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第43話 笑いが込み上げてくる

 夕方というには少し早い時間から人がちらほらと集まってきて、私に挨拶をして好きな場所に行き、好きなものを食べている。


 結局料理は、もっと野菜も食べなければならないと料理長が言いだしたらしく、テールスープを持ってくる時に、多種多様のサラダやマリネやご飯も持ってきてくれた。

 これはビュッフェスタイルで、好きなように取っていくようにしてある。


 そして、日が陰りだした頃には多くの者たちが集まってきて、騒がしく食事を楽しんでいた。


 酒は出していないはずだが、テンションが高いな。


 そんな領兵たちの姿を私は一人、離れたところで眺めている。護衛たちも好きなものを食べてこいと、言ってあるのだ。


「姐さん。一人でこんなところで何してるんだ?」


 一人掛け用のイスに腰を下ろしている私に声をかける者がいた。そちらに視線をむけると、皿の上に山盛りの肉を乗せた銀髪の青年がいた。


「ユーグか。そう言えば、今までどうしていたんだ?」


 私はここでずっと下準備をしていたから、ユーグがどうしていたか知らないな。というか放置していた。


「来る時に気になった農場って言えばいいのか? そこを案内してもらっていた」


 ああ、酪農区画だな。門に近いところは家畜を飼育しているが、奥の方には農地もある。


「なんで、領都内に川を通しているのかと思った。あれ、面白いな」

「何か面白いものでもあったか?」

「水車だ。なんであんなに並んでいるのかと思ったら、色んな用途に使っているんだな」

「普通の川ではできないぞ。小川程度だからできるんだ」

「だから領都内にわざわざ作ったんだろう?凄いなっと思ったが、真似できないな」


 そうだ。旧領都イグールから領都を移すとなった時に、川の整備をしたついでに領都の拡張と上水の分岐も同時に行った。あと下水もだな。


「一番凄いと思ったのが公衆浴場ってやつだ。入ってきたが、あれが一番いい。疲れが吹っ飛ぶ」

「ぷっ! 水車のことをいうのかと思ったら風呂か。これは水が豊富な領都とあと数か所しかないな」

「いや、あれも水車が関係しているだろう?」


 おや? 気づいたのか。そのあたりは建物に隠れて見えないようになっているのにな。


「水を汲み上げる水車と、水を温める魔道具の動力源だ。案内してくれたヤツが教えてくれたぞ」


 ああ。案内人からの情報か。

 まぁ、そうだろうな。


 しかし、その肉はどこから取ってきたんだ? 猪豚の肉が混じっているぞ。


 肉をパクパク食べながら言っているユーグの皿を見てみると、私が用意していない肉が混じっている。

 人が多くなってきたから追加の肉でも用意してきたのだろう。


 今日は何故かいつもより多く領兵が集まっている。どうしたのだろうな。

 普段は参加しないボルガードやサイザール兄の姿まである。


 第一師団の上官が参加しているということは、部下はほぼ全員参加していると見ていいな。やばいな。そこまでの想定はしていなかったぞ。


「ユーグ。ここにいると食べ損なうぞ」

「だからだ。姐さんはここに居ていいのか?」

「私はここで眺めているのがいいのだよ」

「ふーん。じゃ、戻るな」


 そう言ってユーグは、人々が集まっているところに向かっていった。もしかして、私がここにいるから、誘いに来てくれたのか?


「辺境伯様。お茶をお持ちしました」


 ディオールの声が聞こえてきて目の前に、氷が入ったお茶が差し出された。それもジョッキ風の大きなコップだ。


「いや、もう少し小さめでいいのだが」

「領軍の厨房から一式を持ってきたので、これしかありません」


 そうかこれだけの人数がいれば、領軍の厨房から物を持ってきたほうが効率的だな。

 納得しながら、ディオールから差し出されたジョッキになみなみと入っているお茶に口をつける。


「私の思いつきで色々手を煩わせてしまったな。まさかいつもは顔を見せない者たちまで、来るとは思ってなくてな」


 うん。どう見ても第一師団と第四師団のほぼ全員がいるように思えてならない。これ絶対に肉が足りてないよな。


「そんな気がしていましたので、領軍の厨房から今日の分の食材を出してもらっています」


 しかし、本当に今日はどうしたんだ?


