力の保持者は私たち兄弟の父親ですね。辺境伯様が五歳になられるときでしたか、父親が惨殺死体で発見されましてね。グラーカリスの特徴が無くなっていたのですよ。ああ、これは秘密なので言いませんよ」


 これが母が王都に戻るきっかけになったと言っていい事件だった。

 グラーカリスであるディオールの父親が、領都内で殺されるということに身の危険を感じたのだろうなと、私は思っている。

 母がこんな田舎は嫌だと言っていたのは聞いていたので、その理由もあるのだろうが、私には、ここにはもう戻ってこないとしか言わなかった母だ。

 本当の理由は母と侍女のマリエッタぐらいしか知らないのだろうな。


「さて、これを食べ終わったら、出撃の準備だ」


 私は鍋の蓋を開けて火が通ったことを示す。私はさっさと自分の分は確保した。


「まぁ、中央に生息しない魔物と遭遇したのも、恐らくその者の所為だろう」


 ランドルフに言いながら、私は卵を絡めた肉を食べる。うーん。やっぱりンモーモーの肉だと味が落ちるな。


「特殊能力は逸脱した能力で使い勝手はいいのだが、奪われることがある能力だということだ。だから、先にそいつを始末することが最優先になる」


 だから、今回は助っ人要員のユーグに協力は頼まない。彼の能力も血による特殊能力だからだ。

 今日は移動続きだったから、ゆっくり休むように言ってある。


「え? それなのに、執事に戦うように命じたのか?」

「ディオール様は、僕が足元にも及ばないほどの魔術の使い手です」


 復活したマルクが話に混じってきた。が、マルクとディオールでは得意なものが違うから、比べることではないぞ。それに毎回手合わせでディオールに負けているのは、ディオールに苦手意識を持っているからだと思う。


「まぁ、私が出てもいいが、皆が反対するだろう?」

「当たり前です。リリア様が前線に出るということは、領軍が機能しなくなったときです」

「それに周りへの被害が大きくなります」

「私は魔剣の検証をしたいので、執事様について行っていいですか? あと、回復要員としてマルクを連れて行きたいですね」

「ひぃぃぃぃぃぃ」


 何か一人だけ違うことを言っているやつがいるな。

 まぁいいよ。何だかんだと言って、護衛たちは仲がいい。


「アラン。好きにしていいが、ディオールの援護もしてやれ」

「わかってますよ」

「マルクも二人の援護をしてやれ」

「いやだぁぁぁぁぁぁ!! 絶対に死ぬぅぅぅぅぅ」

「そうと決まれば、どの魔剣にするか決めないといけないですね」


 アランはクツクツと笑いながら、悲鳴を上げているマルクの首根っこを掴んで、この場を離れていく。


「辺境伯さまぁぁぁ! 考え直してくださぁぁぁい! 僕、絶対にディオール様とアランに殺されますぅぅぅぅ!」


 笑っているアランに引きずられながら、叫んでいるマルク。


「何を言っているのですかね? 避ければいいのです。避ければ」


 マルクに呆れた視線を向けながら立ち上がるディオール。

 そしてディオールは私の方に視線を向けてきたあと、頭を下げてきた。


「作戦の再確認をさせてください」

「いいよ」

「表向きは第一師団に操る者を始末させたという形をとり、私に一族の汚名をはらさせてくださるということでいいですよね」


 ……いや、私はそんなことは一言も言っていないけど? それに汚名って普通は父親の(かたき)というべきではないのか?


「第一師団は確かに囮だ。流石に竜種を遠隔で操る者はいないだろう? 奪った能力なら特にだ」

「先ほど、ご自分で言っておきながら、辺境伯様が出るというのですか?」

「ん? 私は出るとは言っていないぞ」

「出ないとも言っていません。もしかして、私を前線に出したのは、単独行動をするつもりだったとかいいませんよね」


 今回は作戦という細かな指示はしていない。詳細がわからないということもあるが、臨機応変に対処して欲しいというのもある。

 しかし私が簡単に単独行動ができると思っているのか?


「ディオール。私の周りには護衛が常時ついている。単独行動なんて無理だろう?」

「リリアシルファ様が本気を出せば、ザッシュぐらい出し抜くことは容易だと存じておりますよ」


 ……まぁ、それも嘘ではない。ザッシュの補えない部分をディオールが補い、ディオールが補えない部分はザッシュが補うという連携をとっている。


「それにあのように笑っているリリアシルファ様を見たのは数回だけですが、そのどれもがその後が酷い有り様になったことは存じておりますよ」


 ディオールの言葉に口角が上がる。

 酷い有り様。確かに酷い有り様だ。


「ですから、今回は私に譲ってください。グラーカリスの能力で罪もない人々を死に追いやった罪をその身に刻みつけるのは、グラーカリスである私でなくてはいけないのです」


 ディオールは感情を押し殺しているように、低く冷たい声で言った。

 そうか、グラーカリスとしての矜持か。ならば、仕方がないな。


「ディオール・グラーカリスに命じる。オーガの集団を殲滅し、ガトレアールに死を撒き散らした愚者の首級を討ち取れ」

「はっ! リリアシルファ様の執事たるもの、必ずや敵を討ち取ってみせましょう」


 そう言ってディオールが顔を上げる。

 人のことを言えないぐらいに、人が悪い顔をしているぞ。


 笑いながら、人を殺していそうな顔のまま去っていくディオール。その背中を見ていたら、三白眼の視線が突き刺さってきた。

 あ……いや、もうディオールに任せたから、私がこそっと戦場に行くことはないよ。……多分。




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