「あれ? 事務官長が居ないか?」


 私の下について政治的なことを主に任せている事務官のトップのおっさんの顔が見えたような気がした。


「居ますよ」

「は? なぜ領兵以外の者が参加しているんだ? レントには領軍に声をかけろと言ったはずだが?」

「それは旦那様を一目見ようと参加されたのでしょう」


 え? もしかして、いつもより参加率が高いのは、ランドルフを見るためなのか?

 確かに、料理を取ってくると行ったまま戻ってこないなとは思っていはいたが、色んな奴に絡まれているのか。


「ランドルフも大変だなぁ」


 そう言いながら私はジョッキをディオールに渡して、立ち上がる。そして空間収納からテーブルを取り出して、その上に鍋を出し、野菜と肉を置く。


「何、一人ですき焼き鍋をしようとしているのですか?」

「いや、待っていても戻ってこなさそうだと思っていてな」

「……そうですね。技術長につかまっていますね」


 ディオールのさっきの言葉で、ランドルフの姿を探してみれば、口うるさい技術屋のジジィにつかまっているのが見えたので、これは戻ってこないなと私は待つのを諦めた。

 それで『ランドルフも大変だなぁ』という言葉になったのだ。


 そしてテーブルの上にその技術屋のジジィと、そうではないこうでもないと言い合いしながら作り上げた魔道コンロを出す。


 が、その魔道コンロが私の手を離れて地面に落ちていった。


 私の目には夕刻から闇が空を満たそうとしている空が映っている。

 今まで見ていた光景と全く違う光景が見えている。


 そう、私は空を見上げていた。


「辺境伯様!」


 そして、私を支えているディオールの顔が視界に入ってくる。


「くっ! ははははははははははは!」


 私はこの状況がおかしくて笑いが込み上げてくる。

 そして、ディオールの肩を借りて立ち上がった。だが、笑いが止まることはない。


「リリア様!」

「辺境伯様!」

「お嬢様!」

「シルファ! 何があった!」


 次々と私に声を掛けられるが、それどころではないぐらいに、笑いが込み上げてくる。


「あ〜笑った。久しぶりに笑った」

「リリア様。目が光を帯びてますよ。力を抑えてください」


 ザッシュに指摘されるが、そんなことはどうでもいい。


「さて、お腹は満たされたかな? まだ食べたりないっていう者は、食べながら聞いてくれ」


 私のことを心配して集まってきたランドルフと護衛たちを押しのけて、ここに集まってきた者たちに声をかける。


「さて、聞いてはいると思うが、ガトレアールは何者かに攻撃されている。旧領都イグールが炎の壁に覆われた件もそうだが、第四師団の一部の者たちから定期連絡が途絶え、行方不明になっている件だ」


 私が話していると、雑多と集まっていた者たちが、足早に移動していき、整列をしだした。


 私は食べていていいと言ったはずだが?

 いや、ユーグは黙々と一人、こちらを見ながら食べているな。


「第四師団を調査に向かわせたが、思わぬ魔物に遭遇し、撤退し、詳細はわからぬままだった。だから、別の手を用いて調査していた」


 この詳細は説明することはない。私が使う式神もどきは欠点だらけのものだから、情報が漏れれば直ぐに対策をとられてしまうからだ。


 そして、いつもは自信家のサウザール妹は、肩身を狭くして俯いてしまっている。

 あれは君の失態ではなく、ディオールの所為にしておけ。


「そうだな。まずは第一波が2000ぐらいに水源の林に差し掛かりそうだ。水源を荒らされるわけにはいかない。第四師団の第一から第十を一個中隊として討伐に当たれ」

「はっ! では私が指揮官として中隊をまとめ上げます! 今直ぐに……」

「サウザール第四師団第一部隊長。話は最後まで聞きなさい」


 汚名を晴らしたいのはわかるが、私は話している途中だ。ほら、サウザール兄に睨まれているぞ。


「……はい」


「次に第二波が0100ぐらいだな。これは今回の責任を取る形でディオール。お前が一人で対処しろ」

「はい。ご命令を承りました」


 私の言葉にざわめきが沸き立つ。ディオール一人に対処させるのかという非難のざわめきだ。

 だが、これはディオールに対処させたほうが一番いいのだよ。


「それでだな。第一波は北の山脈を根城にしている多種多様の魔物だ。数にして二百ほどだ」


 更にざわめきが大きくなる。


「臨機応変に対応できる第四師団が適任だ。残りの第四師団は領都の護りに徹しろ。第二波は事前に情報があったオーガだ。数にして三百ほど。これも情報どおりだ。できるなディオール」

「お任せください」

「辺境伯様! それはあまりにも無謀というものです。それに我々もおります!」


 私の理不尽な命令にボルガードが異議を唱える。安心しろ。お前たちの仕事もきちんとある。


「ボルガード第一師団長。第一師団は第三波を対処しろ」


 私の第三波という言葉に、悲鳴混じりの声が聞こえる。

 マルク。ここに居ないと思ったら、そっちにいるのか。


「残念ながら私の目は接触した時点でやられた。だから詳細はわからない」


 私はずっと下準備をしながら、式神もどきの視界を共有して情報を得ていた。だが突如として式神の視界がブレ、接続が切れた衝撃が私に跳ね返ってきたのだ。

 一瞬の間、私は意識を失って倒れてしまい、空を見上げている状態になっていたのだった。


「ぷっ。だが恐らく竜種だ。飛ばしていた目に攻撃してきた瞬間、黒い翼のようなものを捉えた。敵は竜種を操って攻撃を仕掛けてきた。くくくくくっ。ボルガード、やりがいがあるだろう? なぁ、竜種を操っているヤツは誰だろうなぁ」


 私がそういうと、心当たりがある者たちから殺気が膨れ上がる。


「辺境伯様。その者を引きずり出す。それが我々の役目ですね。その意味の対処というご命令であれば、ガトレアールの民たちの無念を背負った我々がふさわしいでしょう」

「頼む」

「ご命令を承りました」


 ボルガードは私に頭を下げ、すぐさま立ち去ろうと動き出す。

 その行動を私は手を叩いて止めた。


「まぁ待て、腹が減っては戦は出来ぬと言うだろう? 戦いは一晩はかかる。今の内に食べておけ」


 すると、さっきまで和気あいあいと食事を楽しんでいた者たちが、食べかけていたものを掻っ込むように胃袋に詰め、足早に立ち去っていく。


 その姿を横目で見ながら私は地面に落としたままだった魔道コンロを拾いに、先ほどいた場所まで戻った。


「さて、夕食にしようか」


 私は魔道コンロの上に浅い金属の鍋を置いて言う。


「お茶がぬるくなってしまったので、淹れなおしてきます」

「ああ、ディオール。皆の分とディオールの分も持ってきてくれ」

「かしこまりました」


 トレイの上に私が飲みかけたジョッキを乗せたまま去るディオールに、他の者達の飲み物も頼む。


「辺境伯様。器はありますか?」

「あ、これを並べてくれ」


 レントに食器やハシを一式渡す。


「イスはこんな感じでいいですか? お嬢様」

「いいよ」


 どこからか調達してきたイスをテーブルを囲うように置いてくアラン。


「ザッシュ。背後に立たれると鬱陶しいからさっさと座れ。ランドルフもまだ食べたりないなら、どこでも座るといい」


 相変わらず背後に立っているザッシュに座るように促し、なんとも言えない表情をしているランドルフにも席を勧める。


「シルファ。ずっと目が光っているが大丈夫なのか?」


 私の隣にイスを持ってきたランドルフが聞いてきた。


「大丈夫だ。私はとても今は気分がいいのだよ」

「はぁ、リリア様。そういう顔はリリア様らしくありませんよ」


 未だに背後に立っているランドルフが私の頭を撫ぜてきた。それも幼子をあやすような撫ぜ方だった。


 いや、背後に立っていたら私の顔なんて見えていないだろうに。



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